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ヴィヴィアンの恋と革命
(2)朝食と混沌
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食堂では、エプロン姿のタバサがテキパキと働いていた。
「おはようございますだ、雇い主様。虫っ子様」
「おはよう、タバサ。早いね」
「夜明け前に目が覚めちまったので、料理してたですよ」
錬金釜が乗った大テーブルには、色とりどりの具を挟んだパンや、生野菜と果物をふんだんに使ったサラダなどが、所狭しと並んでいた。
「野菜とかはどうしたの?」
厨房には、萎びた野菜しかないはずなのに、サラダの野菜は輝くほどみずみずしい。
「その賢い釜様が、全部出してくれました」
「鍋料理、食材調達もできたのか。すごいな」
紫色の湯気をぷしゅっと吹いている錬金釜は、心なしか得意げだった。
「雇い主様、虫っ子様、召し上がってください」
「ありがとう。いただきます」
ヴィヴィアンは、卵と野菜を挟んだパンを手に取って、ぱくりと食べた。
「おいしい。朝からカフェテリアに来たみたい」
「お口にあってよかっただ。虫っ子様も、どうぞ」
「いただきまーす。あ、俺のことはノラゴって呼んでくれよ」
「んだば、ノラゴ様。オススメはこっちの謎肉サンドと、タバサ特製ポリグリ風ソーセージだよ」
「うおーうめえ! それになんか力湧いてくるぞ!」
「魔猪の新鮮な背脂と、ピストマっつう、魔力たっぷりの木の実を使ってるだよ。朝からこれ食っとけば、忙しい大人らも、成長期の子らも元気百倍だ。野菜といっしょにめしあがれ」
ヴィヴィアンもポリグリ風ソーセージを一本かじってみた。
「すごく香ばしい。ピストマの香りなのかな」
「んだ。あとは緑の共和国で採れる香辛料だけども……まだあるんかなあ、あの国は」
「緑の共和国って、正式な名前は何ていうの?」
ヴィヴィアンが尋ねられたタバサは「うぬぬぬ」と考え込んだけれども、はっきりとは思い出せないようだった。
「一つの国っていうか、いろんな部族が集まってた感じだった気がするだな。ポリグリッド公国よりずっと南で、暮らしやすいって聞いてたから、オラは息子を連れて、そこへ行くつもりだったんだ」
「そうだったんだ。その共和国がいまどうなってるか、そのうち調べてみるね」
「お願いするだ、雇い主様。あそこの国の食べ物はうまいから、まだあるなら、料理の情報とか、色々仕入れたいだよ」
「あ、タバサ、私のことは、雇い主じゃなくて、ヴィヴィアンでいいよ」
「ヴ、ヴェ、ビィ…ううう、唇がうまく回らねえ……ビビ様でも、いいだか?」
「うん、もちろん」
ヴィヴィアンたちの食事が半分ほど進んだ頃、食堂の入り口から、賑やかな声が聞こえてきた。
「なんと、姫様に遅れをとってしまったわい」
「オヤジたち、おせーぞ」
「みんな、おはよう。よく眠れた?」
「おはようございます、姫様。わしらも番たちも、ゆっくりしっかり休めましたぞ」
「喋るお屋敷には驚きましたが、瞬間移動は便利ですなあ」
親父虫たちも、それぞれに衣装を出してもらったらしく、着替えていた。
「みんなの服、仕事着っぽいね」
「そうそう、皆で話し合って仕事を分担しましてな。それぞれの番と一緒に持ち回りで、警備班、清掃班、園芸班、諜報班として、働くことにしましたのじゃ」
「番さんたちも、働くの?」
ノラオたちの手のひらで、番の卵がぴょんぴょん跳ねていた。
「皆、やる気満々ですぞ」
「ありがとう。すごく助かる」
ずっと一人暮らしだったヴィヴィアンは、これまで最小限の家事しかしてこなかったから、屋敷の中も外の庭も、なんとなく殺伐としていた。
あたたかな家庭に憧れるヴィヴィアンとしては、気になってはいたものの、手が回らないので諦めていたのだった。
「まずは朝ごはんだね。タバサの料理、美味しいよ」
「おおお、いただきますじゃ」
「卵様たちには、甘い魔林檎の汁を用意しましただよ」
タバサは大テーブルに小皿を四枚並べて果汁を少量注ぎ、番たちに勧めていた。
そんな和やかな朝食の光景を眺めながら、ヴィヴィアンは心の中で「異世界格言集」の言葉を思い出しながら、気持ちを引き締めていた。
(『一日のケイオスは、混沌に蟻』だったっけ。よく分からないけど、何があるか分からないから、小さなことでも見逃さないようにしなくちゃ)
「おはようございますだ、雇い主様。虫っ子様」
「おはよう、タバサ。早いね」
「夜明け前に目が覚めちまったので、料理してたですよ」
錬金釜が乗った大テーブルには、色とりどりの具を挟んだパンや、生野菜と果物をふんだんに使ったサラダなどが、所狭しと並んでいた。
「野菜とかはどうしたの?」
厨房には、萎びた野菜しかないはずなのに、サラダの野菜は輝くほどみずみずしい。
「その賢い釜様が、全部出してくれました」
「鍋料理、食材調達もできたのか。すごいな」
紫色の湯気をぷしゅっと吹いている錬金釜は、心なしか得意げだった。
「雇い主様、虫っ子様、召し上がってください」
「ありがとう。いただきます」
ヴィヴィアンは、卵と野菜を挟んだパンを手に取って、ぱくりと食べた。
「おいしい。朝からカフェテリアに来たみたい」
「お口にあってよかっただ。虫っ子様も、どうぞ」
「いただきまーす。あ、俺のことはノラゴって呼んでくれよ」
「んだば、ノラゴ様。オススメはこっちの謎肉サンドと、タバサ特製ポリグリ風ソーセージだよ」
「うおーうめえ! それになんか力湧いてくるぞ!」
「魔猪の新鮮な背脂と、ピストマっつう、魔力たっぷりの木の実を使ってるだよ。朝からこれ食っとけば、忙しい大人らも、成長期の子らも元気百倍だ。野菜といっしょにめしあがれ」
ヴィヴィアンもポリグリ風ソーセージを一本かじってみた。
「すごく香ばしい。ピストマの香りなのかな」
「んだ。あとは緑の共和国で採れる香辛料だけども……まだあるんかなあ、あの国は」
「緑の共和国って、正式な名前は何ていうの?」
ヴィヴィアンが尋ねられたタバサは「うぬぬぬ」と考え込んだけれども、はっきりとは思い出せないようだった。
「一つの国っていうか、いろんな部族が集まってた感じだった気がするだな。ポリグリッド公国よりずっと南で、暮らしやすいって聞いてたから、オラは息子を連れて、そこへ行くつもりだったんだ」
「そうだったんだ。その共和国がいまどうなってるか、そのうち調べてみるね」
「お願いするだ、雇い主様。あそこの国の食べ物はうまいから、まだあるなら、料理の情報とか、色々仕入れたいだよ」
「あ、タバサ、私のことは、雇い主じゃなくて、ヴィヴィアンでいいよ」
「ヴ、ヴェ、ビィ…ううう、唇がうまく回らねえ……ビビ様でも、いいだか?」
「うん、もちろん」
ヴィヴィアンたちの食事が半分ほど進んだ頃、食堂の入り口から、賑やかな声が聞こえてきた。
「なんと、姫様に遅れをとってしまったわい」
「オヤジたち、おせーぞ」
「みんな、おはよう。よく眠れた?」
「おはようございます、姫様。わしらも番たちも、ゆっくりしっかり休めましたぞ」
「喋るお屋敷には驚きましたが、瞬間移動は便利ですなあ」
親父虫たちも、それぞれに衣装を出してもらったらしく、着替えていた。
「みんなの服、仕事着っぽいね」
「そうそう、皆で話し合って仕事を分担しましてな。それぞれの番と一緒に持ち回りで、警備班、清掃班、園芸班、諜報班として、働くことにしましたのじゃ」
「番さんたちも、働くの?」
ノラオたちの手のひらで、番の卵がぴょんぴょん跳ねていた。
「皆、やる気満々ですぞ」
「ありがとう。すごく助かる」
ずっと一人暮らしだったヴィヴィアンは、これまで最小限の家事しかしてこなかったから、屋敷の中も外の庭も、なんとなく殺伐としていた。
あたたかな家庭に憧れるヴィヴィアンとしては、気になってはいたものの、手が回らないので諦めていたのだった。
「まずは朝ごはんだね。タバサの料理、美味しいよ」
「おおお、いただきますじゃ」
「卵様たちには、甘い魔林檎の汁を用意しましただよ」
タバサは大テーブルに小皿を四枚並べて果汁を少量注ぎ、番たちに勧めていた。
そんな和やかな朝食の光景を眺めながら、ヴィヴィアンは心の中で「異世界格言集」の言葉を思い出しながら、気持ちを引き締めていた。
(『一日のケイオスは、混沌に蟻』だったっけ。よく分からないけど、何があるか分からないから、小さなことでも見逃さないようにしなくちゃ)
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