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ヴィヴィアンの恋と革命

(26)先祖と子孫

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 少しだけ時間を遡る。

 ベラ・レギオネアを見送ったあと、アーサー・メルリヌスは、薬壺の中の魂と口論をしていた。

「頼むから出てきてくれ。あんたがそこにいたら、いつまでも呪いが解けないんだよ」

──何と言われても、自分以外の人間を犠牲にする方法を選ぶつもりはないよ。

「犠牲なんか出さない。あんたに乗り移られても、俺は死なない。そういう体質なんだ」

──確かに君は死なないのだろう。けれども、既に君の中にいる誰かは、無事では済まないんじゃないか? いや、違うな。いま僕と話しているが、僕と入れ替わりに消えることになるのだろう?

「なっ…」

 図星を突かれたためか、アーサーは言葉を途切れさせた。

──僕は元は巫術師の端くれでね、魂を見分けるのは得意なんだよ。君の体の中には、魂が二つある。その体の持ち主と、いま喋ってる君だな。そして、その体の魂の定員は二つまでだ。すごい特異体質だね。でも、三つを容れるのは、無理だ。

 薬壺の中の魂が諭すように話しても、アーサー・メルリヌスは従おうとはしなかった。

「無理でも何でもやるしかないんだ。呪いを解かなければ、子孫を犠牲にして薬壺が増え続ける。あんただって分かってるだろ?」

──分かっているよ。嫌というほどね。そして、君がその体から弾き出された後の危険性についても、分かっている。おそらく、この街に潜んでいる、別の薬壺に吸い込まれることになるだろう。

「そんなことにはならない!」

──捕まる前に、自ら消滅するつもりだろうけど、間に合わないと思うよ。薬壺の元締めは、この街に包囲網を張り巡らしたらしい。あいつの狙いは分からないけど、新しい呪いの薬壺の核にできる魂を、見逃すはずがない。いまだって、僕らの会話に聞き耳を立てているよ。君が遮断の魔術を展開してくれてるおかげで、盗聴は阻止できてるけどね。

「…だとしたら、俺の策は悪手か?」

──うん。もっとも最善の手だとしても、僕は乗らないよ。自分の子孫を犠牲にして現世に戻るなんて、できるはずがない。

「そのことも分かってたのか…」

──呪いの核となった魂を受け入れられるのは、子孫の肉体だけだ。君たちが二人とも僕の子孫なのは間違いない。

「この体の持ち主はそうだけど、俺のほうは、あんたの先祖かもしれないな」

──いや、それはない。僕は君たちの始祖だからね。

「えっ!?」

 驚きに目を見張るアーサーは、背後から声を掛けられて、さらにギョッとした。


「アーサー・メルリヌス、ずいぶんと面白い話をしているようね。私たちもまぜてちょうだい」





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