上 下
107 / 146

模擬戦①

しおりを挟む
 ギルド併設の訓練所で戦闘訓練したよ。若い冒険者を適当にあしらっていたらそばかす娘に唾を吐かれた。ベステルタがブチキレタになってちょっぴりヤンデレタ。そばかす娘の顔面を地面に擦ってやすりにかけたよ。ラーズさんの仲介(脅迫)で場は収まったけど周りにドン引きされた。

「じゃあ場も暖まったってことで、いっちょ模擬戦やってもらうか。ケイ、紫姉ちゃん。出番だぞ」

 冒険者たちがざわつく。ターク君も顔が治ってきたパメラ? だっけ。彼女を抱えてこっちを睨んでいる。学ばねえな。
 
 ていうかやっぱりやるのか。ラーズさん、何か企んでいるのかな。

「ケイ、あの獣人なんて言っているの?」

 きょとんとする紫姉ちゃん。
 あーん、さっきとのギャップが大きすぎるでござる。この子自分の世界に生きてんな。当たり前か。

「彼の名前はラーズね。言い忘れていたんだけど、僕とベステルタで模擬戦をするように頼まれていたんだよ。早い内に実力を示した方がいいって」

「ふーん? なかなか面白いこと考えるじゃない。いいわね。乗ったわ。ケイ、やりましょう?」

 ワクワクしながら獰猛な笑みを浮かべるベステルタ。ああ……こういう時の彼女はもう止められないんだよな。やるのも模擬戦じゃなければ一晩中でもお突き合いするんだけどね。

…………

……

「これから実力者同士の模擬戦を行う。亜人の星、前に出ろ」

 さっきとは比にならないくらいのざわめきと視線。実力者は余計だって。

(あ、亜人? やつら亜人なのか?)

(そんな訳無いだろ。亜人に男はいないはずだし、絶死の森に引きこもっているはずだ)

(まさか目立つためにやっているのか?)

(さあ……でも有望株のタークやパメラをあっという間にぼこぼこにしていたし、実力はあるだろ)

(ぼこぼこなんて生易しいもんじゃなかったぞ)

 なにやら噂されている。やっぱりこのパーティー名良くも悪くもかなり目立つな。

「両者、構えな」

 訓練所の中央で僕とベステルタは対峙する。

「当たり前だが殺しは無しだ。このあとダンジョンに潜るからほどほどに。合図をしたら開始だ」

 ベステルタにも伝え、彼女はにやりと頷く。そっか、このあとダンジョンにも潜るんだよね。今日はイベント盛りだくさんだな。

「ふふ……ケイとこうして戦うのって初めてだわ」  

「たまに手合わせはしてたけど?」

 森にいる時、空いた時間で稽古つけてもらうことはあった。
 
「あれは稽古。勝負じゃない。これからわたしとケイで勝ち負けが決まるのよ。衆人の前で。何だか楽しくなってきたわ。こんなこと、森にいたら味わえなかった」
  
 高揚したベステルタからライダースーツを突き抜けて濃密な気配が漏れ出ている。そのお漏らしはしないで欲しかったよ。

「まあベステルタに勝つとか夢みたいなこと思ってないよ。でも僕も少し強くならなきゃなって思っていたんだ」

 作戦も……無くはないしね。

「へぇ……。それは楽しみね」

 ベステルタの瞳が金色に輝き、紫雷が迸る。ちょ、バレるバレる。

 僕は訓練用の大きな鉄斧を構えた。もちろん刃引きしてある。ベステルタの前で木刀なんて爪楊枝より頼りないからね。彼女の体毛、普通に刃物くらい弾くし。ちなみに一番大きな物を用意してもらった。それでもフランチェスカの半分ちょっとくらいだね。念のため、壊してしまうであろうことも伝えてある。

「えっ? これは訓練でしょ? 鉄斧なんて怪我するわよ」

「いや、あの紫の獣人、相当やるぜ。手合わせしたが何されたのか分からなかった」

「つーかあの兄ちゃん、見かけの割りに力あるな」

 ギャラリーはこそこそ話を止め、普通に話し始めている。

「けっ……亜人の星なんてふざけた名前しやがって」

「まあいいじゃねえか、話の種にはなるぜ?」

 他の冒険者たちもぽつぽつ集まってきている。相変わらずこのパーティー名は不評みたいだ。

「ふふ……」

 僕たちは対峙してラーズさんの合図を待つ。

 ベステルタが不敵に笑って腕組みしている。余裕だな、くそう。実際余裕なんだろうけどさ。どうせぼこぼこにされるだろうけど、その代わりに夜はこっちがぼこぼこにしてやるし。ぱんぱんのぬこぬこのぐっちゅっぐっちゅだ。あー、早く夜にならないかなぁ。

「よし、それじゃ両者……」

 ラーズさんが手を掲げて振り下ろす。

 ここだっ!

『濃霧!』

 ベステルタの顔に濃い霧がまとわりつく。

「むっ」

 霧越しに若干の動揺が伝わってきた。この隙を逃すわけにはいかない。

「練喚攻・二層!」

 体内の亜人パワーを練り上げ体にまとわりつかせる。

 湧き上がる膨大な力。筋肉を収縮。ばねみたいに蹴り出す!

「せいっ!」

 狙うはベステルタの腹。身体は先端に行くほど避けられやすい。それなら中心だ。その分防御力もあるけど、とにかく当てないことには始まらない。

 ……ィィン……。

 斧が途中で止まる。濃霧も宙に溶けて、ベステルタの不敵な笑顔が現れる。

「ま、まじか」

「ふふふ……」

 僕の渾身の力を込めた一撃は、指でつまんで止められた。しかも小指と薬指。

 まるで花でも摘むように優しく。

 なのに万力に挟まれたみたいに動かない。

「き、きったねぇ」

「堂々とルール破りやがったぞ」

「やっぱ亜人を名乗るだけあって卑怯だわ」

「え、何で斧の勢いが殺されてるの?」

 口々に勝手なことを言う冒険者たち。お前ら実際にやってみろよな。相手は人間サイズに凝縮した怪獣だからな? こんなの卑怯でも何でもないよ。むしろこれくらいハンデ無きゃやってらんない。

「嬉しいわケイ。本気で来てくれるのね……」

 穏やかに微笑むベステルタ。顔がくっつきそうなほど近づいてくる。背筋がぞわぞわする。そりゃそうだ。この距離は彼女の世界。近距離戦。クロスレンジ。

 ぱき……ぱき……。

 何の音かと思ったら、ベステルタが小枝を折るように、斧を先端から折っているのだった。

 パキ、パキ。 

 音が近づくたび、迫る理不尽な暴力の気配。

「いやいや!」

 とっさに離れようとするが、ぐっと残り少ない柄を掴まれギィ、ぎイィ、インとねじ曲げられた。

 ふわっと香るベステルタの匂い。 

「その想いに応えるわ」

 ざ。

 ベステルタが、右足を振りかぶる。

 あ、やべ。

「ベステルキック!」

 なんじゃそりゃ。

 ゴッッッ!!!

 蹴られた、と思った瞬間に肺の空気が全部抜け、景色がものすごい勢いで前方に流れる。

「ぐっはぁ!」

 背中に衝撃。背骨がバキバキに折れていてもおかしくない。何だ何が起きた?

「とっさに斧の柄で受けたのね。偉いわよ」

 ちかちかする視界で、ベステルタが足を高く掲げ、かっこいいポーズで止まっている。残身てやつか? この子武術習ったこと無いよね? 本能で理解しているのか?

 僕はどうやら蹴られて壁に激突したようだ。いや、ここまで差があるか。参ったね。

「それはどうも……ぐっ。でもベステルキックは褒められたもんじゃないな」

 悔しくてつい挑発してしまった。暴走サンドリアと戦っていた時はもうちょいちゃんとした技だったでしょ。

「……何よ。かっこいいじゃないベステルキック……」

 しゅんとしてしまった。な、舐めたい。

『濃霧!』

 ギュン。

 でも今はその隙でさえ見過ごせない。再び彼女の顔に霧が立ち込める。黄金コンボで攻める! 

「なんてね」

 楽し気な彼女の声。眼前に迫る肘。カウンターだ。どうやらさっきのは誘いだったようだ。

「なんてね……っ!」

 しかし、それは僕も予測していた。間一髪スライディングでかわして振り向きざまに、

『濃霧!』

 霧で視界を奪いつつ斧の残骸で薙ぎ払う。
  
「それはさっきも見たわよ?」

 軽く避けられ、足をかけられる。

 ふわっ。

 体が一瞬だけ空中に浮いた。

(よ、よけられな)

「ベステルパンチ!」

 下方から襲う紫の拳が鳩尾に深々と突き刺さる。

「がっ
   はっ!」

「からのベステルエルボー!」

 そのまま恐ろしく硬い肘。冗談じゃない。そんなの喰らったら骨が砕けるよ。この子手加減忘れてないか?

『ぐ、濃霧!』

「む」

 急いで霧を作り出し、少しだけ軌道をずらす。

「くっ」

 何とか斧の残骸でガードするが吹き飛ばされ、地面を何度も転がった。斧も完全にバラバラになり鉄くず状態だ。

 口の中に血の味が滲む。

 圧倒的。戦力差なんてもんじゃない。紙飛行機が戦闘機と勝負しているようなものだよ。

「終わりみたいね? お疲れ様。ケイ。とっても楽しかったわ」

 ベステルタが手を差し伸べる。はー、舐めたい。

「まったく、もっと手加減してほしいよ」

「あはは、でも良い攻めだったわよ? 千霧魔法との連携は結構厄介ね」

 今何回だ? 四回くらいか? いけるか?

「その割には難なく対応してきたけど?」

「まあ気配があるから分かるわよ。わたし五感鋭いし」

 なるほど、五感ね。それなら。

「そのふざけた五感を狂わせる」
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

二度目の勇者の美醜逆転世界ハーレムルート

猫丸
恋愛
全人類の悲願である魔王討伐を果たした地球の勇者。 彼を待っていたのは富でも名誉でもなく、ただ使い捨てられたという現実と別の次元への強制転移だった。 地球でもなく、勇者として召喚された世界でもない世界。 そこは美醜の価値観が逆転した歪な世界だった。 そうして少年と少女は出会い―――物語は始まる。 他のサイトでも投稿しているものに手を加えたものになります。

巻き込まれた薬師の日常

白髭
ファンタジー
商人見習いの少年に憑依した薬師の研究・開発日誌です。自分の居場所を見つけたい、認められたい。その心が原動力となり、工夫を凝らしながら商品開発をしていきます。巻き込まれた薬師は、いつの間にか周りを巻き込み、人脈と産業の輪を広げていく。現在3章継続中です。【カクヨムでも掲載しています】レイティングは念の為です。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...