上 下
46 / 89
ヴィヴィアンの婚約

ヴィヴィアンは毛をリサイクルした

しおりを挟む
 素材を集めに出た人々が、病室に戻ってきた。

 アーチバル・グリッドは、半透明の大袋五つ分の「毛」を運び込んだ。

 スカーレットとメアリーは、黒光りする金属製の布団叩きを、一本ずつ持ち帰った。

 セイモア・グリッドを肩に担いだサポゲニン病院長が、妻と一緒に戻って来ると、ユアン・グリッドが悲鳴のような声を上げた。


「セイ兄さんの髪がない!!」

「ごめんなさいね。彼が仕掛けた呪具の回収のときに、ちょっと誤差が生じちゃったのよ」

 イルザ・サポゲニンが申し訳なさを微塵も含まない声で謝った。

「この大袋の中の毛も、すべて誤差なのだろうか…」

 アーチバル・グリッドの問いに答えたのはスカーレットだった。

「結果的には、正解だったと思いますわ。心身に巣食う悪しき思念も、毛と共に去ったみたいですから」

 サポゲニン病院長は、穏やかな顔で気絶しているセイモア・グリッドを肩から下ろしてベッドに寝かせながら、しみじみと言った。

「異世界には『毛軽ければやまい軽し』という格言があると聞くが、医療従事者としても興味深い言葉であると、まさに今日、思い知った」

「ほんとにね。毛を失った患者たちが、一気に回復してるんですって。たくさん抜けた人は、全快しちゃったそうよ。誤差を引き起こした私としても、この現象は想定外だったわ。まさに、『病は毛から』だわね」

 病院がそれでいいのかと、グリッド父子は思ったけれども、もちろんツッコミを入れられる立場ではない。

 必要なものが全て揃ったのを確認したヴィヴィアンは、薬壺を持って、病室の中央に立った。

「では、いまからトンチキ壺を無効化します。グリッド家の人たちは、念の為に防御の構えを取って、見守ってください」

「ヴィヴィアン、そいつ攻撃してくる可能性があるの?」

「たいしたことはしないと思う。ただ、ユアン・グリッドとギル・グリッドは本調子じゃないから、うっかり怪我とかしないように避けてほしい。メアリーも、とばっちりに注意して」

「息子と嫁は、私が守ろう」

 アーチバル・グリッドが、二人の息子とメアリーの前に立った。

「ヴィヴィアン、セイモア・グリッドはガードしなくていいの?」

「素材枠だから、問題ない」

「素材枠…」

 ユアン・グリッドの呟きを無視して、ヴィヴィアンは詠唱を始めた。


見窄みすぼらしき土器かわらけの闇に捨てられれ惑う、いにしえの母なりしものに願う。重き心の全てを今生こんじょうの身に宿し蘇りて、悲しき子らの真実を知り、さきはう者となれ」


 薬壺の蓋が浮き上がり、真っ青な霧が立ち上ったかと思うと、毛の詰まったゴミ袋の上へと漂っていった。

 それと同時に、セイモア・グリッドの頭の地肌から青黒い液体が滲み出て、ベッドから床に滴り落ち、積み上げられたゴミ袋に向かってするすると流れて行った。

 霧と液体は、上と下からゴミ袋全体を包み込むと、一気に圧縮して、人の形を作り上げた。



「ハンニバル・グリッド! おのれ、ここで会ったが運の尽きぞ! 息子を返せ! そして、死ねええええええええええええ!」



 真っ青な髪の女が、スカーレットとメアリーが手に持っていたはずの布団叩きを両手に構え、アーチバル・グリッドめがけて飛びかかろうとした瞬間。


バチバチバチ
バチコーーーン!



 ヴィヴィアンの帆布カバンから、青鈍色あおにびいろの玉が四つ飛び出し、青い髪の女の額にぶち当たった。



──おお、いとも見事な我がつがいのデコピンよ!

──卵の姿であっても、勇猛さは変わらぬなあ!

──惚れ直すわい!


 青い髪の女は白目を剥いて、アーチバル・グリッドの前で仰向けに倒れた。


「ふう。これにて、一見落着」


「いやまだだろう!?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った

五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」 8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。

彼女はいなかった。

豆狸
恋愛
「……興奮した辺境伯令嬢が勝手に落ちたのだ。あの場所に彼女はいなかった」

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

処理中です...