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業務日誌(二冊目)
(8)事後保全
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ネイトとリビーがデミグリッド城で大暴れしていた頃、執事長のアルダスは、国境付近に駐留していたデミグリッド軍に潜入していた。
「やれやれ、これで本当に隣国に侵攻するつもりだったんですかね」
デミグリッド軍の兵士のほとんどは、攻撃魔力を持たない一般兵だった。
彼らの兵器の大半は、液体魔力に対応したものであるのに、なぜかその液体魔力をほとんど保有していないという、実に奇妙な状況だった。
「あの皇子殿下も、それなりに暗躍しておられるのでしょうけれども、今回のことに関しては、詰めが甘いと言わせていただくしかありませんな」
帝国の魔導ギルドで液体魔力を大量購入して埋め合わせるはずが、軍の出動後も入手できなかったため、デミグリッド国はローザ誘拐という暴挙に及んだのだろう。
「ハリボテのような軍隊を壊滅させるのは簡単ですが、望まぬ戦地に送られる兵士たちを傷つけたのでは、お嬢様が悲しみます」
アルダスは、兵士全員の精神に向けて、強い感情を流し込んでいった。
「身も心も凍るようなホームシックと、愛する家族との再会への熱望、理不尽な戦地へ送られることへの不安と不満、世界の平和を願う強固な思い…」
そのあとは、将校たちを狙って、戦争放棄を促すような感情を打ち込んだ。
「共に苦境にある部下への労わりの気持ち。現王国への激しい疑念と、退位を求める意志。燃えたつような愛国の精神。仕上げに、志を同じくする者たちと密に連携し、国を建て直そうとする欲求…」
軍隊のあちこちから、啜り泣きや怒りの声が聞こえ始めた。
「あとは放置しておいても、明日にでもに無血革命を起こしていただけることでしょう」
それからアルダスは、デミグリッド国内の新聞社を回り、翌日の朝刊の一面記事を、隣国との開戦を告げる記事から、デミグリッド国王退位の記事に差し替えた。
「さて、そろそろネイトたちと合流しますか。国王や重臣たちがボロボロになる前に、話を聞かねばなりませんしね」
デミグリッド国が侵略しようとしていた国で、開戦阻止のために秘密裏に動いていたアレクシス皇子は、事の成り行きを遠目の魔術で把握して、崩れ落ちそうな気持ちになった。
「革命は勘弁してよ執事長……いや、気持ちは分かるけどさ。僕だって、王国を消しちゃえば早いと思ったけどさ。我慢したんだよ。国がいきなりひっくり返ると、回りの国も仕事が一気に増えちゃうんだよ。特に、主に、僕の仕事が……ああローザ、毎日だって会いたいのに」
アレクシス皇子は、ローザのそばにいる皇子人形に、密かにいくつかの術式を飛ばした。
「ローザとの会話機能と、着替えなんかの身辺自立機能。仕事を学習する機能もいるな。服を置いてもらった二部屋を、あいつの自室ってことにして、城で普通に生活させよう。僕のかわりに、ローザのそばで……」
折を見て、こっそり人形と入れ替われないかと夢想するアレクシス皇子だったが、ローザの使用人たちが、それを予期して対策を立てないはずがないことも、十分に分かっていた。
「人形が、うらやましすぎる…」
一日も早く休暇を手に入れるために、馬車馬よりも働く決意を固める皇子だった。
「やれやれ、これで本当に隣国に侵攻するつもりだったんですかね」
デミグリッド軍の兵士のほとんどは、攻撃魔力を持たない一般兵だった。
彼らの兵器の大半は、液体魔力に対応したものであるのに、なぜかその液体魔力をほとんど保有していないという、実に奇妙な状況だった。
「あの皇子殿下も、それなりに暗躍しておられるのでしょうけれども、今回のことに関しては、詰めが甘いと言わせていただくしかありませんな」
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「ハリボテのような軍隊を壊滅させるのは簡単ですが、望まぬ戦地に送られる兵士たちを傷つけたのでは、お嬢様が悲しみます」
アルダスは、兵士全員の精神に向けて、強い感情を流し込んでいった。
「身も心も凍るようなホームシックと、愛する家族との再会への熱望、理不尽な戦地へ送られることへの不安と不満、世界の平和を願う強固な思い…」
そのあとは、将校たちを狙って、戦争放棄を促すような感情を打ち込んだ。
「共に苦境にある部下への労わりの気持ち。現王国への激しい疑念と、退位を求める意志。燃えたつような愛国の精神。仕上げに、志を同じくする者たちと密に連携し、国を建て直そうとする欲求…」
軍隊のあちこちから、啜り泣きや怒りの声が聞こえ始めた。
「あとは放置しておいても、明日にでもに無血革命を起こしていただけることでしょう」
それからアルダスは、デミグリッド国内の新聞社を回り、翌日の朝刊の一面記事を、隣国との開戦を告げる記事から、デミグリッド国王退位の記事に差し替えた。
「さて、そろそろネイトたちと合流しますか。国王や重臣たちがボロボロになる前に、話を聞かねばなりませんしね」
デミグリッド国が侵略しようとしていた国で、開戦阻止のために秘密裏に動いていたアレクシス皇子は、事の成り行きを遠目の魔術で把握して、崩れ落ちそうな気持ちになった。
「革命は勘弁してよ執事長……いや、気持ちは分かるけどさ。僕だって、王国を消しちゃえば早いと思ったけどさ。我慢したんだよ。国がいきなりひっくり返ると、回りの国も仕事が一気に増えちゃうんだよ。特に、主に、僕の仕事が……ああローザ、毎日だって会いたいのに」
アレクシス皇子は、ローザのそばにいる皇子人形に、密かにいくつかの術式を飛ばした。
「ローザとの会話機能と、着替えなんかの身辺自立機能。仕事を学習する機能もいるな。服を置いてもらった二部屋を、あいつの自室ってことにして、城で普通に生活させよう。僕のかわりに、ローザのそばで……」
折を見て、こっそり人形と入れ替われないかと夢想するアレクシス皇子だったが、ローザの使用人たちが、それを予期して対策を立てないはずがないことも、十分に分かっていた。
「人形が、うらやましすぎる…」
一日も早く休暇を手に入れるために、馬車馬よりも働く決意を固める皇子だった。
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