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模擬戦②

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「え?」

 宙に散った濃霧たちを集める。

『深・濃霧!』

 突如として訓練場を覆う程、大きい霧が立ち込めた。

 サンドリアの使っていた霧空。そしてあの何気に凶悪な気配絶ち。どうにか僕にも使えないかと悩んで開発したのがこの魔法。深・濃霧だ。まあ、試したのは初めてだけどね。

「な、なに?」

「なんだぁ!」

「き、霧だ! 霧で周りが見えねぇ!」

 何度か使う内に霧をたくさん出すと効果が上がることが分かった。でも、千霧魔法は制御が恐ろしく難しい。たくさん出すと言っても少ししか増やせない。魔法を感じるとっかかりも無い。そこでサンドリアの言葉を思い出した。

『「無いことを感じる」のが千霧魔法の第一歩だから』

 そう。それなら霧をいったん無くせばいい。空中に溶かしておけばいい。そうやってストックしておいて、そしてある程度溜まったら後でいっぺんに使う……。

 それが深・濃霧だ。

 そして効果は……。

「気配が読めない?」

 ベステルタは動揺して辺りを見回している。

 しかし、そんな彼女の様子がこちらは手に取るように分かる。

 今の僕は霧に溶け込んでいる。ここでは足音も呼吸音も聞こえない。

 古来より霧は人の感覚を狂わせ、惑わせてきた。五感が鋭い猛獣にはうってつけだぜ。

「そこだぁ!」

 必殺タネズパンチ! 

「うそ……」

 ぽふ、と鍛え抜かれたベステルタの腹筋に僕のへろへろのパンチが当たる。さすがにボロボロで力が入らないよ。

「た、戦いはこれからだぜ」

 よし、奥の手は成った。このまま体力を回復しつつ、ちくちくアウトレンジで攻め続けよう。武器は……もうフランチェスカ抜くしかないか。

 ごごごご……。

 あれ、なんか軽い地鳴りが……。

「ふふ、ふ。さすがわたしの契約者。まさか人間に一撃入れられるなんてね……」

 ゴゴゴゴ。

 不可視のオーラが彼女を包んでいる。

 あ、あれベステルタさんの様子がおかしい。 

 霧に紛れているのをいいことに、彼女のタテガミを稲妻が駆け抜け、淡く発光している。

 バチバチッ。

 僕の作り出した濃霧に紫雷が帯電し、侵されている。

「ケイ、貴方はいつもわたしを驚かせてくれる。刺激と冒険をくれる。誰にも……渡さないわ」

 大きくない声なのにはっきり聞こえた。

「えっ」

 ポッ。惚れてまうやろ。

「だから抱きしめることにする」

 すると、ベステルタは初めて構えた。

 腰を低くし、「すぅー……」っと大きく呼吸する。

 や、やばい。絶対何かあかんことやらかす。

『震脚!』
  
 極ッ!

 振動。世界反転。なんだこれ、地震?

 いや、それよりも何で僕は空にいるんだ?

 ベステルタが逆さま?

 あ、れ?

 訓練場が眼下に……。

「素晴らしい魔法だったわ。妬けるわね。サンドリアが喜ぶわよ」

 ヒュルルルル……。

 風切り音の中、ベステルタは飛び上がって僕に肉薄する。

 見上げるとベステルタがいた場所は大きく地面がひび割れている。あ、暴走サンドリアに使った技だこれ。

 そうか……僕は今落ちているのか……。

 つまり、物理で霧を晴らしたのか? 踏み込みの衝撃で? 魔法の霧を?

 まったく……。

「敵わないな」

「ふふ、サンドリアにも渡さないわ。ケイ、それじゃ一緒に落ちましょう?」

 風を切る空中。僕は諦観の気持ちで彼女のハグを受け入れる。

「えーっと、ベステル、ダイブ!」

 最後くらいきっちり決めてくれよ……。 
 
 その後訓練場にはとても大きな穴とひび割れが出来て、しばらくの間使用不可になったとさ。

…………

「おおー、ケイ。派手にやったなあ」

「ラーズ……もう模擬戦なんてやらないからね」

 ベステルタに支えられ、フラフラになりながら答えるとラーズさんが愉快そうに笑った。

「バカヤロー誰があそこまでやれっつったよ。ほどほどにって言ったろうが」

 ぐっ、まあその通りだけど。

「見てみろよ、後から来た冒険者たちが呆気にとられてるぜ? いやー、奴らの顔見せたかったぜ。最高だった」

 手を叩いて楽しそうなラーズさん。
 
 ほんとだ。冒険者が僕たちを化け物を見るかのような目で見てくる。特に一緒に講習を受けてた若い冒険者たちは完全に引いている。僕が視線を合わせようとすると下を向いてしまった。

「これで実力は示せたかな?」

「おう。これで舐められることは無くなったろうな。その代わり期待の新人として注目されることになるだろうが、ま、諦めろ」

 うーん、変な絡まれ方するよりはいいのか?

「にしてもすごかったなあ。霧魔法をあそこまで使えるとは、恐れ入ったぜ」

「やっぱり使う人いないの?」

「いねーよ。実際攻撃にも防御にも索敵にも使えない魔法だからな。役立たずってそのまんまの意味なんだぜ?」

 もしかしたら今後見直されるかもな、とラーズさん。

 霧魔法ちゃん不遇だなぁ……。もしスポットライトが当たるなら喜ばしいけど、僕が使ってるのは千霧魔法だからちょっと違う気もする。

「いやー、やっぱお前に声かけて正解だったわ。この調子なら上位五ランクまでは余裕でいけそうだな」

「そうなの?」

「おう。さっきの戦いぶりみて確信したぜ。Dランクから上は人間辞めたような動きするやつ出てくるからな。今のお前は奴らと遜色ない」 

 みんな石の仮面でも被っているのかな?

 となるとあれくらいの動きならするやついるってことか。世界は広い。慢心しないようにしないとな。でも、お前、ってことはベステルタは対象外か。さすがにあんなのごろごろしてたらパワーインフレやばかったけど。

「ちなみにEランクは?」

「ははは、強いけど人間の範疇は出ねえな。Eランクが努力でどうにかなる人間の限界って言われてるわな」

 がっはっは、と豪快に笑うラーズ。この人、きっとめちゃくちゃ努力したんだろうな……。

 僕は努力とか苦手だし嫌いだから、やらなかった。だからまあ、こんな恥ずかしくて残念な人間なんだけどね。こっちに来る前はそんな自分に物凄くコンプレックスあったけど、今はそうでもない。毎日が忙しくて充実してるから、コンプレックスとか言ってられない。うーん、僕ってこんなに前向きだったかな?

「よっし、ケイも適当に休んだら飯食って備えろよ。そんなにダメージ無いんだろ?
 おーい、お前ら、昼飯は各自とって午後からダンジョンに潜るぞー。ギルドで適当に集合してダンジョンだ。遅れるなよー」
  
 ラーズさんは手をぷらぷら振って訓練所を後にした。適当に集合して遅れないようにするよって無理だろ。

 それにしても、もうそんな時間か。あっという間だったな。初級冒険者たちも今更ながら疲れが押し寄せてきたようで、のろのろと訓練所から去っていった。

 あー、お腹空いたなー。適当にすませるか。ブラガさんとこでもいいけどこの前行ったしね。

「ベステルタ、ご飯食べに行こうか?」

「あ、うん。そうね。そうしましょう。でもわたしちょっと用があるから先に行っててくれる?」
 
 おろ、珍しいな。でもこういう時は深く訊かないのがマナーだ。

「じゃあギルドの中で待ってるよ。冒険者の顔削ったりしちゃだめだよ?」

「分かってるわよ、失礼ね。見境も無くやったりしないわ。じゃ、また後で」

 すたすたと彼女は行ってしまった。

 つまりきっかけがあればまたやると。おっかねえなあ。
 
 ベステルタ来るまでシャールちゃんとお話ししてようっと。

…………

 ラーズが訓練所を後にし、次の講習の準備をしている時だった。

「コンニチハ」

 片言の女の声。ラーズは考えるより速く懐の必殺のナイフを投げつける。

『危ないじゃない』

 下級冒険者や低ランク魔獣なら即死、同クラス帯の冒険者でも弾くのがやっとのラーズの投げナイフ。地味だが何度も助けられた彼の技。

 それをいとも簡単に摘まんで止めた。

「紫姉ちゃん……ベステルタとか言ったか? 冒険者の後ろに忍び寄るのは感心しないぜ。言葉も分からないのに、俺に何の用だ?」

 冷や汗を隠すように問い詰める。

 彼はEランク冒険者である自分がこんな近くまで接近を許し、必殺の攻撃まで止められたことに内心かなり焦っていた。

『ふふ……怯えの匂いがする。安心して、何も殺そうだなんて思っていないわ。ケイにも言われたしね』

 ベステルタは買い物に来たかのような気安い口調でラーズに近寄る。

(か、身体が動かねえ)

 何一つ言葉が分からないのに、この訴えかけてくる恐怖はなんだ。

 逃げ出したいのに、足が動かない。

 ラーズは本能で理解していた。目の前の強者には逆らえないと。彼女が満足するまでただじっとしているしかないと。

 彼女は薄く笑いながらナイフの刃を、爪で削ぎ落としていく。

 キン……キン……。

 金属音が反響する。

『そんなに怯えないで? ケイがやる気を出してくれたみたいだからお礼を言いにきたの』

 紫の亜人は微笑む。しかし目は冷たく鋭くラーズを見据えている。

『でも、おかしなこと企んでいるなら止めておきなさい。わたしの爪で、お前の内臓を地獄にぶちまけてあげるから』

 ベステルタは残ったナイフの刀身を自分の掌にゆっくり刺した。しかし、刀身が肉を貫くことはなく、尖端から根本にかけて、鉄壁に押し当てられたかのように潰れた。

「わーってる、わーってるよ。何言っているか分からねえけどあんたらを裏切るような真似はしないさ。お手上げだ。ほら」

 ラーズは隠していたナイフを取り出し地面に放った。

 声が震える。

 冗談や誤魔化しが通じる相手じゃない。

「俺はな、姉ちゃん。もう引退した身だが、諦めちゃいないのさ。迷宮踏破の夢をな。誰も成し遂げたことの無い偉業。それをこの目で確かめてえんだ。俺はその手伝いをしたいだけなんだよ。
 もしかしたらあんたらでも無理かもしれない。それでも俺は深淵の奥底に見いられちまったからよ。ただ見てえんだ。それだけなんだ」

 ラーズの顔にいくつもの古傷や、苦労の皺が刻まれている。しかし、その瞳はあの日の少年のように透き通っていた。

 ベステルタは、しばらくそれを覗き込むように眺め、すっと背を向けた。

『……言葉は分からないけど、その瞳の輝きを信用してあげる。せいぜいわたしとケイを裏切らないようにね』

 そう言うとシヂッ、と紫雷を走らせ闇に消えた。

 ラーズはその場でしばらく臨戦態勢を保ち、何もないことが分かると、トスンとその場に座り込む。

「はっ……まさかダンジョンでも無いのに俺が怖じ気づくとはな……」

 冷や汗がぐっしょりと彼の背中を濡らしていた。
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