上 下
18 / 24
業務日誌(二冊目)

(8)事後保全

しおりを挟む
 ネイトとリビーがデミグリッド城で大暴れしていた頃、執事長のアルダスは、国境付近に駐留していたデミグリッド軍に潜入していた。

「やれやれ、これで本当に隣国に侵攻するつもりだったんですかね」

 デミグリッド軍の兵士のほとんどは、攻撃魔力を持たない一般兵だった。

 彼らの兵器の大半は、液体魔力に対応したものであるのに、なぜかその液体魔力をほとんど保有していないという、実に奇妙な状況だった。

「あの皇子殿下も、それなりに暗躍しておられるのでしょうけれども、今回のことに関しては、詰めが甘いと言わせていただくしかありませんな」

 帝国の魔導ギルドで液体魔力を大量購入して埋め合わせるはずが、軍の出動後も入手できなかったため、デミグリッド国はローザ誘拐という暴挙に及んだのだろう。

「ハリボテのような軍隊を壊滅させるのは簡単ですが、望まぬ戦地に送られる兵士たちを傷つけたのでは、お嬢様が悲しみます」

 アルダスは、兵士全員の精神に向けて、強い感情を流し込んでいった。

「身も心も凍るようなホームシックと、愛する家族との再会への熱望、理不尽な戦地へ送られることへの不安と不満、世界の平和を願う強固な思い…」

 そのあとは、将校たちを狙って、戦争放棄を促すような感情を打ち込んだ。

「共に苦境にある部下への労わりの気持ち。現王国への激しい疑念と、退位を求める意志。燃えたつような愛国の精神。仕上げに、志を同じくする者たちと密に連携し、国を建て直そうとする欲求…」

 軍隊のあちこちから、啜り泣きや怒りの声が聞こえ始めた。

「あとは放置しておいても、明日にでもに無血革命を起こしていただけることでしょう」

 それからアルダスは、デミグリッド国内の新聞社を回り、翌日の朝刊の一面記事を、隣国との開戦を告げる記事から、デミグリッド国王退位の記事に差し替えた。


「さて、そろそろネイトたちと合流しますか。国王や重臣たちがボロボロになる前に、話を聞かねばなりませんしね」





 デミグリッド国が侵略しようとしていた国で、開戦阻止のために秘密裏に動いていたアレクシス皇子は、事の成り行きを遠目の魔術で把握して、崩れ落ちそうな気持ちになった。


「革命は勘弁してよ執事長……いや、気持ちは分かるけどさ。僕だって、王国を消しちゃえば早いと思ったけどさ。我慢したんだよ。国がいきなりひっくり返ると、回りの国も仕事が一気に増えちゃうんだよ。特に、主に、僕の仕事が……ああローザ、毎日だって会いたいのに」

 アレクシス皇子は、ローザのそばにいる皇子人形に、密かにいくつかの術式を飛ばした。

「ローザとの会話機能と、着替えなんかの身辺自立機能。仕事を学習する機能もいるな。服を置いてもらった二部屋を、あいつの自室ってことにして、城で普通に生活させよう。僕のかわりに、ローザのそばで……」


 折を見て、こっそり人形と入れ替われないかと夢想するアレクシス皇子だったが、ローザの使用人たちが、それを予期して対策を立てないはずがないことも、十分に分かっていた。

「人形が、うらやましすぎる…」

 一日も早く休暇を手に入れるために、馬車馬よりも働く決意を固める皇子だった。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約者が聖女様と結婚したいと言い出したので快く送り出してあげました。

はぐれメタボ
恋愛
聖女と結婚したいと言い出した婚約者を私は快く送り出す事にしました。

婚約破棄を申し込まれたので、ちょっと仕返ししてみることにしました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約破棄を申し込まれた令嬢・サトレア。  しかし、その理由とその時の婚約者の物言いに腹が立ったので、ちょっと仕返ししてみることにした。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

「地味でブサイクな女は嫌いだ」と婚約破棄されたので、地味になるためのメイクを取りたいと思います。

水垣するめ
恋愛
ナタリー・フェネルは伯爵家のノーラン・パーカーと婚約していた。 ナタリーは十歳のある頃、ノーランから「男の僕より目立つな」と地味メイクを強制される。 それからナタリーはずっと地味に生きてきた。 全てはノーランの為だった。 しかし、ある日それは突然裏切られた。 ノーランが急に子爵家のサンドラ・ワトソンと婚約すると言い始めた。 理由は、「君のような地味で無口な面白味のない女性は僕に相応しくない」からだ。 ノーランはナタリーのことを馬鹿にし、ナタリーはそれを黙って聞いている。 しかし、ナタリーは心の中では違うことを考えていた。 (婚約破棄ってことは、もう地味メイクはしなくていいってこと!?) そして本来のポテンシャルが発揮できるようになったナタリーは、学園の人気者になっていく……。

当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!

朱音ゆうひ
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」 伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。 ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。 「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」 推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい! 特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした! ※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。 サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )

王子の逆鱗に触れ消された女の話~執着王子が見せた異常の片鱗~

犬の下僕
恋愛
美貌の王子様に一目惚れしたとある公爵令嬢が、王子の妃の座を夢見て破滅してしまうお話です。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

処理中です...