8 / 55
第一章 姿なき百の髑髏は、異界の歌姫に魂の悲歌を託す
骨肉の争いに疲れた女皇帝は、純白の屍衣を身に纏う(6)手料理の夢
しおりを挟む
「あ、あーっと、そうだな。荒事ばかりでなく、静かにコツコツと積み上げることも、私は学ぶべきだよな、うん」
どうにも落ち着かない気持ちを押さえつけようとして、サラは手元の謎茶を勢いよく飲み、見事に咽せた。
「けほけほけほっ、うげほっ」
(何をやってるんだ、私は…)
あわてて立ちあがろうとするサラを、ヒギンズが止めた。
「落ち着け。動くと余計に咽せるぞ」
「けほけほけほっすっまない…」
見ていられないという表情で、作業台の下からのっそりと出てきたミーノタウロスが、サラの背中に前足をぽてっと当てた。
「けほっけほ……あ、止まった」
「うにゃー」
「ほう、精霊の癒しの術か」
「そうなんだ。ミーノには、しゃっくりを止めるのもうまいんだ」
「しゃっくりに癒しの術が効くとは、知らなかったな」
「ミーノの癒しが特別なんだと思う。気持ちを和らげて、安らぎを与えてくれる名手なんだ」
「ぶにゃーん」
巨大猫が得意げな顔を向けてくるのを見て、ヒギンズは、ついチクリと言いたくなった。
「その特別な癒しの安らぎを、ぜひとも和歌の荒ぶる想念にも発揮してほしいものだがね、ミーノ君。竜巻にじゃれついて余計に巨大化させるよりは、よほどサラに喜ばれるだろうに」
「ぶにゃ…」
「ははははは、手厳しいな、教授は」
しゃっくりとミーノタウロスのおかげで、サラの心はようやく落ち着きを取り戻した。
そして、ふと気がついた。
「和歌の魂を癒すことは、できないだろうか」
ヒギンズも、同じことに気づいたようだった。
「想念を具現化させる前に、魂が抱えている負の情念を癒すことができれば、狂奔を避けられるかもしれないな」
口寄せの巫術によって、サラは魂の抱える想念を読み取ることが出来る。
けれども、サラの思いを魂に伝えたことはなかったし、それができると考えたこともなかった。
もしも、自分との対話によって、歌の魂を少しでも癒し満たすことができるなら…
「魂との意思疎通は、可能だろうか」
「可能だろう。君と精霊たちは、魂の想念を具現化し、それと戯れる るというやり方で、魂を絡め取っている呪縛から解き放ち、鎮めているのだから」
「戯れるというより、命がけの殴り合いだがな」
「殴り合いで伝わるものがあるから、魂が鎮まるのだろう」
「そういうものか」
サラは、異世界格言集にあった、『殴り愛は世界を救う』という言葉を思い出し、情けなくなった。
「殴って救う、か。私には、雅のカケラもないな…」
サラの同業者の多くは、優美に舞い踊りながら巫術を使う。そのため異性を強く引きつけ、思いを寄せられる者が少なくない。それはサラとは縁のない巫術のあり方だった。
「君は武人でもあるのだ。思いを伝える方法のひとつが武力であるのは自然なことだし、むしろ、伝える強さを持つことを誇るべきだ。それに、殴り合いには私とミーノタウロスも関わっている。『みんなで殴れば、怖くない』だろう?」
どこまでもサラを肯定しようするヒギンズの前で、これ以上卑屈な言葉を吐くべきではないと、サラは気づいた。
「そうだな。『殴り愛も、愛のうち』だ。私自身が自分のやり方を否定していている場合ではないな。前に進むためにも」
「ああ。『右の頬を殴られたなら、左の頬を殴り愛せ』、だったな」
異世界格言集を引用し合いながら続く会話に、サラは思わず吹き出した。
「あなたもずいぶん読み込んだのだな」
「辞典や図録の類いが好きだと言っただろう? 格言集や用例集のコレクションも多いんだ」
「…いつか、蔵書を見せていただきたいな」
「いつでも構わないよ」
ダメ元で口に出した訪問の願いに、ヒギンズが軽く請け合うものだから、サラは内心混乱の渦に巻き込まれた。
(ひゃっ、百の歌を全て蘇らせたなら、手料理など持って、お礼かたがた教授の家を訪問……いやいやその前に、料理の修行を完遂せねば……いやいやいや、仕事中に私は何を考えている!)
サラの混乱をよそに、ヒギンズは話をあっさり戻した。
「思うのだが、君と魂の意思の疎通は、和歌への口寄せの段階でも起こっているのではないだろうか」
「え? あれは私が一方的に想念を読み取っているだけだよ」
「一方的ではないと思う。発掘された時点では、魂は和歌の中に沈みこんで、完全に眠っている。生き物であれば、ほとんど仮死の状態だ。君の口寄せは、魂に働きかけて仮死から目覚めさせ、想念を多少なりとも動かせるところまで戻せているのだ。つまり魂は、君の思いを受けとっているということにはならないだろうか」
ヒギンズの言葉に、サラは大きく目を開かれる思いがした。
+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-
疲れている某女皇帝
「早う起こさぬと、本気で永眠するぞ…」
どうにも落ち着かない気持ちを押さえつけようとして、サラは手元の謎茶を勢いよく飲み、見事に咽せた。
「けほけほけほっ、うげほっ」
(何をやってるんだ、私は…)
あわてて立ちあがろうとするサラを、ヒギンズが止めた。
「落ち着け。動くと余計に咽せるぞ」
「けほけほけほっすっまない…」
見ていられないという表情で、作業台の下からのっそりと出てきたミーノタウロスが、サラの背中に前足をぽてっと当てた。
「けほっけほ……あ、止まった」
「うにゃー」
「ほう、精霊の癒しの術か」
「そうなんだ。ミーノには、しゃっくりを止めるのもうまいんだ」
「しゃっくりに癒しの術が効くとは、知らなかったな」
「ミーノの癒しが特別なんだと思う。気持ちを和らげて、安らぎを与えてくれる名手なんだ」
「ぶにゃーん」
巨大猫が得意げな顔を向けてくるのを見て、ヒギンズは、ついチクリと言いたくなった。
「その特別な癒しの安らぎを、ぜひとも和歌の荒ぶる想念にも発揮してほしいものだがね、ミーノ君。竜巻にじゃれついて余計に巨大化させるよりは、よほどサラに喜ばれるだろうに」
「ぶにゃ…」
「ははははは、手厳しいな、教授は」
しゃっくりとミーノタウロスのおかげで、サラの心はようやく落ち着きを取り戻した。
そして、ふと気がついた。
「和歌の魂を癒すことは、できないだろうか」
ヒギンズも、同じことに気づいたようだった。
「想念を具現化させる前に、魂が抱えている負の情念を癒すことができれば、狂奔を避けられるかもしれないな」
口寄せの巫術によって、サラは魂の抱える想念を読み取ることが出来る。
けれども、サラの思いを魂に伝えたことはなかったし、それができると考えたこともなかった。
もしも、自分との対話によって、歌の魂を少しでも癒し満たすことができるなら…
「魂との意思疎通は、可能だろうか」
「可能だろう。君と精霊たちは、魂の想念を具現化し、それと戯れる るというやり方で、魂を絡め取っている呪縛から解き放ち、鎮めているのだから」
「戯れるというより、命がけの殴り合いだがな」
「殴り合いで伝わるものがあるから、魂が鎮まるのだろう」
「そういうものか」
サラは、異世界格言集にあった、『殴り愛は世界を救う』という言葉を思い出し、情けなくなった。
「殴って救う、か。私には、雅のカケラもないな…」
サラの同業者の多くは、優美に舞い踊りながら巫術を使う。そのため異性を強く引きつけ、思いを寄せられる者が少なくない。それはサラとは縁のない巫術のあり方だった。
「君は武人でもあるのだ。思いを伝える方法のひとつが武力であるのは自然なことだし、むしろ、伝える強さを持つことを誇るべきだ。それに、殴り合いには私とミーノタウロスも関わっている。『みんなで殴れば、怖くない』だろう?」
どこまでもサラを肯定しようするヒギンズの前で、これ以上卑屈な言葉を吐くべきではないと、サラは気づいた。
「そうだな。『殴り愛も、愛のうち』だ。私自身が自分のやり方を否定していている場合ではないな。前に進むためにも」
「ああ。『右の頬を殴られたなら、左の頬を殴り愛せ』、だったな」
異世界格言集を引用し合いながら続く会話に、サラは思わず吹き出した。
「あなたもずいぶん読み込んだのだな」
「辞典や図録の類いが好きだと言っただろう? 格言集や用例集のコレクションも多いんだ」
「…いつか、蔵書を見せていただきたいな」
「いつでも構わないよ」
ダメ元で口に出した訪問の願いに、ヒギンズが軽く請け合うものだから、サラは内心混乱の渦に巻き込まれた。
(ひゃっ、百の歌を全て蘇らせたなら、手料理など持って、お礼かたがた教授の家を訪問……いやいやその前に、料理の修行を完遂せねば……いやいやいや、仕事中に私は何を考えている!)
サラの混乱をよそに、ヒギンズは話をあっさり戻した。
「思うのだが、君と魂の意思の疎通は、和歌への口寄せの段階でも起こっているのではないだろうか」
「え? あれは私が一方的に想念を読み取っているだけだよ」
「一方的ではないと思う。発掘された時点では、魂は和歌の中に沈みこんで、完全に眠っている。生き物であれば、ほとんど仮死の状態だ。君の口寄せは、魂に働きかけて仮死から目覚めさせ、想念を多少なりとも動かせるところまで戻せているのだ。つまり魂は、君の思いを受けとっているということにはならないだろうか」
ヒギンズの言葉に、サラは大きく目を開かれる思いがした。
+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-
疲れている某女皇帝
「早う起こさぬと、本気で永眠するぞ…」
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
影の弾正台と秘密の姫
月夜野 すみれ
恋愛
女性に興味がなくて和歌一筋だった貴晴が初めて惹かれたのは大納言(上級貴族)の姫だった。
だが貴晴は下級貴族だから彼女に相手にされそうにない。
そんな時、祖父が話を持ち掛けてきた。
それは弾正台になること。
上手くいけば大納言の姫に相応しい身分になれるかもしれない。
早くに両親を亡くした織子(しきこ)は叔母の家に引き取られた。叔母は大納言の北の方だ。
歌が得意な織子が義理の姉の匡(まさ)の歌を代わりに詠んでいた。
織子が代詠した歌が評判になり匡は若い歌人としてあちこちの歌会に引っ張りだこだった。
ある日、貴晴が出掛けた先で上の句を詠んだところ、見知らぬ女性が下の句を詠んだ。それは大納言の大姫だった。
平安時代初期と中期が混ざっていますが異世界ファンタジーです。
参考文献や和歌の解説などはnoteに書いてあります。
https://note.com/tsukiyonosumire/n/n7b9ffd476048
カクヨムと小説家になろうにも同じものを投稿しています。

やばい男の物語
ねこたまりん
恋愛
とある国で、奇妙な古文書が発見された。
有能な魔導考古学者の分析によって、それが異世界から転移してきた遺物であることが判明すると、全世界の読書好きや異世界マニアが熱狂し、翻訳書の出版が急がれることとなった。
古文書のタイトルは、「異世物語(いせものがたり)」という。
最新鋭の魔導解読技術だけでなく、巫術による過去の読み取り技術をも駆使して再構築された物語は、果たしてどんな内容だったのか……。
+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-
レックス・ヒギンズ 監修
イルザ・サポゲニン 編著
サラ・ブラックネルブ 翻訳協力
「異世物語」第一巻
好評発売中
+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-
異世界版「伊勢物語」…のようなものです。
例によって、トンデモな古文解釈が出てるくる場合がありますが、お気になさらないようにお願いいたします。
作中の世界は、作者(ねこたまりん)の他の作品と同じです。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる