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第二章 名もなき古話の神々は、漂泊の歌姫に祝福を与ふ

尾の長すぎる怪鳥は、眠れぬ恋を啄み呪う(16)猫と教授

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 歌力開発事業団の研究棟に戻ったヒギンズは、熟睡している研究員たちの中から、巫術師と思われる者たちを探し出し、寝たままの状態で、次々と仮眠室へと転送した。

 全員を転送し終わったヒギンズが仮眠室に行くと、ミーノタウロスが、床に転がった若いの男の顔を、前足でぐりぐりと踏みにじっているところだった。

「知り合いか」

「ぶぶにゃん(そうにゃ)」

「なぜ踏む?」

「ぶぶにゃーん、ぶにゃ(こいつは、大嫌いにゃ)」

「サラと何かあったからか」

「にゃにゃーん(いたぶってたにゃ)」

「……幼い頃の話か」

「ぶにゃんにゃん(里にいた頃から、ずっとにゃ)」

「その話、あとで詳しく聞かせてもらおう。今はそいつの脳に用がある。ちょっとどいてくれ」

 ミーノタウロスが顔から足をどけると、ヒギンズは、男の頭に刺すような視線を向けて、詠唱した。

「その身に隠す罪禍に相応の罰として、身を削り尽くす悔恨と隷属とを命ず。我が最愛の友を救うために必要な情報を、全て開示せよ」

「ぐにゃーん(えぐい術だにゃー)」

 ミーノタウロスのつぶやきを無視したヒギンズの意識に、サラを陥れようとする計画が流れ込んできた。


「サラを失踪させて、事業団でのサラの業績を横取りし、一部の保守的な者たちで山分けにする…か。そこまでは予想通りだが、サラの居場所はどこだ?」

 ヒギンズは、男の脳に容赦のない圧を加えた。

「にゃんにゃー(脳が壊れないかにゃ)」

「少しくらい構わん。死なない程度にはしておく」

 男は苦悶の表情で呻いたが、サラの失踪についての詳しい情報は出てこなかった。

「にゃにゃんにゃ(こいつ、知らないみたいだにゃ)」

「うむ。他の者にも聞くとしよう」

 ヒギンズは同じ方法で残りの巫術師の脳を覗き終わると、なんとも言えない表情でミーノタウロスを見た。

「居場所は分からないが、一つだけ新しい情報があった」

「にゃんにゃ(何だにゃ)」

「床の男がサラの子の父親になるのだそうだが……ミーノタウロスは知っていたか」

「ぶにゃー(初耳にゃ)!」

「お前が知らないということは」

「にゃんにゃー(当然、サラも知らないにゃ)!」 

「聞きにくいことを尋ねるが、サラに、子は?」

「にぎゃー(出来てるはずないにゃ)!」

 ミーノタウロスが後ろ足で男の頭を散々に蹴り付けるのを放置して、ヒギンズは思考をめぐらせた。

「表向きサラを失踪させて、どこかに幽閉し、歌力開発の仕事をさせる気か…」

 床の男の顔が引っ掻き傷だらけになると、ミーノタウロスは別の巫術師の顔を爪の餌食にし始めた。

「子を産ませ、サラを縛り付ける人質にする……推測するのも不快な策だな」

「にゃっ、にゃにゃっ(こいつらは、そういう連中にゃ)!」

 ヒギンズは、顔がみみず腫れだらけになった巫術師たちを見下ろしながら、静かな声で、ミーノタウロスに尋ねた。

「巫術師の里とやらを、滅ぼしてもいいと思うか?」

「にゃーー(最高にいい考えにゃ!)」

「では、行くか」

「にゃおー(行くにゃ)!」


 いかなる時でも冷静沈着であることで知られるヒギンズ卿は、いま、完全にブチ切れていた。

 そして、元から巫術師の里に恨み骨髄だったミーノタウロスは、完全にやる気だった。

 止める者のいないまま(いても止められなかっただろうが)、二人は巫術師の里へと転移して行った。


 
+-+-+-+-+-+-+-+-

姫様

「教授よ、サラはそっちではないぞ!」

志斐嫗しいのおみな

「ここで叫んでも、聞こえませんよ」

姫様

「うぬぬぬ、なんとも、もどかしいのう」

志斐嫗

「まあまあ落ち着いて、カエルの煮付けでもいかがです?」

姫様

「いらぬ!」

志斐嫗

「そういば、ヒトマロめが歌を置いて行きましたよ」

姫様

「なんじゃ、カエルの歌か?」

志斐嫗

「いえ、あの巫女にちなむ歌ではないかと」

姫様

「なに? 見せてみよ」

──────── 

ぬばたまの 夜霧に隠り 遠くとも いもが伝へは 早く告げこそ

──────── 

姫様

「……あの教授にとって、妹といえばサラであろう。サラについての情報を、早く教授に告げよと言うのか?」

志斐嫗

「そういうことでございましょうなあ」

姫様

「むむむむむむむむ…」


+-+-+-+-+-+-+-+-

*ヒトマロの歌

ぬばたまの 夜霧に隠り 遠くとも いもが伝へは 早く告げこそ

(万葉集 巻第十 2008 柿本人麻呂)


【意訳】

夜で真っ暗だし、霧は出てるし、メッセンジャーするのも大変だろうけど、彼女の情報は、早く伝えたほうがいいと思うよー。






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