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ヴィヴィアンの婚約
ヴィヴィアンは料理をした
しおりを挟む病室の窓から瞬間移動で家に帰ったヴィヴィアンは、すっかりお腹が空いていることに気がついた。
考えてみたら、カフェテラスでお昼を食べようと思っていたのに、婚約者と異常な遭遇をしたせいで何も食べずに帰宅して、吐き気が酷くて間食もできないまま、スカーレットのところに駆け込んだのだった。
スカーレットと一緒に家に戻ってからは、呪いの煙を罵詈雑言で虫に変えるという、荒々しい作業をこなした。
その疲れも癒えないうちに、病院に駆けつけて、呪いの大元である偽婚約者のユアン・グリッドの腐った性根を『消去』して、メアリーの病気を治すための鞭を作った。
ユアン・グリッドの『消去』については、何をどうしたのか、ヴィヴィアンは、はっきり覚えていない。
実は、ヴィヴィアンの中には、不愉快な記憶を残さないように、無意識のうちに処理する機構が組まれているのだけれども、本人はそのことを知らない。
覚えていないけれど、ヴィヴィアンは、スカーレットに「ぶちかませ!」と言われて、自分なりに頑張ったと思っている。
たくさん力を使ったのだから、たくさんお腹が空いて当然だ。
壁時計を見ると、すでに夕刻だった。
窓から見える空は、深い赤に染まっていて、スカーレットの髪の色を思い起こさせた。
「病院で、面倒くさいことになってないかな。スカーレットなら、全部うまく片付けるんだろうけど」
どんなトラブルに巻き込まれても、力を惜しまずに動いて助けてくれる大切な友に、最大限の謝礼をしようと、改めて心に誓うヴィヴィアンだった。
だけど、お腹が空いていては、何もできない。
「ごはん、作るの面倒。どこかに食べに……ダメだ。外に出たら、スカーレットに叱られる」
ヴィヴィアンは台所に行って、食材を確認した。
「誰かが捨てようとしてた謎の肉、根菜の切れ端。古くなった芋。煮物なら小一時間。長い。長すぎる。でもこの材料だと、煮物以外の道はない」
嘆いていても料理はできない。
ヴィヴィアンは食材と調味料を作業台の上に並べて、その横にシチュー鍋を起き、詠唱を開始した。
「捨てられし物たちよ、我がいとしき同胞よ、寂しく朽ちて果てる定めを打ち捨てて、とこしえに我と共にあれ。あたたかく滋味豊かなる供物へと生まれかわりて、我が血肉となれ」
作業台の食材は、ヴィヴィアンの指から出た虹色の光に包まれると、浮き上がって鍋の中に移動し、そのまま輝き続けた。
鍋を覗き込んだヴィヴィアンは、ため息とともに、つぶやいた。
「やっぱり小一時間はかかる。お腹すきすぎて、気持ち悪い…」
普通の食材を買ってきて、台所で普通に調理するという発想は、ヴィヴィアンにはなかった。
もしもそれを実行しようとしても、周囲の誰かが必死で止めたことだろう。世界の平和と、ヴィヴィアンの安全のために。
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