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十三話

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「そう言われましてもね……。警察からここに爆破予告があったなんて聞いてませんし、そもそもあなたが卒業生って言っても、今はただの部外者でしょ? 通すわけにはいかないですよ」
 僕と++さんは、☓☓教によって爆破される予定にある中学校に来ていた。警察からは何も連絡等は無かったみたいで、入るのにも苦労している始末だ。以前した僕の通報はいたずらだと処理されたんだろう。爆破の予告場所のヒントはあったらしいけど、正確な場所の公表は無く、警察に睨まれている今、本当に爆破があるのかも怪しまれていると今朝のニュースでやっていた。
「そう言われればそうかもしれませんけど、今はそんな事言ってる場合じゃないんです! なんなら通してくれなくても良いですから、正午までに皆を避難させてくださいよ」
「どうだろうね、それは。予定だとお昼前に終わるみたいですけどね、校長先生も教頭先生も話が長いって皆言ってるから、終わるのは十二時過ぎるんじゃないですかねえ?」
「今日、いつもは見かけない人を見かけませんでしたか?」
 さっきまで黙っていた++さんが口を開いた。十分以上立ち往生してるんだから、痺れも切れたんだろう。
「う~ん、どうですかね? 終業式だから、先生方以外にもPTAの方や外部の方も何人か来ていたみたいですからね」
「では、その中から大きな荷物を持っている、若しくは沢山の荷物を持っている人はいませんでしたか? 大人数でもいいです。他にも、ちょっとした疑問に思うような事はありませんてしたか?」
「そうですね……。ああ、確か、何かの機械を修理するとかで、業者が入っていきました。五人ほどで、朝早く。……先生方も殆ど来ていない時にですね。ああいうのって、八時か九時にするもんだと思ってましたから、少し驚いたんですが、まあ、学校の都合もありますからね……」
「顔は憶えていますか?」
「質問多いですね……。全員ではないですけど、憶えています。でも、あんまり個人情報は出せないですよ。怒られますからね。大事になっても困りますし」
「では、このファイルに写っている人の中に、その業者はいましたか?」
 ++さんは、☓☓教の悪事やそれを行った者をまとめてあるファイルを開いて、警備員さんに見せた。
「どうだったかなー。と、言うよりこのファイルは何なんですか? …………あ、この人来ましたよ。応対したんですけど、感じが良い人だったんで憶えています。爽やかな笑顔でね、怪しさなんて感じられませんでしたよ」
「このファイルは、先日ニュースにもなった警察署爆破事件を起こした宗教団体の一員です」
 ちなみに、この警備員さんが今回の爆破の工作員ではないか、学校に着いた時にチェックしておいたんだ。この警備員さんは信者でもないみたいだ。入信者の名簿は幹部クラスなら誰でも見る事ができるらしいので、++さんがささっと調べてくれた。
 外部に依頼する可能性を指摘したら、今まで(☓☓教で都合の悪い部分が出てきた場合それを処理する事)をする場合、外部に依頼する事は今まで一度も無かったらしい。情報漏洩するのを防ぐ為に、信頼のおける者にのみ依頼していたとか。そして、++さんもその請負人の一員であったために、他のメンバーと顔合わせした事があると言っていた。
 万が一、請負人にすら知られていない、信者登録もしていない、名前すら隠されている人が今回の工作員ならだけど、そうなったらもう諦めて強行突破しかない。押しのけて救助に向かおう。
「え、そんな……。でも、悪そうに全然見えなかったですよ?」
「いや、悪そうに見えちゃダメでしょ」
 思わず突っ込みを入れてしまう。あからさまに悪そうに見えたり、怪しかったりしたら入れないからね。
「確かに……」
「その人達はまだ校内にいますか?」
「いや、あなた達が来る少し前に出ていきましたね」
 僕は++さんと顔を見合わせる。出ていったなら、あからさまに騒がない限り避難してもバレないだろう。
「本当に入れてもらえませんか?」
「う~ん……。でもねぇ……」
「どうかされましたか?」
「え?!」
「いえ、お困りの様子でしたので……」
 僕は心臓が飛び出るかと思った。不意に話しかけて来たのは、警察だったからだ。
「ああ、ご苦労さまです。いえね、この人達がね、この学校に爆弾が仕掛けられているかもしれないって言ってるんです。でも、警察の方からそんな事聞いてないですし、それで鵜呑みにして通すわけにもいかないですよ。万が一犯罪者だったら私は職を失いますからね」
「そうでしたか。それで君達は?」
「この方が△△さんで、私は++という者です」
「正直に言って大丈夫なんですか?!」
 ++さんが間髪置かずに、僕達の名前を警察の人に教えてしまった。
「やむを得ません。むしろ、身分を明らかにして協力して頂きましょう。もう十一時半を過ぎていますから、工作員が戻るとは考えにくいですし」
「どういう事ですか? ++……と言うのは知らないですが、△△と言えば今指名手配中の人物の名前です。本当に御本人で間違いないですか?」
「……はい。間違いなく僕は△△です」
「そうですか。では逮捕せねばなりませんが宜しいですか? 一応本人確認を行ってからになりますが」
「あの、逮捕は待って貰っていいですか? 逃げも隠れもしませんから」
「……場合によりますが、理由をお聞かせ願えますか?」
「さっきも言ったんですけど、既に爆弾が仕掛けられている可能性が高いんです。だから、正午までに皆を避難させたいんです。あと、それでもし怪我人が出た場合、助けたいんです」
「しかし、△△さんは首謀者という事になってますからね、鵜呑みにする事はできません。もし別人であった場合は、何故詳しい場所や時間等を知っている理由を訊く必要がありますので、どしらにしてもあなたには自由を与える事はできませんね」
「あの、場所は△△さんにも心当たりがあったようですが、時間等詳しい事は私が教えました」
「先程貴女は++と名乗っていましたね。貴女が何者かを含めて、どういう事か教えていただけますか?」
「私はこの先抜けるつもりですが、現在☓☓教に所属しているんです」
「……それなら、まあ、知っていても不思議ではありませんね」
「え……。二人ともワケありって事ですか?」
 警備員さんが狼狽える。
「そうなりますね……。でも、僕は爆破の命令なんて出してませんし、命令権なんてないですし、そもそも☓☓教に所属すらしていませんけどね」
「では、何故☓☓教の方と一緒にいるんでしょうか?」
「それは、私が△△さんに何か協力できないかとお願いして、勝手について行っているんです」
「そうですか」
「それでおまわりさんは何でここに来たんですか?」
 僕は念の為に訊いた。
「私はね、以前ここに爆弾が仕掛けられるという通報があったから、念の為出動しているんですよ。前回は警察署でしたから、今回も近隣の警察署だろうと大半の人が警戒しているんですけど、通報があって無視するわけにもいかないから、少人数ながらこの学校に来た次第ですよ」
「他にも何人か来ているんですか?」
「勿論。万が一本当に仕掛けられていた場合、一人だと対処できませんからね。それでもどうにもならなければ直ぐに応援要請しますけど」
「そうですか。ありがとうございます」
 そうか、僕が通報したのは無駄じゃなかったのか。良かった。
「△△さん、もう時間がありません」
「え? あ、本当だ。すみません、もう時間ないんで避難させて欲しいんですけど……」
「……そうですね。本当に正午に爆破されるなら、すぐにでも取り掛からないといけませんね。どうしようか……。そうだ、仲間が学校に話をしますので、避難完了まで貴方達は私と一緒に行動してくれますか?」
「わかりました」
 おまわりさんは、仲間の警察官を数人呼んで学校の先生に話を通して、すぐに校内放送で避難誘導に入る事ができた。

「これで避難完了ですかね?」
「今先生方に点呼をとって貰っています」
「あと五分で十二時になります」
「爆破が十二時丁度に開始されるかわかりませんし、やばいですね……」
「はい。……そう言えば、爆弾は見つからなかったんでしょうか?」
「いくつかは見つかったようですが、下手に触れて誤爆しても困りますから移動はさせていません。ですから、今爆発物処理班を呼んでいます」
 その時、警察の無線に一つの連絡が入り、おまわりさんの表情が曇る。
「どうしたんですか?」
「生徒が三人見つからなかったらしいんですが、仲間が探しに戻ると言ったものの、それを聞かずに教師一人が校舎内に探しに行ってしまいました」
「どうするんですか?」
「一人が教師を追いかけて行きましたが、なにせ私達は人数が少ないので、生徒の避難と誘導で捜索にまで手が出せないそうです。ですから、私は今から生徒を探しに行きます。貴方方から目を離すのは不本意ですが仕方ありません」
「僕も探しに行きます」
「いえ、ここにいてください。被害は最小限に抑えなければなりません。それに、貴方は重要参考人なんですから、確実に署に来ていただきたいのです」
「…………分かりました」
「では」
 おまわりさんは僕達をおいて走って行ってしまった。
「……++さん、このファイルと荷物、持って貰えますか?」
「え? 構いませんが……」
「僕は、生徒三人と教師一人でしたね、を探しに行ってきます。誰か怪我をしてしまった場合、治さないといけませんし」
「私も行って宜しいですか?」
「ダメです。++さんは怪我を治せませんし、なにより☓☓教のそのファイルを警察に届けるのが仕事でしょ」
「でも、△△さんを手伝うためにここまで来たんです」
「じゃあ、他の警察の人と合流して避難誘導のお手伝いをして下さい。話は行けば通じるでしょうし。僕の活躍場所はここでしょうけど、貴女の最大の活躍場所はここではないはずです。++さんの力が必要になったら、その時お願いしていいですか?」
「……分かりました。無事に戻って来てください」
「じゃ、行ってきます」

 正午まで時間が無い。僕は走って校舎の中に入った。
「どこにいるんだ……?」
 僕が子どもの頃に避難訓練をした時、いつも一人は逃げ遅れている人がいた。その子は何をしていただろうか?
 …………訓練だからと高を括って、逃げもせず校舎にいた人。かくれんぼをしていた人。そのまま帰ってしまった人。……これは問題ないけど。
 他には、怖くなってしまって動けなくなったり、トイレに行っていて何が起きたのか把握できていなかったりかな?
「誰かいますかー!」
 教室の中を確認しつつ、道中にトイレがあったら声をかける。
「誰かいますかー!」
 なかなか生徒も教師も見つからない。もう逃げきったのか? でも、ものの二、三分で四人連れ戻せるのか? 
「あの……、すみません。えっと、何があったんですか? 誰も見当たらないんですけど」
 居た。
「聞いてない? 爆弾が仕掛けられているから、皆避難してるんだよ。残ってるのは君含めて三人だけだよ。何してたの?」
「え、避難訓練ですか? 聞いてないですけど。オレはトイレ言ってましたよ。他の人は知らないですね。……あ、抜き打ちみたいな感じですか?」
 全然危機感が感じられない。まだ信じていないみたいだ。
「さっきから思ってたんですけど、あなた誰ですか? 先生で見かけた事ないんですけど」
「今は警察に協力してるんだ。それより、早く逃げないとダメだ!」
「えっ、本当ですか? ははっ。本格的ですね」
 埒が明かない。
「早く来て!」
「えっ、ちょっと、何するんですか!」
 僕は生徒の手を引いて走り出そうとした。けど、生徒は抵抗して振りほどこうとした。
「ああ、もう! 外を見ろ! 皆避難してるでしょ。☓☓教はしらない? その人達が爆弾仕掛けてるんだよ。いくつか発見されてるけど、まだどれだけ残ってるかもはっきりしてないんだ。しかも正午に爆破するつもりなんだ。もう時間が無い。早く逃げてくれ、死にたいのか?」
 思わず叫んでしまう。
「え、マジか……」
 生徒は僕の話を聞いた後外で避難している生徒や教師、誘導している警察、応援要請によって集まってくるパトカー等を見て、ようやく状況を把握したようだ。
「行こう!」
「は、はい!」
 僕は生徒の手を引いて走った。今度は振りほどかれなかった。
 もう時間が無い。間に合うか? 他の生徒は大丈夫だろうか? 一度外に出て避難できていなかったら再度探しに入るしかないかな……。
「すみません! あ、あの!」
「なに?」
「時間来てます!」
「ああ、急いで!」
 少しでも入り口に近づかないと。どこに爆弾があるか分からないけど、最後まで諦める事はできない。
 その時、校舎で耳を劈くつんざく爆音が一つ轟いた。
「ひぃ!」
 生徒はその場に立ち止まって耳を塞いだ。
「早く逃げよう!」
「で、でも……。力が入らなくて……」
 生徒はその場にへたり込み、震えてしまっている。
 また爆音が響く。今度は連続して何度もだ。近い。
「ほら、つかまって!」
 僕は生徒の体を支えて、立ち上がらせる。逃げられるかは分からないけど、少しでも進まないと。
「すみません……」
 一歩、また一歩。ようやく1階に着いた。出口まであと少し。
 でも、今度爆音は衝撃と共にやってきて、僕達を突き倒した。
「……いってて。だいじょ──」
 赤黒い塊は目の前で広がり、覆い尽くすように僕らを襲う。
 僕は咄嗟に生徒を庇うように覆いかぶさるが、爆風はいとも簡単に一人の人間を吹き飛ばした。痛みを感じる暇もなく、次の爆風にさらされる。息ができない。体が焼け焦げていくのがわかる。目の前は煙と炎でいっぱいで、どうなっているか判らない。
 意識が何度も飛びかけるけど、何とか耐える。耐えなければ、窒息が先か焼け焦げるのが先かだ。
 何度も鳴り響いた爆音も、幾度か轟いた後に鳴り止んだ。
 しかし、轟々と盛る炎は校舎と僕を休みなく焼き、モクモクと生産され続ける煙は酸素を押しのけて肺に侵入してきていた。
「ぐふっ……」
 口から、いや喉の奥から生ぬるい液体が溢れてきた。唾液か、それとも血なのか。視界が真っ赤で判別はつかないが、きっと血に違いない。だって、窓の枠? かまち……? だっけ? それが胸の部分から飛び出てるんだから。
 まともに息ができないのも、案外煙じゃなくてこののせいかもしれない。ほんのり自分の肉が焼ける匂いが漂ってくる。それは既に香ばしいを通り越して焦げた臭い匂いに達している。美味しそうな匂いされても困るけどさ。痛みはさほど感じない。さっき頭を打ってしまった時の方が痛かったけど、多分意識がはっきりしてないのが原因だろう。
 ──さっきの生徒はどうなった? そうだ。避難の途中だった。それに、他の人は避難できたんだろうか? 
 こんなところで呑気に油を売っている暇なんてない。早く立ち上がって、動き出さないと。
「う、ぐふっ。あが……」
 胸に刺さった窓を外にずらしていく。
 激痛が走ってなかなか抜けない。深呼吸したくてもできないのはなかなか辛いものがあるな。でも、さっさと抜かないとダメだ。
 目を閉じて、心の中で数える。『一、ニの、三!』
「うぐぉ、おろろるぉるぉろ……!」
 引き抜いた瞬間、胃かどこからか液体が逆流して口から吐き出された。胸がスースーとしている。よく見ると体中にガラス片だとか木片だとか金属片が刺さっている。
 僕は膝をついたまま、破片なんてお構いなしに体に、主に胸に手を当てて光を浴びせた。
 うにゅうにゅと肉が広がって、体に空いた穴を埋めていく。ついでに破片は内側から押し出されて、僕の体は元の状態に戻った。
 それを確認した後、ポケットの中にあったハンカチを広げて鼻と口を覆うように頭に巻きつけた。濡らしたかったけど、水は見当たらなかったから仕方ない。気休めでもいいと、血で濡らす。
 周りを見回すと、さっきは炎と煙で見えなかったけど、さっきの生徒が倒れていたのを確認できた。僕はすぐにかけより、状態を確認する。
「息をしているな。脈もある」
 所々怪我をしているけど、見たところ大きな怪我は無かった。良かった。僕はすぐに怪我を治した。それでも生徒の意識は戻ら無かったので、僕はその子を背負って脱出する事にした。
 毎秒ごとに皮膚を焼かれ、煙が押し寄せてくる。低い姿勢をとりたくても、時間をかければ焼かれてしまい、立ち上がれば煙にさらされる。なら、少しでも早く外に出た方がマシだ。
 幸い、僕には力がある。
 光を当てて火傷を治し、朦朧とする意識を無理やり起こし、煙を取り除き、一歩、また一歩と進んで行く。
 時々生徒にも光を当てて治して進む。
『△△さーん! △△さーん!』
 すぐそこで僕を呼ぶ声がした。もう、少しだ。
 足に力を込めて、走り出す。この距離なら問題ない。最後の炎の壁を無理やり突き破って、僕は外に出た。
「△△さん!」
「良かった! 怪我はありませんか?」
 ++さんと、さっきのおまわりさんが外で待っていた。
「ふぅ。この子を頼みます。多分大丈夫です」
 僕は深呼吸して生徒を托した。
「分かりました。救急車を呼んでいます。さあ、あなたも行きましょう」
「それより、他の生徒と先生は?」
「生徒は一人保護しましたが、教師と仲間一人と、もう一人の生徒はまだ中にいるようです……」
「じゃあ、僕は行ってきます。++さん、水をください。かぶる分と飲む分と」
「わ、わかりました」
 ++さんは水道のある所に走って行く。
「消防もすぐに到着するはずです。危険ですから、△△さんも避難してください。あの中に戻るなんて、自殺行為も同然ですよ」
「普通の人ならそうでしょう。まあ、僕も即死したら治せないですけど……。でもね、あとどれくらいかかるのか分からないものを待っていたら、助けられる命も助からないでしょう? 取り残された人は、きっと今も今か今かと助けを望んでいます」
「だからって見す見す行かせるわけにはいきませんよ」
「△△さん、水を持ってきました」
「ありがとうございます」
 僕は水を目一杯のんで口を潤し、ハンカチを濡らした後、バケツの水を頭からかぶった。
「僕は火傷や怪我だって治せます。煙を吸っても取り除けます。おまわりさんが心配するのはわかりますけど、今は任せてください。同僚の方もまだ中にいるんですよね」
「……」
「それで、他の警察の人はどこに向かったか分かりますか?」
「…………確か、先生を追って二年生の教室に向かったはずです」
「ありがとうございます。はしご車が来たら、いつでも人を降ろせるように準備しておいてください。では、行ってきます」
 二年生の教室は2階だ。だから僕は階段に近い入り口から入って行った。
「どこにいますかー! 返事ができたらお願いします!」
 声をかけながら先に進んで行く。1階から階段にかけての道中では見当たらなかった。なので僕は2階に進み、同じように声をかけながら進んで行く。その間も皮膚をジリジリと焼いていく。よく見たら上の服は殆ど形をなしていない。下は何とか保っているのが不幸中の幸いか。
『たすけて……。たすけて……』
 炎の隙間からかすかに声が漏れて聞こえた。
「あっちか!」
 声の聞こえた方向に向かうと、瓦礫に挟まれた警察の人と、その場で倒れた教師がいた。警察官から反応は無い。教師も意識が朦朧とした様子で、怪我や火傷が酷い。時間が無さそうだ。
「すぐに助けます!」
 僕はまず教師の方に向かい治療した。次第に目の動きが定かになる。
「ごふっ、ごふっ、げひゅ、げひゅっ!」
 急に大きく息を吸ってしまい、教師は何度も咳をしてしまった。僕はもう一度光を当てて、咳を止めて注意する。
「体を低くして、あまり煙を吸わないようにして下さい」
 その言葉を聞くとニ、三度頷き袖で口元を覆ってくれた。
「あの、警察の方が私を庇って瓦礫に巻き込まれてしまったんです」
「はい」
 瓦礫はそこまで大きくは無いけど取り除くのにどれだけ時間がかかるか分からない。だから僕は、ひとまず脈を見て生きている事を確認した後、すぐに警察官に光を当てて怪我を治した。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。……ぐっ!」
 挟まれている部分が、再度瓦礫に圧迫されてしまう。
「すぐに瓦礫を退けますので、我慢できますか?」
「はい。申し訳ない」
「ぐぅ……!」 
 ダメだ。動きはするけど、一人だと退けるまでには至らない。警察官の足に追い打ちをかけてしまっただけになってしまった。
「すみません!」
 一部分だけ持ち上げると、足への負担が酷くなる。無理やりやってしまったら、最悪瓦礫に当たっている部分が潰れるかもしれない。
「……先生、手伝って貰えますか?」
「はい!」 
「おまわりさん、瓦礫が浮いたら足を退けてください。いいですか?」
「分かりました……」
「せーのでいきますよ」
「お願いします」
「……せー、の!」
 今度は二人で瓦礫に挑む。劇的な変化は無かったけど、さっきよりは少しだけ高く持ち上がり、足と瓦礫に隙間ができた。
「足を移動させて下さい!」
「はい!」
 警察官が足を移動させたのを確認して僕達は瓦礫を下ろした。
 僕は再度警察官、教師、自分に光を当てて回復させたあと、
「ちょっと待ってて下さいね」
 二人に一言かけて、窓から顔を出して外を覗った。……消防車に、はしご車もいるな。さっきは見かけられなかったけど、救急車も見える。
「おーい! ここに二人います! はしご車お願いします!」
 確かどこかに避難器具があるはずだけど、探してる暇はないから、救助に来てもらうことにした。それに、設置に手間取る事を考えたら、こちらの方が確実だ。
 何を言ってるかはあんまりわからなかったけど、すぐに消防隊員の人がジェスチャーで来てくれると伝えてくれた。良かった。
「すぐに救助がくるはずなんで、出られるようにしてください」
「わ、分かりました」
「まだ、生徒が残ってるんですけど」
「それは今から僕が行きます。どこにいるか分かりますか?」
「二年一組で、この廊下をまっすぐ行った所です」
「分かりました、ありがとうございます」 
 窓の外を見ると、ハシゴを伸ばしているのを確認できた。
「僕はその生徒の所に向かいますけど、行って大丈夫ですか? 立ち上がれますか?」
「はい。問題ありません」
「お願いします……!」
「では、お互い気をつけて」
 僕はその場を後にした。
 所々瓦礫が道を塞いでいて、気持ちは急いても、なかなか思うようにに進めない。
「っ痛つつ……」
 何だかさっきから光を当ててもすぐに頭が朦朧とするし、吐き気は増すばかりで、頭痛も治っても次の瞬間には再発してくる。
 酸欠か……。さっき窓から顔を出した時に呼吸したけど、これだけ煙が凄いんじゃ、焼け石に水という事か。
 僕は空いている窓から顔を出して呼吸をして、なければ床に体を伏せて少しでも酸素を供給しつつ、ゆっくり進んでいった。
 自分が途中で倒れてしまうと、助けられる人も助からない。焦ればそれこそ失敗に繋がる。
 後ろで爆音が轟き、それと殆ど同時に廊下が瓦礫で通れなくなった。爆風が僕の背中を乱雑に押して、抵抗虚しく廊下に激突する。額から垂れる血が、目の前を赤く染める。きっと爆破し損なった爆弾が、今になって爆発したんだろう。でも、そんな事に構ってはいられない。
「着いた……」
 二年一組の札の付いた教室だ。
「どこにいますかー! 誰かいますかー!」
 返事がない。ここにはいないのか? いや、まだそう決まったわけじゃない。僕は注意深く周りを確認しながら、無造作に倒れる机と椅子を押しのけて進む。だけど、殆どに火が点いているし、全て今まで触れた事のない程高温だ。触れれば皮膚だけじゃ無く肉も焼け溶け、触れたものにへばり付く。
 無理やり引っ張れば肉が剥がれるが、ここまで来たら無理やりでも進むしかない。靴も焼けて既にどこかへいってしまった。
 幾らか進んだら、教室の後ろの方の床で倒れている生徒を見つけられた。
 反応が無かった事から、気絶しているのだろう。
 ──ピシピシ
 どこからか軋む音が聞こえる。
「近いな」
 ──ガラガラ
 嫌な音が続く。爆発によって弱くなっているんだ。
「早く行かないと……!」
 なりふり構ってられない。僕は残骸となった机や椅子を無理やり押し退けて突き進む。
「ぅぐう、あ゛あ゛!」
 一々治してられない。
 ──刹那。落雷のような轟音を伴って、洪水のように天井が落ちてきた。 
「死なせるかぁ!」
 僕は残骸を飛び越え、気絶している生徒と天井であった瓦礫の間に割って入る。そして僕は、生徒を覆うように庇った。
 一度自由を得たこの雪崩は、僕らを容赦なく背中を襲う。
「ぐふっ! ぐぐぐ…………」
 重く熱い瓦礫が、何度も僕を嘲笑うかのように降ってくる。
 倒れられない。こんな所で、諦められるか……。僕は、何の為にこんなを手に入れたんだ? ここでやられたら、この子も、この先助けられるはずの命が失われてしまうんだぞ!
 今この子には他のでもない。しかいないんだ。今までに色んな人から応援されてきた。皆の期待を裏切りたくない。だから、だから、ここで死ぬ運命だったとしても、僕は、僕は────
「負けるかー!」
 体に今までに無いほど力を込める。
「うぉおお……!」
 手だけを覆っていた光が、腕、肩と広がり、曇る事の無いその輝きは、僕の全身を包む。
 僕達を潰さんとする瓦礫を掴む。皮膚が破れ肉が裂ければそれを治して、筋肉と骨が千切れ折れれば、次の瞬間にはそれを治す。
 これが乗っていたら、やがて力尽きて同じことだ。
「ヒーローが存在しないなら、僕が成ってしまえばいい……。僕が、僕こそが世界で初めての──」
 深呼吸を二回。雪崩は止まっている。
 ──今だ!
「ヒーロー……、だー!!」
 歯を食いしばり、今までの全力を超える力を全身に込めて、瓦礫を投げ飛ばした。
「……はぁ、はぁ、はぁ。大丈夫!?」
「ぅ……」
 大きな怪我は見当たらないけど火傷が酷い。しかも、虫の息と呼べるほど息が浅い。後少しでも遅れていたら助からなかった。でも、良かった。これなら治せる。
「もう大丈夫。……助けに来たよ」
 生徒は目線だけこちらに向けた。他の反応が無いことを見ると、体を動かす気力も無いんだろう。
 手を肩に添えて光を当てる。すると徐々に顔色が良くなっていき、表情の変化が見られた。治療が終わって体が治ったのを確認したら、生徒は少し驚いた顔をした。
「──ありがと、う……」
 でも、体力までは戻らず、そのまま目を瞑って眠ってしまった。僕の体力も限界に近く、効き目が弱くなってしまったようだ。でも、これで最後の一人。間に合った。
「行かないと……」
 生徒を背負って、猛烈な眠気に襲われながらも、僕は廊下に出た。そして、待機していたさっきのはしご車に向かって助けを呼んだ。
「やばい……」
 早く来てくれ……。もう何度も意識が飛びそうになっている。生徒を落とさないようにするので手一杯だ。何度も足の力が抜け、膝を落としてしまう。冷や汗が流れ、何だか寒い。呼吸も定まらない。早く、早く……。
「大丈夫ですか!」
 消防隊員の人が到着して、窓の外から大きな声をかけてきた。
「……う、ああ、はい。お願いします!」
 そのおかげでひとまず眠気が去って、生徒を預ける事ができた。危なかった。
「さあ、あなたもこちらに!」
 僕は消防隊員の手をとった。
 僕はその手を借りて、はしご車のバスケット部分に乗った。
「降りますから、捕まって」
 言われるがままにバスケットにしがみつき、消防隊員がそれを支えてくれた。その手は力強かった。
 駆動音と共にハシゴが短くなり、地上に近づいていく。
 体を覆っていた光は、いつの間にか消えていた。
「……もう、取り残されている人はいないですよね?」
「そのはずです。確認しましたところ、こちらの生徒さんで最後です」
「良かった。……良かった」
 地上に着いて、消防隊員の人に手伝って貰って、僕は地面に降ろしてもらった。
「おかえりなさい。大丈夫ですか?」
「本当に怪我をしていないですね……。建物が崩れる音がした時は肝が冷えましたよ」
「はい。無事に戻りました」
 おまわりさんと++さんが出迎えてくれたので、僕は言葉を返した。
「ご苦労さまです……。もう任せて下さい。応援も到着しましたし、消火活動も始まっています。救助された人達は念の為に病院に運んでもらっています。後は我々の仕事です。お疲れ様でした」
「まだです。このまま放っておけば、☓☓教はまた別の場所に爆弾を仕掛けるかもしれません。だから、ファイルと事情調査をお願いします」
「ファイル?」
「こちらです。名簿や帳簿、あとやってきた事についての資料になっています。預けてもよろしいですか?」
 おまわりさんは無線で何かを言った後、ファイルを確認して預かってくれた。
「……わかりました。お預かりします。では、この場は仲間に任せますので、同行お願いします。いいですね?」
「はい。お願いします」
 僕は腕を差し出した。
「ああ、大丈夫です」
「なんでですか?」
「逃げる心配がなければ逮捕する必要ありません。少なくとも今は。それに、あれだけの活躍を見せた英雄を、皆のいるで、犯罪者として連れて行くなんて野暮な事はできませんよ」
「…………ははっ。ですね」
「義理と人情を大事にしていますからね。では、行きましょうか」
 おまわりさんが僕が歩くのを手伝ってくれた。
「はい。++さんも、行きましょうか」
「はい。今度は私がお役に立つ番ですから」
 僕達は、サイレンの鳴らないパトカーに乗った。僕は、できる事をやった。この先どうなっても後悔しない。……少なくとも今はそう思える。ほんの数日だったけど、なかなか濃厚な日々だった気がする。
 僕は助けた人達のヒーローになれただろうか?
 少しでも思っていてくれたら嬉しいとおもう。
 ああ、でも、何だか、今日はとても疲れた……。
「△△さん、お疲れですか?」
「署に着くまで眠っていて大丈夫ですよ。着いたら起こしますので」
 おまわりさんはバックミラーでこちらを確認しながら笑った。
「すみません」
 パラパラと雪が降っている。地面に落ちては溶けて、また地面に落ちたかと思ったら溶け、音もなくそんな風景を見たら、何だか少しだけ切なくなってしまう。
「お気になさらず」
「では、少しの間ですが、ゆっくりおやすみください」
 ++さんは僕の瞼が下りるのを邪魔しないように、静かに言って毛布をかけてくれた。
「おやすみなさい……」
 ゆっくり瞳を閉じて、重力とシートに体を預けて、僕は眠りについた。
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