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ねっころがって

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「ブラガさん……もう、僕から言うことは何も無いよ」

 それからサンドリアと一緒に食べたブラガさんのラーメン。

 かなり完成度が上がっていて、あまり突っ込みどころも無くなっていた。スープはオーク骨ベースでクサ旨系。口当たりはさらりとしつつも、後味にずっしり動物由来のコクが残る。麺もだいぶ良くなっていて、粉っぽさはほとんど無くなっていた。もう少し硬くてもいいけど、これはほとんど好みの範疇だな。チャーシューは僕のレシピを踏襲して、魚醤をベースに作ったみたいだ。そこからブラガさんのアレンジを加えているようで、正直僕のより美味しい。悔しい。でも全部食べちゃう。

 ていうか本当にうめえ。なんだこれ。すごい感動してきた。やっばい、故郷を思い出す……。

『ケイ、これとっても美味しいよ』

 サンドリアも一心不乱に食べて、余裕の完食完飲。お口を拭き拭きしてあげた。

「お、やっとケイのお墨付き貰えたか。うっし、明日から店に出してみるか」

 満足そうなブラガさん。ああ、機嫌よさげだったのはこれが原因か。自分でも自信あったんだろうね。これは毎日通うかもしれない。繁盛するんじゃないかな。オンリーワンの味だし。

 転移前はラーメン食べ過ぎて尿酸値爆上げマンだったけど、こっちじゃきっと問題ないはずだ。頑健スキルもあるし、浄火が何とかしてくれるさ。きっと。

「凄いですよね、ラーメンって! 私も一口食べて感動しちゃいました!」

 興奮したように話すシャロンちゃん。前と比べて元気いっぱいでとても良いと思います。

 ぴょんぴょん跳ねる彼女。ふと、そのうなじに赤黒い痣があるのを見た。ありゃ、怪我しちゃったのかな。

「シャロンちゃん。その首の痣大丈夫?」

「あ、これですか。大丈夫ですよ。特に痛くないので。張り切ってお仕事していたからどこかにぶつけちゃったのかも」

 恥ずかしそうに痣を隠すシャロンちゃん。治してあげたいけど、浄火は外傷まで治せないからね。自然治癒を待つしかないな。

「そう言えばブラガさん。この店、全然臭わないね。ラーメン作る時って結構臭い出ると思うんだけど」

 実は臭いに案して結構心配していた。ここ、獣人多そうだし嗅覚が敏感そうだから、寄りつかなくなっちゃうんじゃないかって。

「ああ、それな。確かにオークの骨を煮るとすさまじい臭いが漂うんだよな。最初はきつかったが、今は店の外と中に脱臭草を導入したからよ。なんてことないぜ」

 へー。そんなのあるのか。もしかして店の外にあった植物のことかな? 便利だなぁ。僕も欲しい。シュレアも喜ぶかもしれないし。そのままブラガさんに訊いてみると市場に売っているようだった。今度覗いてみよう。

「それでよケイ。相談があるんだが、ちょっといいか?」

 言いにくそうに話すブラガさん。僕を厨房裏に連れていく。なんだろう。お金か?

「どうしたの?」

「実はシャフナのことなんだけどよ」

 この前浄火したシャフナさん。一体どうしたんだろう。

「お前のおかげですっかり元気になったんだ。それはいい。また昔みたいに話ができるのは俺もうれしい。ただな」

 言いにくそうなブラガさん。

「気のせいかもしれないが、あれから心ここに在らず、って感じなんだよな。ぼーっとしている時間が多いと言うか。あの後、何度か見舞いにいったんだが終始そんな感じだった。もしかしたら後遺症か何かかもしれねえと思ってな。一応報告だ」

 マジか。その情報は助かる。実際、シャフナさんは浄火した中でもトップクラスに症状が重い人だったし。まだ治しきれていないのかもしれない。やっぱりナーシャさんもまた診に行った方がいいな。ここまでやったんだ。中途半端は駄目だ。

「分かった。また近い内に訪ねてみるよ」

「わりいな。そうしてくれると助かる。あいつはアセンブラ教徒だが、昔からの知り合いでお互い助け合って生きてきた。シャロンも娘みたいなものだ。出来ることは何でもしてやりてえ」

 真剣に言うブラガさん。ゴドーさんと言い、ブラガさんと言い、家族とか仲間を本当に大事にするよね。ただ、ゴドーさんはアセンブラを完全に敵視していて、ブラガさんは比較的穏健派でもある。二人は古いジオス教徒だけど、背景が違うからアセンブラに対するスタンスも違うな。

「あと、もう一つ。あるんだけどよ、へへ」

 途端に耳がへにょりと垂れて気持ち悪い笑顔を浮かべてきた。

「な、なに?」

「あの、本日いらした亜人様の……素材って頂けたりしねえかな?」

 ぐへへ、と笑うブラガさん。

 衛兵さん、この人です。

……

 サンドリアにしぶしぶ事情を話すと快諾してくれた。ちなみに、ブラガさんと話している間に、シャロンちゃんとブライン君はサンドリアにとても懐いていた。まあ、他の亜人と比べたら背丈は近いしね。覇王口調だけど、シャロンちゃんたちには分からないだろうし。何をきっかけに仲良くなったか気になる。

『敬虔なる信徒よ、受け取るがいい』

 サンドリアは霧の中に手を伸ばすと、小ぶりな漆黒の牙を取り出した。

『我が半身の牙だ……、ケ、ケイ。伝えてくれる?』

「う、うん……。ブラガさん、サンドリアが素材くれるって。はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます!」

 ブラガさんはぺこぺこしてそれを受け取った。そして気持ち悪い顔でそれをさすっている。シャロンちゃんとブライン君が不思議そうな顔でそれを見ている。

 これ、あんまり教育に良く無いんじゃ……。

 ブゥン。

 無表情にそれを見ていたブレシアさんの姿がブレた。

「フン!」

「ぐぼぁ!」

「……あなた、後でお話があります」

「う、うぐぉおお」

 ブレシアさんがブラガさんの鳩尾に拳をめり込ませ、崩れ落ちた旦那さんをゴミを見るような表情で言い放った。すごい動きだったな今の。もしかしてブレシアさん、昔は冒険者だったのかな。確かブラガさん、冒険者だったんだよね。それにしても、あの瞳。うう、ぞくぞくする。でも子供の前でそんな過激なことしていいのだろうか。

 僕が心配しているとブライン君がちょこちょこ寄ってきて「お耳貸して?」と言ってきた。かわいい。

「あのね、おとーさんとおかーさんは大丈夫だよ。よる、べっどのお部屋でもおなじことしてたから! ねっころがって!」

 秘密だよ? と純粋な瞳のブライン君。

「そっか。ありがとうブライン君。でも、もうあんまり覗かない方がいいかもね」

 はぁい、と返事するブライン君を撫でる。

 これは僕の胸の内に留めておこう……。でもあの色っぽいブレシアさんがね。うっ、興奮してきた。

「そ、それじゃ今日はこの辺で」

「あら、ごめんなさい。大してお構いもできず」

「いえいえ。美味しいラーメンありがとうございました。また来ますね」

「お、おい。ケイ! 助けてくれ!」

 小声で叫ぶという、奇妙な技術で僕を呼び留めるブラガさん。ブレシアさんに正座させられている。

 ……ふむ、一瞬でこの家族の力関係が分かったよ。

「今度から素材渡すときはブレシアさんを通すようにしますね」

「ケイさん……お気遣い感謝しますわ。主人には言って聞かせます。亜人様にも不躾なこと言って申し訳ありません、と伝えて頂けますか?」

「おいっ! ケイっ! 俺でいいだろうが!」

「あなたは黙ってて」

「……はい」

 ブレシアさんの静かな一喝でブラガさんは黙ってしまった。

 うんうん。これがあるべき姿だよ。それに夜はどうせ、こんな綺麗な奥さんとお楽しみなんだから、このくらい問題ないでしょ。

「それじゃあね、シャロンちゃん。それと今度、シャフナさんの様子を確認するために、おうちへお邪魔したいんだけどいいかな?」

「わざわざそんなことまで……。はい! お待ちしています!」

 シャロンちゃんは目をうるうるさせて、答えた。僕に真正面から笑いかけてくれる。

 ……ああ、なんでシャロンちゃんをこんなに気にしてしまうか分かった気がする。たぶん、妹に似てるんだ。前の世界の。大人になってからは仲も良く無かったし、顔も似てないけど。雰囲気がどことなく。小さい頃は一緒に遊んで、よく笑っていた。あいつ今どうしているかな。僕と比べて頭良かったから、きっとうまくやっていると思いたい。こんなことになるなら、もう少しだけ、話しておけばよかったな。

「ケイさん? 大丈夫ですか?」

 突然黙ってしまった僕を心配して覗き込んでくるシャロンちゃん。

「おっと、大丈夫だよ。ラーメンが美味しくて、味を思い出していたんだ」

「それ、分かります。本当に美味しいですもんね、ラーメン!」

「ラーメンは美味しいよねえ」

 少しだけ他愛のない話をして、遠吠え亭を後にした。正座するブラガさんが恨めし気にこっちを見ていたけど、無視した。あと、シャロンちゃんのうなじの痣の場所が移動しているように見えたけど、たぶん見間違いだろう。今日はいろいろあったからね。疲れているんだろうな、きっと。今日はもう、我が家に戻ろう。

……

「我が主……アセンブラ神よ。貴方様の遣わした使徒様のおかげで、私の病魔は取り除かれました。感謝申し上げます」

「きっと私の生には意味があるはず……生き延びた意味が……」

「そうよ、あの方にお会いしなくては。シャロンを認めて頂かなければいけないわ」

「シャロン? シャロンはどこにいったのかしら。私の愛しいシャロン……」
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