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業務日誌(一冊目)
(7)前夜
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使用人一同が騒がしく働き始めると、侍従長のアルダスが、ローザの元に進み出てきた。
「お嬢様のお部屋のご用意ができておりますので、ご案内いたします」
「部屋? 私の!? 一体いつ用意したの?!」
「こちらに着いてから、真っ先に」
「五分で?!」
「二分ですな」
「……」
「執事の甲斐性の見せ所は、常に逃さない所存でございますので」
ローザの自室だと案内された二階の部屋には、真新しい家具が設置されていて、壁紙まですっかり張り替えられている。
「昨日の内見では、ただの空き部屋だったんだけど…」
「防音防虫防湿等、すべて抜かりなく済ませてございます。
「甲斐性、ありすぎよ…」
「恐れ入ります」
部屋の中では、お茶の用意をすっかり整えたマーサが、ローザを待ち構えていた。
「二人とも、時間短縮とか使ってる?」
「そういう者もおりますけれども、私のは、単に長年の経験と、慣れですよ」
「マーサ、それ、慣れの次元が違うから…」
ネイトとリビーもやってきて、部屋の扉が閉じられると、使用人たちの明るい喧騒が遠ざかり、包み込むような静寂が訪れた。
「ローザ様、ご心配事を、どうか遠慮なさらずに、お話になってください」
「マーサ…」
「何かあるのは分かってる。お嬢が何かを怖がってるのも。全部話さなくてもいい。危険を避けるための、最小限の情報でいいんだ」
「ネイト…」
「お願いです、ローザ様。何も知らないままだと、ローザを守れませんから。何も知らない私たちを守ろうとするローザ様を、私たちこそが、守りたいんです!」
「リビー…」
「で、今度は如何なる馬鹿者が、お嬢様を損なおうとしておるのですかな。迎え撃つ準備は常に万端ですが、攻撃こそが最大の防御となる場合もございますぞ。ご指示あらば、相手がどこの誰であれ、このアルダスが討ち取ってまいりましょう」
「アルダス、それ、確実に過剰防衛だから」
「勝っちまえば問題ないぜ。たとえ相手が、帝国の皇子でもな」
「!!!!」
一階では、引越しパーティの準備と並行して、物騒な打ち合わせが行われていた。
「第三皇子の保有戦力の把握を急げよ」
「帝都に五人飛んだ。スープの仕込みが終わったら俺も行く」
「お嬢との関係についての情報は?」
「魔導ギルドの連中の脳を片っ端から読んでるけど、めぼしい記憶がないな」
「液体魔力絡みかねえ」
「城売って懐柔して、取り込む感じ?」
「それくらいで、うちのお嬢が怖じけるか?」
「だよなあ。ぶっ壊して他所に飛んじまえばいい話だし」
「その皇子ってやつ、お嬢に何しやがったんだかな」
「あたしは変態って線が濃いと思う! お嬢、めっちゃ可愛いもん!」
「第三皇子の性的嗜好の情報は?」
「この街と帝都の歓楽街全域と、騎士団あたりを探ってますけど、気持ち悪いほど何にも出ません」
「かえって怪しいな」
「あ、ちょっと待って……数件の噂話がありました」
「お、どんな内容だ?」
「腐女子って、ご存知です?」
「なんだそりゃ、知らん」
「あ、僕知ってる! 貴婦人たちの秘密倶楽部で流行ってるらしいですよ。高貴な男性たちを勝手に見繕って、男同士の恋人に見立てて、恋愛戯曲をこしらえるんですよ」
「話が見えん。それと皇子がどう関係するんだ」
「戯曲の一番人気が、第三皇子と騎士団長のカップルだそうです。次が、隣国の王太子と第三皇子、魔導ギルド長と第三皇子ってのもあって、渋さがたまらないってんで最近人気急上昇だとかで、絵巻がバカ売れしてるようです」
「…話は見えたが、お嬢関係なくないか?」
「ないな」
「デザート上がりまーす! ってことで、私もちょっと飛んできますね。秘密倶楽部界隈に! 戯曲本回収がてら!」
「それお前の趣味だろ! 自重しろ!」
「もちろんちゃんと皇子のことも探ってきますってー」
同じ頃、帝都のとある場所で、噂の第三皇子が頭を抱えていた。
「僕ですら知らない僕の情報を、小一時間で集めるとかね。君の使用人たち、有能すぎるでしょ」
皇子の手のひらで、小石がキラキラと輝いている。
「…っていうか、何だよ絵巻物って。ローザに見られる前に回収しないと、とんだ誤解を生みそうな予感しかしない…」
皇子は、どことなく楽しそうに光っている小石を、悩ましげに見つめた。
「戦で国を落とすより、あの使用人たちを懐柔するほうが、よっぽど難易度が高そうだけど…やらないと、ダメなんだよな。君の大切なもの達だから」
小石が頷くように瞬いた。
「ねえ、君と普通に恋愛する道のりが、険しすぎるよ、ローザ…」
「お嬢様のお部屋のご用意ができておりますので、ご案内いたします」
「部屋? 私の!? 一体いつ用意したの?!」
「こちらに着いてから、真っ先に」
「五分で?!」
「二分ですな」
「……」
「執事の甲斐性の見せ所は、常に逃さない所存でございますので」
ローザの自室だと案内された二階の部屋には、真新しい家具が設置されていて、壁紙まですっかり張り替えられている。
「昨日の内見では、ただの空き部屋だったんだけど…」
「防音防虫防湿等、すべて抜かりなく済ませてございます。
「甲斐性、ありすぎよ…」
「恐れ入ります」
部屋の中では、お茶の用意をすっかり整えたマーサが、ローザを待ち構えていた。
「二人とも、時間短縮とか使ってる?」
「そういう者もおりますけれども、私のは、単に長年の経験と、慣れですよ」
「マーサ、それ、慣れの次元が違うから…」
ネイトとリビーもやってきて、部屋の扉が閉じられると、使用人たちの明るい喧騒が遠ざかり、包み込むような静寂が訪れた。
「ローザ様、ご心配事を、どうか遠慮なさらずに、お話になってください」
「マーサ…」
「何かあるのは分かってる。お嬢が何かを怖がってるのも。全部話さなくてもいい。危険を避けるための、最小限の情報でいいんだ」
「ネイト…」
「お願いです、ローザ様。何も知らないままだと、ローザを守れませんから。何も知らない私たちを守ろうとするローザ様を、私たちこそが、守りたいんです!」
「リビー…」
「で、今度は如何なる馬鹿者が、お嬢様を損なおうとしておるのですかな。迎え撃つ準備は常に万端ですが、攻撃こそが最大の防御となる場合もございますぞ。ご指示あらば、相手がどこの誰であれ、このアルダスが討ち取ってまいりましょう」
「アルダス、それ、確実に過剰防衛だから」
「勝っちまえば問題ないぜ。たとえ相手が、帝国の皇子でもな」
「!!!!」
一階では、引越しパーティの準備と並行して、物騒な打ち合わせが行われていた。
「第三皇子の保有戦力の把握を急げよ」
「帝都に五人飛んだ。スープの仕込みが終わったら俺も行く」
「お嬢との関係についての情報は?」
「魔導ギルドの連中の脳を片っ端から読んでるけど、めぼしい記憶がないな」
「液体魔力絡みかねえ」
「城売って懐柔して、取り込む感じ?」
「それくらいで、うちのお嬢が怖じけるか?」
「だよなあ。ぶっ壊して他所に飛んじまえばいい話だし」
「その皇子ってやつ、お嬢に何しやがったんだかな」
「あたしは変態って線が濃いと思う! お嬢、めっちゃ可愛いもん!」
「第三皇子の性的嗜好の情報は?」
「この街と帝都の歓楽街全域と、騎士団あたりを探ってますけど、気持ち悪いほど何にも出ません」
「かえって怪しいな」
「あ、ちょっと待って……数件の噂話がありました」
「お、どんな内容だ?」
「腐女子って、ご存知です?」
「なんだそりゃ、知らん」
「あ、僕知ってる! 貴婦人たちの秘密倶楽部で流行ってるらしいですよ。高貴な男性たちを勝手に見繕って、男同士の恋人に見立てて、恋愛戯曲をこしらえるんですよ」
「話が見えん。それと皇子がどう関係するんだ」
「戯曲の一番人気が、第三皇子と騎士団長のカップルだそうです。次が、隣国の王太子と第三皇子、魔導ギルド長と第三皇子ってのもあって、渋さがたまらないってんで最近人気急上昇だとかで、絵巻がバカ売れしてるようです」
「…話は見えたが、お嬢関係なくないか?」
「ないな」
「デザート上がりまーす! ってことで、私もちょっと飛んできますね。秘密倶楽部界隈に! 戯曲本回収がてら!」
「それお前の趣味だろ! 自重しろ!」
「もちろんちゃんと皇子のことも探ってきますってー」
同じ頃、帝都のとある場所で、噂の第三皇子が頭を抱えていた。
「僕ですら知らない僕の情報を、小一時間で集めるとかね。君の使用人たち、有能すぎるでしょ」
皇子の手のひらで、小石がキラキラと輝いている。
「…っていうか、何だよ絵巻物って。ローザに見られる前に回収しないと、とんだ誤解を生みそうな予感しかしない…」
皇子は、どことなく楽しそうに光っている小石を、悩ましげに見つめた。
「戦で国を落とすより、あの使用人たちを懐柔するほうが、よっぽど難易度が高そうだけど…やらないと、ダメなんだよな。君の大切なもの達だから」
小石が頷くように瞬いた。
「ねえ、君と普通に恋愛する道のりが、険しすぎるよ、ローザ…」
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