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ヴィヴィアンの婚約

ヴィヴィアンは見た

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 王都ベレヌスにおける今年最初の騒動は、一月の第二週目の闇の日の昼下がりに、ヴィヴィアンの目の前で幕を開けた。
 
 ヴィヴィアンは、自分の目が見ているものが信じられなかった。

 視線の先にあるのは、行きつけのカフェテラスの、お気に入りの席。

 だけど、そこには先客がいた。
 仲睦まじく顔を寄せ合って語り合う男女。

 それだけのことなら、別の席を使えば済む話だ。

 けれども先客の片方は、ヴィヴィアンの婚約者だった。

 そしてもう片方は、ヴィヴィアンが誰よりもよく知っている人物だった。

(これは、どういうこと……?)

 視線の先では、やさしげな微笑みを浮かべた婚約者が、黒髪の女性の右耳の上にある髪飾りに手を伸ばそうとしていた。

 動揺を押し殺し、気づかれないように二人の席にそっと近づくと、婚約者の声がはっきりと聞こえた。

「よく似合ってるよ、ヴィヴィアン」

 化粧っけのない、地味な顔。
 レンズの大きな黒縁メガネ。
 量産品の白ブラウスに、怪しい模様を織り込んだ、暗い色のスカート。

 婚約者の向かいに座っているのは、どこからどう見てもヴィヴィアンそのものだった。

 女性がつけている、赤い珊瑚の玉のついた髪飾りにも、はっきりと見覚えがある。

 それはつい昨日、婚約者から送られてきたばかりの品で、いままさにヴィヴィアンが右耳の上につけているのと全く同じものだ。

 ざわつく心を抑えようとするヴィヴィアンの耳に、また婚約者の声が飛び込んできた。

「闇の日には、いつもこの席で本を読んでるって聞いたから、来てみたんだ。会えて嬉しいよ」

 いつも、この席で。

 それが彼の向かいに座っている女性なのだとすれば、彼女は間違いなく本物のヴィヴィアンだ。

 では、読みかけの本を携えてここで立ちすくんでいる自分は、一体誰なのか……

 カフェテラスの女性の手元には、ヴィヴィアンが手にしているのと同じ本があるのが見える。

 二人を見ているうちに、胃の中に気持ちの悪いものがどんどん溜まり、目の前が暗くなるのを感じたヴィヴィアンは、後ずさってカフェテラスから距離を取った。

「倒れる前に、家に帰らなきゃ」

 吐き気を堪えるために口元を手で押さえつけながら、ヴィヴィアンは出来る限りの早足で、来た道を戻っていった。


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