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業務日誌(二冊目)

(4)有事対応

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 昼間のガゼボで体調を崩したローザは、晩餐の頃には持ち直していたけれども、まだ微熱が引いていないというマーサの意見に従って、早めに就寝することにした。

 ローザの居室のソファでは、黒っぽい色合いの礼服を身につけた皇子人形が、自分の部屋であるかのように寛いでいる。

「ローザ様、ほんとにこれ、お部屋に置くんですか?」

 リビーは、着せ替えたばかりの皇子人形を、横目で睨みつけていた。

 アレクシス皇子の秘書は、皇子人形とお揃いで、ローザ用の寝間着を運んで来たけれども、絶対に着せるものかということで、使用人全員の意見が一致している。

 リビーとしては、ローザの許しさえあれば、すぐにでも皇子人形を窓から投げ捨てるつもりなのだが、ローザのほうは、どういうわけか、人形を愛でるつもりでいるようだった。

「うん。なんかちょっと頼もしい感じがしない?」

「あー、まあ、魔除けくらいにはなるかもですけど」

 あの皇子変態の執着心を考えると、遠隔操作でローザの護衛くらいはさせそうだと思うリビーだけど、まさかそれが実現寸前だとは、さすがに想像しなかった。


「では、ローザ様、私は今夜は隣の控えの間におりますから、ゆっくりお休みくださいね」

「ありがとう、リビー。お休みなさい」


 ローザの寝室から下がったリビーは、控えの前の長椅子に腰を下ろすと、念話でネイトに声をかけた。

『デミグリッド国とやらの連中は、どうなってるの?』

『あー、だいぶ尻に火がつきかけてんな。お嬢の液体魔力が手に入らないもんだから、国から相当突き上げられてるみたいでさ。そろそろ、こっちにやらかして来そうだぜ』

『警備に抜かりはないでしょうね』

『いつも通り万全を期してはいるけど、あいつらの国って、ちょっと厄介な呪いを使うんだよな』

『らしいよね。私とマーサさんは、今夜は隣に詰めてる』

『料理長たちは、外回りを固めながら、菓子販売と絵巻物人形のタイアップ企画とか騒いでるぜ』

『余裕ねえ。どうせならデミグリッドの連中を、こっちから駆除しに行っちゃえばいいのに』

『もう行ってるぜ。そろそろ帰ってくるんじゃねーかな』

『さすがね』

『待てねー連中だからなあ。お、帰ってきた……あ、やべえ! 何人かやられてる!』

『なんですって!?』

『お前とマーサはお嬢から絶対離れるな』

『お嬢は移動しなくていい?』

『何が仕掛けられたか分かるまでは動かねえほうがいい。それと…』

『それと何?』

『……』

『ちょっとネイト!』

 ネイトの念話が途絶えると同時に、城全体から、使用人たちの気配が消えた。

『マーサさん! 料理長! 侍従長! みんなどうしたのよ!』

 念話を飛ばしまくりながら、リビーはローザの部屋に入ろうとしたけれども、開いた扉の向こう側には、真っ暗な闇があるだけだった。




 同じ頃、厨房では料理長のゲイソンが、意識のない状態で戻ってきた部下たちを介抱しながら、状況を把握しようとしていた。

『城内の連絡網は分断されたか……お嬢の部屋は、空間ごと切り離されたようだが、どこに飛ばされた? リビーはまだ城にいるようだが、マーサがいない。お嬢に着いていけたのならいいが…』

 そこへ、厨房組の最後の一人が帰還してきた。

「ぶっはあ! あ、料理長!」

「アデラか。向こうで一体何があった」

「デミグリッドのバイヤー連中を捕縛しようとしてたんだけど、急に身体の自由がきかなくなって、同士討ちさせられそうになったんだ。あたしは意思を乗っ取られる直前に、なんとなく腐女子倶楽部の方に飛んだんだけど、他のみんなは、たぶん城に直接戻ろうとしたんだと思う」

 アデラは倒れた仲間たちを見て、泣きそうな顔になった。

「こんなこと、お嬢が知ったら、ものすごく悲しむよ…」

「知らせるものか。倒れてはいるが、命に別状はない」

「そっか…早く起こさないとね」

「それにしても、同士討ち狙いと見せかけて、城への帰還の魔術発動に、意識を刈り取る呪いを仕込まれていたのか。油断ならない奴らだな」

「あたしも腐女子倶楽部から城に帰還魔術で飛んだんだけど、何ともなかったよ」

「長持ちする呪いじゃなかったんだろう。勘に救われたな、アデラ」

「うん。無事に帰れたんだから、お嬢を守らなくちゃ! 城内は…分断されちゃってるのか」

「厨房から出られんようにされている。扉の向こうは闇空間だ。転移してもここに戻される」

「みんな同じ状況か」

「アルダスあたりが、そろそろなんとかするだろうが…」

 アデラは闇に封じられた厨房の扉をぎりぎりと睨みつけた。

「お嬢を狙ってこんなことしたやつ、絶対に許さない」

「デミグリッド王国だな」

「ぶっ潰す」

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