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業務日誌(二冊目)

(2)素案作成

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 城の厨房では、料理長のゲイソンと、部下の料理人たちが、晩餐の支度のために黙々と手を動かしながら、念話テレパシーで騒がしく議論していた。

『物作りといっても、色々あるよな』

『お嬢は何を作りたいんだろう』

『わからん』

『帝国に来て、なにか触発されるようなことがあったのかな』

『ないだろ。まだ数日だぞ?』

『城買って、アレが夜中に来襲しただけだもんな』

アレ皇子がきっかけってことは?』

『なぜそう思う』

『リビーに恋について聞いてたし』

 数人の包丁が、まな板を激しく乱打した。

『気持ちは分かるが肉を挽肉にするのはやめろ。メニューが変わっちまう』

『恋などとは認めん。アレはアオグロマダラドクヤガエルの姿煮だ』

『だとしても、そういうエグい感情を抱いたことで、癒しの物作りを求めるって線は、あるんじゃねーか?』

『それはあるな』

『うむ』

『そういうことであれば、我々厨房チームとしては、癒し系の物作りの路線で企画案をだそうと思うが、どうだ』

『賛成』

『賛成』

『賛成』

『制作物の具体案は?』

『お嬢人形』

『却下だ。作っても売らせんぞ』

アレ皇子が買い占めそうだしな』

『うちの人間だけの限定販売で』

『一考に値するが、お嬢が認めんだろう』

『商売にならんしな』

『菓子はどうだ』

『いいな。俺たちの出番が増える』

『そういえば、うちの菓子職人はどうした』

『アデラの奴なら、アレ皇子の監視で午後から帝都に飛んでるぜ。晩餐前には交替して戻る予定だが、その前に貴腐人倶楽部に寄るとか言ってたな』

『あいつもアレの影響で変なものにハマっちまったよな』

『いや元からだろ?』

『ではアデラも交えて晩餐後に企画を煮詰めることにする』

『了解』



 裁縫室では、数名の侍女が黙々と繕い物をしながら、念話で姦しく話し合っていた。

『厨房組がお嬢人形を企画案に出しかけてたわよ。ゲイソンに却下されてたけど』

『お嬢人形! あたし作りたい!』

『私も!』

『とりあえず作るのは決定ね。非売品で。事業には出来ないから、別の案を出さないと』

『だね。どうしようか』

アレ皇子の人形なんてどう?』

『あー、ありかも。あの変態皇子、なぜか帝都じゃ人気らしいし』

『アレのどこが良いのかね』

『見た目でしょ』

『目つきがキモいじゃん』

『お嬢を見てないときなら、それなりよ』

『まあ人気があるんなら、作ったら売れるわね』

『でも作りたくなーい!』

『あたしもー!』

『ていうか、帝国に販売許可もらうのとか、面倒じゃない?』

『アレっぽいけどアレじゃない人形なら、許可いらないでしょ』

『架空の人物ってこと?』

『あ、あの腐女子の妄想絵巻物にちなんだ架空のカップル人形なんか、どうかな』

『いいかも! 貴腐人層に売れるわよ!』

『どうせなら秘密倶楽部と提携したいわね』

『アデラに繋いでもらおうよ。あの子、正式に会員になったみたいだし』

『あそこって高位のお貴族様の集まりでしょ。アデラってば、どうやって入りこんだんだろ』

『一番高位の方にアレ皇子のネタを大量に持ち込んで、取り引きしたんだってさ』

『やるじゃん、アデラ』

『じゃ、うちらはそれで決まりね』

『量産するぞー!』



 武器庫では、警備班の会合が無言で行われていた。

 周囲は完全に無人だが、アレクシス皇子による盗聴を避けるために、彼らも念話テレパシーで議論しているのだった。


『野郎が集まって無言で座ってるのも不自然だし、武器の手入れのフリぐらいしようぜ』

『別にアレに聴かれても構わん気もするがな。どうせ今はろくに手出しできんだろうし』

『戦争の火消しで忙しいんだっけ?』

『お嬢のためにな。いい心掛けではある』

『変態だけどな』

『で、俺らはどうするよ』

『厨房組は菓子で、裁縫班はアレの人形か』

『武器製作は、微妙だよな』

『ダメだな。余計な火種になりかねん』

『お嬢と荒事を繋げるのは無しだ』

『武器のミニチュアなんかどうだ?』

『玩具ってことか?』

『大人でも好きな奴はいるだろ。聖剣マニアとか』

『そういや、アレ皇子って聖剣持ちじゃなかったっけ。薔薇の乙女を守護するとかいうヤツ…名前が出て来ん』

『プリンセスローザセイバーだろ』

『それだ』

『誰が作りやがったんだ、その聖剣』

『神話の時代の遺物って話だぜ』

『生まれ変わっても、ずっと持ってんのか…』

『変態の闇が深いな』

『その変態聖剣のミニチュア拵えて、裁縫班のアレ皇子人形に持たせるか』

『あんまり気乗りはしねえが、他に案もねえだろ』

『ねえな』

『じゃ、それで』



 城の庭園では、侍女のリビーと従者のネイトが念話で話し合っていた。

『発想はともかく、みんな肝心なことを忘れてるよな』 

『そうなのよ。ローザ様は、ご自身の手で作ることを考えてるみたいなのに、どの班も自分らだけでやろうとしてるじゃない。あとで絶対揉めると思う』

『だよな。皇子の人形をお嬢が手作りするとか、ないだろ』

『ローザ様は案外やりたがるかもだけど、ゲイソンとか、絶対触らせないでしょ』

『やりたがるのか?』

『うん。ローザ様、子どもの頃に王子様とお姫様の出てくる絵本が好きだったって、マーサさんから聞いたことがある』

『なら、アレの出てくる怪しげな本じゃなくて、その絵本の人形を作ったらいいだろ』

『あ、そうだよね。それ提案してみよっか』


 その時、ガゼボでローザの相手をしていたマーサから、二人に念話が飛んできた。

『あの絵本はダメよ』

『なんでだよ、マーサ。健全な話なんだろ』

『作者がね、帝国の皇子なのよ』

『って、まさかアレか?』

『アレ本人じゃないんだけど、ずっと昔のアレクシス廃皇子ていう人よ』

『結局アレじゃねーか。まったく、無駄に手広い野郎だな』

『ほんとよね。別の絵本か小説で、ローザ様がお気に入りのものがないか、お聞きしてみるわ』

『だな。俺もお嬢が気に入りそうな本でも探してみるわ』




 その頃、帝都の某所では、遠見の魔術を使用中のアレクシス皇子が、おかしな顔をしていた。

「なんか、城中がほとんど無言で不気味なんだけど…」

「念話を使っているのでは?」

「そうか、彼らなら、それくらい出来るよな」

「使用人全員が、帝国の暗部の人員よりも有能って、凄まじいですね…」

「戦闘能力はもっとすごいよ。密に連携されてしまうと、僕が百人くらいいても、たぶん勝てないと思う」

「四十人ほどで、某国の何百倍の戦力ですか…」

「まあ、だからこそ安心してローザを任せられるんだけどさ」

「殿下もそろそろ、手の者を増やされてはいかがでしょう」

「必要ないよ。僕にはテオがいてくれば十分さ」

「ご信頼いただくのは光栄なんですけどね」

「下手に人を増やして、お荷物になっても困るだろ」

「私の残業時間が長すぎることにも、多少ご配慮いただけると嬉しいんですが」

「…苦労かけてごめん」


 盗聴の魔術によって皇子たちを監視中のアデラが、嬉々としてネタを書き取っていること知る者は、誰もいなかった。


「僕にはテオがいてくれれば……くふふふふ。鬼畜皇子がマジメな秘書君にデレるとか、美味しいすぎるって。寝台で抱き合う二人の姿絵に添えれば、イケおじ騎士団長との組み合わせより、売り上げが伸びるかも! お嬢の新事業に、虹色絵巻プロジェクトも加えてもらわなきゃ!」


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