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ヴィヴィアンの婚約

ヴィヴィアンは毛をリサイクルした

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 素材を集めに出た人々が、病室に戻ってきた。

 アーチバル・グリッドは、半透明の大袋五つ分の「毛」を運び込んだ。

 スカーレットとメアリーは、黒光りする金属製の布団叩きを、一本ずつ持ち帰った。

 セイモア・グリッドを肩に担いだサポゲニン病院長が、妻と一緒に戻って来ると、ユアン・グリッドが悲鳴のような声を上げた。


「セイ兄さんの髪がない!!」

「ごめんなさいね。彼が仕掛けた呪具の回収のときに、ちょっと誤差が生じちゃったのよ」

 イルザ・サポゲニンが申し訳なさを微塵も含まない声で謝った。

「この大袋の中の毛も、すべて誤差なのだろうか…」

 アーチバル・グリッドの問いに答えたのはスカーレットだった。

「結果的には、正解だったと思いますわ。心身に巣食う悪しき思念も、毛と共に去ったみたいですから」

 サポゲニン病院長は、穏やかな顔で気絶しているセイモア・グリッドを肩から下ろしてベッドに寝かせながら、しみじみと言った。

「異世界には『毛軽ければやまい軽し』という格言があると聞くが、医療従事者としても興味深い言葉であると、まさに今日、思い知った」

「ほんとにね。毛を失った患者たちが、一気に回復してるんですって。たくさん抜けた人は、全快しちゃったそうよ。誤差を引き起こした私としても、この現象は想定外だったわ。まさに、『病は毛から』だわね」

 病院がそれでいいのかと、グリッド父子は思ったけれども、もちろんツッコミを入れられる立場ではない。

 必要なものが全て揃ったのを確認したヴィヴィアンは、薬壺を持って、病室の中央に立った。

「では、いまからトンチキ壺を無効化します。グリッド家の人たちは、念の為に防御の構えを取って、見守ってください」

「ヴィヴィアン、そいつ攻撃してくる可能性があるの?」

「たいしたことはしないと思う。ただ、ユアン・グリッドとギル・グリッドは本調子じゃないから、うっかり怪我とかしないように避けてほしい。メアリーも、とばっちりに注意して」

「息子と嫁は、私が守ろう」

 アーチバル・グリッドが、二人の息子とメアリーの前に立った。

「ヴィヴィアン、セイモア・グリッドはガードしなくていいの?」

「素材枠だから、問題ない」

「素材枠…」

 ユアン・グリッドの呟きを無視して、ヴィヴィアンは詠唱を始めた。


見窄みすぼらしき土器かわらけの闇に捨てられれ惑う、いにしえの母なりしものに願う。重き心の全てを今生こんじょうの身に宿し蘇りて、悲しき子らの真実を知り、さきはう者となれ」


 薬壺の蓋が浮き上がり、真っ青な霧が立ち上ったかと思うと、毛の詰まったゴミ袋の上へと漂っていった。

 それと同時に、セイモア・グリッドの頭の地肌から青黒い液体が滲み出て、ベッドから床に滴り落ち、積み上げられたゴミ袋に向かってするすると流れて行った。

 霧と液体は、上と下からゴミ袋全体を包み込むと、一気に圧縮して、人の形を作り上げた。



「ハンニバル・グリッド! おのれ、ここで会ったが運の尽きぞ! 息子を返せ! そして、死ねええええええええええええ!」



 真っ青な髪の女が、スカーレットとメアリーが手に持っていたはずの布団叩きを両手に構え、アーチバル・グリッドめがけて飛びかかろうとした瞬間。


バチバチバチ
バチコーーーン!



 ヴィヴィアンの帆布カバンから、青鈍色あおにびいろの玉が四つ飛び出し、青い髪の女の額にぶち当たった。



──おお、いとも見事な我がつがいのデコピンよ!

──卵の姿であっても、勇猛さは変わらぬなあ!

──惚れ直すわい!


 青い髪の女は白目を剥いて、アーチバル・グリッドの前で仰向けに倒れた。


「ふう。これにて、一見落着」


「いやまだだろう!?」
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