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食らいつく
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孤児院の裏。即席の訓練場にて、とある二人の獣人の勝負が決着した。
「くっ……はぁっはあっ」
「はあ、なんだいそりゃ? 話にならないねえ」
膝を突くルーナを見下ろし、嘲笑するニステル。
結果から言おう。ルーナの惨敗だった。
最初はニステルも付き合っていたけど、だんだん飽きていったみたいだった。ルーナの攻撃をすべて避け、受け止め、すかして、捌き切った。まるで力の差を見せつけるかのように。
焦れたルーナが大ぶりの一撃を繰り出したところに、ニステルが大剣の柄をルーナの腹に打ち込んで終わった。それで彼女は崩れ落ちた。
「あ、あのルーナさんが手も足も出ないなんて……」
「嘘だろ。強すぎる……」
「すげえ、一撃だ……」
見物していたオボロ傭兵団見習いたちが喉をごくりと鳴らす。いや、違う。大剣の一撃の前に、顎と胸骨に一回ずつ当身を喰らわせているから三回だ。かなり速いから鍛えていないと分からないだろう。
「バステン、今の何回打ち込んだか分かった?」
「おそらく二回……だと思うんだが、自信は無いな。大剣の陰から頭部への打撃があったのは見えた」
バステンは感心したように腕を組んで頷いている。やっぱり胸骨への一撃は見逃すよね。
「正確には顎に掌底を喰らわせているね。その前に直角になった肘で胸骨を突き刺してるよ」
「……化け物だな」
「全くだね」
ベステルタほど洗練された動きではなかったけど、あれは闘いの中で編み出された技術だ。やっぱり元闘奴は対人強いな。
「いや、姐さんが化け物なのは分かり切っているが……」
そう言って僕を変な目で見てきた。なんやねん。
「ただ、流石姐さんだ。あの、ルーナ? という獣人もかなり強いはずだが、相手が悪すぎる。俺の傭兵団なら文句なしで副隊長だ」
一か所に留まらないのは戦場で培った動きだろうか……、とバステンが冷静にルーナを分析している。おお、同じ戦場で生きてきた者だからそういうのは分かるっぽいね。
あとルーナが傭兵団副隊長クラスと聞いてなんだか嬉しくなった。
「ぐっ」
「弱い、軽い、遅い。それがあんたの評価さ」
ニステルはぐったりするルーナの胸倉をつかんで持ち上げ、言い放つ。
「確かに流動的で面白い動きだったがそれだけだね。それだけじゃあ、アタシを躾けるなんてとてもとても……」
くっくっく、と笑うニステル。
「こんなのが主の筆頭奴隷だと思うと泣けてくるね。主の面汚しだ。不快だからさっさと失せな。ま、主の情婦として生きていけばいいさね」
「……」
ルーナは目のハイライトが極限まで暗くなって、うなだれている。そりゃそうだ。至近距離であんなこと言われたら心折れるよ。
はぁ、駄目だ先に僕の心が折れそうだ。もう止めたい。でも僕の予想が正しければルーナは……。
「……ふん、言い返すこともできないのかい。敗者め。はぁ、もういいよ。アタシが悪かった。あんたが弱者だと見抜けなかったアタシがね」
ニステルは何も言わないルーナを侮蔑しきったように溜息を吐いて、興味を失ったと言わんばかりに一瞬視線を外す。
ギラリ、とルーナの目が光った。
「ヒュッ!」
口を開いたかと思うと、彼女の長い舌の裏から勢いよく鈍色の物体が飛び出す。
「なにっ!」
ニステルは顔を大きくのけぞらせた。彼女の目元に、何かが突き刺さっている。
うわっ、信じられない。小型のナイフだ。しかもそれが二本。暗器じゃねえか。
眼球は避けているが、ニステルの目は一瞬、完全に塞がった。
「……ガァッ!」
ルーナは猛々しく吠え、鋭い牙をニステルの左腕に突き立てた。一瞬だけ、何かを考えたように見えたのは気のせいか?
「こいつっ!」
ニステルは痛みに顔をしかめ、空いている右腕でルーナを殴りつける。
ドガッ、ゴッ、ボグッ。
鈍い音が訓練場に響き渡る。
「くそっ、離しなっ」
しかしルーナは離さない。全身でニステルの左腕に食らいついている。
全身の筋肉がうっすらと膨張し、顎が万力のように軋む。
メリメリ。
ニステルの腕が軋む。
聞いたことがある。ハイエナの咬筋力はその体躯からは想像できないほど強い。なぜなら彼らは効率的に栄養を摂取するために骨まで噛み砕いて喰らうからだ。その咬筋力は大型犬を遥かに凌ぎ、トラやライオンと同等と言われている。
「いっ!」
ニステルの腕から嫌な音が聞こえた。
「ガァァァッ!」
ニステルは初めて拳を握り、ルーナの全身に鉄拳の雨を降らせた。
肉を打つ嫌な音。まるでハンマーを思い切り叩きつけているみたいだ。
「も、もうやめてくれぇっ」
「ルーナさん、もう十分です!」
「やりすぎだっ!」
オボロ傭兵団の面々が悲鳴を上げる。
ボギュッ! ドグッ! ドガッ!
ニステルが拳を振るうたびに、彼女の左手に取りつくルーナの身体から力が抜けていく。
右足、左足、が最初に脱落した。
続いて右手、左手がだらんと宙に投げ出される。
「グルルルルル」
それでも牙は決して離さない。
目が真っ赤に充血している。顎に力を入れ過ぎたのか、顔の毛細血管が破裂したのかもしれない。
ブチブチ。
「アアアアアアッ!」
ニステルの顔に余裕が無くなった。
大剣の柄を握り、刃が煌めく。
銀色の光が翻り、ルーナの首に迫った。
ガキィン!
「そこまでだ」
フランチェスカで大剣の一撃を受け止める。おっも。こんな凶悪なのルーナに振りかざすなよな。
「主! まだ勝負はついていない! この女の首を断ち切ってやる!」
ニステルが興奮した様子で僕に詰め寄る。いやいや、頭に血が上りすぎだよ。
「もうとっくに勝負はついているよ。……ルーナ」
ルーナの頭に手を触れる。
すると、彼女の顎から力が抜け、ゆっくりと倒れていった。
「よっと」
それを抱きとめて支える。まったく、やり過ぎだよ。
「まさか気絶した状態で……?」
バステンが驚愕の声を上げる。
そうだよ、ルーナは噛みついた後に貰ったニステルからの一撃でほとんど意識が無かった。
「なるほど、そういうことかい」
ニステルは赤黒く腫れあがり、数本の穴が開いた左手をさすりながら、苦々し気に言った。
「すべてブラフだったってことか。ルーナとか言ったね、そいつ最初からアタシに敵わないと分かっていたようだ」
やっぱりそうか。
ルーナは負け戦と言う負け戦を経験してきたはずだ。勝てない戦いにも身を投じたはず。
そんな彼女が相手の戦力を見極められないはずがない。
「でも、それならどうしてアタシの左腕に? あの一瞬、アタシは完全に気を取られた。やろうと思えば首に喰らいつけたはずだ」
不思議そうにつぶやくニステル。
「ル、ルーナちゃんはっ」
不意に後ろから声が上がった。
マイアだ。わなわなと身体を震わせて、目にたっぷり涙を溜めている。
「ルーナちゃんはっ、新しい奴隷の方々と会うのを楽しみにしていましたっ。一緒にご主人様を守らなければ、って言ってましたっ」
マイアがルーナに駆け寄って身体をタオルで優しく包む。
そしてニステルを思い切り睨みつけた。
「もしあなたの首に喰らいついたら軽くない怪我をしていたはずですっ! そ、そしたら誰がご主人様を守るんですか! 誰がカリン様を守るんですか! ルーナちゃんより強いあなたがそんなことも分からないんですか! あなたはここに何をしに来たんですかっ!」
初めて聞くマイアの怒りの声。
訓練場が静まり返り、彼女が鼻をすする音だけが響く。
「……まいったね、こりゃ」
ニステルはぼりぼりと頭を掻きむしる。
「つまり、アタシは手加減されたってことか。奴隷の責務が果たせるようにと。そして、その責務についてアタシにその身でもって教えたと。あの闘いの中でそんなこと考えていたのかい」
ニステルはくるりと背を向け歩き出す。
「……ちょっと頭を冷やしてくるよ。大丈夫だ。すぐに戻る。奴隷の務めは果たすよ」
肩越しにニステルは言う。
「起きたら、先輩に謝っておいてくれるかい」
ニステルはそのまま宿舎の方に去っていった。
「自分で言えっ!」
マイアはその背中に向かっていーっと顔をしかめて叫んだ。
先輩ね。一応、ルーナを認めたってことなのかな。獣人だからかな。ニステルとしてもこういう上下関係みたいのはっきりさせたかったのだろうか。はぁ、もっとスマートにやってくれよな……。
「旦那、俺からも謝りたい」
バステンはすっと佇まいを正した。何か謝るようなことしたっけ?
「心のどこかでたるんでいたかもしれない。ニステルの姐さんがいるから問題ないと。でもルーナの姐さんのおかげで気合が入った」
ああ、そういうことか……。
特にたるんでいるようには見えなかったけどな。むしろ男で常識的で良識のありそうな人が来てくれたな、と思ってるよ。
まあニステルの実力を知っている人なら仕方ないのかな。炎上している案件に世界的にも有名な人材が一緒にアサインされる、と思ったら心強いだろうし。
「バステン、そんなに気にしなくていいよ。ずっと気を張っていると精神が摩耗するからね」
まあ、護衛は気を張らなきゃいけない仕事だけど、その負担もなるべく軽減していく方向にシフトしたいと考えている。
「それよりもルーナを運ぶのを手伝ってくれ。まったくこんな無理することなんてないのにさ……」
顔を腫らして気を失っているルーナ。彼女がどんな気持ちでニステルと闘ったか、意地を見せたか、推し量れないほど馬鹿じゃない。
彼女の想いに報いなくては。
さて、傷はどうしようか。アセンブラポーション使うのも癪だし、シュレアをまた呼び出すのもな。
……そうだ。自前のポーション使えばいいじゃん。
たぶんいくつか在庫はあるはずだよね。シルビアに相談して分けてもらおう。効果を試すのにちょうどいいかもしれない。ルーナには実験台にするみたいで悪いけれども。
そういう訳で僕とバステンはルーナを孤児院の中に運び込んだ。マイアとカリンも一緒だ。
はぁ、ニステルは癖が強くて困る。こういうのをマネジメントしていかなきゃいけないんだろうな。上司なんて嫌いだったけど、今ならすこし気持ちが分かるかもしれない。当たり前だけど、人は勝手に動くのよね……。何もかも自分の思う通りに行くことなんかない。肝に銘じておかないと。
まったく、とんだ一日の始まりだよ。
「くっ……はぁっはあっ」
「はあ、なんだいそりゃ? 話にならないねえ」
膝を突くルーナを見下ろし、嘲笑するニステル。
結果から言おう。ルーナの惨敗だった。
最初はニステルも付き合っていたけど、だんだん飽きていったみたいだった。ルーナの攻撃をすべて避け、受け止め、すかして、捌き切った。まるで力の差を見せつけるかのように。
焦れたルーナが大ぶりの一撃を繰り出したところに、ニステルが大剣の柄をルーナの腹に打ち込んで終わった。それで彼女は崩れ落ちた。
「あ、あのルーナさんが手も足も出ないなんて……」
「嘘だろ。強すぎる……」
「すげえ、一撃だ……」
見物していたオボロ傭兵団見習いたちが喉をごくりと鳴らす。いや、違う。大剣の一撃の前に、顎と胸骨に一回ずつ当身を喰らわせているから三回だ。かなり速いから鍛えていないと分からないだろう。
「バステン、今の何回打ち込んだか分かった?」
「おそらく二回……だと思うんだが、自信は無いな。大剣の陰から頭部への打撃があったのは見えた」
バステンは感心したように腕を組んで頷いている。やっぱり胸骨への一撃は見逃すよね。
「正確には顎に掌底を喰らわせているね。その前に直角になった肘で胸骨を突き刺してるよ」
「……化け物だな」
「全くだね」
ベステルタほど洗練された動きではなかったけど、あれは闘いの中で編み出された技術だ。やっぱり元闘奴は対人強いな。
「いや、姐さんが化け物なのは分かり切っているが……」
そう言って僕を変な目で見てきた。なんやねん。
「ただ、流石姐さんだ。あの、ルーナ? という獣人もかなり強いはずだが、相手が悪すぎる。俺の傭兵団なら文句なしで副隊長だ」
一か所に留まらないのは戦場で培った動きだろうか……、とバステンが冷静にルーナを分析している。おお、同じ戦場で生きてきた者だからそういうのは分かるっぽいね。
あとルーナが傭兵団副隊長クラスと聞いてなんだか嬉しくなった。
「ぐっ」
「弱い、軽い、遅い。それがあんたの評価さ」
ニステルはぐったりするルーナの胸倉をつかんで持ち上げ、言い放つ。
「確かに流動的で面白い動きだったがそれだけだね。それだけじゃあ、アタシを躾けるなんてとてもとても……」
くっくっく、と笑うニステル。
「こんなのが主の筆頭奴隷だと思うと泣けてくるね。主の面汚しだ。不快だからさっさと失せな。ま、主の情婦として生きていけばいいさね」
「……」
ルーナは目のハイライトが極限まで暗くなって、うなだれている。そりゃそうだ。至近距離であんなこと言われたら心折れるよ。
はぁ、駄目だ先に僕の心が折れそうだ。もう止めたい。でも僕の予想が正しければルーナは……。
「……ふん、言い返すこともできないのかい。敗者め。はぁ、もういいよ。アタシが悪かった。あんたが弱者だと見抜けなかったアタシがね」
ニステルは何も言わないルーナを侮蔑しきったように溜息を吐いて、興味を失ったと言わんばかりに一瞬視線を外す。
ギラリ、とルーナの目が光った。
「ヒュッ!」
口を開いたかと思うと、彼女の長い舌の裏から勢いよく鈍色の物体が飛び出す。
「なにっ!」
ニステルは顔を大きくのけぞらせた。彼女の目元に、何かが突き刺さっている。
うわっ、信じられない。小型のナイフだ。しかもそれが二本。暗器じゃねえか。
眼球は避けているが、ニステルの目は一瞬、完全に塞がった。
「……ガァッ!」
ルーナは猛々しく吠え、鋭い牙をニステルの左腕に突き立てた。一瞬だけ、何かを考えたように見えたのは気のせいか?
「こいつっ!」
ニステルは痛みに顔をしかめ、空いている右腕でルーナを殴りつける。
ドガッ、ゴッ、ボグッ。
鈍い音が訓練場に響き渡る。
「くそっ、離しなっ」
しかしルーナは離さない。全身でニステルの左腕に食らいついている。
全身の筋肉がうっすらと膨張し、顎が万力のように軋む。
メリメリ。
ニステルの腕が軋む。
聞いたことがある。ハイエナの咬筋力はその体躯からは想像できないほど強い。なぜなら彼らは効率的に栄養を摂取するために骨まで噛み砕いて喰らうからだ。その咬筋力は大型犬を遥かに凌ぎ、トラやライオンと同等と言われている。
「いっ!」
ニステルの腕から嫌な音が聞こえた。
「ガァァァッ!」
ニステルは初めて拳を握り、ルーナの全身に鉄拳の雨を降らせた。
肉を打つ嫌な音。まるでハンマーを思い切り叩きつけているみたいだ。
「も、もうやめてくれぇっ」
「ルーナさん、もう十分です!」
「やりすぎだっ!」
オボロ傭兵団の面々が悲鳴を上げる。
ボギュッ! ドグッ! ドガッ!
ニステルが拳を振るうたびに、彼女の左手に取りつくルーナの身体から力が抜けていく。
右足、左足、が最初に脱落した。
続いて右手、左手がだらんと宙に投げ出される。
「グルルルルル」
それでも牙は決して離さない。
目が真っ赤に充血している。顎に力を入れ過ぎたのか、顔の毛細血管が破裂したのかもしれない。
ブチブチ。
「アアアアアアッ!」
ニステルの顔に余裕が無くなった。
大剣の柄を握り、刃が煌めく。
銀色の光が翻り、ルーナの首に迫った。
ガキィン!
「そこまでだ」
フランチェスカで大剣の一撃を受け止める。おっも。こんな凶悪なのルーナに振りかざすなよな。
「主! まだ勝負はついていない! この女の首を断ち切ってやる!」
ニステルが興奮した様子で僕に詰め寄る。いやいや、頭に血が上りすぎだよ。
「もうとっくに勝負はついているよ。……ルーナ」
ルーナの頭に手を触れる。
すると、彼女の顎から力が抜け、ゆっくりと倒れていった。
「よっと」
それを抱きとめて支える。まったく、やり過ぎだよ。
「まさか気絶した状態で……?」
バステンが驚愕の声を上げる。
そうだよ、ルーナは噛みついた後に貰ったニステルからの一撃でほとんど意識が無かった。
「なるほど、そういうことかい」
ニステルは赤黒く腫れあがり、数本の穴が開いた左手をさすりながら、苦々し気に言った。
「すべてブラフだったってことか。ルーナとか言ったね、そいつ最初からアタシに敵わないと分かっていたようだ」
やっぱりそうか。
ルーナは負け戦と言う負け戦を経験してきたはずだ。勝てない戦いにも身を投じたはず。
そんな彼女が相手の戦力を見極められないはずがない。
「でも、それならどうしてアタシの左腕に? あの一瞬、アタシは完全に気を取られた。やろうと思えば首に喰らいつけたはずだ」
不思議そうにつぶやくニステル。
「ル、ルーナちゃんはっ」
不意に後ろから声が上がった。
マイアだ。わなわなと身体を震わせて、目にたっぷり涙を溜めている。
「ルーナちゃんはっ、新しい奴隷の方々と会うのを楽しみにしていましたっ。一緒にご主人様を守らなければ、って言ってましたっ」
マイアがルーナに駆け寄って身体をタオルで優しく包む。
そしてニステルを思い切り睨みつけた。
「もしあなたの首に喰らいついたら軽くない怪我をしていたはずですっ! そ、そしたら誰がご主人様を守るんですか! 誰がカリン様を守るんですか! ルーナちゃんより強いあなたがそんなことも分からないんですか! あなたはここに何をしに来たんですかっ!」
初めて聞くマイアの怒りの声。
訓練場が静まり返り、彼女が鼻をすする音だけが響く。
「……まいったね、こりゃ」
ニステルはぼりぼりと頭を掻きむしる。
「つまり、アタシは手加減されたってことか。奴隷の責務が果たせるようにと。そして、その責務についてアタシにその身でもって教えたと。あの闘いの中でそんなこと考えていたのかい」
ニステルはくるりと背を向け歩き出す。
「……ちょっと頭を冷やしてくるよ。大丈夫だ。すぐに戻る。奴隷の務めは果たすよ」
肩越しにニステルは言う。
「起きたら、先輩に謝っておいてくれるかい」
ニステルはそのまま宿舎の方に去っていった。
「自分で言えっ!」
マイアはその背中に向かっていーっと顔をしかめて叫んだ。
先輩ね。一応、ルーナを認めたってことなのかな。獣人だからかな。ニステルとしてもこういう上下関係みたいのはっきりさせたかったのだろうか。はぁ、もっとスマートにやってくれよな……。
「旦那、俺からも謝りたい」
バステンはすっと佇まいを正した。何か謝るようなことしたっけ?
「心のどこかでたるんでいたかもしれない。ニステルの姐さんがいるから問題ないと。でもルーナの姐さんのおかげで気合が入った」
ああ、そういうことか……。
特にたるんでいるようには見えなかったけどな。むしろ男で常識的で良識のありそうな人が来てくれたな、と思ってるよ。
まあニステルの実力を知っている人なら仕方ないのかな。炎上している案件に世界的にも有名な人材が一緒にアサインされる、と思ったら心強いだろうし。
「バステン、そんなに気にしなくていいよ。ずっと気を張っていると精神が摩耗するからね」
まあ、護衛は気を張らなきゃいけない仕事だけど、その負担もなるべく軽減していく方向にシフトしたいと考えている。
「それよりもルーナを運ぶのを手伝ってくれ。まったくこんな無理することなんてないのにさ……」
顔を腫らして気を失っているルーナ。彼女がどんな気持ちでニステルと闘ったか、意地を見せたか、推し量れないほど馬鹿じゃない。
彼女の想いに報いなくては。
さて、傷はどうしようか。アセンブラポーション使うのも癪だし、シュレアをまた呼び出すのもな。
……そうだ。自前のポーション使えばいいじゃん。
たぶんいくつか在庫はあるはずだよね。シルビアに相談して分けてもらおう。効果を試すのにちょうどいいかもしれない。ルーナには実験台にするみたいで悪いけれども。
そういう訳で僕とバステンはルーナを孤児院の中に運び込んだ。マイアとカリンも一緒だ。
はぁ、ニステルは癖が強くて困る。こういうのをマネジメントしていかなきゃいけないんだろうな。上司なんて嫌いだったけど、今ならすこし気持ちが分かるかもしれない。当たり前だけど、人は勝手に動くのよね……。何もかも自分の思う通りに行くことなんかない。肝に銘じておかないと。
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