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突然実践

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 朝起きたらヒャッハー系借金取りにカリンと子供がさらわれそうになってた。プテュエラとベステルタが制圧したけど、ベステルタが激おこ。子供に手を出すのは地雷だったみたいだ。ただ、お金は返した方がいいから、今ヒャッハーに案内してもらっているところだよ。

「こ、こっちでさ」

 びくびくしているヒャッハー男にスラムを案内させる。立派なモヒカンはしおれてしまっていて元気がない。首には絞め跡が残っていて、「ああ、ハードだったんだな」と思わせる。

 スラムの入り口は孤児院から歩いてさほどでもない場所にあった。孤児院が近くにあるわけだから、立地的には不思議でも何でもないね。薄暗い路地と、よどんだ空気、好奇の視線に満ちている。

 思ったより人が多いな。特に女子供が目立つ。あと怪我をした男とか。スラムってこういうものなのかな。

「早く歩きなさい」

 この卑怯者。と、げしげしヒャッハー男の尻を蹴飛ばすベステルタ。

「へえ、す、すんません」

 ぺこぺこするヒャッハー男。完全に立場逆転したな。それどころかこっちが悪者っぽい。それにしてもベステルタの地雷が一つ判明したね。彼女は子供のことになると感情的になる。気を付けよう。そして生贄になった彼には少し同情する。

 それにしても簡単にボスのところに連れて良いのかな、僕たちが暗殺者だったらどうするんだろうと考えていると、

 ヒュンッ。ぱしっ。

「誰?」

 ベステルタの手がブレたかと思うと、手には小石が握られていた。彼女の視線は鋭く物陰を睨んでいる。

「早く出てきなさい、さもないと……」

 手をぎゅっと閉じて開くと、小石が砂になってさらさらと風に消えていった。小麦じゃないんだぞ。

「お、おじちゃんをはなせ……!」

 すると物陰から数人の子供が出てきた。ぼろをまとって手には木の棒を握っている。見るからに孤児っぽい。

「お、お前たち、駄目だ、は、早く逃げろ」

 ヒャッハー男が必死の形相で叫んだ。なにこれ。

「いやだ! こんどはぼくがおじちゃんをたすけるんだっ」

「あたしも!」

「ぼくも!」

 うわーっ! っとベステルタに襲い掛かった。

「えっ、えっ」

 ぱしぱし木の棒で叩かれ、ものすごく困惑している。こんな表情は見たことが無い。悲しいとか辛いとかではなく、ただただ困惑している様子だ。

「ねえ、これはどういうことなの? この子たちは?」

 僕も全然飲み込めないからヒャッハー男に尋ねてみた。正直、嫌な予感がするけど。

「へ、へい。こいつらは薄汚い孤児です。その、俺がたまに残飯をくれてやっているんです」

 男は吐き捨てるような口調で言った。でも声が震えている。

「そうなの?」

 叩きつかれてへたり込んでしまった孤児に訊くと、キッとこちらを睨んできた。

「そうだ! おれたちがうえてしぬところを、おじちゃんたちががたすけてくれたんだ!」

「おいしいものたくさんくれたもん。おにくとか」

「おにくおいしかった……」

「うん、おいしかった……」

 子供たちは素直だなぁ。男、いやヒャッハーおじちゃんは脂汗をだらだら流している。

「おいしいおにくが残飯なの?」

「い、いや、それは」

「ケイ、わたし、なんで、子供に、たたかれたの?」

 あかん、ベステルタが涙目、涙声だ。しかも休憩し終わった子供たちにまた叩かれている。

 子供>ベステルタ>ヒャッハーの図式が完成した。僕は審判かな。ていうかこれ収拾付くのか。なんとなく事情は分かったけど説明するには場がカオスすぎる。

「そこまでにしてもらいましょうか」

 どこからともなく声がして、一瞬の後に背後をとられる。

 バシュッ!

 振り返ると、痩せ気味の狐目男が僕の背中に縦拳を打ち込んでいた。しかし、目に見えない風の障壁に阻まれている。

「む!」

 狐目は瞬時に飛び退き距離を取った。うっすらと目が開けられ僕たちを観察する。

「魔法……? いや、出で立ちと足運びからして戦士のはず……スキルか。しかし雰囲気が素人のそれなのは誘いか……?」

 レベルが上がって耳が良くなったからか、狐目の容赦の無い呟きが聴こえる。すみません、素人では無くド素人です。誘いとかではないです、棒立ちなだけです。

『ケイ、もう少し周りにも気を配れ。そいつ人間にしてはやるぞ』

『すみません、油断していました』

 上空からプテュエラの有難い忠告。いや、そうなんだけどね。亜人の守りが鉄壁過ぎて気を抜いちゃうんだよね……。

「さて、パウロを放してもらいましょうか」

 ざざっ。

 狐目は半身になって踵をやや上げて爪先を立てる。もう片方の軸足に重心を置き、脇を締めて構えた。

 ゆったりした東洋風の服が風に揺れ、こちらの注意を逸らせている。

 どこからどう見ても拳法使いです。ありがとうございました。

「ぼ、ボス」

 ヒャッハーは感動したように言った。ていうか君の名前はパウロって言うの? 全然合ってないよ。ジャギとかそういうのだろ。

「風拳のフェイ・イェウ、参る」

 狐目は静かに名乗った。

 ……えっ、もしかして戦闘ですか?

 ちょっと沈黙。

 ちょ、唐突なイベント過ぎて心の準備が。こういうの名乗った方がいいのか、

「ふっ!」

 問答無用かい!

 狐目が真正面から一直線に縦拳を打ち込んできた。でも大丈夫、プテュエラ先輩の障壁で楽々回避余裕だぜ。

『ふむ、対人戦のいい機会だ。風壁は解除する。頑張れよ』

 プ、プっさん。そりゃないよ。

 ヴンッ。

 障壁が無くなった僕の身体を、縦拳が掠める。あ、あぶねえ。

「フランチェスカ!」

 鞄からマイスイートアックスを取り出した。蕀の紋様が鈍く輝き、太陽を反射する。毎日ぺろぺろして磨いているからね。当然だ。

「何ですかその馬鹿げた大きさの斧は」

 呆れた様子の狐目。

 馬鹿とは何だ馬鹿とは。かっこかわいいだろうが。失礼だぞ。

 ちょっとムカッとしたので反撃に出る。といってもやることは一つ、スッと行ってドガァン、だ。むしろこれしかできない。

 ダンッ!
 
 パッシブ練喚攻を足に集中、戦斧を構えて一気に距離を詰める。

「くっ!」

 狐目はとっさに身体を反転させ、防御姿勢をとる。

(って、このままじゃぶった斬ってスプラッタだよ!)

 急遽軌道を変更、無理矢理斧を半回転させ平面で殴る。

「フェイントかっ!」

 驚愕の顔。違います。

 バゴォン! とヤバイ音がして、狐目はもろに打撃を食らって吹っ飛んだ。うん、手ごたえがない。なるほど、自分で飛んだのか。異世界だとマジでやる人がいるんだな。

 でもかなり吹っ飛んだから戦線離脱だろう、のんびり見ていると。

「風壁!」

 そのまま民家に激突、と思いきや突然空中で止まった。

「そんなのありなの!?」

 空中に風の足場を作り出した狐目は、そのままロケットのように突っ込んできた!

「どっかいけ!」   

 僕はハエ叩きのようにフランチェスカで横から殴る。

「同じ手は食らいませんよ!」

 狐目は手のひらを重ね天に向ける。

 ぬるり。

 信じられないことに、重ねた手のひらに沿ってフランチェスカが流される。やばい、懐に入られた!

攉打頂肘かくだちょうちゅう!」

 強烈な踏み込みと共に、鋭い肘打ちが僕の腹を貫こうとする。

「(やっば)」

 ズンッ! 

 しかし何とかフランチェスカを引き寄せて受けた。あ、あぶねえ。

「馬鹿げた身体能力ですね!」

 さらに追撃の縦拳を打ち込んでくる。そして連撃連撃。距離を取ろうにもぴたりと吸い付いてきて離れない。掴みや投げも織り交ぜ、ときおり立ち関節も極めてこようとする厄介さ。しかも全ての動作がめちゃくちゃ速い。

 クロスレンジの徒手空拳ってこんなにやりづらいのかよ!

 しかし何とか距離を取らなければ。何かないか。何か……。

 その時、突如閃いた。

(これだっ、霧よ!)

 突如、狐目の頭を霧が包み、視界を奪う。

「くっ、前がっ!」

 よし、効果あった!

 千霧魔法、まさかこんな使い道があるとは。頑張って練習してよかった。

 いったん距離をとる。攻撃できるけど、それが目的じゃないからね。

「面妖な術まで使うとは……」

 狐目はそうつぶやくがまったく油断していない。

「ぼ、ボスが攻めきれないなんて……」

 ヒャッハーが呆然として戦闘を眺めている。パウロ君だっけ? 割と君が原因なんだよ? ちょっと止める素振りくらいしてくれないかな。

 その間も狐目はゆったりと動いて狙いを絞らせてくれない。やりにくい。ダイオークなんかよりよっぽど厄介なんだが。

「ちょっとまって話をきいて」

「問答無用!」

 話聞けって!

 ギュン、と一瞬で距離を縮めてくる。

 やば。回避が間に合わない。

「とった!」

 狐目の顔が勝利を確信している。

「あぶぇ!」

 ドゴオッ!

 狐目が急に目の前からいなくなったかと思うと、くの字に体を曲げてすっ飛んで行った。キュルルル、ときりもみ回転しながら民家に何度かぶつかり、ゴミ捨て場でやがて止まる。

 なんだ、何が起きた?

「ケイ……」

 泣きそうな顔のベステルタが足を前に出して立っている。ちょうど誰か蹴りました、ってポーズだ。

「子供に叩かれた……」

 今にもぽろぽろ涙を流しそうだ。そ、そうだったね。

 ということで決まり手は「むぞうさな前蹴り」。決まり脚か?

「だ、大丈夫。誤解だから。今からみんなで話そう? ね?」

「うん……」

 あかん、幼児退行しかけている。どうにかしないと。

「くっ、いったい何が……」

 ゴミ捨て場の中からぼろぼろの狐目が姿を現す。やばい吹っ飛び方していたけど動けるようだ。彼女も手加減したのだろう。服が破けている。いい腹筋だ。

 ちょうどいい、場が区切られた。いったんここでいったん収めないと。

「誤解です! 僕はリッカリンデンの関係者です! 危害を加えるつもりはありません! 借金を返しに来ました!」

「リッカリンデン……あの孤児院の? いったいどういうことです?」

 いやこっちが訊きたいよ。

「たぶんこっちとそっちの勘違いが重なって起きた不幸な勘違いです。話し合いを望みます」

 しばしの沈黙。

「……いいでしょう。確かに不明な点が多い。それにそちらの達人が殺す気なら今ので死んでいました。手加減してくれたのでしょう。話を伺います」

 そういって狐目は歩き出す。ついて来いってことかな。よ、よかった。まさか突然実戦になるとは。訓練しておいてよかった。もっと拳相手の訓練増やそう。ベステルタが復活したら頼んでみようかな。
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