悪役令嬢は、昨日隣国へ出荷されました。

ねこたまりん

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業務日誌(二冊目)

(14)参考資料

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「埋葬虫のペンダント、ですか」

 王都ベヌレス病院から帰国したアレクシス皇子は、秘書のテオにほんの一瞬だけ顔を見せてから、土産物を抱えて、ローザの住む城へと飛んだ。

 出迎えた執事長には、詰めの甘さをネチネチと責められたものの、命を削って呪術の残滓を集めたことと、たどった先がベヌレスの街であることを報告すると、少しだけ対応が和らいで、ローザの居室に案内してもらうことができたのだった。

「うん。ベヌレスで今一番流行っているアクセサリーなんだって。売り場に長い行列が出来ててね、売り切れちゃうかもって心配だったけど、なんとか買えたんだ」

 前に並んでいた十数人が、なぜか急な用事ができたとかで、次々と列から去っていったことについては、皇子はもちろん語らない。

「埋葬虫って、確か、とんでもなく凶悪な魔導虫でしたよね、なんでそんなものが流行してるんです?」

 青鈍色あおにびいろの甲虫を模したペンダントに、胡散臭げな視線を向けていたリビーが、より一層胡散臭げな顔を皇子に向けながら、素朴な疑問を口にした。

「しかも、病院の売店で女性に大人気って、まるで意味が分からないんですけど」

 リビーの不躾な問いかけにも、皇子はにこやかな表情を崩さなかった。

「なんでも王都の類稀たぐいまれなる貴婦人たちが好む使い魔だとかで、評判になったんだって。縁起物でもあるらしくて、悪い呪術避けや、病気避けにもなるって言われてたよ。調べてみたら、ちゃんとした抗呪の術式が入ってた。結構強力だよ」

「ほう、呪術避けですか」

 アルダスが感心したように言うと、ローザの後ろに控えていたネイトも声を上げた。

「ほんとだ。これすげえぞ。俺たちでも作れないかも。お嬢、いいもん貰ったな」

「ここまでの品となりますと、よほど名のある錬金術師の作ではないですかな」

「僕も気になって聞いてみたんだけど、作者の意向で名前が伏せられてるとかで、分からなかったんだ。でも病院の関係者だとは思うよ。あそこの売店でしか販売されてないらしいから」

「お嬢、つけてみろよ」

 ネイトがそう言うと、ローザの隣に座っていた皇子人形が、埋葬虫ペンダントをさっと手に取り、恭しげな手つきでローザの首にかけた。

 すると埋葬虫の触角から、虹色に輝く淡い光が出て、ローザの全身をふんわりと包み込んだ。

「あ、なんか、すごく守られてる感じがする…」

 虹色の光は、一度だけ強く輝いてから、ローザに沁み込むように消えていった。

「アレクシス皇子殿下、ありがとうございます。大切にしますね」

「喜んでくれて、嬉しいよ。あ、お土産は他にもあるんだ」

 皇子は黒い装丁の分厚い本を、ローザの前に置いた。

「異世界格言集、ですか」

「うん。あちらの国でベストセラーになってる本なんだって。異世界の古文書を分析解読して、格言を収集した本だそうだよ。読書好きの君なら、喜んでくれるかなって思って」

 ローザは確かに読書好きだけれども、アレクシス皇子がそれを知ったのは、今生ではないはずだ。

 そのことを察したローザは、心の中がむず痒いような、嬉しいような、それでいて何かを……例えば皇子の頭を、強烈に張り倒したいような、なんとも奇妙な気分になった。

 その変な気分を誤魔化そうと、ローザは「異世界格言集」を手に取って開き、目についた言葉を読んでみた。


「『音はすれども姿は見えず、誠に貴様は屁の如し』…なんだか不思議な格言ね。悪口みたい」

 語釈の部分を、ネイトが読み上げた。

「多方面で悪事を働きながら、決して姿を現さず、捕縛されることのない犯罪者を、致死的な臭気を放つ屁に譬えた言葉だろうと推測されるが、真偽は不明……屁が致死的とか、異世界ってとんでもねーな」

「なんだか、今回の事件の犯人みたいね。みんなあんなに頑張ったのに、どこの誰かも分からないんだもの」

「確かにな、お嬢。これからは奴を『致死的な屁』って呼ぼうぜ」

 その時、何冊もの本を抱えたアデラが、部屋に飛び込んできた。

「はいはーい、お嬢、お届けものでーす!」

「これアデラ、ノックくらいしなさい。一応来客中ですし、失礼ですよ」

 マーサにたしなめられても、アデラは全く気にすることなく、抱えていた本をローザの前にどさりと置いた。


「皇子と秘書の秘め事シリーズ第二弾! 発売初日で増刷決定した問題作を、お嬢のために、特装版もまとめてしっかり入手してきましたよ!」

「なんだそのシリーズ……まさかと思うけど」

 アレクシス皇子の顔色が変わるのにも構わず、ローザの横に座る皇子人形が、特装版を手に取って中程のページを開き、テーブルの真ん中に置いた。

 二人の美青年が絡む、とても美麗で官能的な挿絵の横に、短いセリフが散りばめられている。

 ローザの居室にいる一同は、声を出さずにそれを読んだ。


『僕には君だけだよ、テオ』

『アレクシス様、早く帰ってきてくださいね』

『うん、苦労かけてごめん』


 ページの左下には、「実話」という、大きな赤い活字があった。


「実話…」

「ほう、実話ですか」

「うわあ、実話かよ…」

「ちっ違っ、いや確かにテオとこんな感じの会話はあったけど、仕事中だし、裸とかありえないし!」

「やっぱり実話なんだ」

「しかも、こんな感じなんだ」

「だから言葉のあやなんだってば! ローザ信じて!!」

「あー、お帰りは秘書さんの自宅寝室でいいっすかね」

「ちょ、まっ…」

 必死の形相の皇子がネイトの強制転移で消えたあとの、ローザの部屋には、なんとも言えない空気が残った。

「アデラ、あとで私の部屋ににいらっしゃい」

「うえー…マーサさん、明日とかでもいいです?」

「明日はあなた、丸一日調査担当でしょう。王都ベヌレスの。いいですか、今日、このあと、すぐにいらっしゃい。分かりましたね?」

「はーい……お嬢、あとで感想教えてね」

「うん、アデラ…がんばって」


 マーサとアデラが部屋から下がると、アルダスが咳払いを一つしてから、口を開いた。

「皇子殿下の、その、特殊なお人柄や性癖はともかくとして、本日もたらしてくださった品物と情報だけは、評価に値いたします。お嬢様、そのペンダントは、今後しばらく、つけたままにしておかれますように」

 ローザの横で、皇子人形がにこにこと頷いている。

「みんなが危惧している呪術を、そのペンダントは弾き返してくれるはずだよ。そのうち僕の本体が、ここの全員分を調達するんじゃないかな。作者が分からないみたいだから、少し時間はかかるだろうけどね」

「俺らで複製が作れるといいんだけど、これと同等のものは難しいな」

「そんなにすごいものなのね。次に皇子殿下がいらっしゃったら、改めてお礼をいわなくちゃ」

 埋葬虫のペンダントに触れながら、ほんのり嬉しそうに微笑んでいるローザの様子を見て、リビーは心の中で少しだけ皇子を見直していた。

(変態でさえなければ、ローザ様のお相手として認めなくもないんだけど……変態でさえなければね…)


【第二部 完】


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