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シルビア・ブラス

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「ウチはデイライトで一番の品揃えだよー!」
「魔人が使っていた魔法具あるぞ! 今ならたったの金貨十枚!」
「ダンジョン十階までの最新地図、早いもん勝ちだ!」
「アセンブラ教会お墨付きのポーション入荷したぜえ! らっしゃい!」

 おおー、大きな市場だな! 熱気がすごい。何かワクワクするな。ポーションもあるのか。念の為買った方がいいかもしれないな。

『ケイ、もう四人ほどスリを追い払った。気を付けた方がいい』

 プテュエラがそっと教えてくれる。

 やばいな、人が多い分犯罪も多そうだ。気を付けなきゃ。

 さて、この中から探すの大変だな……。地道に聞き込んで探しますかね。品物見るのも楽しそうだし。そうだ、ポーション買おう。

 適当に市場に並べられたポーションを見ていたら、商人に話しかけられた。

「お客さん、アセンポーションお買い求めかい?」

 アセンブラのポーションだからアセンポーションか。
 ていうかあそこ、ポーション販売までしているんだね。手広いな。教会だからかな。

「ええ、見せてもらっても?」

「いいとも。製造したばかりだから劣化してないよ。どうぞ見ていってくれ!」

 商人は愛想よくポーションを見せてくれる。
 ……なんか茶色い。濁ってる。本当に劣化してないのか? ていうかポーションって劣化するのか。いや、それが普通だよな。

「何か茶色く濁ってるんですが」

「おいおい、ケチつける気か? それなら匂い嗅いでみな」

 心外だ、と言わんばかりの顔でポーションの飲み口を向ける。ちょっと気が進まないが……嗅いでみるか。
 くんくん。

「くっさ!」

 酷い匂いだ。あれだ、運動部のニオイ。剣道部の小手の中、野球のグローブ、サッカーのシューズ……。酸っぱ臭い。

「何だよお客さん、まだ気にいらないのか? 仕方ねえな、ほら飲んでみろよ。味確かめればわかるだろ?」

 親切に売り物のポーションを進めてくる。え、これ、飲み物なの? 患部に振りかけるとかじゃなくて。

「い、いえ遠慮しておきます」

 こんなもの飲んだら確実に吐く。もう臭いがだめだ。

「いいや、こっちもそんな反応されたら引き下がれねえぜ。ほらっ!」

 むぐっ。
 無理矢理口に突っ込まれる。

「おげえええ」

 吐いた。
 最低の味だ。 

 体育館の染みを凝縮したようなフレーバー。甘さはあるが腐った柑橘類みたいだ。そして何より、粘り気がある。これ、魑魅魍魎の体液だろ……。

『あっはっは』

 プテュエラが無邪気に笑っている。イラッとした。今度肉減らしてやる。

「うわっ、汚えな! あんた営業妨害だよ!」

 商人はひどく怒ってしまった。勘弁してくれよ。こんなの保健所に駆け込むレベルだ。この世界の人間は舌がイカれてるのか? 正気を疑う。他に無いのかよ。これ一択なの?

「う、うげぇ。ポーションってこれだけしかないんですか?」

「ねえよ。かなり昔、一時期だけ質の良いのが売られてたがアセンブラ教に潰されたって話だ。それよりポーション代弁償しろよな」

 これアセンブラ利権に食い込んでやられたパターンだな。どんどん心証が悪くなっていく。こんな激マズポーション、いやローションを我が物顔で売るアセンブラ教はろくでもないに決まっているよ。

 反論する気持ちも起こらず、さっさと代金払って去った。金貨一枚だった。信じられないほど高え。でも、怪我がすぐ治るなら適正価格なのか……? すぐに爽やかな果実水を買って飲んだ。うめえ。

 しばらく僕たちは露店商たちの強引な客引きに辟易したり、異国の品物に目を奪われたりしつつ、雑貨を買ったりしてブラス商会のご息女? の場所を聞き込んでいった。
 けっこう有名な話らしく、すぐに居場所が分かったのであまり時間がかからずに済んだ。

「おにーさん! ウチで何か買って行って下さいよ! 安くしますよ!」
 お、いたいた。あれだ、ブラス商会のご息女だ。金髪で溌剌としたオーラがある。見るからに商売人っぽい。うわ、目が金貨みたいに光っている。銭取ったるで! という意志を感じる。

「調理道具を探しているんですがありますか?」

「もちろん! まな板から寸胴まで取り揃えていますよ。無い物は速攻で仕入れます!」

 ずずっ、と寄ってくる。グイグイ来るな。すごい顔を近付けてくる。こ、これはいい気になってしまいそうだ。

「他にもたくさん欲しいものあるんですが大丈夫ですかね?」

「たくさんですか! もちろんです! ありがとうございます! 最優先でやらせてもらいます!」

 ぐぐぐぐっ!
 目が完全にお金マークだ。チャリンチャリンチャリン、って音が聴こえそうだよ。あまりにも素直で逆に好印象だ。

 とりあえず欲しいものを伝える。調理器具一式に香辛料、布や家具、後は酒なんかを所望した。それと小麦と卵。それぞれ別の店で買ってもいいんだけど、ここはなるべくお金を落として印象を良くしておきたい。

「では、宜しくお願いしますね」

「たくさんありがとうございます! それでは金貨三枚まいどあり、です! 後日仕入れてお渡ししますね」

 けっこう金かかったなー。三十万ソルンか。調味料がびっくりするほど高かった。そういえば前の世界の歴史では香辛料貿易で大富豪になった人もいたみたいだし、そんなもんなのかもね。

「他にもご用件はありますか?」

 ニコニコ、ほくほく、とした満面の笑みで訊いてくる。幸せそうな顔だな……。

 うーん、何て話を切り出そうかな。一応亜人絡んでるから単刀直入に言って大丈夫か心配だ。
 ……めんどくさいな。明日でいいや。

「いえ、特にないです。あ、荷物の運搬は大丈夫ですか?」

「問題ないですよ! 魔法の鞄を借りるので。むしろそちらこそ大丈夫ですか?」

「問題ないですよ。僕は魔法の鞄を所持しているんです」

「わあ! それは羨ましい限りです! お金持ちでいらっしゃるんですね!」

 絶対逃がさへんで、という目。
 もう彼女にとって僕は金づるなのだろう。まあここまで突き抜けていると、むしろ気持ち良いよ。

「そうだ、お名前を伺ってもよろしいですか? 僕は種巣啓と申します」

「これはご丁寧に。私はシルビア・ブラスと申します。今後ともご贔屓に! ぜひお金を落としていってください! ぐふ!」

 おいおい、この子欲望が駄々漏れしているよ。ぐふ、は年頃の女の子が言っちゃだめだろ。男の子もだめだよ。全体的にだめだよ。

『この娘、ベスがケイを襲う時の目をしているな』

『えっ』

 それって、繁殖的な意味ではなくお財布的な意味だよね? 前者ならぜひお願いしたいけども。すごいな、ベステルタ並みの欲望を金に対して持っているなんて。こえぇー。

「ではまた、明日来ますので」

「はい! お待ちしていますよー!」

 手をブンブン振って見送ってくれた。現金な人だなー。
 次は寝具を見に行こうかな。

…………

 おっと、気付いたらいい時間だ。お昼食べないとな。
 と言ってもプテュエラと店に入って食べるのは難しいから、どうしても屋台で買い食いになってしまうんだけどね。ベステルタたちと気兼ね無くご飯食べられるようになりたいよ、まったく。

『プテュエラ、何か食べたいものある?』

『あのさくじゅわが食べたいな』

 唐揚げのことだね。あれ美味しかったかあ。
 ちなみに、クールを装ってるけど、僕の肩には既によだれが垂れている。

『じゃあお店探そうね』

『ケイ、あの店が旨いと思う』

 プテュエラが見る方向には何も無い。

『ん、何も無いけど?』

『いや、あの先の道を曲がった先だ。とても良い匂いが風に乗って漂ってくる。肉部部長として舌に記録しなければ』

 ふんふん、と使命感に燃える風鷲さん。

 殲風魔法、そんな使い方もできるのか。ここに来てプテュエラの魔法が殲滅以外にも使われて何だか嬉しいよ。

 道を曲がると地味な屋台があった。あ、でも良い匂いがするな。スパイシーというかエスニックな香りだ。期待できそう。

「いい匂いですね」

 人族のちょっと小汚ないおっちゃんが、顔を上げにやりと笑う。頭にハチマキを巻いている。ハチマキ巻いた小汚ないおっちゃんの店なんて美味いに決まってるじゃん。

「らっしゃい! 分かるかい? 嬉しいねえ。うちは他とは一味違うぜ? 味見していきな!」

 ではお言葉に甘えて。

 さくっ。じゅわっ。ぴりぴりっ。

 ぐっは。これはうまい。サクサクの衣。ほのかな辛味と食欲を誘う香気がたまらない。肉自体の味も最高だ。鶏よりも野性味あるんだけど、クセはそこまで無くジューシーだ。
 ベステルタにも買わないと。あっ、シュレアにもだな。孤児院の皆にも買っていこう。

「これ何の肉ですか?」

「これは迷宮に出るシャイバードって鳥型魔獣の肉だぜ。見付けづらくて値は張るんだが、味はピカイチよ」

 これは迷宮行かないとな。シャイだろうがダイだろうが見敵必殺、サーチ・アンド・ハンティングだ。

「おっちゃん、これ、あるだけ下さい」

 おっちゃんがびっくりして目を見開く。

「あ、あるだけ? 旦那、嬉しいけどそんなに食えるのかい?」

『買い占めるのか? いいぞ。ケイを全面的に支持する』

 お墨付きをもらった。ふふ。

「僕だけじゃないですよ。よく食べる仲間がいるんです。あと孤児院の子供たちにも美味しいもの食べさせてあげたいんです」

「そういうことか。分かった! なら、しこたま作ってやらぁ! 揚げまくるぜ! うぉー!」

 おっちゃんが、豪快に揚げ始めた。元気な人だ。揚げた側から片っ端に魔法の鞄へ詰め込んで行く。たまにおっちゃんの目を盗んでひょいひょいプテュエラにもあげた。

『ぬぉぉぉぉぉぉ』

 上空で悶える声。幸せそうで何よりだ。

「はあはあ。揚げ切ったぜ……」

 燃え尽きた感のあるおっちゃん。何で肩で息してんだ。

「おっちゃん、ありがとう。お代ここに置いておくね」

 僕は金貨を三枚ほど置いておく。

「ばっ! こんなに貰えねえよ!」

「また買いに来るから、美味しいの作っておいてよ。研究費用だと思って、ね」

「くっ、分かった! 腕によりをかけて作っておくぜ! ありがとうな、旦那!」

 おっちゃん、の声を背に唐揚げをパクつく。
 うへへ、金に物を言わせた。
 下品かもしれないがいいのよ。使わずに持ってても仕方ないからね。異世界に来たんだから、やってないことをやるのさ。それにお金にもまだ当てはあるし。にしてもマジうめえこれ。

 さて、次は寸法測りに行くかな。早くベステルタも自由に行動させてあげたい。
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