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モエルキセキ その3

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 それから二日経った。予定された通り。船のパーツが陸路で運ばれてきた。街に来た時に見た、恐竜のコプラプトルが引く荷車でやってくる。

 

 「思ったよりも小さかった。」

 「でも馬車に乗りきらないくらいデカいぞ?」

 「家ぐらいのサイズだったら困ってたな。」

 

 これでも半分だけ仮組をしているような状態だ。仕組みとしてはマイナス波動を発生させてぶつけるという、スペリオンが行ったのとおおよそ同じものだ。

 

 「これを心臓部まで持って行って、そこで完成させて、降ろす。」

 「もうすでに心臓部の高さに届くように、足場の組み立ても完成してるし、あとは運ぶだけだ。」

 「なんか、怪物退治というよりも建築業だな。」

 

 その工事を携わったのは、バロン騎士団である。古代ローマ軍兵士は、優れた白兵戦士であると同時に優れた工兵でもあったという。バロンにもその気質が受け継がれているのだろう。

 

 (この分だと、ゼノンの体制改革もすんなり行きそうだな。)

 

 どうやらバロンは合理的にものを考えるのが得意らしいし、柔軟性もある。トップがツバサの子ならそれも納得がいく。

 

 それにしても本当に出世したんだなツバサは。

 

 「あんなに身近にいた存在なのに、なんかイマイチ実感湧かない。今更だけど。」

 「俺は知ってたけどな。あいつは大成するってな。」

 「おっ、アキラ、戻ったのか。」

 「櫓はもう大体組み終わった。今日の夜には作業を始められるだろうよ。」

 

 時間は限られているが、それでも余裕はあるはずだ。心の方に余裕はないが。

 

 「パワー一辺倒な俺は、せいぜい頑張らせてもらうよ。」

 「そうか、頼もしいな。」

 「フン。」

 

 仲は未だに直っていない、というよりもアキラは完全にヘソを曲げている。ガイの方は目を伏せがちに息を吐く。

 

 「まあ、なんだ。色々とすまなかった。」

 「なんだ、一人で戦うのが怖くなったのか?」

 「そう・・・だな。正直手の震えが止まらない。」

 「そうか・・・。」

 

 ガイは正直に胸の内を明かした。あまりの直球にアキラも面食らう。

 

 「まあ、なんだ。俺も力を貸すこともやぶかさじゃない。」

 「そうか、助かる。」

 「・・・じゃ、俺はシャロンに会ってくる。」

 「そうか、またな。」

 

 アキラも少し歩み寄ってきたが、ガイの反応はどこか素っ気ない。

 

 「大丈夫?ガイ。」

 「俺は正常だ。」

 「そうは見えませんけど・・・。」

 「大体、作戦がうまくいけばスペリオンの出番だって無いんだ。俺は俺、ガイとして頑張るだけだ。」

 「ならいいんだけどよ、足震えてるぜ。」

 「足だけじゃなくて全身震えてますわ。」

 

 さらに額には大粒の汗が滲んできている。

 

 「大丈夫だ、大丈夫。」

 「本当に大丈夫なのかよ・・・。」 

 「今度は世界を滅ぼしたりしないから、大丈夫。」

 「聞こえなかったふりしておくぞ!」

 

 それからはもう傷ついたレコードのように『大丈夫』を連呼し始めて、日が暮れた。

 

 レンチと安全靴に彩られた役者たちが、舞台に上がる時間だ。

 

 

 ☆

 

 

 「それでは、作戦をもう一度確認する。」

 

 言い出しっぺということで、ガイが先導することとなった。作戦はいたってシンプル、それに技術そのものは高度なものだが作業そのものはそう難しい話ではない。

 

 バロンを筆頭としたゼノンの軍団は、周囲をぐるっと囲うように陣を張っている。

 

 「パーツを上へ運んで、組み立てる。以上。」

 

 なんて簡単に行くはずもない。まず、本体そのものが大きくて重い。滑車を使って櫓の上に持ち上げていかなければならない。

 

 「おーい、あんま揺らすな!」

 「なんか落ちたぞー!」

 「なんかってなんだよ!」

 

 始まって30分でこれである。ちなみに、特別隊に参加しているのはいつものメンツに加えて、ジュールほかヴィクトール商社の人間が数人である。

 

 「なーんでこんなこと引き受けてしまったんだろう・・・。」

 「しょうがないじゃない、シャロンがやりたいって言ったんだから。」

 「シャロン、平気?」

 「ええ、大丈夫ですわ。」

 

 安全メットを被ったシャロンは、なるべく明るい口調で答えた。

 

 「おーし、このパーツとこのパーツは組み合うな、もう組み立てていいか?」

 「まて、それは一番外装だ。今留めたら中身どうすんだよ。」

 「中身ってどれ?」

 「今上げてるやつ!男連中は支えろ!女子はネジ留めて!」

 「オカマは?」

 「オカマは・・・今は男連中でいいんじゃないかな。」

 

 アキラに次いで筋力のあるゲイルにはぜひとも肉体労働に従事してほしい。

 

 「ここをこうして・・・。」

 「あれ、ガイ仕組みわかるの?」

 「設計図を貰ってきておいたからな。」

 「いつの間に?ってか、どこにあるの?」

 「頭ん中。」

 「・・・それ、ホントに貰ったやつなの?」

 「バロンがヴィクトールの技術を買ったんだよ。それで見せてもらっておいた。」

 「いつの間に!」

 

 ガイの手によって順調にパーツが組みあがっていくのを、一同は唖然とも言ったように見ている。

 

 「ん?」

 「どした、ガイ?」

 「何か問題ですか?」

 「いや・・・なんでもない。と思う。」

 「歯切れ悪いな。何か問題があるといけないし、言えよ。」

 「ああ、そうか。なら言うが、なんか設計図になかった穴が開いてる。」

 「穴?」

 

 直径一センチにも満たない小さな穴。それが機械の心臓部とも呼べる場所についている。

 

 「なんか問題あるのかそれ?」

 「穴が開いてるのはお前の記憶の方じゃないのか。」

 「いや、機能的にまったく意味のない穴なんだよ。だから気になった。」

 「ならほっときゃいいだろう?」

 「お前が余計なこと言うから気になったんだろうが!」

 「どうどうどう、ガイは作業進めて。アキラは邪魔しないの。」

 

 とはいえ、ガイにはどうしても気になって仕方がない。そういえば、これと同程度のサイズのネジを一本持っている。

 

 「あっ。」

 「今度は何?」

 「いや、なんでもない。」

 

 試しに嵌めてみたら、あまりのピッタリっぷりに思わず声が漏れた。それと同時に、ある考えが浮かぶ。

 

 「なあジュール、この制御装置ってどこから持ってきたんだ?」

 「それを知ってどうする?」

 「いや、もしも今海に浮いてる船からバラして持ってきてたんだとしたら、その船今どうなってるんだと思って。」

 「ああ、そういう事。それは心配ないはずだよ。たしか、先日沈没した船に積まれていたのを回収して持ってきたってことだったから。」

 「ってことは、あの船のか。」

 

 元はと言えばここにある制御装置が嵌っていたフォブナモだったわけで、まわりまわって、元鞘に収まったという事だ。

 

 てことは事故物品じゃないか・・・本当に大丈夫かこれ。

 

 (じゃあ、何故あのベノムという男は、これのネジを持っていたんだ?まさか・・・。)

 

 いや、よそう。憶測だけでドツボに嵌るのは避けたい。

 

 よく見ると、機械をグルッと囲む円周上に、同じようなネジが締められている。本当に一体何を意味しているのか。

 

 ともかく、組み立ては順調に行った。

 

 「あとは起動だな。起動さえしてしまえば、あとは車のセルみたいに自分で動いてくれる。シャロン、出番だ。」

 「はい・・・、ですの。」

 「平気?シャロン。」

 「大丈夫、わたくしが最後までやりますわ。」

 

 いよいよこの時が来た。シャロンは電極に繋がれたワイヤーを掴むと、静かに深呼吸して集中する。

 

 「これで・・・本当にサヨウナラですわ、レオナルド。」

 

 バチンッ!と火花が散ると、制御装置のプレートが回転を始める。それからしばらくすると青い光が灯り、駆動音が響いてくる。

 

 「よっし、成功だ!」

 「じゃあ次は、心臓からの切除ね。」

 「そればっかりはバロンに任せようぜ。安全は確保できたんだから、一旦撤収しよう。」

 「ああ、けどその前に・・・。」

 「?」

 

 アキラはシャロン近づくと、その手を取る。

 

 「最後に、鼻を撫でてやろうぜ。」

 「いいんですの?」

 「いいんじゃない、ちょっとぐらい。」

 「じゃあお言葉に甘えて。お願いしますわ、アキラさん。」

 「掴まってろよ。」

 

 ピョッと跳んでアキラとシャロンはレオナルド・・・今はヴァドゥラムの頭に乗る。

 

 「さっ、撫でてやんな。」

 「ええ・・・これで本当にお別れです。」

 

 シャロンは化石のように硬くなった鼻先を撫でてやる。

 

 

 ☆

 

 

 作業完了して数時間後、ある程度の安全が確保されたことで、今度はバロンが心臓の切除作業を行っている。制御装置が放つ青い光が煌々と見守るように灯っている。

 

 「うーん、やっぱり設計図には描いてないな、あのネジの事・・・。」

 

 ガイはどうしても気がかりだった。あのネジの正体も不明、役割も不明というのは、非常に納まりが悪かった。

 

 「あんな大量のネジが、何の意味もなく整列してるはずがないんだよな・・・。」

 「ガイ、そろそろ休んだらどうだい?」

 「おうパイル、いたのか。」

 「ずっといたよ僕?」

 「もう体力は全快してる。それよりも、どうしても気になるんだよ。」

 「何も起こってないんだから、もう大丈夫じゃない?いつまでも気張ってたら、疲れ取れないよ。」

 

 確かに、肉体的には回復しても、精神的にはまだ参っているところがある。シャロンはもう踏ん切りがついたようだし、アキラも自分の道を見つけようとしている。

 

 「まっ、考えても判らんことを考え続けてても意味無いか。」

 「そういうこと。日が暮れるどころか、もうすぐ夜が明けるよ。」

 「もう朝か・・・。」

 

 気が付けばもうそんな時間。結局一晩考えてもわからなかった。謎を解くには何か違うアプローチが必要になるだろう。

 

 そう頭を回しながら、ガイもベッドに身を投げる。

 

 直後、身を震わす振動にたたき起こされる。

 

 「なんだぁ?」

 「まさか、また活動を再開したんじゃ?」

 「バカな!」

 

 そのまさかであった。明々と照らされる影が、ゆっくりと動き出しているその瞬間がガイには見えた。

 

 「昨日の今日どころか、ついさっき解決したはずだろう?」

 「何か不備があったのか・・・。」

 「ミス?」

 「・・・そうとしか考えられないか。」

 

 ガイは落胆した。自分の処置、いや作戦そのものが間違っていたのか。

 

 とにかく、今自分に出来ることを・・・。

 

 「・・・やれるのか?」

 「今のアキラとは、融合できない。」

 

 ドロシーが問う。が、ガイは一人で行く。

 

 走り出した先に、巨影は咆哮する。

 

 

 ☆

 

 

 「退避!退避ー!!」

 

 ヴァドゥラムの足元で、解体作業を行っていたバロンたちは大慌てだった。勿論完全に安全を確保できているわけではないとはわかっていたものの、それでも誰もが驚いた。

 

 

 

 「装置を持って退避するぞ!」

 「し、しかしこいつはものすごく重いですよ?!」

 「ここで暴発されると、どんな被害を出すかもわからんのだ!なんとしても持ち出せ!」

 「イ、イエッサー!」

 

 その真っ只中にいる隊長が怒声をあげ、前線の崩壊を一喝する。兵たちは正気を取り戻すと、フォブナモを積んだ馬車、もといコプラプトルの押す竜車に集まる。短距離であれば小回りが利き、パワーもある恐竜の方がこの場では適任だったが、ヴァドゥラム覚醒の衝撃に驚いて、何頭か逃げ出してしまい、動けなくなってしまったのだ。

 

 「うぅうう・・・隊長!無理です!重すぎて荷車が動きません!」

 「諦めるな!我々が諦めたら終わりだぞ!」

 「そういうこと!代わって!」

 「ぬっ、アキラ?」

 

 車を押すコプラプトルも息をぜぇぜぇとさせていたが、そこへアキラが飛んできて、物凄い馬力を発揮して荷車を押す。

 

 「すごい・・・。」

 「ぼさっとするな!新人隊員に後れを取るな!」

 「イエッサー!」

 

 あっという間に荷車は勢いを取り戻し、ぐんぐんと距離を取っていく。

 

 『ヴァアアアアアアアア!!』

 

 しかし、それに待ったをかけるヴァドゥラム。咆哮と共に背中のキャノンが火を吹く。

 

 「あぶないっ!」

 「うぉおおお!」

 

 それらが鉄の雨となって、アキラたちの周りに降り注ぐと、あっという間に瓦礫の山が出来上がった。

 

 「くそっ、これじゃあ荷車が・・・!」

 「担いで運ぶ!」

 「マジかお前!」

 

 悩むよりも早くアキラはフォブナモの端を掴んで、手と足に力を込める。

 

 「マ、マジだ・・・。」

 「3tはあるのに、一人で・・・。」

 「馬鹿者!遅れをとるな!」

 

 1人、2人と機械を囲む人間は増えていき、瓦礫の山をかき分けて進んでいく。

 

 だが、その足並みはヴァドゥラムの一歩で帳消しにされる。ぐんぐんと彼らを追う影は大きくなっていく。

 

 「隊長!無理です!追い付かれる!」

 「くそぅ・・・!」

 「全員、死んでも手を離すな!」

 

 ヴァドゥラムは手を伸ばす。自分の中から抜け落ちたピースを拾うために。

 

 『ヴォォオオオオオオオオ!!』

 

 返せ、と言っているようだった。自分は力を付けなければならない、という妄執にとらわれた怪物の心には、その訳も抜け落ちていた。

 

 「これは、マジでヤバい・・・!」

 

 さすがのアキラもちょっと自分の行いを後悔した時、伸ばされたその手を、雷の弾丸が撃ち抜いた。

 

 「レオナルド、おやめなさい!」

 

 『ヴッ・・・ヴォオオオオオオオ!!』

 

 「シャロン、なんでここに!?」

 「パピヨンのお嬢さん!」

 

 瓦礫の山の上に、ゼノンの十字架を手にしたシャロンがいた。その声に、ヴァドゥラムのほんの一瞬だけ逡巡する。が、すぐさま本能がそれをかき消す。

 

 「シャロン!逃げろ!」

 「逃げません!わたくしが、私が倒します!」

 「それは無茶だっての!」

 「無茶は承知!それでもやるのが、飼い主の・・・いや、ゼノンの務め!」

 

 シャロンもまた吠えると、トリガーを引き続ける。ヴァドゥラムは、自分を刺す大したことのない痛みに、困惑の色を浮かべる。

 

 シャロンに続けとばかりに、混乱していたゼノンたちも攻撃を開始する。

 

 「シャロン、本当に変わったな。」

 

 その様子をまた、眺めている者がいる。

 

 「あれは大物になるだろうなぁ。それとも今死ぬかだが。」

 「ベノム!また貴様か!」

 「おおっと、ヒーローが登場したな。」

 「まやかすな!ヤツが覚醒したのもお前の仕業か?」

 「ははっ、俺は何もしていないよ。ただヤツは本能のままに行動しているだけだ。ただまあ、ちょっと手助けとしてダークマターを放り込んでやってあげたけどな。」

 「テメェ!」

 「まっ、せいぜい楽しませてくれたまえ、ハッハッハッ・・・。」

 

 暗躍する影、ベノムは消えていく。それを追うことが出来ない一大事というタイミングでばかり出会う。

 

 「まあいい、よくはないけどまあいい。俺が・・・すべて終わらせる!」

 

 ガイは胸に右手を当てると、それを高く掲げる。すると光があふれ、ガイの体を包んでいく。

 

 「あれは・・・。」

 「スペリオン・・・でも・・・。」

 

 アキラと融合した赤い姿とは違う。筋肉質な銀の体に、長く伸びた金の髪。プロテクターのように全身の至る所にあったクリスタルの代わりに、額に第三の眼の如きクリスタルが埋め込まれている。

 

 『この姿になるのも、久しぶりだな!』

 

 スペリオンのもっとも原始的な姿、『スペリオン・ガイ』である!
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