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第一章 姿なき百の髑髏は、異界の歌姫に魂の悲歌を託す
骨肉の争いに疲れた女皇帝は、純白の屍衣を身に纏う(11)白妙の衣の意味
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「サラ!」
皇女の魂が荒ぶることを懸念して駆け寄ったヒギンズに、サラは小声で伝えた。
「…大丈夫だ、教授。皇女様は冷静でいらっしゃる」
「しかし…」
気遣わしげにサラの肩に手を置くヒギンズを見て、皇女は寂しげな笑みを浮かべた。
──ふふふ、心配には及ばぬよ。我は呪詛せねばならぬ思いなど、もう持たぬからな。呼んでくれた巫女に負担などかけぬ。思い出に、少しばかり心のささくれが痛んだだけだ。
皇女は白い袖に目を落として、そっと撫でるような仕草をした。
──それに、本当につらい思いをしたのは、我ではない。
その様子を見ていて、サラは歌の中の「白妙の衣」という言葉と、意訳に出てきた「純白の紙の服」という解釈を思い出した。
「皇女様。お尋ねしてもよろしいでしょうか」
──なんじゃ。男の選び方の続きか?
「それも学びたいのですが、いまお召しになっている白い衣装のことを、お聞かせいただけないかと」
──これか。
皇女は、服の袖を掲げてサラに見せた。
「お気に入りの衣装なのですか?」
──いや。干してあるのを見ていたのだ。
干してあると聞いて、サラは意訳の一節を思い出した。
(『樹木の皮で作った、純白の紙の服が、神の山に干されているという』…だったな)
「紙で作られた衣装と聞き及んでおります」
──紙? ああ、まあ材料は紙と同じだが、紙で作るのではなく、木の皮から糸を作り、布に織るのだ。
ヒギンズは、サラから離れて再び席につき、メモをとっている。
(研究班の誤訳は、他にも山ほどありそうだな。サラが無理なく聞き出さればいいが…危険があれば、すぐにも止めるぞ)
「樹木の皮から、それほど白い布が織れるとは…皇女様の世界には、素晴らしい技術があるのですね」
──うむ。楮というのだが、汝らの国には無いものか?
「はい。初めて拝見しました。この布の服が、干してあるのをご覧になったのですか」
──そうだな。見ていた。我が子が亡くなり、我が孫に位を譲る少し前のことだな。
「位、とは?」
──帝の位に決まっておる。
「皇女様は、皇帝でもいらっしゃったのですか?
──そうだ。我が夫は、我が父の弟だが、戦を起こして甥である皇太子を弑し、位を簒奪した。そして、我が夫亡き後、夫の位を継ぐべき子らは、ことごとく早逝した。我が子も、腹違いの子もな。そのために、我が継いだのだが、我が後継も、孫以外の者は早死にした。どういうわけかな。
うそ寒いような笑みを浮かべながら、自らの系譜について語る皇女に、サラは胸に痛みを覚えた。
(なんとも…壮絶の一言に尽きるが、皇女様の心は、冷え冷えと凪いでいる。いろいろなことを諦めてこられたのだろうか…)
「おつらいことの多い御世であったのでしょうね…」
──つらい、か。どうだろうな。笑っていたことも多いぞ。我が夫は冗談の好きな男でな。学はなかったが、人々には好かれておったよ。酒宴で下手くそな歌を詠んでは、皆を笑わせておった。頭は良くても洒落も分からぬ小心者の父とは、真逆の人柄であった。弟として、我が父のことも慕っておったな。
「でも、ご夫君は、皇帝の位を簒奪なさったのですよね」
──我がそれを望んだ……からだな。夫は我が父を裏切るつもりはなかっただろうが、我は夫を帝にしたかった。その方が、よく国がまとまると思ったのだ。
「皇女様は、国を思われたのですね」
──国を思うたのは確かだが、それだけでもない。我は父を好かぬ。息を吐くように人を傷つけ、弱みにつけ込み、思いを踏みにじって顧みぬ父の醜さを、子だからといって愛せようか。戦を起こし、身内を殺し、自らの民ばかりか遠つ国の民をも殺した。亡き者たちの声無き声と、打ち捨てられた妻女たちの声が、呪いの闇を産み、父を飲み込んだ。そのようなものの望んた後継など、許せるはずもない。我が夫が皇位継承を果たしたとき、我は人知れず快哉を叫んだよ。『親父、ざまぁ』とな。はははは、あはははははは!
笑ってはいても、皇女の声はどこか苦しげで、危うさを感じさせた。
メモを取るヒギンズにも緊張が走るのを見て、サラは「皇女様」と声をかけた。
すると皇女は笑いを止めて、我知らず強く握りしめていた白い袖に目を向けた。
──ああ、済まぬ。この白妙の衣のことを話すのだったな。
サラは無言で頷き、皇女の言葉を促した。
+-+-+-+-+-+-+-+-
天より智を授かりし皇帝
「じょ、冗談くらい、余にも言えるぞ!」
????
「ほう、では兄上、最高の帝ジョークをご披露願おうか」
天より智を授かりし皇帝
「乙巳の変で、一進一退! どうだ!」
首を斬られたらしい皇子
「遠つ国でいうところの、親父ジョークっていうやつですね。脳のしまりが弛むと出やすくなるそうですよ」
天より智を授かりし皇帝
「脳!? のおおおおおおおおっ!」
*乙巳の変……いわゆる大化の改新。中大兄皇子(天智天皇)が、蘇我入鹿を暗殺し、蘇我氏の宗家を滅ぼした事件。
皇女の魂が荒ぶることを懸念して駆け寄ったヒギンズに、サラは小声で伝えた。
「…大丈夫だ、教授。皇女様は冷静でいらっしゃる」
「しかし…」
気遣わしげにサラの肩に手を置くヒギンズを見て、皇女は寂しげな笑みを浮かべた。
──ふふふ、心配には及ばぬよ。我は呪詛せねばならぬ思いなど、もう持たぬからな。呼んでくれた巫女に負担などかけぬ。思い出に、少しばかり心のささくれが痛んだだけだ。
皇女は白い袖に目を落として、そっと撫でるような仕草をした。
──それに、本当につらい思いをしたのは、我ではない。
その様子を見ていて、サラは歌の中の「白妙の衣」という言葉と、意訳に出てきた「純白の紙の服」という解釈を思い出した。
「皇女様。お尋ねしてもよろしいでしょうか」
──なんじゃ。男の選び方の続きか?
「それも学びたいのですが、いまお召しになっている白い衣装のことを、お聞かせいただけないかと」
──これか。
皇女は、服の袖を掲げてサラに見せた。
「お気に入りの衣装なのですか?」
──いや。干してあるのを見ていたのだ。
干してあると聞いて、サラは意訳の一節を思い出した。
(『樹木の皮で作った、純白の紙の服が、神の山に干されているという』…だったな)
「紙で作られた衣装と聞き及んでおります」
──紙? ああ、まあ材料は紙と同じだが、紙で作るのではなく、木の皮から糸を作り、布に織るのだ。
ヒギンズは、サラから離れて再び席につき、メモをとっている。
(研究班の誤訳は、他にも山ほどありそうだな。サラが無理なく聞き出さればいいが…危険があれば、すぐにも止めるぞ)
「樹木の皮から、それほど白い布が織れるとは…皇女様の世界には、素晴らしい技術があるのですね」
──うむ。楮というのだが、汝らの国には無いものか?
「はい。初めて拝見しました。この布の服が、干してあるのをご覧になったのですか」
──そうだな。見ていた。我が子が亡くなり、我が孫に位を譲る少し前のことだな。
「位、とは?」
──帝の位に決まっておる。
「皇女様は、皇帝でもいらっしゃったのですか?
──そうだ。我が夫は、我が父の弟だが、戦を起こして甥である皇太子を弑し、位を簒奪した。そして、我が夫亡き後、夫の位を継ぐべき子らは、ことごとく早逝した。我が子も、腹違いの子もな。そのために、我が継いだのだが、我が後継も、孫以外の者は早死にした。どういうわけかな。
うそ寒いような笑みを浮かべながら、自らの系譜について語る皇女に、サラは胸に痛みを覚えた。
(なんとも…壮絶の一言に尽きるが、皇女様の心は、冷え冷えと凪いでいる。いろいろなことを諦めてこられたのだろうか…)
「おつらいことの多い御世であったのでしょうね…」
──つらい、か。どうだろうな。笑っていたことも多いぞ。我が夫は冗談の好きな男でな。学はなかったが、人々には好かれておったよ。酒宴で下手くそな歌を詠んでは、皆を笑わせておった。頭は良くても洒落も分からぬ小心者の父とは、真逆の人柄であった。弟として、我が父のことも慕っておったな。
「でも、ご夫君は、皇帝の位を簒奪なさったのですよね」
──我がそれを望んだ……からだな。夫は我が父を裏切るつもりはなかっただろうが、我は夫を帝にしたかった。その方が、よく国がまとまると思ったのだ。
「皇女様は、国を思われたのですね」
──国を思うたのは確かだが、それだけでもない。我は父を好かぬ。息を吐くように人を傷つけ、弱みにつけ込み、思いを踏みにじって顧みぬ父の醜さを、子だからといって愛せようか。戦を起こし、身内を殺し、自らの民ばかりか遠つ国の民をも殺した。亡き者たちの声無き声と、打ち捨てられた妻女たちの声が、呪いの闇を産み、父を飲み込んだ。そのようなものの望んた後継など、許せるはずもない。我が夫が皇位継承を果たしたとき、我は人知れず快哉を叫んだよ。『親父、ざまぁ』とな。はははは、あはははははは!
笑ってはいても、皇女の声はどこか苦しげで、危うさを感じさせた。
メモを取るヒギンズにも緊張が走るのを見て、サラは「皇女様」と声をかけた。
すると皇女は笑いを止めて、我知らず強く握りしめていた白い袖に目を向けた。
──ああ、済まぬ。この白妙の衣のことを話すのだったな。
サラは無言で頷き、皇女の言葉を促した。
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天より智を授かりし皇帝
「じょ、冗談くらい、余にも言えるぞ!」
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「ほう、では兄上、最高の帝ジョークをご披露願おうか」
天より智を授かりし皇帝
「乙巳の変で、一進一退! どうだ!」
首を斬られたらしい皇子
「遠つ国でいうところの、親父ジョークっていうやつですね。脳のしまりが弛むと出やすくなるそうですよ」
天より智を授かりし皇帝
「脳!? のおおおおおおおおっ!」
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