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業務日誌(一冊目)
(3)着荷
しおりを挟むローザたちを乗せた荷馬車は、往来の少ない林道に入ってから、ネイトの瞬間移動魔術で隣国との国境を一気に超えた。
事前に入国許可を取得しているため、密入国には当たらない。市民権を得るには、もう一手間かかるけれども、問題なく済むだろう。
隣国の名前は、ローザンティエンデイ帝国。
自分の名前が入っていることで、縁を感じて逃亡先に選んだローザだけれど、前世の記憶のせいで、今はかなり後悔していた。
(邪神の私も、ローザっていう名前だったのよね…)
自分を滅ぼした皇子の名前は、はっきりとは思い出せないけれど、いまの皇家に、印象の近い名を持つ男性はいないはずだった。
(レ…レク…違う、レシク、レシアス…うーん、レで始まるのは、間違いない気がするんだけど)
落ち着き先が決まったら、図書館で帝国の歴史書を詳しく調べようと、ローザは思った。
邪神関係の記録があるなら、なんとしても把握しておきたい。
もちろん、いまのローザは邪神ではない。
酒池肉林にも鯨飲馬食にも全く興味がないし、悪の限りを尽くす人生など、絶対にお断りだ。
(でもなんとなく、呪術とか、使えるような気がするのよね。うっかり使わないためにも、いろいろ知っておかないと)
リバーズ家を去る間際に、ゲブリルに診察を勧めたのは、微かだけれども、やってしまったような予感がしたからだった。
(紅茶をかけられて思考が途切れたとき、目から何か出たような気がするんだけど…あの人、変なことになってないかしら)
後から来ることになっている使用人たち…ローザは仲間で家族だと思っている…に、リバーズ家の様子を見てきてもらうために、後で連絡を入れることにした。
「目的の街が見えてきた。もうすぐだ」
「なら降りる支度をしませんと。リビー、荷物の用意を。ネイト、宿は決めてあるんですよね」
「魔導ギルドの近くの宿に、予約をいれてある。三人部屋だ。お嬢とマーサとリビーの分。俺は馬車で寝る」
「ローゼ様と同室なんて、最高に嬉しっ…じゃなくて、申し訳ないです」
「リビー、あっちに残ってる連中には黙っておけよ。恨まれるぜー」
「言うわけないでしょ! 私だけの秘密よ!」
「私もいますけどね」
「マーサさんはローザ様の乳母だったんですから、いいんです!」
理由は分からないけれど、ローザは幼い頃から、ブラックデル家の使用人たちに問答無用で愛され、慕われている。
ローザは特に慈悲深い人間ではないし、目を見張るほど愛らしい容姿でもない。
わりとよくあるダークブランの髪に、同じような色の目。中肉中背より少し細め。そして自己主張が控えめな、お胸。
ごく普通の幼児だったし、いまだって、どこにでもいそうな令嬢だ。
それなのに、使用人たちは、雇い主の養父母ではなく、ローザこそが自分たちの真の主だと思っている。
実際、ローザが収入の手立てを得てからは、給料の大半をローザが出しているので、実質的な雇い主ではあるのだけど、彼らがローザを慕う理由は、そこではない。
そばにいるだけで、自分の人生が好きになる。
ローザはそんな主なのだという。
(養父母や元婚約者には、そんな風には思われなかったみたいだけどね)
宿は街の中心部にあった。
ネイトは宿には入らず、馬車置き場に向かった。馬房に馬を預けてから、今夜は馬車の中で過ごすという。
ローザはマーサたちと宿に入り、部屋に荷物置いてから、三人で魔導ギルドに向かうことにした。
「ローザ様、着いたばかりで、お疲れではありませんか?」
「全然平気よマーサ。お茶を二杯いただく時間しか、乗ってないもの。仕事の手続きをさっさと済ませて、みんなで住める家を決めましょう」
ローザは、魔力を液体に変えるという、特殊な技術を持っている。
液体魔力は、ごく少量で高い魔導反応を引き起こすことが出来るため、効率のいい魔導燃料として、魔導ギルドなどで高額で取り引きされている。
液体魔力を作る技術を持つ人は少なくないけれど、彼らのほとんどは、自分の魔力を液体化しているため、保有魔力の上限までしか生産することができない。体内の魔力を使い切ってしまえば、回復するまで何日も寝て待つしかない。
そのため、液体魔力製造だけで裕福に暮らしていけるのは、よほど人並み外れた魔力量を持つ、一部の者に限られていた。
一方ローザは、人類としては桁違いの魔力を持つだけでなく、空気中に浮遊している魔力を自在に液体化するという、反則技のような特技を持っていた。
つまり、時間と空気さえあれば、無限に液体魔力を生産できるわけで、それによってローザは、幼いころからコツコツと、家出のための膨大な資金を稼いでいたのだった。
「婚約破棄が予想より早かったのは良かったけど、国を出る前に住む家を決められなかったことだけは、残念だったわ。みんなと一緒に来られなかったもの」
「あの元婚約者様って、間がいいのか悪いのか、微妙なお方でしたねえ」
「ほんとにね、リビー」
ゲブリルを蛇蝎の如く嫌っているリビーとしては、もっと口を極めて罵りたいところだったが、マーサに叱られるので、自重している。
「でも、私の悪口を盛大に言いふらしてくれたのは、有り難かったわね。おかげで無事に婚約破棄できたわけだから」
リバーズ家をダニだらけの布団よりも毛嫌いしているマーサは、婚約破棄に至った事情も気に入らないようだった。
「そうはおっしゃいますけども、私はどうにも腹立たしくてなりませんでしたよ。リバーズ家の馬鹿者たちの尻馬に乗るようにして、私どもまで、大切なお嬢様の醜聞に、尾鰭背鰭をつけて回るだなんて、ろくでもない仕事をする羽目になったんですからね」
「あの時はネイトたちが、あちこちの酒場を回って、すっごく悪ノリしてましたよねー、マーサさん」
「お嬢様が魔鯖を生きたまま何十匹も丸呑みしただなんて、くだらない噂を流したと聞いたときは、ネイトの頭を引っ叩いてやりましたよ! 」
「マーサったら。私は大笑いしてたのに」
話しているうちに、魔導ギルドの入り口についた。
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