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業務日誌(一冊目)

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 城内に招かれたアレクシス皇子は、隅々までリフォームが済んでいることに軽く呆れた。

「入居して、まだ一日も経ってないよね。君たちの機動力って、ちょっとおかしくない?」

「普通でございますよ」

「応接室の天上に絨毯、窓枠全部の付け替え、家具の総取っ替えなんて、どうやって半日で終わるの? 僕が手伝える余地が全くないじゃない」

「お気持ちだけ頂戴いたしましょう」

「ローザには……今日は会えないよね」

「お嬢様次第でございますね」

「花だけでも、渡してくれる?」

「かしこまりました」

 侍従長の後ろに控えていたリビーが、皇子から無表情で花束を受け取り、応接室から出て行った。

 応接室には、侍従長とマーサが残った。
 アレクシス皇子は二人に席につくように促して、話を始めた。

「またあちこちから殺気を飛ばされそうだけど、今日の本題に入るよ。僕はローザと結婚したい」

 膨大な殺気とともに、どこからともなくいろんな物が皇子めがけて飛んできたけれども、すべて皇子の手で安全に回収された。

「カトラリーが多いな。もったいないから、返しておいてね」

「後で担当の者たちを叱っておきます」

「話を続けるけど、過去生でどうしても叶わなかった結婚の願いを、今度こそ叶えたい。そのために、君たちとの信頼関係を作っていきたい。一緒にローザを幸せにする仲間としてね。でないと不可能でしょ、ローザとの結婚なんて」 

 今度は、ボタンや縫い針、雑巾などが猛スピードで飛来したけれども、皇子に当たらずにテーブルに落ち、自動的に分類整頓されていた。

「侍女チームかな。相変わらず仕事熱心だね。ほんと、手強いな」

「よくわかっておいでで」

「そりゃ分かるさ。君たちは覚えてないだろうけど、僕にとっては、いまこの城にいる全員、初対面じゃないからね。従者のネイト君なんて、百回くらいは僕を殺しに来てたし、さっき花束を持ってったリビー? あの子には、僕の居城を十回は全壊させられてる。どうせ君ら、今世ではもっと戦闘力が上がってるでしょ。いくら僕でも、君ら全員相手にしてたら、身がもたないから」

「名前も、前世と同じでしょうか」

「顔も名前も同じだね。ほんと、不思議な現象なんだけど、完全に記憶を保持してるのは、いつも僕だけなんだ」

「お嬢様は?」

「毎度おかしい具合に改竄された、虫食いだらけの記憶を持ってるね。たぶん虚無のせいだと思うけど、どんな理由でそんなことになるのかは、僕にも分からない」

「それで、皇子殿下とお嬢様が結婚されることが、お嬢様の生活遠安全に保つのに必要、ということでございましょうか」

「いや、そうじゃないよ」

「ではどういった理由で求婚を?」

「愛してるからに決まってるでしょ。理由なんてそれに尽きる」

 野菜の皮と枯葉が大量に飛んできた。

「厨房担当と庭師かな。掃除が大変だから、やめようよ」

「全部皇子殿下がキャッチされてますから、問題ないでしょう。見事な腕前でいらっしゃいます」

「長年の経験と、慣れだよね」

 下がっていたリビーが、応接室に戻ってきた。

「ローザ様が、お会いになるそうです」

「えっ? ここに来てくれるの?」

「はい、たぶん」

「たぶん?」

「寒気に耐えられそうなら、とのことですが、厚着をされましたので、たぶん大丈夫かと」

「ローザ、風邪ひいちゃったの?」

「いえ、皇子殿下のおぞましい存在感に強烈な寒気や吐き気を催すのに、もう少しで慣れそうだ、ということでした」

「僕の扱い、酷くない?」

「普通だと思われます」

「あのね、君らの普通って、全然普通じゃないからね」



 しばらくして、丸々と着膨れしたローザが、恐る恐るといった様子で、応接室に入って……来なかった。

「皇子殿下に、ご挨拶申し上げます…」

「ローザ! やっと会えた…けど、せめて部屋に入ろうよ。あと一歩だよ」

「いえ、こちらで失礼いたします」

「遠いよローザ…怯えてる君は猛烈に可愛…いや、僕まで心配になってしまうよ。でも、うん。無理してほしくないから、そこでいいよ」

「ありがとうございます。あの、私、いろいろお話を聞いて、前世の記憶の歪みについて、だいぶ気づくことができました」

「君を滅ぼしたのが、僕じゃないことも?」

「はい。あと、酒池肉林とか、綺麗どころと放蕩三昧とか、鯨飲馬食とか」

「僕はそんなの絶対やってないからね!」

「いえそれは、私がやってないってことでして」

「もちろん君もやってない!」

「ええ。それで、あの、おかしい記憶のほとんどが間違いなのは分かったんですけど、どうしても、事実だと思える異様な記憶が、いくつか残ってるんです」

「何だろう。差し支えなければ、聞かせてほしい。僕の記憶で、君を安心させてあげられるかもしれないから」

「ありがとうございます。あの、絶対歪んだ記憶だとは思うんですけど、過去生の皇子殿下が、覗きがご趣味というか、特技でいらして、あの、なんか場末の特殊趣向の娼館に通い詰めている美しい男性を、遠隔透視でずっと観察してらっしゃって…」

「え」

「それで私が、あの…皇子殿下のことを、変態とかサディストとか、散々に罵ってて…」

「……」

「やっぱり改竄された記憶ですよね、これ」

「……ここのみんなと、ローザの信頼を得るために、僕は嘘をついちゃいけないんだよね。だから、誤解を恐れずに認めるよ。その記憶は、ほぼ事実だ。でも、今世でこそ信じてほしい。僕はその美青年の痴態を見たくてそんな場所を監視してたんじゃないんだ! 何もかも君のためだったんだ!」

「でも、前世の皇子殿下は、私をその特殊娼館にお誘いになって…」

「それは言葉のアヤというか! いや誘ったけど、そんなところに本気で連れていくつもりなんか、あるわけないだろ!」

「言葉の、アヤ…」

 城内の殺気が、どんどん高まりつつある中、リジーが一冊の薄い本を、そっとローザに差し出し、そばに立っていたネイトが、書名を読み上げた。


「アレクシス殿下と騎士団長と魔導ギルド長の、美しくも爛れた三角関係、シリーズ第三部、場末の娼館での甘く痛く裂ける日々…」

「ちょ! なんだそれ!? 事実じゃないからね! ローザ信じて!」

 次の瞬間、極めて強力な強制転移魔術が発動し、アレクシス皇子の姿は応接室から消え去った。


「ネイト、どこに飛ばしたのよ?」

「隣国の場末の娼館。お好きみたいだから、喜ぶんじゃね?」

「お嬢様、アレとの縁談につきましては、しばらく永久に保留ということで、構いませんかな」

「うん、アルダス、ちょっとよく考えるね…」

「さて、お客様にもお帰りいただけたことですし、今夜はこれでお開きにしましょうね!」

 応接室の微妙な空気を、マーサの明るい声が吹き飛ばした。

「ローザ様、お手伝いしますので、お部屋に戻ってお着替えしましょう。そして、とっとと寝て、全部忘れてしまいましょう!」
「ありがとう、リビー」

 厨房では、料理長と防御班が、打ち合わせをしていた。

「アレが次に来襲して来た場合の強制送還先のリストが必要だな」
「場末の娼館一択だろ」
「あまり変化がないと、対策されちまうだろ」
「じゃ、騎士団長の私室の寝台は? 濃厚な絵巻付きで」
「正確な位置を調べておくか」
「秘密倶楽部とやらの定例会とかサロンはどうだ」
「貴腐人方にお喜びいただけそうだな」
「秘書と抱き合わせで放り込め」
「アレとお嬢との結婚についての皆の意見は?」
「そこはアレの頑張り次第だろ? お嬢自身がいいってんなら、心の底から残念だが文句はない」
「客観的に、優良物件ではあるんだよな」
「どこか憎めない奴だしな。しかし変態はなあ…」
「あたし、あの皇子って、隠れ嗜虐趣味者だと思う」
「なんだと!? 根拠は?」
「言動の端々に、ちらちら見えるんだよね。お嬢が怖がって震えてると、うっすら嬉しそうなんだもん。ヤバいよあいつ」
「駆除するか」
「駆除だな」

「よし、駆除担当班を臨時で結成する! 希望者は明日の朝まで俺に申し出ろ!」
「料理長、ンなこと言ったら全員きちゃうでしょ」
「総力戦も、やぶさかではない!」






 前々前世から持ち越している、アレクシス皇子の真実の恋は、当分成就しそうになさそうだ。




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