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異変
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絶死の森の拠点に戻ってきて数日。
繁り繁られ、搾られ搾られな日々を送る毎日。
飯食って、訓練しつつ、温泉で汗を流しながら繁り、夜ご飯を食べて繁る。ラーメン研究もしている。
亜人たちもそれぞれ部活動に余念がない。プテュエラは旨い肉を探して飛び回っているし、シュレアはリンカと野菜育てている。ベステルタはあまり冒険できていなくて不満そうだけど、こういう冒険がしたいわ、と僕に報告することが増えた。
至高のぬくぬく感。
至上のほっこり感。
「ずっと引きこもって搾取されていたい……」
「別にそれでもいいわよ?」
毎夜の繁殖サーバー業も板に付いてきた頃、僕の呟きにベステルタが反応した。
「ケイは亜人のために種を提供して、後は適当にやればいいのよ」
なでなで。
ああー、甘やかされて脳が溶けるぅー。
「でも、カリンたちのこともあるしね」
「そうだな。雄として庇護の対象は守らなければな。偉いぞ」
はむはむ。
ああー、甘噛みされてぞくぞくするぅー。
「まあ自由かつ怠惰にやるよ」
「シュレアとの契約を忘れなければいいです」
すんすん。
ああー、甘い匂いでおかしくなるぅー。
もふもふ。
すりすり。
すべすべ。
ばいんばいん。
ぽよぽよん。
ふにゅにゅん。
晴れた日は活発にアクティブ繁り。
雨の日は引きこもってスロー繁り。
「何もせずに、繁っていてえなあ、にんげんだもの。たねず」
思考力が半ば崩壊しつつも幸せな日々を送っていた。
そんなある日。
「あら?」
「ん?」
「おや?」
いつものように僕の繁殖サーバーからたねずを搾り取っていた三人が、いっせいに顔を上げる。ちょ、ちょっと寸止めは辛いんですが。
「……聞こえる?」
「ああ。大きいな。魔獣か?」
「索敵します」
三人ともすっと立ち上がり戦闘モード。シュレアが目を瞑って触手を地に突き刺す。
なんのこっちゃ僕には分からない。寸止めが切なすぎてそれどころじゃない。新しいプレイか?
……かたかた。
「あっ、確かに揺れたかも」
ほんの少しだが僕にも振動が感知できた。確かに、今までこんなことはなかったな。
「シュレア、どうだ?」
「はっきりとは言えませんが、魔獣では無さそうです。魔獣ならもっと不規則に暴れまわります」
「無視して良さそう?」
「……残念ながら。こちらに向かってきているので難しそうです」
ふーむ、と思案する亜人たち。
まじか。突然の拠点防衛イベントか。まだ相手も不明らしいけど。ていうか魔獣じゃなかったら何なの?
「見ないことには始まらないか。仕方ないわね。プテュエラ、行くわよ。念のため上空から援護して。わたしが正面からぶつかるわ」
「ああ」
「シュレアはケイと拠点を任せるわ。引き続き周囲の警戒をお願い」
「了解です」
ベステルタは素早く指示を出すと、悠然と現場に向かって行った。プテュエラも黙々と、彼女を守るように後ろから付いて行く。かっけえ。
「大丈夫なの?」
思わず心配になりシュレアに訊ねる。
「まあ……大丈夫でしょう」
そう言うと彼女は嫌そうな流し目で、顔を僕の脚にうずめ……。うっ。
…………
……
しばらくシュレアといちゃいちゃしていると。
「シュレア!」
興奮した様子のプテュエラが飛び込んで来た。
「一体どうしたのです」
シュレアもびっくりしている。僕はもっと驚いているよ。プテュエラがあんなに取り乱すのは見たことないし、羽や体毛が泥やらなんやらで汚れている。ていうか……血? えっ、怪我したのか?
「あれはやっぱり魔獣じゃなかった。もっと厄介な、暴走状態の亜人だ!」
興奮した様子でまくし立てる。脚をどんどんと踏み鳴らし、ぽたぽたと地面に血が滲む。
叫びたくなる気持ちを抑えて、デイライトで買ったタオルで身体の汚れを拭く。傷に触れないように。
「数は?」
「一体だ。だがかなりでかい。温泉湖の半分くらいはあるぞ」
「……まずいですね」
え、正確には分からないけど温泉湖って直径200メートルはあるよね? その半分だから100メートル? それは本当に生物なのか? だとしたら怪獣だよ。
「昆虫型の亜人で外骨格が凄まじく硬い。おまけにあの質量。私とベステルタじゃ捕縛は無理だ」
つまり本気出せば倒せるけど、亜人だから生け捕りたいってことかな? でも二人で無理なら厳しくないか? あとプテュエラはそんなに興奮しないで欲しい。血が止まりません。
「プテュエラ、あんまり暴れたら傷に障ります」
「す、すまん。ベスが下敷きにされかけたから助けようと風を纏って体当たりしたら弾き飛ばされてな……」
無茶をなさる。止めてくれ。何かあったら僕は立ち直れないよ。
「分かりました。一刻も早く向かいましょう。大型相手にベステルタ一人では荷が重そうです」
うんしょ、と重い腰を持ち上げるシュレア。とてとて、と歩き出す。
「ちょ、シュレアは大丈夫なの?」
あんだけ強い二人が一緒になっても抑えきれない相手に、シュレアがどうこうできるビジョンが思い浮かばない。
「大丈夫だ。ケイ」
濡らしたタオルで汚れを拭くと、少しだけ顔の緊張が和らいだ。
「シュレアは絶死の森において最強なんだ」
……マジ?
…………
……
「愚オオオォォ恐雄オォォォオオオオオオォォォオAWYオオオギュオオォォォOGGオオオオオオォォォオオオオオオオォォォオオオオアアアアァァァァァァア靉靉アアアア亜亜々アアァァァ!!!!」
空が鳴いているのか。
地が泣いているのか。
分からない。けれども目の前で起きていることは一言で言い表せられる。
天変地異だ。
「亜餓娥娥娥餓鬱娥ァーッ!」
僕一人を残しておけないということで、プテュエラと一緒に上空で待機している。あとベステルタへの無線係。
ここからだと何がどうなっているか、よく分かる。
そいつは100メートルは優に超しそうな、化け物大ムカデだ。
漆黒の外骨格。
稲妻模様の目。
死神の鎌のように鋭い無数の脚。
絶死の森の大木をなぎ倒す胴体。
そいつが怒りの声を轟かせ、大地を打ち据えている。
「いい加減、倒れ、ろっ!」
ズガァーン!
その周りを紫電の影が飛び回り、ムカデの巨体をぶん殴って揺らしていく。ベステルタだ。
ズゴォーン!
それでも有効打を与えているようには見えない。怪獣大決戦だよ。
「ケイ、ベステルタにシュレアが来たことを知らせるんだ!」
「わかった!」
プテュエラに促されベステルタにチャンネルを開く。
『ベステルタ! シュレアが来たから適当なタイミングで退いて!』
『あら、もう来ちゃったのね。ということは良いところはシュレアに持っていかれそう、ねっ!』
「ギュ亜ァァァァァァ骰オオオオオオオOOOOOOYYYY!!!」
ベステルタが巨体でうねりまくる大ムカデに急接近し、急停止、したかのように見えた。ベステルタが踏み込む。
極ッ!
初めて聴く音が絶死の森を揺らし、彼女を中心に大地がガラスのように砕け散った。
「崩拳!」
凄まじい威力の縦拳が大ムカデの胴体にめり込んだ。
「GYAAAAAA!!!」
くの字に折れる。
メリメリッ!
嫌な音がここまで聴こえてきた。あ! 大ムカデの身体に少しヒビが入っている!
「呪OA亜Wォォォォ!」
「きゃっ!」
大ムカデが苦しげに身体を振ると、巨大な顎に生えた牙がベステルタを薙ぎ払い、空中高く吹き飛ばされた。
「おっと!」
それをプテュエラがタイミング良くキャッチする。あ、危ねえ。肝が冷えた。
「助かったわプテュエラ」
「礼には及ばんさ」
「ケイもありがとうね」
僕は何もしていないが……。
プテュエラの背中から顔を出し、同じくプテュエラの脚に掴まれているベステルタを見る。全身傷だらけだ。こんな彼女は初めて見る。まあ相手が相手だからな。たぶん日本のガッズィーッラと同じくらいの大きさでしょ。戦車とか戦闘機案件ですよ。
「あとはシュレアに任せましょう」
「そうだな。ケイ、合図を出してくれ」
「う、うん」
二人とも案外余裕そうだけど、そんなもんなのか?
森に蠢く漆黒の巨大なとぐろ……。
あんなのどうにかできると思えないんだが。
『シュレア、ベステルタが退いたよ』
『分かりました』
ぶすっ。
シュレアは全身の触手を地面に突き刺し、何やら集中し始めた。
眼下のシュレアは小さい。
身長は僕とそんなに変わらないし、そもそもあの大ムカデの前では大概の生き物が小さい。
圧倒的な質量差。
両者には絶対的な隔たりがあるように見える。
あの巨大な胴体で薙ぎ払われて終わりなんじゃないか。
あの死神のような牙でギロチンされるんじゃないか。
気が気でない。
「ケイ、気持ちは分かるけどシュレアなら大丈夫よ」
ベステルタが言う。うーん。
「あ、ほら始まるわよ」
彼女がシュレアを指差した。
『……樹界……根……握』
ずぞぞぞぞぞ。
ざわわわわ。
な、なんだ。森がうねっている。あれ、回りが暗い。あんなに晴れていたのに。何が起きているんだ。風が強くなって寒気がしてきた。
「うわー、やっぱり森のシュレアはやばいわねえ」
「ああ、怒らせないようにしないとな」
二人が呑気にも会話している。
状況を理解していないのは僕だけだ。
辺りはますます暗くなっていって、目に見えない圧迫感が広がる。
こつん、と頭に何かが当たる。
木の枝? 何で上から?
頭上を仰ぐと同時にシュレアが呟く。
『……樹界錬成、仙掌・鎖羅双樹』
そうか。
暗くなったのは、寒くなったのは、曇ったからじゃない。
空を覆い尽くす、樹で出来た巨大な二つの掌。
絶死の森中の樹木が空に集められ、ムカデを覆い隠す程の掌を象っていた。
ま、マ○ターハンド?
『……征け』
シュレアがポツリと呟く。
それに呼応して二つの巨掌が猛然と大ムカデに掴みかかる。
巨人の手と漆黒大百足。
まるで子供が無邪気に虫と戯れるように。
大ムカデは目を恐怖の色に染め上げて逃げ出そうとする。
「GYU、疑ュァァァァァァァ!」
風が凄まじい。
そして大気のうねり。
そりゃそうだ、巨大な生物とそれを超越する自然現象がぶつかりあっているのだか。
「ぐ、ぐぉぉ」
程なくして大ムカデは掌に押さえつけられ、その動きを止めた。
……世界観、間違ってない?
繁り繁られ、搾られ搾られな日々を送る毎日。
飯食って、訓練しつつ、温泉で汗を流しながら繁り、夜ご飯を食べて繁る。ラーメン研究もしている。
亜人たちもそれぞれ部活動に余念がない。プテュエラは旨い肉を探して飛び回っているし、シュレアはリンカと野菜育てている。ベステルタはあまり冒険できていなくて不満そうだけど、こういう冒険がしたいわ、と僕に報告することが増えた。
至高のぬくぬく感。
至上のほっこり感。
「ずっと引きこもって搾取されていたい……」
「別にそれでもいいわよ?」
毎夜の繁殖サーバー業も板に付いてきた頃、僕の呟きにベステルタが反応した。
「ケイは亜人のために種を提供して、後は適当にやればいいのよ」
なでなで。
ああー、甘やかされて脳が溶けるぅー。
「でも、カリンたちのこともあるしね」
「そうだな。雄として庇護の対象は守らなければな。偉いぞ」
はむはむ。
ああー、甘噛みされてぞくぞくするぅー。
「まあ自由かつ怠惰にやるよ」
「シュレアとの契約を忘れなければいいです」
すんすん。
ああー、甘い匂いでおかしくなるぅー。
もふもふ。
すりすり。
すべすべ。
ばいんばいん。
ぽよぽよん。
ふにゅにゅん。
晴れた日は活発にアクティブ繁り。
雨の日は引きこもってスロー繁り。
「何もせずに、繁っていてえなあ、にんげんだもの。たねず」
思考力が半ば崩壊しつつも幸せな日々を送っていた。
そんなある日。
「あら?」
「ん?」
「おや?」
いつものように僕の繁殖サーバーからたねずを搾り取っていた三人が、いっせいに顔を上げる。ちょ、ちょっと寸止めは辛いんですが。
「……聞こえる?」
「ああ。大きいな。魔獣か?」
「索敵します」
三人ともすっと立ち上がり戦闘モード。シュレアが目を瞑って触手を地に突き刺す。
なんのこっちゃ僕には分からない。寸止めが切なすぎてそれどころじゃない。新しいプレイか?
……かたかた。
「あっ、確かに揺れたかも」
ほんの少しだが僕にも振動が感知できた。確かに、今までこんなことはなかったな。
「シュレア、どうだ?」
「はっきりとは言えませんが、魔獣では無さそうです。魔獣ならもっと不規則に暴れまわります」
「無視して良さそう?」
「……残念ながら。こちらに向かってきているので難しそうです」
ふーむ、と思案する亜人たち。
まじか。突然の拠点防衛イベントか。まだ相手も不明らしいけど。ていうか魔獣じゃなかったら何なの?
「見ないことには始まらないか。仕方ないわね。プテュエラ、行くわよ。念のため上空から援護して。わたしが正面からぶつかるわ」
「ああ」
「シュレアはケイと拠点を任せるわ。引き続き周囲の警戒をお願い」
「了解です」
ベステルタは素早く指示を出すと、悠然と現場に向かって行った。プテュエラも黙々と、彼女を守るように後ろから付いて行く。かっけえ。
「大丈夫なの?」
思わず心配になりシュレアに訊ねる。
「まあ……大丈夫でしょう」
そう言うと彼女は嫌そうな流し目で、顔を僕の脚にうずめ……。うっ。
…………
……
しばらくシュレアといちゃいちゃしていると。
「シュレア!」
興奮した様子のプテュエラが飛び込んで来た。
「一体どうしたのです」
シュレアもびっくりしている。僕はもっと驚いているよ。プテュエラがあんなに取り乱すのは見たことないし、羽や体毛が泥やらなんやらで汚れている。ていうか……血? えっ、怪我したのか?
「あれはやっぱり魔獣じゃなかった。もっと厄介な、暴走状態の亜人だ!」
興奮した様子でまくし立てる。脚をどんどんと踏み鳴らし、ぽたぽたと地面に血が滲む。
叫びたくなる気持ちを抑えて、デイライトで買ったタオルで身体の汚れを拭く。傷に触れないように。
「数は?」
「一体だ。だがかなりでかい。温泉湖の半分くらいはあるぞ」
「……まずいですね」
え、正確には分からないけど温泉湖って直径200メートルはあるよね? その半分だから100メートル? それは本当に生物なのか? だとしたら怪獣だよ。
「昆虫型の亜人で外骨格が凄まじく硬い。おまけにあの質量。私とベステルタじゃ捕縛は無理だ」
つまり本気出せば倒せるけど、亜人だから生け捕りたいってことかな? でも二人で無理なら厳しくないか? あとプテュエラはそんなに興奮しないで欲しい。血が止まりません。
「プテュエラ、あんまり暴れたら傷に障ります」
「す、すまん。ベスが下敷きにされかけたから助けようと風を纏って体当たりしたら弾き飛ばされてな……」
無茶をなさる。止めてくれ。何かあったら僕は立ち直れないよ。
「分かりました。一刻も早く向かいましょう。大型相手にベステルタ一人では荷が重そうです」
うんしょ、と重い腰を持ち上げるシュレア。とてとて、と歩き出す。
「ちょ、シュレアは大丈夫なの?」
あんだけ強い二人が一緒になっても抑えきれない相手に、シュレアがどうこうできるビジョンが思い浮かばない。
「大丈夫だ。ケイ」
濡らしたタオルで汚れを拭くと、少しだけ顔の緊張が和らいだ。
「シュレアは絶死の森において最強なんだ」
……マジ?
…………
……
「愚オオオォォ恐雄オォォォオオオオオオォォォオAWYオオオギュオオォォォOGGオオオオオオォォォオオオオオオオォォォオオオオアアアアァァァァァァア靉靉アアアア亜亜々アアァァァ!!!!」
空が鳴いているのか。
地が泣いているのか。
分からない。けれども目の前で起きていることは一言で言い表せられる。
天変地異だ。
「亜餓娥娥娥餓鬱娥ァーッ!」
僕一人を残しておけないということで、プテュエラと一緒に上空で待機している。あとベステルタへの無線係。
ここからだと何がどうなっているか、よく分かる。
そいつは100メートルは優に超しそうな、化け物大ムカデだ。
漆黒の外骨格。
稲妻模様の目。
死神の鎌のように鋭い無数の脚。
絶死の森の大木をなぎ倒す胴体。
そいつが怒りの声を轟かせ、大地を打ち据えている。
「いい加減、倒れ、ろっ!」
ズガァーン!
その周りを紫電の影が飛び回り、ムカデの巨体をぶん殴って揺らしていく。ベステルタだ。
ズゴォーン!
それでも有効打を与えているようには見えない。怪獣大決戦だよ。
「ケイ、ベステルタにシュレアが来たことを知らせるんだ!」
「わかった!」
プテュエラに促されベステルタにチャンネルを開く。
『ベステルタ! シュレアが来たから適当なタイミングで退いて!』
『あら、もう来ちゃったのね。ということは良いところはシュレアに持っていかれそう、ねっ!』
「ギュ亜ァァァァァァ骰オオオオオオオOOOOOOYYYY!!!」
ベステルタが巨体でうねりまくる大ムカデに急接近し、急停止、したかのように見えた。ベステルタが踏み込む。
極ッ!
初めて聴く音が絶死の森を揺らし、彼女を中心に大地がガラスのように砕け散った。
「崩拳!」
凄まじい威力の縦拳が大ムカデの胴体にめり込んだ。
「GYAAAAAA!!!」
くの字に折れる。
メリメリッ!
嫌な音がここまで聴こえてきた。あ! 大ムカデの身体に少しヒビが入っている!
「呪OA亜Wォォォォ!」
「きゃっ!」
大ムカデが苦しげに身体を振ると、巨大な顎に生えた牙がベステルタを薙ぎ払い、空中高く吹き飛ばされた。
「おっと!」
それをプテュエラがタイミング良くキャッチする。あ、危ねえ。肝が冷えた。
「助かったわプテュエラ」
「礼には及ばんさ」
「ケイもありがとうね」
僕は何もしていないが……。
プテュエラの背中から顔を出し、同じくプテュエラの脚に掴まれているベステルタを見る。全身傷だらけだ。こんな彼女は初めて見る。まあ相手が相手だからな。たぶん日本のガッズィーッラと同じくらいの大きさでしょ。戦車とか戦闘機案件ですよ。
「あとはシュレアに任せましょう」
「そうだな。ケイ、合図を出してくれ」
「う、うん」
二人とも案外余裕そうだけど、そんなもんなのか?
森に蠢く漆黒の巨大なとぐろ……。
あんなのどうにかできると思えないんだが。
『シュレア、ベステルタが退いたよ』
『分かりました』
ぶすっ。
シュレアは全身の触手を地面に突き刺し、何やら集中し始めた。
眼下のシュレアは小さい。
身長は僕とそんなに変わらないし、そもそもあの大ムカデの前では大概の生き物が小さい。
圧倒的な質量差。
両者には絶対的な隔たりがあるように見える。
あの巨大な胴体で薙ぎ払われて終わりなんじゃないか。
あの死神のような牙でギロチンされるんじゃないか。
気が気でない。
「ケイ、気持ちは分かるけどシュレアなら大丈夫よ」
ベステルタが言う。うーん。
「あ、ほら始まるわよ」
彼女がシュレアを指差した。
『……樹界……根……握』
ずぞぞぞぞぞ。
ざわわわわ。
な、なんだ。森がうねっている。あれ、回りが暗い。あんなに晴れていたのに。何が起きているんだ。風が強くなって寒気がしてきた。
「うわー、やっぱり森のシュレアはやばいわねえ」
「ああ、怒らせないようにしないとな」
二人が呑気にも会話している。
状況を理解していないのは僕だけだ。
辺りはますます暗くなっていって、目に見えない圧迫感が広がる。
こつん、と頭に何かが当たる。
木の枝? 何で上から?
頭上を仰ぐと同時にシュレアが呟く。
『……樹界錬成、仙掌・鎖羅双樹』
そうか。
暗くなったのは、寒くなったのは、曇ったからじゃない。
空を覆い尽くす、樹で出来た巨大な二つの掌。
絶死の森中の樹木が空に集められ、ムカデを覆い隠す程の掌を象っていた。
ま、マ○ターハンド?
『……征け』
シュレアがポツリと呟く。
それに呼応して二つの巨掌が猛然と大ムカデに掴みかかる。
巨人の手と漆黒大百足。
まるで子供が無邪気に虫と戯れるように。
大ムカデは目を恐怖の色に染め上げて逃げ出そうとする。
「GYU、疑ュァァァァァァァ!」
風が凄まじい。
そして大気のうねり。
そりゃそうだ、巨大な生物とそれを超越する自然現象がぶつかりあっているのだか。
「ぐ、ぐぉぉ」
程なくして大ムカデは掌に押さえつけられ、その動きを止めた。
……世界観、間違ってない?
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