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生を感じさせてくれ

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「濃霧!」

 そう叫んだ瞬間に、一気に練喚攻・三層まで発動。さっきそこで拾った剣で斬りかかる。

 大上段からの振り下ろし。

「霧魔法!?」

 驚愕の声。ニステルさんの上半身が濃い霧に包まれる。とっさに大剣を盾のように構える。チャンス。

「おらぁ!」

 わざと大声を出して注意を引く。そのまま剣を大きく振りかぶり、思いっきり投擲した。

「ふんっ!」

 弾丸のように回転して飛んで行った剣が、なぜか気合で弾かれる。タイミング完璧だったのに。剣は凄まじい音を立て、粉々になって床や天井に突き刺さった。「ひええ」と後ろでジャンゴさんの悲鳴が聞こえる。

 しかしこの隙を見逃したりしない。こちとら格上との戦いには慣れているんじゃい。

 剣を投げた前傾姿勢のままトップスピードで間合いを詰める。

「フランチェスカ!」

 スピード×質量×練喚攻=破壊力。

 ニステルさんの腹辺りに思い切りフランチェスカを叩きつける。

「ぐうっ!」

 ドガァン!

 既(すんで)のところで大剣を滑り込まされ、ガードされる。

 それでもフランチェスカの勢いは止まらず、訓練場の端まで虎獣人を吹き飛ばした。

「ぐ……、いい一撃じゃないか。オークキングの棍棒より響いたね」

 オークキングとかいるのね。ニステルさん、対魔獣の経験が尋常じゃなく豊富そうだ。

「それにまさか霧魔法を実戦で使ってくる奴がいるとはね。驚いた。アタシじゃなければ終わっていたね」

 摩擦熱で軽く煙の上がる大剣の隙間から獰猛な瞳が僕を見据える。

「それはどうも」

 正直、これで決められなかったのは痛い。格上に勝つのは奇襲か、地力で上回るしかないからだ。

 だめなら何度でもやるだけだ。

「濃……」

「やらせないよ」

 千霧魔法を発動させる前に、一瞬で距離を詰められる。はやっ。

「ガルァ!」

 お返しだ、といわんばかりに大剣の一撃を喰らわせられる。とっさにフランチェスカでガードするも、

「ぐふっ」

 凄まじい衝撃に耐えきれず吹き飛ばされ地面を転がる。ごほごほ、ふざけた馬鹿力だ。そして、あの大剣を担ぎながらこの速さ。なんてスピードだよ。

 フランチェスカに寄り掛かり立ち上がると、ヒュー、と口笛を吹かれた。

「やるね。アタシの本気の一撃を受けて立ち上がった人間はそう多くないよ。武器越しでもね。ましてや、あんたみたいなひょろい普人族ならなおさらだ。だが、一度使った技をもう一度使おうだなんて甘すぎるさね。もう覚えたよ。霧は出せないと思いな」

 くそ、格上だと簡単に魔法使わせてくれないか。この前ベステルタと闘った時はバンバン打てたけど、やっぱり手加減していたんだな。そりゃそうか。ちょっと凹む。

「それにその斧。かなりの業物だね。アタシが勝ったら貰っていくことにしようかね」

 なんだと?

 ふざけんな。誰が僕の愛斧をやるものか。

 これでちょうど、一ターン経過。まったく、お互い武器が大味だから、大味な闘いだな。

「そんなことは絶対にさせない」

「それは勝ってから言いな、兄ちゃん。勝者がすべてを得るのさ」

 ニステルがカラカラと大剣を引きずりながら、おもむろに僕に叩きつける。

 ガィン!

 フランチェスカでガードするが、そのまま鍔迫り合いに持ち込まれる。力で完全に押し込まれてしまう。ギリギリ、と刃の間で火花が散り、後退させられる。

 おいおい、こっちは練喚攻・三層まで発動しているんだぞ。生身で上回るとか、化け物かよ。

「まさか、このアタシと鍔迫り合いするなんて。兄ちゃん、見かけによらずかなり腕っぷしあるじゃあないか」

 至近距離で余裕の笑みを浮かべる。

「そいつはどう、もっ」

 だめだ、押し切られる。

 瞬時に判断した僕はワザと刃を引っ込めニステルの体勢を崩す。

 右手を引き、左手をくいっと突き出す。

 その反動を利用して斧の柄頭の刃で、下段から相手の膝裏を切り裂く。

「お、ちゃんと斧の良さを活かして闘うじゃないか。感心だね」

 当然のようにその動きは読まれ、大剣で防御された。

 あ、右胴ががら空き……。

「ガルァッ!」

 めちゃくちゃ腰の入った左ミドルがうなりをあげて迫る。

 とっさに肘で受けるが、それごと薙ぎ払われた。

 ボギュッ!

「ぐあっ!」

 ベキベキ。

 丸太でぶん殴られたような衝撃。

 左に飛んで勢いを逃がすが、右腕と肋骨から嫌な音がする。たぶん折れてはいないけど。

 だめだ、右手に力が入らない。やられた。

「やっぱり圧倒的に経験が不足しているね。次の動作への意識が弱い。一つ一つのアイデアは良いんだけどね。『流れ』をおろそかにしているね。隙だらけだ。その割にタフみたいだけどねえ」

 丁寧に説明しながら、ガラガラと大剣を地面に引きずって歩いてくる。めっちゃ勉強になるけど、そんなこと言ってられない。

 右腕は使えない。左手だけ。

 フランチェスカを使うことはできるけど、あの猛攻を捌き切れるとは思えない。

(どうする……!)

「戦いで長考とは余裕じゃあないか」

 ガイィン!

 大剣が振り下ろされ、フランチェスカで応戦する。何とか刃の腹で受け流すのが精いっぱいだ。

 受け流したところから金属が激しく熱せられた匂いが立ち上った。

「ほお、腕一本で受け流すか。意外と器用だね。なら、これはどうだい」

 ニステルはそうつぶやくと、大剣をおもむろに構え、

「ガルゥアアアアッ!」

 ビリビリ、と空気の震える咆哮。思わず身がすくむ。

 そして。

(まじかよ!)

 ガイィン! ガイィンガイィン!

 信じられない。あの大剣で連続で斬りかかってきた。

 まるで暴虐の嵐。質量の暴力。

 圧倒的なパワーが僕を襲う。

(や、やばい。崩される)

 何とか練喚攻でブーストされた動体視力とパワーで流しているけど、どう考えても時間の問題だ。

「ルゥアアッ! どうしたんだい! こんなものか!」

 ギィン! ギィン! ギンッ!

 ニステルの猛攻で僕の身体がきしむ。 

 徐々にうまく受け流せなくなって、音が歪んでいく。

 彼女の斬撃を一つ受ける度に、一つ詰みに近付いていく。

(だめだ。このままじゃ確実に崩されて、突破される。戦い方を変えるしかない……)

 痛みと恐怖の中、思いのほか冷静な思考が出来ている自分に、少し驚く。

 まだ、実戦で試したことないけど、やるしかない。

「終いだよ!」

 ニステルの袈裟切り、逆袈裟、の二連続斬撃を喰らいフランチェスカを大きく弾かれる。

 その隙をニステルが見逃すはずがない。

 止めと言わんばかりに絶命必至の突きを繰り出してくる。

 集中。

 視界の流れが遅くなる。

 練喚攻を研ぎ澄ませ、タイミングを見極める。

(ここだっ!)

 フランチェスカが弾かれ、一瞬僕を隠す。

「なにっ!」

 ニステルの顔が驚愕に染まる。

「ベストック!」

 『名工』ゴドーの紫電の細剣。

 それがニステルの腕に深々と突き刺さっていた。

「くっ」

 腕を庇い、たまらず距離をとるニステル。

「させるか!」

 距離を詰める。ここで決め切る!

 ベストックを半身に構え、右手を後ろに。

 五月雨の如く刺突を浴びせていく。

「はあああああっ!」

「ぐああぁっ!」

 ザシュザシュザシュッ!

 大剣の防御を掻い潜り、紫電の刺突がニステルの身体を穿ち、血煙を巻き起こす。

(ここしかない! 絶対に離れるな!)

 右手は潰され、必殺の斧も使えない。自分のスタイル一撃離脱は壊されている。

 残された道は一つ。相手の土俵接近戦で勝つしかない。

「やるじゃないか! 楽しい! 楽しい! 生を感じる!」

 ニステルの笑顔が濃くなる。

 両手で大剣を構えた。空気が重くなる。

「ガルゥアッ!」

 さっきとは比べ物にならない斬撃。

 今まで片手で使っていたやつが両手で大剣を使ったらどうなるか。

(そりゃ強くなるよね!)
 
 ブゥゥゥン!

 鋭さ、重さ、速さ。すべてがさっきの比じゃない。

 ニステルがとうとう本気になった。

「ラァァァァアッ!」

「アアアアアアァァッ!」

 幾百もの魔獣を屠ってきたであろう斬撃。当たれば即死だろう。

 それを掻い潜る。避けて、いなして、躱しきる。

 ピッ! シュッ!

(づっ!)

 斬撃の暴風が掠めるたびに、僕の肌から少なくない量の血飛沫が舞う。

 最小限の動きで、最大限の攻撃。

 それだけを考える。その他をすべて削ぎ落して、僕は戦っている。

 戦っている?

 ああ、なるほど……確かに少し楽しいかも。

(これが生きている実感てやつなのかな)

 生死の狭間に身を置いて、命のやり取りをする。なんて心躍るんだろう。

 デスクワークや電車通勤だけの社畜人生じゃ、一生手に入らない、命の輝きだ。

「アタシの斬撃より速い!?」

 ニステルの驚愕がぼんやり聞こえてくる。でもそんなことはどうでもいい。

 身体が軽い。血煙の中、次に何をすればいいのか、分かっている。

「濃霧!」

 ニステルの視界を魔法の霧が覆い隠す。彼女は一瞬硬直した。

「風弾!」

 流れるように殲風魔法を生成、王虎に向け放つ。

 チュドドドドッ!

「グハッ!」

 全く予想していなかったであろう殲風が四つの弾丸となり、胴体を穿った。

(うまくいってくれよ……っ)

 予想外のダメージに、大きく体勢の崩れるニステルへ駄目押しを敢行する。

「貫く杭!」

 ゴゴゴ……。

 地下室の地面が一瞬揺れた後、

 ゴバッ!

 地面が割れ、地毒魔法により生成された、岩の杭が宙に浮かぶ。

「貫けっ!」

 僕の命令に従って杭はミサイルのように宙を飛び、ニステルの四肢を貫通した。

(ぶっつけ本番だけどうまくいった!)

 こんなこともあろうかと、少しずつ練習しておいてよかった。

「あああっ!」

 痛みに悶絶する声と一緒に、彼女の身体が後方に吹き飛ばされ、壁に激突する。

「ぐうっ」

 ニステルはもがくが、深く縫い付けられた手足は固定され動かない。

「とどめだ!」

 シュンッ。

 練喚攻で身体を弾丸のように加速させる。

 彼女の額めがけてベストックを繰り出す。

 もう、彼女を生かすとか捕らえるとか考えていなかった。

 ここで、殺らないとこっちが殺られる。その恐怖と本能に突き動かされていた。

「ふっ……」

(なんか寒気が……。)

 ニステルは諦めたように笑い、呟く。

王  虎ティーガー解放・コンセントレーション

 ガチィン!

 次の瞬間、ベストックが鉄の壁にぶち当たったかのように弾かれた。

「な、なんだよそれ……」

 彼女の周りを覆う、うっすらとした朱いオーラ。

 僕の渾身の突きは、それに阻まれていた。

「この勝負、あんたの勝ちダよ。人間としての、勝負はネ」

 ニステルの身体がざわめく。

 シャアアァ……。

 全身の筋肉が膨張し、黄色と黒の体毛が波打つように彼女の身体を覆う。

「まサか、ここまデ楽しめルと思ってイナかったね。この姿になるのは、ああ、前チャンピオンを倒して以来か……」

 バキン、バキン!

 彼女を貫く杭が根元から折れ、肉に開いた穴がみるみるうちに修復されていく。

 声帯が人間から獣のそれへ変わっていく。

 そのままニステルは崩れるように前のめりになり、四足歩行になった。

 ベキベキ、グググ……。

 肉や骨がお互いを押し分け、再構成される音。

 息を呑む。

「さア、もっと、だ。もっとやろう。アタシニ生を感じさセてくレ」

 ズン!

 僕の目の前に王虎が姿を現す。

 圧倒的な生物としての存在感。

 種としての格が違う。

(うそでしょ)

「アタシは誇り高キ王虎族、そシてガルガンギア大闘技場永久チャンピオン、ニステル。全力を持って相手するよ。かかっておいで、小さナ者よ」

 捕食者は獲物を見て笑う。 
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