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仕込み

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「ラーメンってなんだ?」

「良い質問ですねえ!」

「くぴっ!」

 指を差されビクッと反応するプテュエラ。可愛い。

「ラーメンとは混沌カオス遍愛アガペーが溶け合ったこの世のシャングリラなのです」

「……そう」

 ひどく残念な者を見る様子のベステルタ。

 なんだよ、その目は。こちとら真剣なんだよ。

「それで、どうやって作るのですか?」

「良い質問ですねえ!」

「うっ」

 掃き溜めのゴミを見る目で後退るシュレア。

「この大きい寸胴に具材を入れて煮まくる。そのスープを頂くんだよ」

「……普通ね」

「普通だ」

「普通です」

 三人揃って言う。君らそんな呼吸合ってたか? 

「煮込み料理じゃないですか」

「違うよ。ただの煮込み料理じゃないんだ」

「何が違うと言うんだ。具材が特別なのか?」

 プテュエラが首を傾げる。

 ああ、確かに特別かもしれないね。

「動物の骨を使います」

「……骨?」

 ベステルタが露骨に眉をひそめる。あら、やっぱりそういう文化は無いのだろうか。

「私たちに肥料を食べさせるつもりか?」

 ちょ、何たる言い草。

「ゴミじゃないですか」

 真顔でなんてこと言うの、シュレアちゃん。

「ケイ……流石にそれは美味しそうに思えないんだけど」

 嫌そうな顔のベステルタ。うーん、やっぱり土壌が無いと厳しいのだろうか。昔の人間もそうだったのかな。

「骨を食べろなんて……それじゃ魔獣じゃない」

「ケイだから許せるが、人間が言ったら八つ裂きにするぞ」

「シュレアたちはそこら辺の魔獣畜生と同じ扱いですか?」

 嫌悪感と悲しみをあらわにする三人。

 あー、なるほど。そういうことか。骨を食べると思っているんだね。そういう軽い扱いされていると。

 確かにそれは嫌だな。獣みたいに思われるってことか。勘違いして欲しくないがそんな意図は無いし、骨を食べさせるつもりはない。ちなみに犬は大好きだ。

「待って。骨を食べるなんて一言も言っていないよ。骨からとったスープで麺を食べるんだ。皆をそんな風に扱うつもりは無いよ。ごめんね」

 今のところ魚介系でやるつもりはないから、基本的に骨出汁にするつもりだ。

「ああ、なるほど。それならまあ」

「あり、なのか?」

「骨かじるよりかはいいんじゃない?」

 おお、少しは納得してくれたようだ。よかった。それでもまだ抵抗感はあるみたいだな。

「骨を砕いてその中の髄を出すんだよ。後は香味野菜や肉と煮込んで……」

「野菜が死にませんか?」

 真顔でなんてこと言うの……。
 さっきからシュレアの発言が尖りまくっている。

「死なないよ。むしろとても美味しくなるんだ」

「ふーむ、にわかには信じられませんが」

「まあここはケイを信じましょう」

「だな。今までの実績がある」

 三人とも紆余曲折あったが納得してくれた。積み上げてきて良かった実績。

「じゃあ何から始めればいいの?」

 ちょっとだけやる気のベステルタ。

「うーん。実は、僕も本格的に作ったことないんだよね。だから試行錯誤しながら、かな?」

「無計画だ」

「無計画ですね」

 うるさいやい。

「でも、そういうのも楽しそう。僅かな手がかりを元に手探りで進む……冒険的だわ」

 ベステルタが妙なところで琴線に触れたようだ。やる気出してくれるなら有難い。

「骨を使うのよね? 何の骨を使うの?」

「確かに。フレイムベアか?」

「すごい臭いになりそうです」

 熊骨ラーメンかあ。
 無いことは無いだろうが、初回で作るにはハードルが高い。ここはやっぱり豚骨系だろうな。

「ダンプボアの骨を使うよ」

「ふぅん、面白そうね。やってみましょ」

 と言う訳で絶死の森でラーメン作りが始まった。殆どが手探りだ。でもやってみたかったんだ。これこそきっと自由だよ。さて、何から始めっかな。

…………

……

「まずはダンプボアの骨を洗うよ。あ、誰かお湯沸かしておいて」

「はい」

 シュレアは気が利くなあ。

 下茹での前に骨を洗わないとな。血まみれだし。しまった、ブラシとか買ってたっけ。まあ手洗いでいいや。徐々に修正しましょ。いきなり完璧なんて無理。

 ごしごし。

 うわ、手くっさ。

 ごしごし。

 くっさ。くっさ。くっさ。

「プテュエラ、風でこう、骨の血合いとか吹き飛ばせないかな。肉片は残したままでさ」

「簡単だ」

 ブオオオオオォォォォ!

 ぐるぐるぐるぐる。

 ダンプボアの大きい骨が風車みたいに空中を高速回転する。血合いがぴゅんぴゅん飛び散るということはなく、しっかり風で回収してくれていた。便利すぎる。

「ありがとう。そんなもんでいいよ」

 よし。いい感じ。

 じゃあそれを寸胴の中に詰めていく。

 げんこつっぽいやつ。
 背ガラっぽいやつ。

 髄液が溶け出すように叩き折ってぽいぽい寸胴の中へ。

 頭蓋骨は……。どうするんだっけ。脳みそとか。うーん、今回は止めておこう。

「ふんぬぬぬぬ」

 背ガラが折れねえ。普通の豚ならいけると思うけど、絶死の森魔獣だし。固い。練喚攻・一層じゃ無理か。パワー不足を実感する。

「これストレス解消にいいわね」

 ぽきぱきぽき。
 片手で鉛筆みたいに折っていくベステルタ。筋肉に物言わせてやがる。

 そこに水をだばー。 

 ひたひたになるくらいまで入れたら火を点ける。

「燃やしまくれー!」

 ガンガン炊いていく。
 するとあっという間に灰汁が浮き出す。くっせえ。

「何か……臭いわ」
「獣臭だな」
「好きではないですね」

 不評だ。でもこれがよくなるんだって。

 あ、そうだ。チャーシューも作らないと。ていうか肉も入れて煮込まないと。

「シュレア、なるべく味のしない蔦とかで肉を縛れる?」

「問題ありません」

 急いで切ったダンプボアのモモ肉、肩肉、バラ肉を蔦で形が崩れないように縛り上げ、寸胴の中へ。合ってるかはわからん。

 どっぽんどっぽん。

 ごぽごぽと暗褐色の液体が煮立つ。

 うっは。すげえ臭い。なんか楽しくなってきたぞ。

 やっべ、かき混ぜないと。下が焦げる。
 あれだ、エンマ棒が必要だ。

「オールって分かる? 船漕ぐやつ。あれを木で欲しいんだけど、賢樹魔法ってそういうのもいけるのかな」

「櫂のことですね。昔文献で見たから分かります。こんな感じですか?」

 他の二人は「船?」って首を傾げているけど、説明は今度にさせてくれ。

 シュレアは地面に手を当て引っこ抜くように持ち上げる。ずももも、とその手にくっついて大きな櫂が現れた。何これ、錬金術師みたい。

 念の為さっと水で洗い、寸胴へぶちこみかき混ぜる。

「おっも!」

 がろがろ、と寸胴の中の骨を底から揺するように動かす。

 めちゃくちゃ重い。何だこれ。動かない。具材が大量なのと、素材自体の重量を加味しても重い。ラーメン屋さんは化け物か。そう言えば、確かに豚骨ラーメン屋さんってガタイ良い人多かったな。

「これを数十分毎に、水入れて、灰汁とって、がろがろして、を繰り返すのか……。大変だ」

 凄まじい重労働だ。
 パッシブ身体能力向上している僕で辛いんだから、日常的にやる人は超人だ。

「へー、やらせてよ」

 ベステルタがエンマ棒をひったくって、がろがろ掻き回す。

「面白いじゃない。何だかわくわくしてくるわ」

 この子スープ掻き回すのすごい似合うな。黒いハチマキ巻かせたいよ。

「じゃあベステルタはしばらくそれお願いね。煮込んだ肉を魚醤に漬けよう」

 どぶわぁ、ともったりしたスープの中から肉塊を取り出す。そこまで崩れてないな。良かった。

 醤油が無いから魚醤をタレにする。
 一応、東南アジアとかでもやってたから大丈夫なはずだ。
 目分量の砂糖と岩塩、すりおろし大量ニンニクをぶち込んだタレに合わせ、シルビアから買った壺にぶち込んでおく。ちなみにラーメンのタレも兼ねている。

「ケイ……わたし、この臭い好きかも」
「嘘だろベステルタ」
「これ濡れた魔獣と同じ臭いですよ?」

 ベステルタは才能あるな。この臭いが好きなのは。一緒にラーメン巡りしたかったなあ。
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