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ヴィヴィアンの婚約

ヴィヴィアンは知らないうちに普通の友を得た

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 セイモア・グリッドの容態を見るために残っていたサポゲニン病院長は、彼の顔にあった青いひび割れが、時間とともに少しずつ薄れていくのを確認していた。

(あのひび割れは、呪いによって歪められた彼の精神が、苦しみに耐えきれずに、自分の肉体を壊そうとしていたのかもしれないな)

 今回の騒動に、もしもヴィヴィアンが介入していなければ、セイモア・グリッドは、自分のものではない憎悪のために、遅かれ早かれ自壊していたのだろう。

 メアリーや、グリッド家傍系の者たちの自己魔力不全症候群も、呪いに取り込まれていく自分を破壊しようとする無意識の願いが、発症の引き金を引いたのではなかろうか。あるいは、自らを無意識に憎ませて壊すように仕向ける呪いだったのか…。

 そう考えたサポゲニンは、ため息のような声色で思いを漏らさずにはいられなかった。

「ウィステリア嬢は、今日一日で、一体何人の命を救ったのだろう」

「私と、息子三人、メアリー、傍系の者たち…あまりにも大き過ぎる恩を、どうやって返したものか、見当もつかぬ…」


 考え込む様子のアーチバル・グリッドに、スカーレットは、最も必要と思われるアドバイスを与えた。


「恩は恩として、ヴィヴィアンとは、どうか普通の友人として接するよう、お願いいたしますわ。それが一番、あの子の喜ぶ事ですから」

「ビンフィル医師……そうだな。心して、ウィステリア嬢の良き友となろう」

「僕もぜひ、彼女と友だちになりたいな。ユアン、メアリー、退院したら、みんなで一緒にウィステリア嬢に会いにいこう」

 家族たちの声が刺激になったのか、セイモア・グリッドが、ようやく目覚めた。

「う……」

「目覚めたか、セイモア」

「セイ兄さん!」

「え、父さんと、ユアン…?」

「いまがいつだか、分かるか」

「ええと…」

「歳はいくつだ」

「十六だよ」

「だいぶ、記憶が飛んだようだな…」

「記憶? 父さん、何を言ってるの?」

「セイ兄さん、僕の歳は」

「十一でしょ。どうしてそんなことを…って、ユアン、いつ声変わりしたの…っていうか、顔変わってる!」

「やあ、セイモア」

「え、ギル兄さん……本物?!」

 死んだはずの長兄を見て混乱したセイモア・グリッドが、自分の頭から髪の毛が完全に消えていることに気づいて更に混乱を極めたのち、家族水入らずでじっくり話しあって己を取り戻したのは、日付が変わってからだった。


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