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プロデュース

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 最近、朝ばっちり目覚めるようになった。たぶん、次の日が待ち遠しいんだよ。仕事してた時はもっと寝ていたい、としか思ってなかったもん。

 唇に柔らかく湿った感触。それが立て続けに二回。

「おはよう、ケイ」
「朝だぞ、起きろ」

 はー、朝から幸せな起き方をしてしまった。強制的に幸福を自覚させられるな。

「わっ、なに? どうしたの?」
「わはは、続きがしたいのか?」

 思わずベステルタとプテュエラを抱き締めて、もふもふしてしまった。

 ベステルタは硬めの毛質なんだけど、高級タオルみたいに馴染む。包み込むようなもふもふ。

 プテュエラはつやつやしていて、王道のもふもふ。彼女自身着痩せするから結構顔を埋められる。もっふぅ。あと意外と香ばしい匂いがするのがよい。

 あっ、シュレア分が足りない。唐突に寂しさが去来した。圧倒的に足りてない。嫌視線な癒や視線。もじゃもじゃ。ぷりんぷりん。

 だめだ召喚しよう。

『シュレアちょっと召喚するね』

『は? 何を』

 ぶわっと光が舞って、全裸のシュレアが現れた。

「樹葬」

「わー! ごめんなさい! それは死ぬ! ダークエイプみたいになるから!」

…………


……


「当たり前ですが一声かけるべきです。常識に欠けています」

「はい、ごめんなさい」

 淡々とお説教された。僕は部屋の木製家具から生えた蔦やら何やらでぐるぐる巻きにされている。でも頭はシュレアの膝の上だ。

「今さら裸体で恥ずかしがったりしませんが、軽く見られているようで嫌悪感を覚えます」

 極寒ジト目が屈んで垂れた黒髪の奥底で僕を見据えている。うっ、これこれ。これが足りなかった。

「申し訳ありません。シュレア成分が足りませんでした」

「ならば尚更、理を尽くして下さい。きちんと説明してくれたら対応します」

 さらにぐぐっと屈む。あっ、ぽよよんが僕のおでこの上でぽよよんってなっている。けど身動きが取れない。何てこった。これがぽよよんトーチャーか。

「分かりましたぽよよん」

 はっ、つい語尾にぽよよんがっ。

「シュレアたちはあなたが良いように使える道具ではないんですよ?
 ……ケイが真剣に聞いてくれなくて悲しいです」

 何てことを言わせてしまったんだろう。本当に悲しそうだ。
 ああ……僕はいつも親しい人に対してすぐに調子にのってしまうんだ……。久しぶりに自分が嫌になったよ。僕は何を思い上がっているんだ。はぁ。

「ごめんなさい。もうしません。道具だなんて思っていません。だから悲しい顔しないでください」

「ケイ、今のはシュレアの演技よ」

「演技ではありません」

「シュレアは昔から真剣に騙してくるから気を付けろよ」

「騙していません」

 えっ、演技だったの? 分かる訳無いよ。
 もう。反省したけど。いや、今の気持ちを大事にしよう。ここはゲームじゃない。アニメでもない。そういう感覚は抜きにしなきゃ。

 膝に顔を埋めてやる。

「ああああシュレアああああ」

 ボタニカル良い匂い。少しだけ樹液がツンとする……。後頭部にシュレアの触手がおかれ、ぎこちなく動かされる。

「気持ち悪いですね」

 嫌そうな顔しているんだろうな、と思うと今日も一日頑張れそうだった。



 シュレアを拠点に、ベステルタをリッカリンデン孤児院に送還して、不可視化したプテュエラと一階に降りた。

 一階の食堂ではブラガさんたちが忙しそうに働いている。ああ、ブラガさんと奥さんが厨房をやっているのね。ホールは息子さんと……ん?

「あっ」

「シャロンさん。ここで働いていたんだね」

  彼女は驚いた後、ぱっと笑った。ああ、年相応の笑顔だな。昨日は大人顔負けの落ち着きっぷりだったから安心する。

「もしかしてあなたがケイさんですか?」

「そうですよ。お世話になるね」

「はい! 来てくれて嬉しいです。今忙しいのでまた後で!」

 そういうと、ぴゃーっと朝食を客に運びに行ってしまった。相変わらずてきぱき動くなあ。

『昨日の親切な娘じゃないか』

『みたいだね。彼女がいるなら安心だね』

 ホールを明るく動き回って冒険者らしき客に朝食を運んでいる。ちなみに獣人が多い。

『そうだな。彼女と番うのか?』

「ぶっ」

「おい、にいちゃん吹き出すなよ。きたねえなあ」

「す、すみません」

 近くの冒険者に注意されてしまった。

『ケイ、行儀が悪いぞ』

『いやいや、君が変なこというからでしょ。シャロンさんはまだ子供だし色々問題ありすぎるよ』

 亜人のそこら辺の感覚、人間とだいぶずれてそうだな。ていうかプテュエラに行儀について言われたくない。

『別に私たちと契約しているからって遠慮することはないぞ? 
 人間は人間同士でも繁殖すればいい。私はベスみたいに拘束しないからな』

『う、うーん』

 まてよ。
 シャロンさんは年齢的に論外として、普通に人間と繁り抜きの繁り(察してくれ)は興味ある。前の世界じゃ全然だったしな。今や連日フル稼働だよ。

『人間の世界だとシャロンさんくらいの年齢の人と繁っちゃうと、衛兵に捕まっちゃうんだよ。でも、もう少し年上のお姉さんとはそういうこともあるかもしれないね』

『ああ、なるほど。人間は身体の成長が遅いしな。分かった。
 それならカリンくらいなら大丈夫か?』

『……そりゃ大丈夫だけどさ』

 こちらからお願いしたいくらいだけど。ちょっと怖い。あと、使徒っていう立場を利用している気がする。

 何かずいぶんグイグイ来るな。どうかしたのだろうか。

『人間と話しているケイが嬉しそうだったからな。
 もしかしたら、今まで私たちとの契約に縛られていたんじゃないかと思ったんだ。
 ベスは何か言うかもしれんが、なに、私が説得するから気にするな。ケイは好きに振る舞えばいい』

 この安心感。包容感。器がでかいよ。
 ベステルタは亜人たちをまとめてくれるけど、こうやってプテュエラが補佐してくれるのは有難いよね。

『ありがとう』

『気にするな、我が契約者よ……きゃりり』

 かっこよく決めたけど、例の可愛い歯ぎしりが漏れ出てる。彼女らしいや。

「お待たせしました!」

 どどん、とシャロンさんが朝食を置いた。おっ、またバランスとれてそうな食事だな。よし、頂きます。



「ふーっ、食った食った」

 朝からしっかりバランスよく食べられて満足だ。シャロンさんにも会えたしね。
 昨夜いなかったのは病気のお母さんの世話をしていたらしい。健気だよね。病気なら僕の浄化で何とかなるかもしれないな。時間があったら提案してみよう。

 冒険者が「さて行くか」とか「ダンジョンの十二階が今アツいらしいぜ」とか言って、遠吠え亭から出ていった。冒険者もやっぱり朝から活動するんだねえ。

「それで、どうだった? うちの飯は?」

 朝のピークは過ぎたのだろう。ブラガさんが直接僕のところに来た。

「僕は問題なかったです。バランスがとれていました。ブラガさんが客の健康を気遣っていることが分かって好印象でした」

「おお、そうか。そいつは嬉しいな。俺もゴドーと冒険者やってた時よ、偏った飯ばっかり食っていてな。それで調子を崩したことがある。今の冒険者にはそうなって欲しくないんだ」

 おお、熱く語ってくれた。流石、自分の腕で勝負しているプロは熱意も違うね。

「だが最近、客足が遠退いてきてな。ここ数年、アセンブラの連中が獣人に差別的だろ? アセンブラ教徒の人族客が少なくなってきている。獣人はそうでも無いんだけどよ」

 やれやれ、と肩をすくめる。

 まーたアセンブラか。ロクなことしないな。
 彼らを見ずに決めつけたくないけど、弊害を実感している人は他にもいそうだね。

「だからこう、看板メニューみたいのが欲しいんだよな。一発デカイやつをよ」

 なるほどね。
 看板メニューか。何かあるかな。揚げ物はあるっぽいし。

「うちは薄味だろ? それは分かってんだ。でも獣人は鼻や舌が鋭いから濃すぎるのはだめだ。豪快なのは好きだけどな」

 おー、確かにそうか。
 獣人は見た目のインパクトでこってり好きかと勘違いしてたけど。何か面白いな。

「だからこう……、薄味にも濃い味にも対応できる看板メニューを作りたいんだが上手くいかないのよ」

 ふむ……。実はアイデアがあるにはあるんだけど、僕が食べたいだけなんだよなー。あ、そうだ。自分で作ればいいじゃん。

「ちょっと考えておきますね。ちなみにデイライトに麺はありますか?」

「麺? あるにはあるが人気はあまり無いな。どうした? なんかアイデアあるのか?」

 人気無いのか。もったいないなあ。参考のために購入しておこう。

「ありますけど、僕も良く覚えていないんです。自分ん家で作ってうまくできたら教えますよ」
 
「失敗を恐れてちゃ前に進めないぜ。ヒントだけでも教えてくれ」

 割りと必死なブラガさん。

 うーん、ヒントならいいか。あんまり詳しく教えると、失敗した時に気まずくなりそうだし。

「そうですね、大きい鍋にたくさんの水と動物の骨と肉、香味野菜を入れてとにかく煮込むんです。それがベースで、あとは調味料でタレを作って味の方向性を出します」

「なんだそりゃ。動物の骨? 食えるのかよ、それ。肥料じゃねえんだぞ。適当なこと言ってないだろうな」

 確かに肥料っぽいな。食べ物には思えない。言っててそう思った。

「僕の故郷では老若男女に好まれて、熱狂的なファンがいましたね」

「おい、何作るんだよ。教えてくれ。気になって仕事できねえよ」

「秘密です。そのうち教えます」

「約束だぞ!」

 ブラガさんの大声を背に遠吠え亭を後にする。さて、いろいろやらなくちゃな。

 ふふ、うまく行けばめっけもんだ。僕もチャレンジしたかったし、ちょうどよかったな。
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