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十一話
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「……うっ、う~ん……。ふぁああ……」
よく寝た。中々いい目覚めだ。ん?
「……ここはどこだ?」
僕はまぶたを擦って周りを見回した。
「ああ、おばあさんの家か。……家かどうかはまだ分からないけど」
スマホからモバイルバッテリーを抜いて、僕は時間を確認した。十ニ時前だ……。寝るのが遅かったとは言え、人様のお家で昼前まで寝てしまった。家族の人が帰ってきてたりしないだろうか?
「そうだ、挨拶しないと……!」
僕は失礼のない程度に髪の毛を整えて、慌てて客室から出た。
「あら、お兄さんおはよう。よく眠れたかしら?」
「え?」
リビングに向かうとおばあさんがは椅子に座っていて、何かを飲みながらテレビを見ていた。そして、こちらに気が付き僕に挨拶をくれた。
「お、おはようございます……」
昨日会った時は認知症っぽかったよな?
「うふふ。私を送ってくれたのよね? それに、ゴミも片付けてくれたのもあなた?」
「そうです……」
おばあさんはカップを置いて、席に座るよう促した。僕はとりあえず促されるままに席についた。
「お紅茶を淹れるようになったのは、あなた位の歳になってからだったわ」
おばあさんはティーポットに入った紅茶を、コップに入れて僕の前に置いた。
「どうぞ。これでも結構自信あるのよ。夫にも褒められたんだから」
「いただきます。……美味しいですね」
「でしょ? ……気付いたかもしれないけど、私、今記憶が戻ってるのよ」
「そうなんですね。おかしいなと、思ったんです。失礼かもしれないですけど、昨日に比べて今は落ち着いてますから」
「そうね。だって、おばあさんですもの。……ふふふ」
「昨日の事憶えてるんですね」
「ええ。あの状態の時の記憶はだいたいあるわ。人間ですから多少忘れる部分もあるけど、忘れたい事ほど憶えているものよ」
「つらいですね……」
「お母さんはね、何十年も前に亡くなったの。居るわけないわよ」
おばあさんは紅茶を一口飲んだ。
「娘がいるんだけど、私が酷いこと言ってしまうから、何度も喧嘩しちゃってね。もう殆どこの家に来なくなってしまったの。…………いいえ、私が家に近づくなと言っておいて、その言い方はあの子に失礼だわ」
「何で喧嘩してしまうんですか?」
「娘は悪くないの。私、うさぎが好きって言ったでしょ? ある日のお夕食がうさぎのお肉だったのよ。お母さんは悪気なく出してくれたんだけど、『可愛いうさぎを料理にしてしまうなんて、人の心が無いの?』って喧嘩してしまってね。それから仲が悪くなったのよ。それで、娘はお母さんそっくりで……。ああ、性格は全然違うのだけど、発症してしまってる時は違いなんて分からないのよ、私には。そのせいで悪くもないのに娘を責めてしまって」
「そうでしたか……。今は思い出してますけど、続かないんですか?」
「またすぐに忘れちゃうわ。……忘れるなら、どうせ忘れるなら、ずっと思い出さなければ良いのに。そうすれば辛くなんて無いのにね……。なのにたまに思い出してしまうの。……ああ、ごめんなさい。おばあさんの愚痴なんて、聞きたくないわよね?」
「いえ、そんなことないですよ。良かったら聞かせて下さい」
「あら、良いのかしら。ありがとうね。若い頃は娘と一緒に料理を楽しんだり、楽しくお喋りしたり、とても仲が良かったのよ。私が認知症を発症しても文句も言わずに支えてくれたわ。拒絶したのは私の方。……そういえば、恥ずかしい事なんだけれど、あなたが私を送ってくれていた時も、家に着いた時も、家に上げた時も、思い出す前に客室を覗いてしまった時も、とても怖かったのよ」
「そうなんですか? 全然気づかなかったです。一応、家に入った時に誰って聞かれた時はそうかな? って思いましたけど」
「自分がすぐに忘れてしまう事は分かっているのよ。私が誰? って聞いたら、皆悲しそうな顔で何度も教えてくれるの。頭の片隅で、そんな事は憶えているのでしょうね。知ったかぶりをして隠してしまうのよ。悲しませたくないし、自分が忘れているのが怖いから」
「そうだったんですか……」
「そんな悲しい顔しないで! 今だって、辛いことばかりじゃないもの」
「ああ、すみません。顔に出ていましたか?」
「ええ。でもね、人との関わりは減ったかもしれないけれど、忘れている時は、子どもの頃に戻ったように自然だとか、動物だとか、遊びだとかにわくわくしてしまうもの。大人になって忘れてしまった感覚が味わえて、凄く楽しいわ……」
おばあさんは寂しそうに笑った。
「……例えばもしも、本当にもしもなんですけど、もしそれを治せるとしたら、治したいですか?」
「どうかしら……。治したい気もするけど、期待してしまうともっと辛くなりそうで怖いわ。あんまり訊いて欲しくない質問よ。でも、気を使ってくれてるのよね? ごめんなさい」
「いえ、大丈夫です。娘さん以外の親族はいないんですか?」
「夫は先にいってしまったし、子どもは娘だけ。娘の夫はどう接したらいいか分からないみたいで、長らく会ってないわ。でも気を使ってくれているみたいでね、金銭面でお世話になっているわ。孫は忙しいみたいだから、会わなくて良いと言っておいたわ。迷惑かけるだけだもの……」
ただ忘れているだけじゃない。その分の辛さ悲しさ虚しさなんかが、思い出した時に一気に押し寄せてくるんだ。
「こんなお話はおしまいにしましょう? そうだ、あなたは何故ここにいらしたの? 隠れているみたいだったけれど」
「はい。僕が悪いことをしたんだと、勘違いされて警察とかに追われているんです」
「あら、まあ。あなたも大変ね。お話をして誤解を解くことはできないの?」
「分かりません。でも、捕まってしまう前にやっておきたい事があるので、それを終えてからですかね。話をするのは」
「そう。上手く行くといいわね」
「ありがとうございます。あ、紅茶美味しかったです」
おばあさんも紅茶を飲み終えた。
「え? 何かしら……? …………お紅茶、お紅茶? ああ、美味しかったわ。ありがとう」
「いえ、こちらが頂いたので……」
「え、そうだったわね。言い間違えてしまったわ」
おばあさんは周りを何度も見回している。
「ああ、忘れてしまったんですね……?」
「……忘れて? 私は忘れてなんかないわ! 失礼ね」
おばあさんは、"忘れる"という単語を聞いた途端、怒り、叫びだした。タブーワードなんだろう。
僕はゆっくり、あまり刺激しないようにゆっくり立ち上がった。
「何? やめてちょうだい、叩かないで!? 私、うさぎが好きだっただけなの! 文句言わないから、来ないで……」
おばあさんは酷く怯えている。
「大丈夫、大丈夫ですよ……」
僕はそう言いながら、少しずつおばあさんに近づいて行く。距離が近づくにつれ、怯えは顕著になっていく。
「僕、治すかどうか悩んでたんです。忘れている時は楽しそうだったし、思い出した時は凄く寂しそうだったから……。でもやっぱり、治しましょう。忘れている時間が長ければ長い程、どんどん寂しく、辛くなるんですもんね。もう、そんなのは終わりにしましょう?」
治せるかどうか、やってみた事がないから分からない。でも、できる気がした。できなくても、今できるようになれば良い。僕は少し、緊張していた。
「助けて、誰か……。誰か助けて……」
おばあさんは固く目を閉じて震えている。
「誰かって、誰ですか? 心当たりあるんですか?」
僕は深呼吸をして、意を決する。
「無いんですよね? 心当たり。では、良かったら僕がその誰かになりましょうか、お嬢さん?」
僕は微笑んで手を差し延べた。
「助けてくれるの……?」
おばあさんは鼻声で訊き、恐る恐る僕に
手を預けた。
「はい」
僕は右手から光を出す。おばあさんは目を丸くして驚いたが、手は離さなかった。優しい光が体全体を包み込み、それを受け入れたのかおばあさんはゆっくりと目を閉じた。
いくらか時間が経って、次第に光が弱まり数十秒経った頃、とうとう光は完全に収まった。結果は、どうだろうか?
────どうか、効いていてくれ……。
気付いたらおばあさんは大きく目を開けて、口も閉じずに僕の方を見ていた。
「……今日は、心地の良い朝だわ。そう思わない?」
「え? そうですね。天気も良いですし……」
「私、お世話になりっ放しね。ありがとう」
「思い出したんですか?」
「ええ。そうね。何だか、もうあんな忘れ方はしない気がするわ。何の根拠もないけれど、そんな、気がするの……」
「それは良かったです」
「あ! もしかして、あなたは神様が遣わした天使かしら?」
「ははっ。そんな大層なものじゃないですよ」
「冗談よ。うふふ」
おばあさんはホッとしたように笑っている。
「あの光は何なのかしら?」
「僕にもわかりません。小さい頃に使えるようになったんですけど、怪我や病気が治るって事以外は、何に効くのか、どれくらいなら大丈夫なのか判らないんです」
「あら、そんなのを使ったの? 恐ろしいわね」
「すみません」
「今回だけなら許してあげるわ」
おばあさんはいたずらっぽく笑った。
「はははっ。ありがとうございます」
「そういえば、やっておきたい事があるんだったわよね? そろそろ行くのかしら」
「はい」
「そう…………。あの、お恥ずかしいのだけれど私、何かお礼したくても……。ごめんなさい、何も思い浮かばなくて」
「いいですよ。気にしないでください」
「でも……。何か欲しいものはないかしら?」
「そうだな…………。あ、そうだ。一段落したら、またお邪魔していいですか?」
「別に構わないけど……」
「美味しい紅茶をまた飲ませてください。それで、軽くお喋りでもしませんか?」
「そんなので良いの?」
「はい。お金もらったり、人の大切なものを譲られるより、この方がずっと嬉しいですよ」
「そう言ってもらえたら嬉しいわ」
「それは良かった。……では、行きますね」
僕が席をたつと、おばあさんも続いて立った。
「ええ。気をつけてね。あ、そうだわ。私、娘と仲直りできるよう頑張るわ。前みたいにお喋りしたいもの」
「それは、とてもいいですね」
「そうでしょ? もう、話したい事が山積みよ」
玄関に着いた。
「上手く行くといいですね」
「ええ。ありがとう、さようなら。またね」
「はい。さようなら」
そして僕は手を振ってこの場を後にした。
僕は家を出て少し歩いた所で、スマートフォンでニュースを確認した。どうやらまだ犯行予告はされていないみたいだ。でも、次回が前回同様に、予告するとも限らないから安心はできない。
寝床の為に遠出してしまったけど、僕が通っていた中学校は山向こうだ。どうにかして山を越えたいけど、道路を警察が見張ってるかもしれない。そうなると、道無き道を歩かざるを得ないんだけど、さすがにそれは無謀すぎる。
「ひとまず、人のいそうな所に行ってみようかな」
期待はできないけど、レンタル自転車とかがあるかもしれない。自転車を確保できれば、来た道を使わなくても遠回りで町に戻れる。
レンタルの車は使えれば便利だけど、もし事故した時に保証できないし、身分証明書を出さないといけないから使えない。
フードの無い上着を着てきてしまった。ちなみに、マスクはどこかになくしてしまって見当たらない。もしかすると家に帰って洗濯物を出した時、一緒に出してしまったのかもしれない。
道を歩きつつ、潰れたおにぎりを頬張る。昆布だ。
民家は多いけどお店は全然見当たらない。田舎って感じで、畑や何も植えられていない田んぼが沢山見受けられた。
「人かな……?」
畑のそばで座っている人を見つけた。
「すみません。この辺で自転車をレンタルしてる所ってありますか?」
僕は近づいて聞いてみた。
「自転車のレンタル? 儂は使わんから分からんなあ。ショッピングモールっちゅうんか? 近くにあるから行ってみるとええ。いろんなもんが売っちょるからな」
「ありがとうございます。行ってみます」
ショッピングモールは歩きだと少し遠いけど、比較的近場にあった。
でも、自転車のレンタルはやってなかった。そもそも需要が無かったからやらなかったみたいだ。
しょうがないから僕は自転車を買うことにした。
「あー、下ろさないとな」
財布の中身は、自転車一台買うには心許ない金額だ。なので僕はATMに向かった。
「なんだ?」
お店に入ってから、四十代くらいの男の人がよく目についた。何かを買うでもなく、僕の周りでずっと商品を見ている。商品の種類に一貫性がないし、あえてエレベーターじゃなく階段で移動してもついてきた。
尾行としては下手くそだとしか言いようがない。商品棚をぐるぐる回って一旦撒いても、走って探してすぐに見つけて来る。警察には頼れない現状、自分で何とかするしかない。
今現金を下ろしたり自転車を買えば盗られたり無駄になるかもしれない。自転車だと道路以外だと動き辛い。
なので僕はそのままお店を出ることにした。
「……やっぱりついてきたか」
駐車場は広くて見通しが良いから動き易いけど隠れるのは難しいし、裏手に回れば人目が無いから、隠れられても動き辛い。もし追ってきているのが複数人なら、裏に回れば挟み撃ち。駐車場だと車で追いかけられる。どっちにしてもキツいな。
僕は駐車場に出た瞬間走り出した。すると男は電話で誰かに指示を出したあと走って追いかけてきた。
「……速い」
男がどんどん距離を詰めてくる。このままだと捕まってしまう。予想以上に足が速い。まずフォームが違う。隠れるところはないし、近くに川でもないかな? 飛び込もう。
「……え?」
気付けば宙を浮いていた。空が回転して、時間がゆっくり進む。
「ぐっふぉ!?」
地面に叩きつけられて、転がっていく。何があったんだ?
「先輩、全然捕まえられてねーじゃん」
「いや、こいつ意外と速くてさ、助かったわ。つか久々に本気出したしよ」
「一攫千金ってやつっすね。ははっ」
痛みが引いてきたから顔を上げて見てみると、一部が凹んでいる車が前にあった。轢かれたのか……。このまま逃げても同じ事の繰り返しだし、何やら先輩は金属バット片手にこっちに近づいてくるし、ひとまずは抵抗しない方がいいかな。
「手間かけさせんな、ボケ」
そう言うと先輩とやらは僕を担いで車に放り込んだ。
「先輩、この車買ったばかりなんすから、大切にしてくださいよ~」
「あ゛ん゛? もう凹んでんだろうが」
先輩は凄みながら後輩? を睨んだ。
「ははは、冗談っすよ。もう~、すぐに怒るんすから……」
「さっさと車だせ。交番には行くなよ、警察署にしねえと手間がかかる」
「オレ達まで捕まりませんかね?」
「はっ。たまたまぶつかって来たから運んだんだろうが」
「それもそうっすけど、パクったりシメたりしたやつっす。この車だって……」
「そりゃあ、たまたま道端に落ちてたもんを拾ってやっただけ。それと、あいつが勝手に暴れて怪我しただけ。オレらは何も悪かねえ」
なかなか危ない考えの人達だ。抵抗すれば痛い目を見るのは目に見えてるけど、このままでも逮捕される。先に捕まって事情説明しても、証拠がなければ動けないだろうし、今はまだお世話になるわけにはいかない。
後輩の方は前で運転をして、先輩の方は後ろで僕を見張っている。先輩とやらをどうにかできたら逃げ出せるか? いや、下手に手を出して縛り上げられたら、逃げるチャンスも無くなるな。
この手を使うか……。
「ちょっ?! 前が見えな、やめ!」
「ごら! 離さんかい!」
僕は後輩の方の目を手で覆った。勿論先輩の方は僕を殴ってきたけど、ナイフとか川原の岩とかに比べればなんて事はない。狭いからバットを使っても威力も出ない。
次の瞬間、激しい音と共に横からの衝撃が車と僕達を襲った。
横転した車が畑に突っ込んだんだ。車の中はめちゃくちゃになって、男二人も僕も体を強く打ちつけた。
他の人や車なんかは巻き込まずにすんだけど、畑の持ち主には悪い事をした。車の持ち主にはこの人達が弁償する事になるだろうけど、ちゃんと払ってくれるだろうか? その辺は僕の仕事じゃないけど。
幸い僕は光で治す程の怪我はしなかった。そこまで大きな事故でもなかったのもあるけど、運が良かったのもあるだろう。
二人は気絶している。事故が起きた時に首がグイっとなっていたから、むち打ちにはなってそうだな。それにシートベルトをつけていなかったから、思い切り体もぶつけていた。
僕は体を起こし、二人に光を当てて怪我を治した。悪い人ではあるけど、僕が起こした事故で怪我をしたんだからね。責任はとらないと。
起きてこない事を確認して、僕は先輩の方のポケットからスマートフォンを出して、匿名で警察に通報した。十分で到着するらしい。
その間に車から脱出して、車からオイルとかが漏れていないか確認をした。漏れていたら炎上するかもしれないからね。
衝撃は凄かったけど、実際本当に大した事故では無かった。下になった方のガラスが割れているのとサイドミラーが壊れているくらいかな。まあ、車体に傷はついているけど。
放置しても問題は無さそうだったから、僕は早々にその場を離れた。
僕は気を取り直して、徒歩で山に向かった。
見つかりそうになったら、隠れればいいだろう。今日中に中学校のある町に戻りたい。と言うのも、ついさっきスマートフォンを見た時に、☓☓教が爆破予告をしたとニュースで知ったから。
予定は明日で、場所も時間も発表されていないみたいだ。いつでも行けるようにしておきたい。
山道の入り口に警察がいた。なかなか仕事が早い。どうしようか? 殆ど直角な山登りをするしかないのか? まあ、比喩表現だけど、登るのが難しそうなのは変わりない。悩んでいると、
「すみません。△△さんですよね?」
背後から静かに声をかけられた。
「……☓☓教の人でしたよね? 何の用ですか?」
☓☓教の女性だ。確か、一番偉い人の友人の娘? だったかな。
「お話をさせて下さい」
「またいいように利用する気ですか……?」
「警戒されるのは仕方の無い事ですが、私達も一枚岩ではありません」
「人の集団ですから考えを完全に統一するのは不可能でしょ。そんな事言ったら、何でも有りですよ」
「それはそうですが、前回の爆破は皆の総意ではないんです」
「……どういう事ですか?」
「その前に質問しても良いですか?」
「まあ、良いですけど……」
「消えない罪はあると思いますか? 罪人は一生罪を背負って行かなければならないんでしょうか?」
「……僕は神様でもなんでもないんですけど」
「△△さんの意見で構いません」
「…………。まあ、犯した罪は有り続けると思いますよ。絶対に無くなったりしない。例え皆から忘れられてもね。それと、罪は心に刻んで、忘れてはいけないと思います」
「そうですか……」
「だからってその先悪い事を重ねていい理由にもなりません。罪の上塗りはダメです。でも、罪を犯したからって"楽しい思いをしてはいけない"なんて事もないと思います」
「何故ですか?」
「皆、大小一つくらい罪を背負ってるものです。罪って、法律だけじゃないですからね。全くの善人でも、目線を変えれば悪事をしているかもしれない。じゃあ、人間含め全ての存在が生まれてから死ぬまで、罪を悔いる為に苦しい思いをしないといけなくなってしまいます。生まれてから死ぬまで罪の奴隷って感じですかね、それって生きてる事にならないとおもうんです」
「確かに、一理あります」
「それで、罪を犯したとしても、それを胸に刻みつつ反省して、改善していけばいい。あ、でも罪を犯したら相応の罰は受けないとダメですよ」
「そうですね……」
「補足しておきますと、罪を背負って生きてるかなんて他人からは分からないのに、『見えるように辛い思いをしろ』なんていう人は、そもそも追い詰めるのを楽しんでいるだけです。鵜呑みにしても改善されませんよ。幸せが分からない人に、他の人を幸せにするなんてできないですしね」
「答えて頂いて、ありがとうございます」
「この質問は何だったんですか?」
「私個人が疑問に思っていた事です」
「そうなんですね、満足しましたか?」
「はい。一応は」
「それで、総意ではない。って何ですか?」
「……ここは目立ちます。まずは車に乗りませんか?」
「車に盗聴器が仕掛けられてたり、乗ったら☓☓教の所に運んだりするでしょ?」
「しません。約束します。では手始めに……、これです。以前車で送った時にGPSを仕掛けていたんです」
そう言うと女性は、僕のカバンの横ポケットから小さな機械を取り出した。
「いつの間に……」
「他の人にあなたが見つかってしまっては面倒なことになりますし、もう必要ありませんから捨ててしまいましょう」
「他には無いですか? 複数の内の一つをわざと見せて、もう仕掛けて無いとミスリードさせる事もできますよね?」
「もう無いです」
「だからって、簡単には信用できないでしょ。あんな風に僕を利用して、こっちは指名手配ですよ?」
「GPSや盗聴器などがもう仕掛けられていないと証明する事はできません。ですが、先にこれだけは言わせて下さい。……私は、一段落したら☓☓教を抜けるつもりです。ですから、☓☓教に情報が流れるような事はしません」
「……本当ですか?」
「はい」
嘘をついているかは分からないけど、協力してもらえれば助かるのは事実だ。目星はついてるけど爆破される場所に確信を持っているわけじゃないし、時間も分からない。辿り着く前に爆破されると人が集まってしまって助けに入れなくなる。警告もしておきたいし。一か八かだな……。
「…………お話、聞かせて貰っても良いですか? ああ、でも怪しい動きをしたらすぐに出ていきますけどね」
「はい、どうぞ」
僕は女性の乗ってきたという車に乗った。すぐに出られるように鍵は閉めず、エンジンもかけないという条件はつけておいた。それに、盗聴しにくくするためにできるだけ音量を上げて歌も流してもらった。気休めだとしても、ないよりはマシかな。
「それで、理由を聞かせてもらって良いですか?」
「私と一部の役員は、汚れ仕事をさせられているんです。させられていると言っても、正確にはお願いという形なんですけど」
「お願い?」
「はい。"強要はしない"という教えですから、何かを命じる時は"お願い"をするんです。弱みを握ったり、欲しいものをちらつかせたり、何かを天秤にかけたりして半強制的にお願いを引き受けさせるんです。私はお願いを断れば居場所を失いますので、命じられたものは殆ど全て受けてきました」
「それで?」
「情報を流したり、違法の物を売買するのが主な仕事ですが、組織の邪魔になる人間を自殺に追い込んだり、見せかけて始末する事もあるんです。薄々勘付いているかもしれませんが、例えば〇〇さんとか」
「何で〇〇さんが……」
飛び降りる前に誰かに話しかけられたって言ってたな。この人だったのか。
「☓☓教も〇〇さんにお金を寄付していたんです。たまたまですが、事故を起こしたのが組織の人でしたから。だから、詐欺と騒がれた時、組織は裏切りとみなしました。
あなたの奇跡の可能性はありましたが、目撃情報も無かった為詐欺である可能性の方が現実的と判断されたんです。万が一奇跡であった場合にも、いち早く見つけ力を独占するため、世に漏れる情報をこれ以上増やしたくなかった。二重の理由で始末することを私がお願いされたんです」
「僕の存在を知っていたんですか?」
「お母様から聞いていませんか? あなたが子どもの頃に☓☓教は何度も△△さんの家を訪ねた事を。その情報を知ったのは偶然だったんですが、我が組織は至るところに耳がありますので、それも時間の問題でもありましたが。その後ご両親が居ては△△さん話ができないので一度手を引いたんですが、また機会が巡ってきたと、コンタクトを取らせて頂いたのです」
僕の知らない所で☓☓教はすぐそこにいたのか……。
「本当に☓☓教を抜けるんですね?」
「はい、本当です。以前まで私は、☓☓教の教えに何の疑いもありませんでしたが、あなたの言葉によって今までの生き方に疑問を懐いたんです。私は罪を償うつもりです。だから、最後に手伝える事はありませんか? お願いです!」
初めて会った時には感じられない覇気があった。まあ、少しくらい手伝ってもらっても良いかな? 警察の目を潜って山越えはしたいし。
「分かりました……」
「ありがとうございます」
「じぁあ、早速質問しますけど、明日、爆破をすると声明が出されましたけど、止めることはできないですか?」
「単刀直入に言いますとできません。工作員は誰か知らされていませんし、止めるように言えば情報が漏れたと判断されて、内密に場所の変更がなされるだろうからです」
「場所は──中学校で間違いないですか?」
「……はい、設置場所までは分かりませんが。ですが、よく分かりましたね」
「……まあ。時間は?」
「正午です。……もしかして、そこに向かわれるんですか? 危険ですよ」
「知った以上無視できないでしょ」
「……他に何かありますか?」
「そうだ、明日中学校で、『ここを爆破します』って言って、中にいる人を外に出せないですかね?」
「一応やってみましょうか? 正午直前に行えば爆破担当の者も避難しているでしょうし、知られずに避難させられるかもしれません」
「明日、学生さんとか休みだったりしないですかね?」
「明日は終業式だそうです。終了時間次第では被害が少なく済みますが、それだけに期待はできません」
「出たとこ勝負ですね。まあ、今のところはとりあえず山越えですかね?」
「山を越えたら何をなさるんですか?」
「病院とか巡って治したいと思っている人を治していきます。あと、道中困っている人を見かけたら、光を使わなくても助けていきます」
「そうですか。それも、お手伝いしてもいいですか?」
「まあ、移動が大変なんで助かりますけど、一緒に居たらGPS無くても位置情報は分かりますよね? 流したりしませんか?」
「……では、これをどうぞ」
女性は後ろの席からファイルを取り出して僕に渡した。
「なんですか?」
「☓☓教に入っている人の名前と役職が書かれた名簿と、拠点にしている建物の住所、帳簿と、私の知る限りのお願いをまとめたファイルです」
ファイルには前に行った建物、僕と話をした男性、この女性や、今まで見かけた事のある人の情報も写真つきで載っていた。
「宜しかったらどうぞ。これでも信じられない様でしたら、指の一本二本なら切り落としても構いません。確か、切り離された部位は再生できないと言っていましたよね?」
女性は僕にナイフを握らせ、手を差し出した。
「わかりました。……でも何だか、少し卑怯な気がしなくも無いですね。そんな事言われたら断りにくいじゃないですか」
「こうでもしないと信用されないと思いましたので……。それに、全部のカードを一気に提示しても逆に怪しまれますからね」
「まあ、そうですね。貴女は☓☓教に未練ないんですか?」
僕がナイフを返そうとしたら、ジェスチャーで持っていてと意思を示し、再度僕に渡された。
「無いと言えば嘘になるかもしれません。あそこで育ちましたから。でも、だからってあんなやり方には賛同できません」
「そう言えば、前回の爆破が組織の総意では無いと言ったのは?」
「一部の過激思想の者が『タイミングを待つ必要はない』と、独断で仕掛けたんです。それで、口火を切られた以上、何もしないでいるのは余計に状況を悪くするだけど判断して、今度の爆破を決行する事になったんです」
「本来は爆破する気は無かったんですか?」
「いえ。△△さんに迷惑をかけたと思われる場所に始まり、政治の主要な場所や大きな警察署、軍事施設など、正確には何箇所かは分かりませんが、それらを同時に爆破する予定でした。その後、☓☓教の一員である政治家の者に実権を握らせるという作戦でした」
「最悪ですね……。しかし、そんな大掛かりな作戦できるんですか? お金とか爆弾とか莫大な量が必要ですよね」
「有力な資産家だとか政治家だとかも入信していますし、軍事施設を手中に収められれば爆弾なんかも補給できますし、順序を間違えなければ資金も回収しつつできる予定だったそうです。まあ、実際にできるのかは別として」
「できないと思っていたんですか?」
「はい。流石に不可能でしょうね。信者にもそれ以外の人にも意思がありますから、反発する意見は絶対に出ます。そうなると一気に破綻するような脆い作戦です。実現する方が奇跡に近いです」
「そんな作戦を決行しようとしてたんですか」
「はい。……ですが失敗しても、甚大な被害を出しさえすれば、結果としては悪くないのかもしれません」
「何でですか?」
「被害が出たところで△△さんの奇跡を人の前で見せつける事ができれば、あなたを☓☓教は神が遣わした者として担ぎ上げられます。そこに耳触りのいい言葉を並べ、信頼を勝ち取れば、☓☓教は悪くない権力を手に入れる事ができます」
「酷い話ですね」
「△△さんとコンタクトがとれて、皆舞い上がっていましたからね。都合の悪い事は目を逸らしてしまっているんです。かく言う私も、何か変われると思っていましたから、強くは言えませんけど」
「……とりあえず今聞きたい事は聞けましたし、出発しましょうか。この病院が近いんで、まずここに向かってください」
「はい。ああ、後ろで一旦隠れてもらっていいですか? 警察の目にとまっても困りますし」
「そうですね」
僕は後ろの席の床に伏せて、そこから毛布を頭からかぶった。
「では出発します」
女性はエンジンをかけ、車を走らせた。途中警察に声をかけられたが、難無く通り抜ける事もできた。どうしてここまで僕に協力してくれるのかは分からないけど、味方ができて良かった。時間も分かったし、場所の裏取りもできたし、移動手段も手に入れた。それに何より、さっきはあんなに疑いはしたけど、今は心の底では心強く思っていた。
少しずつ、上手く行くような気が増しているけど、明日の事を思うと緊張して手に汗をかいてしまう。
そして、そんな不安をかき消すように『上手く行きますように』と、僕は心の中で、何度も祈っていた。
よく寝た。中々いい目覚めだ。ん?
「……ここはどこだ?」
僕はまぶたを擦って周りを見回した。
「ああ、おばあさんの家か。……家かどうかはまだ分からないけど」
スマホからモバイルバッテリーを抜いて、僕は時間を確認した。十ニ時前だ……。寝るのが遅かったとは言え、人様のお家で昼前まで寝てしまった。家族の人が帰ってきてたりしないだろうか?
「そうだ、挨拶しないと……!」
僕は失礼のない程度に髪の毛を整えて、慌てて客室から出た。
「あら、お兄さんおはよう。よく眠れたかしら?」
「え?」
リビングに向かうとおばあさんがは椅子に座っていて、何かを飲みながらテレビを見ていた。そして、こちらに気が付き僕に挨拶をくれた。
「お、おはようございます……」
昨日会った時は認知症っぽかったよな?
「うふふ。私を送ってくれたのよね? それに、ゴミも片付けてくれたのもあなた?」
「そうです……」
おばあさんはカップを置いて、席に座るよう促した。僕はとりあえず促されるままに席についた。
「お紅茶を淹れるようになったのは、あなた位の歳になってからだったわ」
おばあさんはティーポットに入った紅茶を、コップに入れて僕の前に置いた。
「どうぞ。これでも結構自信あるのよ。夫にも褒められたんだから」
「いただきます。……美味しいですね」
「でしょ? ……気付いたかもしれないけど、私、今記憶が戻ってるのよ」
「そうなんですね。おかしいなと、思ったんです。失礼かもしれないですけど、昨日に比べて今は落ち着いてますから」
「そうね。だって、おばあさんですもの。……ふふふ」
「昨日の事憶えてるんですね」
「ええ。あの状態の時の記憶はだいたいあるわ。人間ですから多少忘れる部分もあるけど、忘れたい事ほど憶えているものよ」
「つらいですね……」
「お母さんはね、何十年も前に亡くなったの。居るわけないわよ」
おばあさんは紅茶を一口飲んだ。
「娘がいるんだけど、私が酷いこと言ってしまうから、何度も喧嘩しちゃってね。もう殆どこの家に来なくなってしまったの。…………いいえ、私が家に近づくなと言っておいて、その言い方はあの子に失礼だわ」
「何で喧嘩してしまうんですか?」
「娘は悪くないの。私、うさぎが好きって言ったでしょ? ある日のお夕食がうさぎのお肉だったのよ。お母さんは悪気なく出してくれたんだけど、『可愛いうさぎを料理にしてしまうなんて、人の心が無いの?』って喧嘩してしまってね。それから仲が悪くなったのよ。それで、娘はお母さんそっくりで……。ああ、性格は全然違うのだけど、発症してしまってる時は違いなんて分からないのよ、私には。そのせいで悪くもないのに娘を責めてしまって」
「そうでしたか……。今は思い出してますけど、続かないんですか?」
「またすぐに忘れちゃうわ。……忘れるなら、どうせ忘れるなら、ずっと思い出さなければ良いのに。そうすれば辛くなんて無いのにね……。なのにたまに思い出してしまうの。……ああ、ごめんなさい。おばあさんの愚痴なんて、聞きたくないわよね?」
「いえ、そんなことないですよ。良かったら聞かせて下さい」
「あら、良いのかしら。ありがとうね。若い頃は娘と一緒に料理を楽しんだり、楽しくお喋りしたり、とても仲が良かったのよ。私が認知症を発症しても文句も言わずに支えてくれたわ。拒絶したのは私の方。……そういえば、恥ずかしい事なんだけれど、あなたが私を送ってくれていた時も、家に着いた時も、家に上げた時も、思い出す前に客室を覗いてしまった時も、とても怖かったのよ」
「そうなんですか? 全然気づかなかったです。一応、家に入った時に誰って聞かれた時はそうかな? って思いましたけど」
「自分がすぐに忘れてしまう事は分かっているのよ。私が誰? って聞いたら、皆悲しそうな顔で何度も教えてくれるの。頭の片隅で、そんな事は憶えているのでしょうね。知ったかぶりをして隠してしまうのよ。悲しませたくないし、自分が忘れているのが怖いから」
「そうだったんですか……」
「そんな悲しい顔しないで! 今だって、辛いことばかりじゃないもの」
「ああ、すみません。顔に出ていましたか?」
「ええ。でもね、人との関わりは減ったかもしれないけれど、忘れている時は、子どもの頃に戻ったように自然だとか、動物だとか、遊びだとかにわくわくしてしまうもの。大人になって忘れてしまった感覚が味わえて、凄く楽しいわ……」
おばあさんは寂しそうに笑った。
「……例えばもしも、本当にもしもなんですけど、もしそれを治せるとしたら、治したいですか?」
「どうかしら……。治したい気もするけど、期待してしまうともっと辛くなりそうで怖いわ。あんまり訊いて欲しくない質問よ。でも、気を使ってくれてるのよね? ごめんなさい」
「いえ、大丈夫です。娘さん以外の親族はいないんですか?」
「夫は先にいってしまったし、子どもは娘だけ。娘の夫はどう接したらいいか分からないみたいで、長らく会ってないわ。でも気を使ってくれているみたいでね、金銭面でお世話になっているわ。孫は忙しいみたいだから、会わなくて良いと言っておいたわ。迷惑かけるだけだもの……」
ただ忘れているだけじゃない。その分の辛さ悲しさ虚しさなんかが、思い出した時に一気に押し寄せてくるんだ。
「こんなお話はおしまいにしましょう? そうだ、あなたは何故ここにいらしたの? 隠れているみたいだったけれど」
「はい。僕が悪いことをしたんだと、勘違いされて警察とかに追われているんです」
「あら、まあ。あなたも大変ね。お話をして誤解を解くことはできないの?」
「分かりません。でも、捕まってしまう前にやっておきたい事があるので、それを終えてからですかね。話をするのは」
「そう。上手く行くといいわね」
「ありがとうございます。あ、紅茶美味しかったです」
おばあさんも紅茶を飲み終えた。
「え? 何かしら……? …………お紅茶、お紅茶? ああ、美味しかったわ。ありがとう」
「いえ、こちらが頂いたので……」
「え、そうだったわね。言い間違えてしまったわ」
おばあさんは周りを何度も見回している。
「ああ、忘れてしまったんですね……?」
「……忘れて? 私は忘れてなんかないわ! 失礼ね」
おばあさんは、"忘れる"という単語を聞いた途端、怒り、叫びだした。タブーワードなんだろう。
僕はゆっくり、あまり刺激しないようにゆっくり立ち上がった。
「何? やめてちょうだい、叩かないで!? 私、うさぎが好きだっただけなの! 文句言わないから、来ないで……」
おばあさんは酷く怯えている。
「大丈夫、大丈夫ですよ……」
僕はそう言いながら、少しずつおばあさんに近づいて行く。距離が近づくにつれ、怯えは顕著になっていく。
「僕、治すかどうか悩んでたんです。忘れている時は楽しそうだったし、思い出した時は凄く寂しそうだったから……。でもやっぱり、治しましょう。忘れている時間が長ければ長い程、どんどん寂しく、辛くなるんですもんね。もう、そんなのは終わりにしましょう?」
治せるかどうか、やってみた事がないから分からない。でも、できる気がした。できなくても、今できるようになれば良い。僕は少し、緊張していた。
「助けて、誰か……。誰か助けて……」
おばあさんは固く目を閉じて震えている。
「誰かって、誰ですか? 心当たりあるんですか?」
僕は深呼吸をして、意を決する。
「無いんですよね? 心当たり。では、良かったら僕がその誰かになりましょうか、お嬢さん?」
僕は微笑んで手を差し延べた。
「助けてくれるの……?」
おばあさんは鼻声で訊き、恐る恐る僕に
手を預けた。
「はい」
僕は右手から光を出す。おばあさんは目を丸くして驚いたが、手は離さなかった。優しい光が体全体を包み込み、それを受け入れたのかおばあさんはゆっくりと目を閉じた。
いくらか時間が経って、次第に光が弱まり数十秒経った頃、とうとう光は完全に収まった。結果は、どうだろうか?
────どうか、効いていてくれ……。
気付いたらおばあさんは大きく目を開けて、口も閉じずに僕の方を見ていた。
「……今日は、心地の良い朝だわ。そう思わない?」
「え? そうですね。天気も良いですし……」
「私、お世話になりっ放しね。ありがとう」
「思い出したんですか?」
「ええ。そうね。何だか、もうあんな忘れ方はしない気がするわ。何の根拠もないけれど、そんな、気がするの……」
「それは良かったです」
「あ! もしかして、あなたは神様が遣わした天使かしら?」
「ははっ。そんな大層なものじゃないですよ」
「冗談よ。うふふ」
おばあさんはホッとしたように笑っている。
「あの光は何なのかしら?」
「僕にもわかりません。小さい頃に使えるようになったんですけど、怪我や病気が治るって事以外は、何に効くのか、どれくらいなら大丈夫なのか判らないんです」
「あら、そんなのを使ったの? 恐ろしいわね」
「すみません」
「今回だけなら許してあげるわ」
おばあさんはいたずらっぽく笑った。
「はははっ。ありがとうございます」
「そういえば、やっておきたい事があるんだったわよね? そろそろ行くのかしら」
「はい」
「そう…………。あの、お恥ずかしいのだけれど私、何かお礼したくても……。ごめんなさい、何も思い浮かばなくて」
「いいですよ。気にしないでください」
「でも……。何か欲しいものはないかしら?」
「そうだな…………。あ、そうだ。一段落したら、またお邪魔していいですか?」
「別に構わないけど……」
「美味しい紅茶をまた飲ませてください。それで、軽くお喋りでもしませんか?」
「そんなので良いの?」
「はい。お金もらったり、人の大切なものを譲られるより、この方がずっと嬉しいですよ」
「そう言ってもらえたら嬉しいわ」
「それは良かった。……では、行きますね」
僕が席をたつと、おばあさんも続いて立った。
「ええ。気をつけてね。あ、そうだわ。私、娘と仲直りできるよう頑張るわ。前みたいにお喋りしたいもの」
「それは、とてもいいですね」
「そうでしょ? もう、話したい事が山積みよ」
玄関に着いた。
「上手く行くといいですね」
「ええ。ありがとう、さようなら。またね」
「はい。さようなら」
そして僕は手を振ってこの場を後にした。
僕は家を出て少し歩いた所で、スマートフォンでニュースを確認した。どうやらまだ犯行予告はされていないみたいだ。でも、次回が前回同様に、予告するとも限らないから安心はできない。
寝床の為に遠出してしまったけど、僕が通っていた中学校は山向こうだ。どうにかして山を越えたいけど、道路を警察が見張ってるかもしれない。そうなると、道無き道を歩かざるを得ないんだけど、さすがにそれは無謀すぎる。
「ひとまず、人のいそうな所に行ってみようかな」
期待はできないけど、レンタル自転車とかがあるかもしれない。自転車を確保できれば、来た道を使わなくても遠回りで町に戻れる。
レンタルの車は使えれば便利だけど、もし事故した時に保証できないし、身分証明書を出さないといけないから使えない。
フードの無い上着を着てきてしまった。ちなみに、マスクはどこかになくしてしまって見当たらない。もしかすると家に帰って洗濯物を出した時、一緒に出してしまったのかもしれない。
道を歩きつつ、潰れたおにぎりを頬張る。昆布だ。
民家は多いけどお店は全然見当たらない。田舎って感じで、畑や何も植えられていない田んぼが沢山見受けられた。
「人かな……?」
畑のそばで座っている人を見つけた。
「すみません。この辺で自転車をレンタルしてる所ってありますか?」
僕は近づいて聞いてみた。
「自転車のレンタル? 儂は使わんから分からんなあ。ショッピングモールっちゅうんか? 近くにあるから行ってみるとええ。いろんなもんが売っちょるからな」
「ありがとうございます。行ってみます」
ショッピングモールは歩きだと少し遠いけど、比較的近場にあった。
でも、自転車のレンタルはやってなかった。そもそも需要が無かったからやらなかったみたいだ。
しょうがないから僕は自転車を買うことにした。
「あー、下ろさないとな」
財布の中身は、自転車一台買うには心許ない金額だ。なので僕はATMに向かった。
「なんだ?」
お店に入ってから、四十代くらいの男の人がよく目についた。何かを買うでもなく、僕の周りでずっと商品を見ている。商品の種類に一貫性がないし、あえてエレベーターじゃなく階段で移動してもついてきた。
尾行としては下手くそだとしか言いようがない。商品棚をぐるぐる回って一旦撒いても、走って探してすぐに見つけて来る。警察には頼れない現状、自分で何とかするしかない。
今現金を下ろしたり自転車を買えば盗られたり無駄になるかもしれない。自転車だと道路以外だと動き辛い。
なので僕はそのままお店を出ることにした。
「……やっぱりついてきたか」
駐車場は広くて見通しが良いから動き易いけど隠れるのは難しいし、裏手に回れば人目が無いから、隠れられても動き辛い。もし追ってきているのが複数人なら、裏に回れば挟み撃ち。駐車場だと車で追いかけられる。どっちにしてもキツいな。
僕は駐車場に出た瞬間走り出した。すると男は電話で誰かに指示を出したあと走って追いかけてきた。
「……速い」
男がどんどん距離を詰めてくる。このままだと捕まってしまう。予想以上に足が速い。まずフォームが違う。隠れるところはないし、近くに川でもないかな? 飛び込もう。
「……え?」
気付けば宙を浮いていた。空が回転して、時間がゆっくり進む。
「ぐっふぉ!?」
地面に叩きつけられて、転がっていく。何があったんだ?
「先輩、全然捕まえられてねーじゃん」
「いや、こいつ意外と速くてさ、助かったわ。つか久々に本気出したしよ」
「一攫千金ってやつっすね。ははっ」
痛みが引いてきたから顔を上げて見てみると、一部が凹んでいる車が前にあった。轢かれたのか……。このまま逃げても同じ事の繰り返しだし、何やら先輩は金属バット片手にこっちに近づいてくるし、ひとまずは抵抗しない方がいいかな。
「手間かけさせんな、ボケ」
そう言うと先輩とやらは僕を担いで車に放り込んだ。
「先輩、この車買ったばかりなんすから、大切にしてくださいよ~」
「あ゛ん゛? もう凹んでんだろうが」
先輩は凄みながら後輩? を睨んだ。
「ははは、冗談っすよ。もう~、すぐに怒るんすから……」
「さっさと車だせ。交番には行くなよ、警察署にしねえと手間がかかる」
「オレ達まで捕まりませんかね?」
「はっ。たまたまぶつかって来たから運んだんだろうが」
「それもそうっすけど、パクったりシメたりしたやつっす。この車だって……」
「そりゃあ、たまたま道端に落ちてたもんを拾ってやっただけ。それと、あいつが勝手に暴れて怪我しただけ。オレらは何も悪かねえ」
なかなか危ない考えの人達だ。抵抗すれば痛い目を見るのは目に見えてるけど、このままでも逮捕される。先に捕まって事情説明しても、証拠がなければ動けないだろうし、今はまだお世話になるわけにはいかない。
後輩の方は前で運転をして、先輩の方は後ろで僕を見張っている。先輩とやらをどうにかできたら逃げ出せるか? いや、下手に手を出して縛り上げられたら、逃げるチャンスも無くなるな。
この手を使うか……。
「ちょっ?! 前が見えな、やめ!」
「ごら! 離さんかい!」
僕は後輩の方の目を手で覆った。勿論先輩の方は僕を殴ってきたけど、ナイフとか川原の岩とかに比べればなんて事はない。狭いからバットを使っても威力も出ない。
次の瞬間、激しい音と共に横からの衝撃が車と僕達を襲った。
横転した車が畑に突っ込んだんだ。車の中はめちゃくちゃになって、男二人も僕も体を強く打ちつけた。
他の人や車なんかは巻き込まずにすんだけど、畑の持ち主には悪い事をした。車の持ち主にはこの人達が弁償する事になるだろうけど、ちゃんと払ってくれるだろうか? その辺は僕の仕事じゃないけど。
幸い僕は光で治す程の怪我はしなかった。そこまで大きな事故でもなかったのもあるけど、運が良かったのもあるだろう。
二人は気絶している。事故が起きた時に首がグイっとなっていたから、むち打ちにはなってそうだな。それにシートベルトをつけていなかったから、思い切り体もぶつけていた。
僕は体を起こし、二人に光を当てて怪我を治した。悪い人ではあるけど、僕が起こした事故で怪我をしたんだからね。責任はとらないと。
起きてこない事を確認して、僕は先輩の方のポケットからスマートフォンを出して、匿名で警察に通報した。十分で到着するらしい。
その間に車から脱出して、車からオイルとかが漏れていないか確認をした。漏れていたら炎上するかもしれないからね。
衝撃は凄かったけど、実際本当に大した事故では無かった。下になった方のガラスが割れているのとサイドミラーが壊れているくらいかな。まあ、車体に傷はついているけど。
放置しても問題は無さそうだったから、僕は早々にその場を離れた。
僕は気を取り直して、徒歩で山に向かった。
見つかりそうになったら、隠れればいいだろう。今日中に中学校のある町に戻りたい。と言うのも、ついさっきスマートフォンを見た時に、☓☓教が爆破予告をしたとニュースで知ったから。
予定は明日で、場所も時間も発表されていないみたいだ。いつでも行けるようにしておきたい。
山道の入り口に警察がいた。なかなか仕事が早い。どうしようか? 殆ど直角な山登りをするしかないのか? まあ、比喩表現だけど、登るのが難しそうなのは変わりない。悩んでいると、
「すみません。△△さんですよね?」
背後から静かに声をかけられた。
「……☓☓教の人でしたよね? 何の用ですか?」
☓☓教の女性だ。確か、一番偉い人の友人の娘? だったかな。
「お話をさせて下さい」
「またいいように利用する気ですか……?」
「警戒されるのは仕方の無い事ですが、私達も一枚岩ではありません」
「人の集団ですから考えを完全に統一するのは不可能でしょ。そんな事言ったら、何でも有りですよ」
「それはそうですが、前回の爆破は皆の総意ではないんです」
「……どういう事ですか?」
「その前に質問しても良いですか?」
「まあ、良いですけど……」
「消えない罪はあると思いますか? 罪人は一生罪を背負って行かなければならないんでしょうか?」
「……僕は神様でもなんでもないんですけど」
「△△さんの意見で構いません」
「…………。まあ、犯した罪は有り続けると思いますよ。絶対に無くなったりしない。例え皆から忘れられてもね。それと、罪は心に刻んで、忘れてはいけないと思います」
「そうですか……」
「だからってその先悪い事を重ねていい理由にもなりません。罪の上塗りはダメです。でも、罪を犯したからって"楽しい思いをしてはいけない"なんて事もないと思います」
「何故ですか?」
「皆、大小一つくらい罪を背負ってるものです。罪って、法律だけじゃないですからね。全くの善人でも、目線を変えれば悪事をしているかもしれない。じゃあ、人間含め全ての存在が生まれてから死ぬまで、罪を悔いる為に苦しい思いをしないといけなくなってしまいます。生まれてから死ぬまで罪の奴隷って感じですかね、それって生きてる事にならないとおもうんです」
「確かに、一理あります」
「それで、罪を犯したとしても、それを胸に刻みつつ反省して、改善していけばいい。あ、でも罪を犯したら相応の罰は受けないとダメですよ」
「そうですね……」
「補足しておきますと、罪を背負って生きてるかなんて他人からは分からないのに、『見えるように辛い思いをしろ』なんていう人は、そもそも追い詰めるのを楽しんでいるだけです。鵜呑みにしても改善されませんよ。幸せが分からない人に、他の人を幸せにするなんてできないですしね」
「答えて頂いて、ありがとうございます」
「この質問は何だったんですか?」
「私個人が疑問に思っていた事です」
「そうなんですね、満足しましたか?」
「はい。一応は」
「それで、総意ではない。って何ですか?」
「……ここは目立ちます。まずは車に乗りませんか?」
「車に盗聴器が仕掛けられてたり、乗ったら☓☓教の所に運んだりするでしょ?」
「しません。約束します。では手始めに……、これです。以前車で送った時にGPSを仕掛けていたんです」
そう言うと女性は、僕のカバンの横ポケットから小さな機械を取り出した。
「いつの間に……」
「他の人にあなたが見つかってしまっては面倒なことになりますし、もう必要ありませんから捨ててしまいましょう」
「他には無いですか? 複数の内の一つをわざと見せて、もう仕掛けて無いとミスリードさせる事もできますよね?」
「もう無いです」
「だからって、簡単には信用できないでしょ。あんな風に僕を利用して、こっちは指名手配ですよ?」
「GPSや盗聴器などがもう仕掛けられていないと証明する事はできません。ですが、先にこれだけは言わせて下さい。……私は、一段落したら☓☓教を抜けるつもりです。ですから、☓☓教に情報が流れるような事はしません」
「……本当ですか?」
「はい」
嘘をついているかは分からないけど、協力してもらえれば助かるのは事実だ。目星はついてるけど爆破される場所に確信を持っているわけじゃないし、時間も分からない。辿り着く前に爆破されると人が集まってしまって助けに入れなくなる。警告もしておきたいし。一か八かだな……。
「…………お話、聞かせて貰っても良いですか? ああ、でも怪しい動きをしたらすぐに出ていきますけどね」
「はい、どうぞ」
僕は女性の乗ってきたという車に乗った。すぐに出られるように鍵は閉めず、エンジンもかけないという条件はつけておいた。それに、盗聴しにくくするためにできるだけ音量を上げて歌も流してもらった。気休めだとしても、ないよりはマシかな。
「それで、理由を聞かせてもらって良いですか?」
「私と一部の役員は、汚れ仕事をさせられているんです。させられていると言っても、正確にはお願いという形なんですけど」
「お願い?」
「はい。"強要はしない"という教えですから、何かを命じる時は"お願い"をするんです。弱みを握ったり、欲しいものをちらつかせたり、何かを天秤にかけたりして半強制的にお願いを引き受けさせるんです。私はお願いを断れば居場所を失いますので、命じられたものは殆ど全て受けてきました」
「それで?」
「情報を流したり、違法の物を売買するのが主な仕事ですが、組織の邪魔になる人間を自殺に追い込んだり、見せかけて始末する事もあるんです。薄々勘付いているかもしれませんが、例えば〇〇さんとか」
「何で〇〇さんが……」
飛び降りる前に誰かに話しかけられたって言ってたな。この人だったのか。
「☓☓教も〇〇さんにお金を寄付していたんです。たまたまですが、事故を起こしたのが組織の人でしたから。だから、詐欺と騒がれた時、組織は裏切りとみなしました。
あなたの奇跡の可能性はありましたが、目撃情報も無かった為詐欺である可能性の方が現実的と判断されたんです。万が一奇跡であった場合にも、いち早く見つけ力を独占するため、世に漏れる情報をこれ以上増やしたくなかった。二重の理由で始末することを私がお願いされたんです」
「僕の存在を知っていたんですか?」
「お母様から聞いていませんか? あなたが子どもの頃に☓☓教は何度も△△さんの家を訪ねた事を。その情報を知ったのは偶然だったんですが、我が組織は至るところに耳がありますので、それも時間の問題でもありましたが。その後ご両親が居ては△△さん話ができないので一度手を引いたんですが、また機会が巡ってきたと、コンタクトを取らせて頂いたのです」
僕の知らない所で☓☓教はすぐそこにいたのか……。
「本当に☓☓教を抜けるんですね?」
「はい、本当です。以前まで私は、☓☓教の教えに何の疑いもありませんでしたが、あなたの言葉によって今までの生き方に疑問を懐いたんです。私は罪を償うつもりです。だから、最後に手伝える事はありませんか? お願いです!」
初めて会った時には感じられない覇気があった。まあ、少しくらい手伝ってもらっても良いかな? 警察の目を潜って山越えはしたいし。
「分かりました……」
「ありがとうございます」
「じぁあ、早速質問しますけど、明日、爆破をすると声明が出されましたけど、止めることはできないですか?」
「単刀直入に言いますとできません。工作員は誰か知らされていませんし、止めるように言えば情報が漏れたと判断されて、内密に場所の変更がなされるだろうからです」
「場所は──中学校で間違いないですか?」
「……はい、設置場所までは分かりませんが。ですが、よく分かりましたね」
「……まあ。時間は?」
「正午です。……もしかして、そこに向かわれるんですか? 危険ですよ」
「知った以上無視できないでしょ」
「……他に何かありますか?」
「そうだ、明日中学校で、『ここを爆破します』って言って、中にいる人を外に出せないですかね?」
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「山を越えたら何をなさるんですか?」
「病院とか巡って治したいと思っている人を治していきます。あと、道中困っている人を見かけたら、光を使わなくても助けていきます」
「そうですか。それも、お手伝いしてもいいですか?」
「まあ、移動が大変なんで助かりますけど、一緒に居たらGPS無くても位置情報は分かりますよね? 流したりしませんか?」
「……では、これをどうぞ」
女性は後ろの席からファイルを取り出して僕に渡した。
「なんですか?」
「☓☓教に入っている人の名前と役職が書かれた名簿と、拠点にしている建物の住所、帳簿と、私の知る限りのお願いをまとめたファイルです」
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「こうでもしないと信用されないと思いましたので……。それに、全部のカードを一気に提示しても逆に怪しまれますからね」
「まあ、そうですね。貴女は☓☓教に未練ないんですか?」
僕がナイフを返そうとしたら、ジェスチャーで持っていてと意思を示し、再度僕に渡された。
「無いと言えば嘘になるかもしれません。あそこで育ちましたから。でも、だからってあんなやり方には賛同できません」
「そう言えば、前回の爆破が組織の総意では無いと言ったのは?」
「一部の過激思想の者が『タイミングを待つ必要はない』と、独断で仕掛けたんです。それで、口火を切られた以上、何もしないでいるのは余計に状況を悪くするだけど判断して、今度の爆破を決行する事になったんです」
「本来は爆破する気は無かったんですか?」
「いえ。△△さんに迷惑をかけたと思われる場所に始まり、政治の主要な場所や大きな警察署、軍事施設など、正確には何箇所かは分かりませんが、それらを同時に爆破する予定でした。その後、☓☓教の一員である政治家の者に実権を握らせるという作戦でした」
「最悪ですね……。しかし、そんな大掛かりな作戦できるんですか? お金とか爆弾とか莫大な量が必要ですよね」
「有力な資産家だとか政治家だとかも入信していますし、軍事施設を手中に収められれば爆弾なんかも補給できますし、順序を間違えなければ資金も回収しつつできる予定だったそうです。まあ、実際にできるのかは別として」
「できないと思っていたんですか?」
「はい。流石に不可能でしょうね。信者にもそれ以外の人にも意思がありますから、反発する意見は絶対に出ます。そうなると一気に破綻するような脆い作戦です。実現する方が奇跡に近いです」
「そんな作戦を決行しようとしてたんですか」
「はい。……ですが失敗しても、甚大な被害を出しさえすれば、結果としては悪くないのかもしれません」
「何でですか?」
「被害が出たところで△△さんの奇跡を人の前で見せつける事ができれば、あなたを☓☓教は神が遣わした者として担ぎ上げられます。そこに耳触りのいい言葉を並べ、信頼を勝ち取れば、☓☓教は悪くない権力を手に入れる事ができます」
「酷い話ですね」
「△△さんとコンタクトがとれて、皆舞い上がっていましたからね。都合の悪い事は目を逸らしてしまっているんです。かく言う私も、何か変われると思っていましたから、強くは言えませんけど」
「……とりあえず今聞きたい事は聞けましたし、出発しましょうか。この病院が近いんで、まずここに向かってください」
「はい。ああ、後ろで一旦隠れてもらっていいですか? 警察の目にとまっても困りますし」
「そうですね」
僕は後ろの席の床に伏せて、そこから毛布を頭からかぶった。
「では出発します」
女性はエンジンをかけ、車を走らせた。途中警察に声をかけられたが、難無く通り抜ける事もできた。どうしてここまで僕に協力してくれるのかは分からないけど、味方ができて良かった。時間も分かったし、場所の裏取りもできたし、移動手段も手に入れた。それに何より、さっきはあんなに疑いはしたけど、今は心の底では心強く思っていた。
少しずつ、上手く行くような気が増しているけど、明日の事を思うと緊張して手に汗をかいてしまう。
そして、そんな不安をかき消すように『上手く行きますように』と、僕は心の中で、何度も祈っていた。
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