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しおりを挟む「ヘンリーさまぁ、そろそろ行きましょうよ」
「そうだな。ゴミにも十分言い聞かせたことだし、今日の公務は終了だ」
これが公務かよと、一部の客がひそひそと話す声が聞こえてくるが、王子とルーシーの耳には届かないらしい。
(王子って、都合の悪い情報は自動的にシャットアウトするのよね。それも魅了の効果なんでしょうけど)
カフェテラスを出ようとした王子は、野次馬が幾重にも自分たちを取り囲んでいることに、ようやく気づいた。
「なんだこの人だかりは! 出られんではないか!」
「きっとヘンリー様を見にきたのよ。だって、王子様なんですもの」
「ふん、そうだろうな。邪魔だどけ! おい、ゴミ! 支払いはしておけよ」
「これからはわたくしのために、昼も夜もがんばって働いてくださいね、お姉様。うふ」
(娼館の上がりを懐に入れる算段がついてるわけね。くだらないことにだけ抜け目がないっていうのも、ある種の才能なのかしらね)
王子とルーシーがカフェテラスを出て行っても、野次馬が立ち去る様子はなかった。
(どうせ私が警備隊に連行されるまでが茶番だと思って待ってるんでしょうけど、そこまでお付き合いするつもりはないわよ……あら、予想外の人が来たわ)
カフェテラスの床に座り込むローザの前に、黒ずくめの男がいきなり現れた。
「ローザ、待ったかい?」
「待ってませんわ。それに白々しいですわね。どうせ最初から見ていらしたんでしょうに」
「見てたけど、来るのに時間がかかったのは本当だよ。帝国からこの国まで、どれほど距離があるか知ってるだろう?」
「ええ。ですから、わざわざいらっしゃるとは思いませんでしたわ、アレクシス殿下」
急に野次馬のざわめきが大きくなった。
王国と帝国とは、戦争こそしていないが、長く敵対関係にあるため、人の往来も物流も自由ではない。
そんな敵国の皇子が、王都にいきなり瞬間移動で現れたのだから、王城の人間が知ったなら、即座に捕縛しようとするだろう。
けれどもカフェテラスの周囲の群衆たちが上げる声は、好意的なものばかりだった。
──もしかして、あの王家を倒しに来てくれたのか?
──王族の駆除だけでなく、いっそ国ごと属国にしてくれないかなあ。
──むしろ併合してもらいたいぜ。
「助けると約束したんだ。来ないはずがないだろう」
「遠い昔にお断りしたはずですけどね」
「聞いた覚えはないな」
ローザは八歳の時に、継母たちに躾と称して国境の森に置き去りにされ、危うく死にかけていたところを、帝国人に助けられたことがある。
遠見の魔術によって、森をさまようローザをたまたま見つけたというアレクシス皇子が、騎士団とともに駆けつけたのだ。
当時十歳だった皇子は、ローザの周囲に悪質な呪いの気配があることを察知して、ローザに帝国に残るように強く勧めた。
「帰らないほうがいい。森に捨てられるくらいなんだ。君の家には味方が一人もいないのだろう? 僕のところで暮らすといいよ。決して悪いようにはしないと約束するから」
ローザは愚かな子どもではなかったので、皇子の言う「悪いようにはしない」というのは、「帝国にとって」であることを察していた。
ローザを守るという建前を崩すことはなくとも、優先されるのは帝国と皇子の利であろうと。
そして、その推測は当たっていた。
アレクシス皇子は、ローザの周囲に立ち込めるものが、あちらの王家を巻き込むほどの魅了であることを見抜き、それを利用して王国を自分の傀儡として、皇位継承の手駒にする絵図を描いていたのだ。
(夜中に皇子が側近と話してるのを聞いちゃったのよ。あんな人の誠意なんて期待してなかったけど、少しは傷ついたわよね。私も幼かったから…)
相手が誰であれ、利用されるだけの駒になりたくなかったローザは、軟禁してでも引き止めようとする皇子の手をすり抜けて、結局自力で帰国した。
(あの頃って、まだ瞬間移動が苦手だったから、二百回ほど連発して、ようやく国境を超えたのよ。森で遭難するより酷い目にあったわ)
魔力枯渇寸前で死にかけながら家に帰ったローザを待っていたのは、王子との婚約だった。
(王子と皇子、どっちもどっちというか、どっちも全力でお断りよ!)
「で、これから動くのかい?」
「そのつもりですけれど、ちょっと問題がありますの」
「魅了の解除だろう?」
「ご存じでしたか」
「知ってるさ。十年前に君と出会った時からね」
「お話が早くて助かりますわ。ここにいると捕縛されますので、そろそろ私は去りますわ」
瞬間移動しようとするローザより一瞬早く、アレクシス皇子は魔力封じをかけた。
(この皇子の、こういう強引なやり方が大嫌いなのよ!)
「まあ待ちなよ。この国で魅了の術を使っている者は、呪具も含めてすべて把握済みだよ。駆除する用意もできている」
「本当ですの!?」
「君に嘘などつかないよ」
(嘘ばっかり!)
「で、私をどうするつもりですの?」
「僕と一緒に帝国に来てくれるなら、全てこちらで処理するよ」
「そんな…申し訳ないですわ」
帝国に来ないなら手伝わないし助けない、とは決して言わないのが、皇子の食えないところだ。
(皇子の手に乗せられるのは危険だけど、背に腹はかえられないか。でも、もう少しだけ粘ってみる?)
カフェテラスの外から怒号が聞こえてきた。
「追っ手が来ちゃったようだけど、どうする?」
「元々これは私の家の問題です。私一人では解決できないとしても、すべてを帝国にお任せするのでは、情けなさすぎて耐えられません。私にもできることをさせてください」
「ふーん、そうきたか」
皇子は、面白そうに笑いながら、ローザに手を差し出した。
「ほら、立って。君の復讐に付き合ってあげよう」
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