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第二章 名もなき古話の神々は、漂泊の歌姫に祝福を与ふ
尾の長すぎる怪鳥は、眠れぬ恋を啄み呪う(24)ムササビ返し
しおりを挟む──見事じゃ、ミチザネ。
女皇帝の賞賛に、ミチザネは苦笑した。
──耳を汚すことばを聞かされましたので、黙らせたまでですよ。多少焦がしたのは、私の不徳のいたすことろです。
「では、汚れた言葉を生み出す邪念を、こちらで回収するとしよう」
ヒギンズは、左手で魔導モニターを表示させ、倒れた巫術師たちの想念を読み込ませる術式を、無詠唱で展開した。
──ヒギンズよ、それは、汝らの鬼道の呪具かの。
女皇帝が興味深そうに、魔導モニターを覗き込んでいる。
「どちらかというと、医術の分野に属する魔術ですよ。まあ私はもっぱら、彼らのように頭の悪い者たちへの施術として、極秘裏に使用していますがね」
──そういえばヒギンズは、学者であったな。本業は医師か。
「医師になることもありますが、古い文献を発掘し分析することが、自分の本業だと思っています」
──サラとの仕事のことだな。
「ええ」
魔導モニターが赤く光り、想念読み込みの終了を知らせた。
「予想はしていたが、悍ましいの一言に尽きる」
画面には、巫術師の里がサラの家門を搾取するようになった事情と、いま進行中の陰謀の詳細が、生々しい映像つきで記述されていた。
──いつの世にも、こうした者どもがいるのだな…
ヒギンズの脇でモニターを眺めていたミチザネが、重い声でつぶやいた。
「こちらの言語が読めるのですか」
ヒギンズの問いに、ミチザネは首を傾げながら答えた。
──いや……読めるというのでなく、書かれていることの意味が、直に心に流れ込んでくるようだ。それよりヒギンズ殿、これは、あまり猶予がないように思うのだが。
ヒギンズは、厳しい顔でモニターを凝視した。
「サラは、まもなく魔獣が大量に湧く予定の戦場に送られたようだ。巫術師たちの先読みで、魔獣の大暴走が予測されたというのだか、その情報は国には伏せられているらしい」
──その先読みは、我らの間でも成されていた。奸計によって、サラがそこに送られるであろうこともな。だから我は、汝らの城に知らせに行ったのだ。サラには、呼ばれても応じるなと念を押したのだが。
女皇帝の言葉に、ヒギンズは首を横に振った。
「応じる以外の選択肢は、サラにはなかったはずです。サラにとって大切なものたちを、人質に取られていた状態だったでしょうから」
その人質のなかに入っていたはずのミーノタウロスが、地上から「さららの動く仮宮!」に向けて、鋭く吼えた。
「みぎゃあああああああ!(そっちに敵が大量に飛んだにゃー!)」
ミーノタウロスの警告通りに、黒い石つぶてのようなものが、回廊にたくさん飛び込んできた。
──姫様、お下がりを!
志斐嫗が翳を大きく振り回すと、ツノのあるネズミのような生き物がバラバラと回廊に落ちた。
──これは、式神ですな。こちらの世には陰陽師もいるのですか。
ミチザネが指先から小さく放電すると、ネズミたちは紙の札に変わった。
──まだまだ飛んで来ますぞ!
志斐嫗が振り回す翳を掻い潜って、ツノのあるネズミの大群が押し寄せてきた。
──的が小さいのが厄介ですな。
ミチザネが稲妻を何度も放って撃退を試みるけれども、回廊に当たると火事になるために加減をせねばならず、一網打尽とはならない。
志斐嫗とミチザネに撃ち漏らされたネズミたちは、宮の柱に取り付いて、ガリガリと齧り始めた。
「神殿を齧り壊すつもりか。姑息な」
ヒギンズは氷の術式で、ネズミを柱ごと凍らせて動きを止めた。
しかしネズミの飛来は止まらず、回廊や宮の天井に齧り穴が増えてきた。
──こんなこともあろうかと、異腹の弟から、使えそうな歌を預かってきたのじゃ。我が美声を披露してくれようぞ!
ネズミに応戦するヒギンズたちの背後に立った女皇帝は、すうっと深く息を吸うと、朗々と声を響かせた。
『むささびは 木末求むと あしひきの 山の猟夫に あひにけるかも』
歌が終わると同時に、女皇帝の両脇に、背の高い武人がずらりと並んだ。
──我が召喚に応じたる僕たちよ、ムササビの如きものを飛ばし我が宮に仇なす者どもを、ことごとく倒せ。よいか、面倒だが一人も殺すな。賢しらな者に、きっちりと分をわきまえさせるための戦じゃ。行け。
武人たちは無言で頷くと、回廊の欄干を飛び越えて地上に向かった。
ほどなくして、ネズミの式神の飛来がピタリと止まった。
+-+-+-+-+-+-+-+-
〈あの世っぽい世界〉
非ムササビ的に生きた皇子
「僕の歌が姉上のお役に立ったみたいで、なによりですよ」
非ムササビ的な皇子の息子
「身の程知らずに高い所に飛びつこうとした奴が、はっ倒される歌ですからねえ。そりゃあ、高みにいらっしゃる叔母上のお役に立つでしょうよ」
非ムササビ的に生きた皇子
「あのさ、君、もしかしたら誤解してるかもだけど、僕は別に、皮肉な気持ちで、あの歌を姉上にお勧めしたわけじゃないんだよ」
非ムササビ的な皇子の息子
「父上のお気持ちは、分かってるつもりですよ。叔母上のこと、嫌いじゃないんでしょ?」
非ムササビ的に生きた皇子
「うん。あまりにも高いところで、本当に孤独に生きられたお方だからね。お気持ちを考えると、切なくなることも多かったよ。僕らのことも、さりげなく大切にしてくれてたしね」
非ムササビ的な皇子の息子
「生かさず殺さずって感じだったけどねー」
非ムササビ的に生きた皇子
「まあそう言うなって。君、のびのびと暮らしてたじゃないの」
非ムササビ的な皇子の息子
「まあね。弟の白壁なんて、歌を詠む余裕すらなく酒に逃げてたのに、結局天皇になっちゃったもんね」
非ムササビ的に生きた皇子
「あの子は、逃げ方がムササビ的だったんだよね」
非ムササビ的な皇子の息子
「うん。逃げようとして、うっかり高いとこに登っちゃうんだもんなあ」
+-+-+-+-+-+-+-+-
*鬼道……謎の超能力。邪馬台国の女王卑弥呼が、国を治めるのに使ったらしい。
*非ムササビ的に生きた皇子……志貴皇子。天智天皇の第七皇子。持統天皇の二十三歳ほど年下の異母弟。粛清されることがなかったかわりに、出世とも縁のない人生だったけど、死後五十年以上たってから、息子の白壁が天皇になる。
*非ムササビ的な皇子の息子……湯原王。志貴皇子の息子。無冠のまま終わったらしい。浮気相手との熱烈な歌のやり取りで知られる。
*白壁……光仁天皇。志貴皇子の第七皇子。天皇になるつもりはなかったので、アルコール依存症のふりをして目をつけられないようにしていたのに、他の皇族が粛清されまくったため、即位することになってしまった。
*志貴皇子のムササビの歌
むささびは木末求むとあしひきの山の猟夫にあひにけるかも
(万葉集 267)
【良い子のための意訳】
ムササビの話なんだけどさ、あれって、高い木に登って、そこから飛んで獲物を獲るじゃない?
で、高い木といえば、高い山でしょ。獲物欲しさに、せっせと山登ってたムササビが、猟師にばったり出くわして、自分が獲物になっちゃうわけ。
高いところに登りたがるのが、ムササビの本能なんだろうけどさ、本能が命取りになるとか、不条理だよねえ。
え?
即位したがってる皇族の話とかじゃないよ。あくまでも、ムササビ談義なの。
まあ僕は、アンチムササビ派だけどね。
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