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統治者

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 その後、ジャンゴさんが駄々をこねた。ニステルが僕のところへ来ることになったからだ。

「ニステル! お前がいなくなったら私の商会は誰が守るのだ!」

 けっこうな剣幕で詰め寄るジャンゴさん。

 まあ、気持ちは分かる。ニステルを失うのはものすごい損失だってことだ。

「ジャンゴ、もうアタシがいなくてもアタシの育てた連中ならお前の商会を立派に守り切れるよ」

「し、しかしだな」

 苦笑気味のニステルに対して、しどろもどろになるジャンゴさん。

「あんたには感謝してる。集落を出て右も左も分からない馬鹿なアタシに、最低限の教養や読み書きを教えてくれた。闘技場のオーナーと掛け合ってくれたのも、あんただけだった。闘うことしか能の無いアタシが、ここまでやってこれたのもあんたのおかげさね。アタシはもう家族と絶縁しているけど、ジャンゴ、あんたのことは兄みたいに思っていたよ。だからあんたには笑って見送って欲しいんだ」

「ニ、ニステル……」

 ニステルの言葉を聞いたジャンゴさんが、ブワッと涙を流して泣き始めた。ニステルが彼を抱き締める。

「ニステル……私もお前を妹のように思っていた。強く気高い王虎族の女。男色で野心の強い私を周囲が疎む中、お前だけは普通に接してくれた。それどころか私の才覚を認めてくれた。私はな、ニステル。お前に憧れていたんだ。私は弱い。大事なものを守れない。だから小細工で立ち回るしかなかった。だから、全てを腕っぷしで解決するお前に嫉妬し……憧れていた。お前が私の才覚を認めてくれた時、決心したのだ。この誇り高い女に認められたのだ。私はもっとやれるはずだ、と。嬉しかった……嬉しかったのだ……ニステル……」

 巨漢のぶよぶよ男と歴戦の女用心棒。ジャンゴさん、昔何かあったのかな。

 ジャンゴさんがおいおい泣く姿は、そりゃ絵面的にはひどいけど、みっともなくは見えなかった。長年一緒にいたはずの身内が突然いなくなる、その悲しさは何だかよく分かる。二人はしばらく抱き合っていた。

……

「それではタネズ殿、ニステルは明日にでもそちらに伺わせますので」

「ありがとうございます」

 ジャンゴさんと僕はがっちり握手を交わす。ニステルのこともあり、心の壁が一枚減ったような気分だ。それにこの人、なりふり構わずニステルから僕の事助けようとしてくれたしね。その恩は今後返していこう。ちなみにニステルは荷造りと引継ぎのために席を外している。彼女を慕う者は多く、きちんと別れを言わないとどこまでも追っかけてくるらしい。こわ。

 ちなみにニステルとバステンについてもしっかり話し合った。二人とも奴隷待遇で迎えることになった。バステンは元々奴隷だったから分かるけど、まさかニステルまで奴隷でいいとは思わなかった。それもジャンゴさんから頼まれるなんて。

「本当に奴隷待遇でいいんですか?」

「もちろんです。というよりも本人がそれを望んでいます。タネズ様を主と認めた以上、明確に自分が下であることを示したいのでしょう」

 ああ、なるほど。彼女なりのけじめなのかな。でも、それだけでまた奴隷に戻るもんなのかな。彼女はせっかくチャンピオンになって解放奴隷になったのにさ。

 僕がもやもやしているとジャンゴさんが苦笑する。

「ふふ。その顔は納得されていませんね。白状すると、当商会としての打算もあります」

 ジャンゴさんが下顎の肉をぶるりと震わせて悪い顔をする。

「打算ですか?」

「はい。タネズ様は、本気で無いとはいえあのニステルに勝利できるほどの実力の持ち主。しかもその実力はほとんど知られていません。さらに商業ギルドと唯ならぬ関係をお持ちですね? 何でも非常に希少な素材を独占しているとか。冒険者としての強さに加え、デイライトを牛耳る商業ギルドへのコネ。他にもスラムの住人が貴方を神のように崇めている、との情報が入っております」

 げっ。思ったより調べられていた。もしかして他の商人にも知られていたりするのかな。

「ご安心を。この情報は当商会によって秘匿しております」

 不安が顔に出ていたのか、ジャンゴさんが安心させるように言ってきた。ほっ、よかった。

 でも、なんで打算に繋がるんだ?

「おおむねジャンゴさんの言う通りですけど、それと打算に何の関係が?」

「タネズ様……。貴方はご自分のことになると無自覚なのですね」

 え、なんか「やれやれ」みたいな顔されたんだけど。

「先ほども申しましたが、個人として破格の強さを持ち、大きな金の動きに食い込める人脈も持っている。さらに多くの人の心を掴んでいる。タネズ様、貴方は人の上に立つ者になると、私は踏んでおります」

 確信めいた表情で話すジャンゴさん。

「いや、そんなことは」

「いいえ。貴方はお優しい方です。死にかけのバステンを助け、貴方を殺そうとしたニステルや失態を犯した私を許す心の広さを持ち合わせています。おそらく、貴方は貴方の意志に関係なく、周りが放っておかないでしょう」

 ジャンゴさんに静かに諭される。ええ……、僕って周りから見てそんな風に見えていたの? 分からん。そう言えば自分を客観視することなんてあまりなかったよ。無意識のうちに避けていたから。

「でも、僕は本当に弱い人間なんです。そんな担ぎ上げられるような人物じゃありません」

「そうですね。人はとても弱い。だからこそ、救いを求め、無意識のうちに強い者の庇護下に加わろうとします。しかし強い者は、弱い者の気持ちが分かりません。だから結局何も変わらないのです。タネズ様、貴方は弱い者たちの弱さを知っています。そして私は弱さを知る強者の弱さを支える人物になりたいのです」

 ……んん? なんか話がおかしな方向に流れているような。

「タネズ様、いくらニステルの願いと言えど、彼女の存在は強力です。いるだけで牽制になります。それをみすみす手放すような真似を、商人がするとお思いですか?」

 やっぱそうだよね。ニステルやばいもん。フレイムベアに単騎で勝てる奴なんていないだろ。リトル亜人だよ。きっとジャンゴさんとの間で契約しているだろうし、それを持ち出せば彼女をジャンゴさんのところに縛り付けるのも可能なはずだ。

「彼女は投資です。当商会からの贈り物です。未来の……統治者への」

 ぐっと身体を乗り出して澄み切った瞳で僕を見つめる。

 統治者? 何を言っているんだ? 僕、性職者なんだけど。

「ははは。ジャンゴさん。そんなわけありませんよ。僕が統治者なんて。あり得ないです」

「そうですね。あり得ないかもしれません。しかし、タネズ様は条件を満たしているように思えます。仮に統治者にならずとも貴方は有力なお方です。有力者に取り入る重要性はタネズ様もご存じのはずでは?」

 う。ま、まぁ、そうだけど。

「私が勝手に思ってやったことです。上手くいかなくても責任を取れ、と言うつもりは毛頭ございません。ただ、当商会はタネズ様を全力で支援する、その意志表明だと思ってくだされば幸いです」

 そう言って深々礼をするジャンゴさん。

 う、うーん。確かにジャンゴさんは商人として海千山千っぽいし、味方になってくれるのは有難い。責任取れ、と言ってくることも無いみたいだし。

 それなら、いいのかな? 僕も、ニステルを預かる身としては彼と仲良くしていきたいし。

「統治者とかはよく分からないですが……個人的にジャンゴさんとは仲良くしていきたいと思っていますよ」

「タネズ様……ありがとうございます」

 彼は柔和に微笑んだ。

 あ、今イケメン時代の面影見えたかもしれない。


 そんなやり取りの後、僕たちはさらに契約を詰めた。亜人のことも話して、理解を得ることができた。シュレアやサンドリアを見られてしまったし、話さない訳にはいかないでしょ。かなりびっくりしていたけどね。

 亜人の存在、ジオスの使徒であること、僕の使命。

 それらについて、かいつまんで話すと感極まったように顎の肉をぶるぶる震わせていた。

「やはり私の目に狂いはありませんでした……」

 そう言って跪こうとするのをマジで止めさせた。これ以上狂信者は増やしたくない。

 ちなみにジオス教徒への改宗は現状厳しいらしい。

 デイライトやソルレオン王国ではアセンブラ教であることが有利に働くし、逆にアセンブラ教で無いと目の敵にされるようだ。まあ、商人なんかはそこら辺の影響もろに受けそうだもんな。念のためアセンブラ教への信仰心について訊いてみたが、まったく持っていないようだった。

「あくまでも商売でうまくやっていくために、表面上信仰しているだけでございます」

 憎々し気に吐き捨てる。うわぁ、苦労してそうだな。あいつら暴利貪ってそうだしね。

 そして「改宗できず申し訳ございません」と悔しそうにつぶやくジャンゴさん。でも、彼のようにアセンブラ教の協力者がいることは、こっちにとってもメリットになる。アセンブラ教の動きは知っておきたいからね。そう言うと、少しほっとしたようだった。

 最後にそこら辺のことを話して、契約魔法で誓いを立てる。この秘密を漏らした場合、彼は財産を僕に譲渡した上で命を絶つ、という内容だ。ちょっとやりすぎな気もしたけど「改宗しないまま信用して頂くにはこれくらいの覚悟をお見せする必要がございます」と言って、譲らなかった。

 ニステルとバステンに関しては、明日にでもこっちに寄越してくれるらしい。ニステルさんはともかく、バステンさんはそんな急にこっちに来て大丈夫か心配したんだけど、どうやら本人の回復力が凄いのとジャンゴさんの方でポーションをじゃぶじゃぶ与えたらしい。報告に来たおっさん奴隷曰く「ぴんぴんしております」とのこと。あと、「ご主人様の元に馳せ参じなくては!」と今にも飛び出しそうな勢いらしい。これはやばい。一日置いて、ちょっと冷静になってもらおう。

 あとニステルは闘奴時代から人望があり、たまに彼女を訪ねてくる者もいたそうだ。もしかしたらこっちに来るかもしれないとのこと。まあ、ニステルが信用した人間なら大丈夫だろう。

 最後に、新たな奴隷を仕入れたら連絡するようにジャンゴさんに言い、握手して商会を後にした。

 ふぃー。だいぶいろいろあったな……。かなり濃い時間を過ごした。お昼も結構過ぎちゃったね。軽くご飯食べて、ゴドーさんのところに行かないとな。

『ケ、ケイ。あたし、役に立てたかな?』

 もやぁ、とうっすらと霧が発生した。それが僕に近付いてくる。

 ぎゅっと見えない手が僕の腕を掴み、チャンネル越しにサンドリアが訊いてきた。不安そうな声だ。

 サンドリアの存在にはずいぶん助けられているから、不安に思うことなんてないのにな。

『うん。サンドリアがいてくれて助かったよ。あと、もっと自信もって大丈夫だよ? いつもありがとうね』

『ふ、ふひゅ。そ、そっか。よかったぁ』

 変な笑い声が、微かにマダム・ジャンゴ奴隷商会前に漂った。
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