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面影

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 目の前でアルフィンさんが退任し、後釜にラークさんが着任したのを見せられたよ。やっと本題に入れそうだ。

「では、本題に入ります、ロイ」

「はっ」

 ギルマスが呼ぶと外からロイさんがやってきた。なんか豪華なアタッシュケースみたいのを持ってきている。なんだろ。

「タネズ様が持ち込まれたフレイムベア、ダンプボア、ブラッドサーペントの素材を王都のオークションにかけたところ、非常に盛況でした。あらゆる組織が参加して下さり、当ギルド、オルスフィン商会としても大きな利益を得ました」

 ありがとうございます、と頭を下げるギルマス。もう下げなくていい、って言ったのに……。シルビアも「ダンプボア? ブラッドサーペント? 伝説の素材じゃない……」と呟き落ち着かないようでずっとそわそわしている。

「それはなによりです」

「恐れ入ります。最終的なタネズ様の手元に残る金額ですが、オークションの総売り上げから私共の手数料と税金を引き、10朱金貨になりました。どうぞお納めください」

 ロイさんがケースを開けるとぴっかぴかに光り輝く朱色が僕たちの目を貫いた。え、10朱金貨ってじゅ、10おくえん相当じゃ……。

「そ、そんなにですか?」

「私共としては少ないと感じております。何分、税金の割合が思ったより嵩みまして。申し訳ございません」

 いやいやいやいやいや。

 これ、亜人に頼めばひょいっと取って来てくれるような手間なんだよ。それこそ薬草採取みたいな気軽さなのよ。ちょ、ちょっとさすがに申し訳ないんだが。

「ぐ、ぐふふ。しゅ、しゅきんか、しゅしゅう……じゅうまい、でへへ」

 あ、やばい、シルビアが壊れた。目がいっちゃってるよ。訝し気な目で見られている。
 まったく君は代表できているんだけど。仕方ない。どさくさに紛れてお尻つねっておこう。むにゅ。あ、柔らかい。

(ひゃっ、な、なにするんですか!)

(何って、こっちのセリフだよ。欲望丸出しだったんだけど? あと、ごちそうさまです)

(う、ご、ごめんなさい)

 納得いかないわ、とぶつぶつ言うシルビア。でも我に返ったようで良かった。僕も落ち着いた。冷静に考えたらこれから家も作るし、事業も起こす。お金はいくらあってもいい。よし、気合入った。

「失礼しました。その金額で問題ございません」

 そう言ってケースを受け取る。ずっしりした重み。これが10億の重みか。現実感なさ過ぎて逆に冷静になるな。

「ただ、今後についてですが、素材が素材なだけに多くは流せません。値崩れしますし、そんなに手に入るなら、と無茶な注文を付けられるかもしれません。国はもちろん、特にアセンブラ教会が本気で動くと厄介です。現に私の留守中に一度大司教が訪問し、毛皮の譲渡を要求してきました。タネズ様の身元は最重要機密にしてありますが、くれぐれもお気を付けください」

 おお、そんなことになっていたのか。迷惑かけちゃったな。これからそのアセンブラに真っ向から喧嘩売るので、間に立って牽制してね、ってめちゃくちゃ言いにくくなったなあ。言うけど。

「それなら仕方ないですね。素材はローテーションしていきますよ」

「そうして頂けると幸いです。また可能であれば状態が良い素材ですと落札者が喜びます。恩が売れる可能性があるのでご一考ください」

「分かりました。考えてみます」

 うーん、自分で綺麗に解体なんてできないからな。一頭ごと持ち込むか? それでこっちで解体してもらえばいいか。うん、いいアイデアだ。今度はそうしよう。

「……ところで、タネズ様。一つ確認がございます」

「はい、何でしょう」

 ギルマスが改まって訊いてきた。

「今回の素材、どれも国宝級の一品です。しかし軍や高位冒険者を動かしても手に入れられない非常に強力な個体ばかりです。タネズ様はそれに相当する武力を……お持ちか?」

 ギルマスの目付きがかつてないほど鋭い。ラークさんも顔が青いし、ロイさんは小さく震えている。

 うーん、僕が暴走することを恐れているのだろうか。もちろんそんなつもりはないけど、向こうからしてみたら気が気じゃないのかな。どの組織にも属していない、在野の人物が軍クラスの武力持っていたら警戒するのも当然か。ここはちゃんと理性的な人間であることをアピールしよう。あと武力っていうか協力者なんだけどね。

「武力、という程暴力的なものではありませんが持っています。でも、無闇に振るうつもりはありませんよ」 

「……それを聞いて安心致しました」

 ギルマスが目元を緩めた。部屋の緊張が一気に解けたよ。
 僕そこまで暴君エピソード持ってたかな。割りと理性的に振る舞っていたつもりだったんだけど。
 ……ああ、アルフィンさんの一件があるか。

「こちらとしては以上ですが、何やらタネズ様からご提案があるとか」

 何となく向こうにリラックスムードが漂っている。一番の懸案事項は終わったんだろうな。でもすまん。これからが本番なのよ。

「はい。実は少し面倒な事業でして。既得権益に食い込むんですよね。その手助けをして欲しいんですよ。その代わり、莫大な利益をお約束できると思います」

 何か言い回しが詐欺師っぽいな。でも単刀直入に言った方がいいよね。僕は素人だし。

 ふぅー、と息を吐くギルマス。お疲れなのだろうか。申し訳無いな。

「……伺いましょう。ロイ、絶対に誰も通すな。この話は私とラークだけで伺う。お前は外で何か聞こえても忘れろ」

「承知致しました」

 ロイさんはそう言うと外に出てしまった。部屋に残されたのは目付きの恐いおじさまと生え際の後退したおじさん、内心キョドり気味の僕だ。シルビアだけが癒しだな。目が欲に眩んでいなければだけど。

「人払いはしました。ラーク・ジャックナイフは私の腹心、どうぞお話し下さい」

「はは……お手柔らかにお願い致します」

 ラークさんが人懐こそうな笑みを浮かべる。

 ギルマスはラークさんを信用信頼しているらしい。でもラークさん、完全にハゲ散らかした小太りのおっさんなんだよな。ギルマスと比べてまったくオーラが無い……、いや、これもブラフか。油断させるためかも。シルビアで学んだことじゃないか。慎重にいこう。

「はい、実はポーション市場に参入したいんですよ」

 一瞬の沈黙の後、ラークさんが先に口を開いた。けっこう焦っているように見える。

「……ぽ、ポーションですか? タネズ様、何をおっしゃっているかお分かりですか?」

「ええ、アセンブラ教会の縄張りなんですよね。存じております。そして品質が悪いこと、その割りにぼったくっていることもね」

 ドヤア。おっと、渾身のドヤ顔が出てしまった。某としたことが。失敬失敬。

(そのくらい誰でも知っているって……)

 シルビアが恥ずかしそうに呟いた。
 え、そうなの。めっちゃ恥ずかしい。力一杯ドヤ顔しちゃったじゃん。

「タネズ様。それは非常に、非常に繊細な案件です。もしうまくいったとして、アセンブラ教会を完全に敵に回すことになります。私共としても十分な勝算が無ければ乗ることができません」

 きっぱりと言われてしまった。まー、そうなるよね。

「ギルドマスター、ここから先は私が説明致します」

 いいよね? とシルビアが目配せしてくる。僕は頷いた。一歩引いてシルビアを前に立たせる。

「ふむ……となると、この案件はシルビア嬢の発案か?」

「おっしゃる通りです」

「なるほど……そうか」

 信じられないことにギルマスがふっと笑った。けっこう優しい顔付きだ。ラークさんとロイさんも目玉をひん剥いている。

「いいだろう、シルビア嬢。話を聞こう」

…………

……

 その後、シルビアとギルマスは長い時間話し合った。
 僕はすぐに集中が途切れてしまい途中からほとんど話を聞いていなかった。会議とか苦手なんだよ。

 二人は一見冷静に話し合っていたけれど、水面下では凄まじい応酬が繰り広げられていたんだろうな。シルビアの心臓と呼吸が浅く速い。背中もじっとりと汗で濡れている。

 ギルマスが何食わぬ顔で言った言葉にシルビアが面食らい、慌てて説明したり。

 シルビアが優勢だと思っていたらいつの間にかギルマスが優位に立っていたり。

 もし僕が取引先の打ち合わせでこんなにロジックで攻められまくったら、パニックになって気絶する自信あるよ。

 でもどんなに主張を一蹴されても、鼻で笑われても(たぶん挑発だけど)シルビアは一貫して質の高いポーションが出回ることによるメリットを説いた。

「今のポーション市場が健全だとは思えません。アセンブラ教会は文字通り人々の血を吸って私腹を肥やしています。
 コスモディアポーションを広めれば、多くの人を助けられます。死ななくて良い人も助けられて、生活と未来を守れます」

 それに対してギルマスは辛辣に言い放った。

「貴様の主張は論ずるに値しない。感傷で金が動くと思うなら今すぐ商いを辞めたまえ。金を動かすということは社会の血液を動かすと同義。自分の欲望と民衆の欲望、どちらも満たす商人など夢物語だ。貴様の復讐心に貴様の知らない人々の生活が乗る。その愚かさを考えろ」

 復讐心を見透かされていた。さらに貴様呼ばわりだよ。僕だったらもう100回は心折れている。でもシルビアは拳を白くなるまで握り締めて耐えていた。

「……ただ、私は感傷と直感で商人の理想を実現した女を知っている。奴は過程がむちゃくちゃでも結果を出した」

 シルビアははっと顔を上げた。

「商業ギルドを動かしたいのならこれ以上結果を見せろ」

「……はい!」

 シルビアの返事は決意に満ちていた。
 ……あれ、ギルマスもしかしてはっぱかけたのかな?

 その後、コスモディアが製造でき次第持ってこい、ということになった。鑑定魔法で隈なく品質を確かめるらしい。そこで最終的な判断をするとのこと。何とか首の皮一枚つながったのかな。シルビアはというとぐったりして放心していた。そりゃあのプレッシャーをもろに喰らえばそうなるよね。正直ダイオークに囲まれていた方がましだと思うよ。ちなみに奴隷商人に関しては帰りにロイさんがちゃんと情報をくれた。しかも紹介状付きで。いいのかな? 渡すと黙って行ってしまった。彼は何も聞こえていないってことだからね。有り難く受け取っておこう。

「あ、ロイさん。朱金貨がちょっと大きすぎるんで両替してもらってもいいですか?」

「……はい、お待ちください」

 先に言えよ、って顔を一瞬浮かべ、営業スマイルで戻っていった。ごめんね、さっき言えばよかった。でもロイさんも表情隠さなくなってきたな。結構やんちゃボーイなのか?

 ロイさんから金貨でじゃばじゃばの袋を鞄にしまう。さて、放心するシルビアを何とか元に戻してゴドーさんとこに行かないとな。またつねるか。

・商業ギルドにて

「ロイのことはいいので?」

「構わん。職員にはある程度の裁量を持たせてある。奴も出世したのだから自分で判断した結果だろう」

「はは、さようですか」

「ラーク、後日あの娘はポーションを持ってくるはずだ。鑑定魔法で隅々まで調べろ。見落としは許さんぞ」

「もちろんですよ。はは」

「……何がおかしい」

「いえ、ギルマスがあの御息女を随分気にかけていたものですから。貴様なんてアルフィン様にしか使わないじゃないですか」

「やかましい。さっさと仕事に戻れ」

「そうさせて頂きます。いやはや、アルフィン様の後釜は荷が重いですなぁ」

「……まったく、どいつもこいつも」

 私も歳か。あの娘に君と、忌々しいポールの面影が見えてしまったよ。
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