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ヴィヴィアンの一年間

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 一年の最後の日の朝のこと。
 ヴィヴィアン・ウィステリアは、居間の壁に貼った手製の大きな暦の前で、小さな唸り声をあげた。

「ううううう」

 窓よりも大きな暦には、この一年の日々が、月ごとに並んでいる。

 一週間は、十日。
 一か月は四十日。
 一年は、四百八十日。

 どこかの世界とは、少し違う暦法が使われていて、一年がずいぶんと長いのだけど、ヴィヴィアンには知る由もないことだ。

「普通の日が、少なすぎる」

 ヴィヴィアンが唸りながら気にしているのは、日付の周りに自分でつけた、しるしの色だ。

 虹色の丸は、仕事を頑張った日。
 黄色い丸は、とても楽しいことのあった日。
 赤い丸は、何らかの事件に遭遇した日。
 黒い丸は……覚えていられないほど酷い何かが起きた日。

「どうして、赤と黒で埋まってる日が、こんなに多いのかな」

 月の半分は、日にちの数字の周りに、赤と黒の丸がたくさんついている。それは、複数のトラブルに巻き込まれ、記憶がたくさん飛んだということを表している。

「仕事は、ほぼ毎日できてる。楽しいことは、そこそこあった」

 仕事を頑張った週の終わりには、ヴィヴィアンは、自分にご褒美をあげることにしている。
 ヴィヴィアンにとっての楽しいことのほとんどは、週末にカフェテラスでランチを食べることだった。

「曜日替わりの特製ランチ。闇の日のは、ちょっとお高いけど、甘いお茶と、すごく甘いケーキがつく」

 ヴィヴィアンの世界の一週間は、光の日から始まる。

 そのあと、太陽の日、星の日、炎の日、水の日、風の日、草の日、木の日、土の日と続き、十日目の闇の日で終わる。

 長くて忙しい一週間を、一人っきりで乗り切るためには、闇の日のケーキの甘さが欠かせない。

 そして今日は、一年最後の「大闇おおやみの日」だった。

「今日だけは、二人前のランチを食べてもいいかもしれない。そのあとケーキとお茶だけ、おかわりしても許されると思う。私が許す」

 赤丸と黒丸に圧倒され尽くしたカレンダーを眺めながら、ヴィヴィアンは、ケーキ食べ放題という結論を出した。

「だって、頑張ったもの。頑張ったんだよね、きっと。黒い丸の日は、あまり覚えてないけど」

 一年の始まりの日に、普通に暮らす日を増やすために頑張ると心に誓ったヴィヴィアンだったけれども、その抱負は新年に持ち越すことにした。

「来年こそ、カレンダーを普通の日々で、埋め尽くす!」

 ずごごごごごごご。

 ヴィヴィアンの強い決意と魔力のたぎりに応じるかのように、遠雷とも地鳴りともつかない異様な音が響いてきたけれども、こぶしを握りしめてカレンダーを睨むヴィヴィアンは気づかない。

 街では、怪音現象に恐れをなした人々が右往左往し、ヴィヴィアンの行きつけのカフェテラスも、開店早々閉店の札を立てて店仕舞いをしたけれども、そのことをヴィヴィアンが知って激しく落胆するのは、数時間後のことになる。


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