惨歌の蛮姫サラ・ブラックネルブは、普通に歌って暮らしたい

ねこたまりん

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第二章 名もなき古話の神々は、漂泊の歌姫に祝福を与ふ

尾の長すぎる怪鳥は、眠れぬ恋を啄み呪う(19)索敵と破壊

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 絶叫して立ち止まったサラの前に、黒い扉があった。

「この勝手口から、対岸へ抜けられマス」

 セバスティアヌスに案内されて、サラたちは厨房の奥に着いていたのだった。

「……分かった。いや、何も分かっていないような気もするのだが、とにかく私がいまやるべきことを、片付けてこよう」

「私も参りマス」

 気がつけばセバスティアヌスは鎖帷子を身につけ、大剣を背負っていた。

──僕も、行くよ。

 ヒトマロは、大きな弓を抱えているけれども、矢が見当たらない。

「お客様、よろしければ、矢をお持ちいたしマショウカ?」

 セバスティアヌスが声をかけたけれども、ヒトマロは首を横に振った。

──矢はいらないよ。この弓は石玉を弾くよ。

「ほほう、弾弓だんきゅうでございマスカ」

──うん。これで、あの悪い煙の元を消すよ。行こう。

「参りマショウ」
「うむ」
「にゃー」
「ぴゃー」

 セバスティアヌスが黒い扉を開くと、紫の煙が毒々しく輝きながら無数に立ち上る河原が見えた。

 煙の元には火の気がなく、かわりに黒っぽい玉のような魔具が置かれている。

 サラが戦斧で魔具の玉を叩き割ると、煙はすっと消えた。

「見たところ、数百はあるようデス。手分けいたしマショウ。私は右方向を壊しマス」

「では私は左へ行こう」

──僕はここから、真っ直ぐ向こうまで、全部壊すよ。

 三人は頷きあうと、それぞれの方角の玉を壊すために別れた。

 しばらくしてサラは、自分が進んでいる方向の煙が、どんどん増えていることに気づいた。
 
「魔物寄せの魔具を撒いている者が、まだいるのか?」

「ぴゃーっ!」

 サラの少し前を進んでいたバイラが、進行方向を睨みながら鋭く鳴いた。

「元凶を先に倒したい。エキドナ、バイラ、どうか力を貸して欲しい」

 二匹の猫精霊は、素早くサラの両肩に駆け上ると、煙の増えている方角に向かって、目から白い光線を何度か放った。

 遠くから「ぎゃあ」という悲鳴が聞こえ、煙の数は増えなくなった。

「何者だったのだろう。巫術師ではないと思うが…」

 魔物寄せの魔具は、サラの見たところ、巫術に由来するものではなさそうだった。

「ぴゃ」

「うむ、考えるのは後だな。早く煙を始末せねば」

 バイラに促されて、サラは再び戦斧を振るいはじめた。

 サラとは逆の方向では、セバスティアヌスが五人の不審人物を気絶させ、縛り上げているところだった。

「服装を見るに、他国の者のようデス。ここを片付けマシタラ、じっくりと、目的を伺いマショウカ」

 セバスティアヌスは、縛り上げた者たちを、研究所内の地下倉庫に強制転送した。

「それにシテモ、巫術の里へ飛ばれたヒギンズ様との連絡が、どうしても取れマセン。早くサラ様のご無事をお伝えしたいのデスガ…」



+-+-+-+-+-+-+-+-

女皇帝

「仕方がない、やるか…」

志斐嫗しいのおみな

「いよいよですな。おや、なにやら絹布がひらひらと」

女皇帝

「どうせまたヒトマロの歌であろう。寄越せ」

──────
大君は神にしませば天雲のいかづちの上にいおりせるかも

【良い子のための意訳】

 僕の大王さまは、ほぼ神様だからね、空に浮かんでる雲のなかでピカピカしてる、雷の上に、おうちを建てて、宮殿にしちゃったんだよね。びっくりだよね。


──────

志斐嫗

「はて、これは一体いかなる意味でありましょうや」

女皇帝

「……あの阿呆、我に何をさせる気ぞ」


志斐嫗

「姫様には、歌の真意がお分かりになるので?」

女皇帝

「分かりたくもないがな!」

祖父

「我の飯はまだか」

女皇帝

たれかある! おじじ様にナマコでも持たせて、父上の宮にお連れせよ!」

志斐嫗

「あれはまだ漬かっておりませんですよ」

女皇帝

「ならカモメの塩焼きでよい! 黒歴史なんぞ、くそ親父の専売特許にしてくれるわ!」


+-+-+-+-+-+-+-+-

*女皇帝……持統天皇。

*志斐嫗……持統天皇に仕えているオババ。

*祖父……舒明天皇。

*くそ親父……天智天皇。持統天皇の父で、舒明天皇の息子。

*ヒトマロ(柿本人麻呂)の歌は、万葉集の巻三(235)に掲載されています。

*弾弓……矢ではなく、玉を弾く弓。古代中国で使われていて、日本でも正倉院に保存されたものがあるという。




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