7 / 55
第一章 姿なき百の髑髏は、異界の歌姫に魂の悲歌を託す
骨肉の争いに疲れた女皇帝は、純白の屍衣を身に纏う(5)歌語辞典の夢
しおりを挟む
ヒギンズは、歌集の表紙を保護ケースにしまうと、先ほどの改造ノートをサラと自分の前に一冊づつ置いた。
「お互いに、今の段階で思いつく限りの案を出していこう」
サラは入れ直した謎茶をヒギンズに勧めた。
「案は、そのノートに書いていくのだな」
「ああ。蘇生方法の変更については、事業団にはしばらく伏せておきたい。余計な狂乱を生むだけだろうからな」
「確かに…」
ヒギンズは、最初のページに今日の日付を書き込んだ。
すると、サラの側のノートにも、全く同じ筆跡の文字が並んだ。
「これは、面白いな」
「お互いの作業経過なども、これで共有していこう。どれほど離れた場所でも、情報のやり取りができる」
「私も書いてみていいか?」
「もちろん」
サラは自分のノートを手元に引き寄せて、ヒギンズの書いた日付の下に、書き込みをした。
==============
新規に発掘された歌集の表紙に書かれた文字を確認。
表題と思われる文字列
『百 人 一 首』
巫術にて、「首」の文字に残存する何者かの記憶の一部を読み取る。
複数の人間の姿。
追う者、もしくは追われる者が見た光景。
斬首され、地に転がった首。
斬首された者は、
==============
そこでサラは手を止めて、ヒギンズを見た。
「そういえば、昨日の和歌の皇帝の名前は、何というのだろう」
「意訳を作った班の者たちは、『天智』としていた」
「天智か」
「高邁なる智を天より授かりし…という、彼らが作成した意訳から、便宜的に拾ったそうだ」
「では、本当の呼び名ではないのだな」
「名前の一部、もしくは別称だった可能性はある。分析班の中に加わっている巫術師の一人が、歌の一部分に口寄せを施して、人名らしきものを幾つか拾い取ったのだが、その一つがそれだ」
巫術師と聞いて、サラは僅かに表情を固くした。
「研究班には、巫術師もいるのか」
「ああ、最近になって数名入った。君のように歌を蘇生することはできないが、意訳の叩き台を作るために、単語の抽出や、大まかな意味の特定、語彙の分類などの作業をしているようだ。『天智』の名を読み取った巫術師は、いずれ、歌語辞典を作りたいと言っていた」
サラには、その巫術師が誰であるのか想像がついたけれども、口に出すことはしなかった。
「歌語辞典か。完成すれば、大きな助けになるだろうな。歌力開発事業にとっても、和歌という芸術の世界を知るためにも」
「そうだな」
「本当なら、私自身が手掛けたいところだが…こんな状況なのだ。とても余裕はないな」
心のうちに微かに生まれた蟠りを、サラは軽めの苦笑を浮かべることで、ごまかした。
「いや、私たちもやろう」
「え?」
「時間はかかるだろうが、一つ一つ積み上げていけば、不可能ではない」
「ヒギンズ教授…」
「君がやりたいのであれば、叶えるさ」
サラが咄嗟に言葉を返せずに固まっていると、ヒギンズが悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「私は幼い頃から辞典や図録の類に目がなくてね。いつの日か、そうしたものの編著者に名を連ねたいと夢見ていたんだ。君との共著ということで、どうだろうか」
サラは、自分がふわふわの雲の海のなかに放り込まれた子猫になった気がした。
(包み込まれて、溺れそうだ…)
「ぶにゃーん」
作業台の下にいたミーノタウロスが、砂でも吐きたいような顔でひと鳴きしたけれども、サラの耳には届かなかった。
+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-
疲れている某女皇帝
「一向に、出番が来ぬのだが……」
「お互いに、今の段階で思いつく限りの案を出していこう」
サラは入れ直した謎茶をヒギンズに勧めた。
「案は、そのノートに書いていくのだな」
「ああ。蘇生方法の変更については、事業団にはしばらく伏せておきたい。余計な狂乱を生むだけだろうからな」
「確かに…」
ヒギンズは、最初のページに今日の日付を書き込んだ。
すると、サラの側のノートにも、全く同じ筆跡の文字が並んだ。
「これは、面白いな」
「お互いの作業経過なども、これで共有していこう。どれほど離れた場所でも、情報のやり取りができる」
「私も書いてみていいか?」
「もちろん」
サラは自分のノートを手元に引き寄せて、ヒギンズの書いた日付の下に、書き込みをした。
==============
新規に発掘された歌集の表紙に書かれた文字を確認。
表題と思われる文字列
『百 人 一 首』
巫術にて、「首」の文字に残存する何者かの記憶の一部を読み取る。
複数の人間の姿。
追う者、もしくは追われる者が見た光景。
斬首され、地に転がった首。
斬首された者は、
==============
そこでサラは手を止めて、ヒギンズを見た。
「そういえば、昨日の和歌の皇帝の名前は、何というのだろう」
「意訳を作った班の者たちは、『天智』としていた」
「天智か」
「高邁なる智を天より授かりし…という、彼らが作成した意訳から、便宜的に拾ったそうだ」
「では、本当の呼び名ではないのだな」
「名前の一部、もしくは別称だった可能性はある。分析班の中に加わっている巫術師の一人が、歌の一部分に口寄せを施して、人名らしきものを幾つか拾い取ったのだが、その一つがそれだ」
巫術師と聞いて、サラは僅かに表情を固くした。
「研究班には、巫術師もいるのか」
「ああ、最近になって数名入った。君のように歌を蘇生することはできないが、意訳の叩き台を作るために、単語の抽出や、大まかな意味の特定、語彙の分類などの作業をしているようだ。『天智』の名を読み取った巫術師は、いずれ、歌語辞典を作りたいと言っていた」
サラには、その巫術師が誰であるのか想像がついたけれども、口に出すことはしなかった。
「歌語辞典か。完成すれば、大きな助けになるだろうな。歌力開発事業にとっても、和歌という芸術の世界を知るためにも」
「そうだな」
「本当なら、私自身が手掛けたいところだが…こんな状況なのだ。とても余裕はないな」
心のうちに微かに生まれた蟠りを、サラは軽めの苦笑を浮かべることで、ごまかした。
「いや、私たちもやろう」
「え?」
「時間はかかるだろうが、一つ一つ積み上げていけば、不可能ではない」
「ヒギンズ教授…」
「君がやりたいのであれば、叶えるさ」
サラが咄嗟に言葉を返せずに固まっていると、ヒギンズが悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「私は幼い頃から辞典や図録の類に目がなくてね。いつの日か、そうしたものの編著者に名を連ねたいと夢見ていたんだ。君との共著ということで、どうだろうか」
サラは、自分がふわふわの雲の海のなかに放り込まれた子猫になった気がした。
(包み込まれて、溺れそうだ…)
「ぶにゃーん」
作業台の下にいたミーノタウロスが、砂でも吐きたいような顔でひと鳴きしたけれども、サラの耳には届かなかった。
+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-
疲れている某女皇帝
「一向に、出番が来ぬのだが……」
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
(完結)お姉様を選んだことを今更後悔しても遅いです!
青空一夏
恋愛
私はブロッサム・ビアス。ビアス候爵家の次女で、私の婚約者はフロイド・ターナー伯爵令息だった。結婚式を一ヶ月後に控え、私は仕上がってきたドレスをお父様達に見せていた。
すると、お母様達は思いがけない言葉を口にする。
「まぁ、素敵! そのドレスはお腹周りをカバーできて良いわね。コーデリアにぴったりよ」
「まだ、コーデリアのお腹は目立たないが、それなら大丈夫だろう」
なぜ、お姉様の名前がでてくるの?
なんと、お姉様は私の婚約者の子供を妊娠していると言い出して、フロイドは私に婚約破棄をつきつけたのだった。
※タグの追加や変更あるかもしれません。
※因果応報的ざまぁのはず。
※作者独自の世界のゆるふわ設定。
※過去作のリメイク版です。過去作品は非公開にしました。
※表紙は作者作成AIイラスト。ブロッサムのイメージイラストです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる