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死神か?

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「ようこそいらっしゃいました、タネズ様」

 マダム・ジャンゴの館に来た。ここで追加の奴隷を購入するためだ。ちなみにサンドリアは霧化して気配を消している。たぶんだけど、途中で人とかすり抜けていたみたいだし、マジで凶悪だよなこの能力。それでも、まだ使いこなせていないって言うんだから、恐れ入る。

「いえ、突然来てすみません」

「おほほほ。今を時めくタネズ様でしたらいつでも大歓迎でございます」

 ジャンゴさんは高い声で機嫌良さそうに笑い、両隣に侍らせた男奴隷の尻を揉みしだく。この前と同じ、ショタ奴隷とおっさん奴隷だ。ブルブル、と頬と腹の肉が揺れる。うう、これってセクハラなんじゃないのか? 精神的に来る絵面だ。まぁこの世界にそんな概念無さそうだから我慢しておこう。これ以外はとても有能な人だからね。ていうか、今を時めく、ってやっぱり僕の情報ってある程度掴んでいるのだろうか。どこまで知っているのか訊きたいところだけど、さて。

「買い被りですよ。そうそう、この前購入した二人はとてもよくやってくれています。この調子で追加の奴隷を購入したいのですが宜しいですか?」

「もちろんでございます……と言いたいところですが、申し訳ございません。現在、質の良い在庫を取り揃えておらず、タネズ様のお眼鏡にかなうか難しいところでございます」

 在庫、ね。まあ、そこは割り切ろう。

 にしても、ふむ。それはちょっと困ってしまうな。当てが外れてしまう。他の奴隷商人は微妙だったしな。

「そうですか。ちなみに理由をお訊きしても?」

「問題ございません。そうですね、タネズ様はあまり時世に詳しく無いご様子。簡単に説明しますと、現在北方で大きな戦争が起こっておりまして。基本的に戦える人材はそちらに買い占められていきます」

 あー、そういうことか。これは時期が悪かったな。たぶん、前回は人材が買い占められるぎりぎりのタイミングだったんだろうな。

「タネズ様には包み隠さず申し上げますが……。奴隷商人として、そう言った大きな時流に乗り遅れるのは大変な損失なのでございます。金銭のこともそうですが、何より信頼を構築する場として戦争以上の場所はありません。そのため、当店の在庫は訳ありの戦闘奴隷と、非戦闘奴隷がほとんどの状態です。申し訳ございません」

 男奴隷と一緒に頭を下げるジャンゴさん。

 信頼って言うのはたぶんあれだ。『あの奴隷商人はいざというときに有能な奴隷を仕入れてくれる』っていう商人としての知名度のことだな。その北方で戦争しているお偉いさんたちは勝利のために人材を集めまくっていて、奴隷商人たちがこぞって奴隷を納品する。(嫌な言い方だけど)それで優秀な奴隷を納品できた奴隷商人は認められて、顔が利く様になると。つまりコネだな。いや、それは仕方ない。大事なことだ。

「いえ、そういうことであれば仕方ありません。有力者のコネというのは手に入れたいものですから」

「おお、タネズ様はそういったことにも明るいのですね。流石でございます」

 よいしょされてしまった。

 僕なんて有力者(物理)のコネが無かったら今頃どうなっていたか想像するのも怖い。誰かの庇護下に入るのは、仕方のないことだよ。すべての人が獅子ならいいけど、そういう訳にもいかないからね。

 うーん、でも骨折り損になるのも嫌だな。せめて後学のためにこの時期の奴隷たちっていうのも見ておこうか。転職エージェントとの商談だと思えばいい。

「ありがとうございます。せっかくなので現在の在庫を見せて頂いても?」

「ええ、もちろんでございます。どういった奴隷をご所望でしょうか。前回の条件と同様ですか?」

 ジャンゴさんの目が鋭くなり、脇の男奴隷から書類を受け取り目を通す。たぶん前回僕が伝えた要望をまとめてあるんだろうな。プロだ。

「そうですね……。前回の条件に加え、組織運営や育成などに明るい人材っていますかね?」

「はい、はい……畏まりました。少々お待ちを。おい、すぐに第四区画の鍵を開けてこい。タネズ様をご案内する」

 ジャンゴさんは低い声でショタ奴隷に命令し、ショタはビビりながら一礼して奥に走って行った。めちゃくちゃ怖え。ジャンゴさん、本職なだけあって、がっつり躾けてそうだしな。

「準備いたしますので今しばらくお待ちください。何かありましたらこの者に申し付け下さい」

 そう言ってジャンゴさんは僕に一礼し、奥に引っ込んでいった。その場におっさん奴隷が残る。うっ、気まずい。

「タネズ様、準備が出来るまでごゆりとおくつろぎください。肩をお揉み致します」

 え”。

 いや、いいです。と言う暇もなくおっさん奴隷に肩を揉まれることになった。おっさんに肩揉まれるとか何の冗談だよ。あー、でもめっちゃうまい。うわ、テク半端ないな。

『ケイ、そういうの、好きなの?』

 サンドリアの咎めるような声で覚醒した。

『ちがうよ。好きなのはサンドリアだよ』

『ふーん?』

 あ、あれ。すねてらっしゃる?

 ぽかり。

 いてっ。頭に軽い衝撃が。たぶんサンドリアだな。

『こ、こんど、あたしもやってあげるね』

「タネズ様、お加減宜しいでしょうか」

 うるせえ、おっさん奴隷。サンドリアがせっかく激かわ姪っ子ムーブしてくれているんだ。黙っててよ。そしてお加減は問題ないよ。めっちゃ気持ちええ。

……

「タネズ様。準備が出来ました。どうぞこちらへ」

「はい……」

 おっさん奴隷のマッサージに骨抜きにされ、何か大事なものを失いそうになったけどなんとか耐えた。一番つらかったのはサンドリアがおっさん奴隷の真似をして霧化しながら足を揉んできた時だった。おもわずタネズソードがむっくりしてしまい、おっさん奴隷に「そちらもお揉みしましょうか」と言われた時、一瞬この館を跡形も無く吹き飛ばしたくなったけど「いえ、結構です」と言って我慢した。マジで誰か褒めてくれ。

「タネズ様、実は条件に合う奴隷を見つけたのですが……」

 コツコツ、と地下に続く階段を下っていく。どうやら地下室に行くらしい。

「先ほど伝えさせて頂いた通り『訳あり』でございます。よろしいですか?」

 ふーむ、まあここまで来たんだ。断るのもおかしいだろ。

「ええ、構いませんよ」

「ありがとうございます……。着きました。こちらの部屋でございます」

 地下室の一角にあった部屋に入るとそこには、一人の男が横たわっていた。

 いや、でもこれは……。

「この者はバステン。かつて、著名な傭兵団の隊長を務めておりました」

 淡々としたジャンゴさんの説明。

「北方戦争の最中、彼の傭兵団は目覚ましい戦果を挙げましたが、活躍を脅威に感じた敵方の奇襲により大打撃を被ったようでして。彼は団員を逃がすために一人になるまで戦い、何とか生き延びましたが傷から病が入り、ご覧の通り重症化しております。条件には合致するので、案内させていただきましたが……」

 重症化。

 まさにその通りだった。

 バステンと呼ばれた男は簡素なベッドに横たわっていた。全身を包帯でぐるぐる巻きにされていて、いたるところに黄色い染みがにじみ出ている。おそらく膿だろう。さらに、四肢が小刻みに痙攣しており、動くのも辛そうだ。胴体をしっかり縄で固定されているのは、おそらく痙攣でベッドから落ちないようにするため、そして痙攣の力で自分の骨を折らないようにするためだろう。

 たぶん、破傷風だ。確かあの病気って、末期には自分の身体を折るくらいの痙攣に襲われるって聞いたことがある。異世界の破傷風だからどこまでそのままかわからないけど。

「ウウウウウアアァァ」

 男は苦悶に呻き身を捩るが、縄で縛られているので思うように動けない。

 これは、残酷だな。
 
 そして、これが現実か。

「ご覧の通り、商品にはなり得ません。タネズ様の今後の参考なるかと思った次第であります」

 なるほど、気を利かせてくれたのか。今の時期はこういう奴隷しかいませんよ、と。そうか……。

「ウウウ、ウッ、グアアァァ」

 バステンと呼ばれた男はこちらを見て何かを話している気がする。包帯の中の澱んだ目が何かを訴えている。哀れむな、とか、殺してくれ、だろうか。分からない。彼の口角にも病が進行していて、常に痙攣しており、話すことが出来ないからだ。

「アアアァァァガアァァァ」

 歯のガチガチ鳴る音が響く。

「お見苦しいものを見せました。在庫は他にもございます。どうぞこちらへ……」

 別室に案内しようとするジャンゴさん。

 いや、分かる。
 これから分かればいい。

「浄火」

 バステンさんの口元に向けて聖なる炎を放つ。彼は自分が焼かれると思ったのだろう、じたばたもがいた。後で謝ろう。

「タ、タネズ様! 何をなさるのですか!」

 ジャンゴさんがめっちゃ慌ててる。まあそうなるな。後で謝ろう。

「くっ、前に進めないっ、なぜだっ!」

 おっさん奴隷が僕を捕らえようとするが、見えない壁に阻まれてこっちに来れない。ナイスサンドリア。おっさん奴隷にも謝ろう。

「アアアァァァァァ! ……ぁ、あ、ああ?」

 浄火が毒素と病魔を取り除き消えてゆく。すると必死に暴れていたバステンさんが徐々に落ち着きを取り戻す。

「お、俺の口が、う、うごく。お、おぉ……」

 自分の口が思うように動くことに戸惑っているみたいだ。

「バステンさん。僕はタネズ・ケイと申します。貴方に提案をしに来ました」

「……死神か?」

 ぶっ。

 いきなりすごいジョークを飛ばすな、と思ったら目がガチだ。まじか。そんな風に見えるのか。あっ、右腕の布がいつの間にか取れてる。黒灼の右腕が丸見えだ。

「ジャンゴさん、あんた、とうとう死神と取引するようになったのか?」

「そ、そんな訳ないでしょう」

 おっさん奴隷に守られてビビり散らすジャンゴさん。あれ、この二人、普通に面識あるんだな。ただのオーナーと奴隷の関係だと思っていたけど。

「ジャンゴさん、怖がらせてしまい申し訳ありません。しかし、きちんと秘密を守って頂ければ十分な見返りをお約束します」

「見返り、ですか?」

 動揺しつつも次第に冷静になっていくジャンゴさん。

「はい、バステンさんはさっきまで話せていましたか?」

「い、いえ……はっ!」

 気付いたみたいだ。ジャンゴさんは目をカッと見開いてブツブツ呟き始める。

「二束三文の傷病奴隷を……いったいどこまで……いやしかし……上回る利点が……」

 よし、長考モード入ったな。これでゆっくり商談が出来る。

「バステンさん、僕は死神ではありません。ただの……人間ですよ」

 何言ってんだこいつ、的な目で見られる。右腕をめっちゃ凝視されてる。うーん、説明がめんどいな。でも仕方ない、強引にでも話を進めさせてもらおう。こっちには浄火があるからね。彼の身体はまだ全て治していない。治せるのは僕だけだ。つまり、そういうこと。いやぁ、きっとろくな死に方しないだろうな、僕は。ろくに死にたいよ。ベッドの上でさ。
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