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アックス・イズ・ジャスティス

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 ポケットを叩けば金貨十枚相当(一枚は両替済み)!
 もう一回叩くと背中にめっちゃかっこいい戦斧が一本!

『その意味の分からない調子外れな歌はなんだ?』

『気にしないで。嬉しいだけさ』

 もうルンルンだよ。疲れた甲斐があった。

 ゴドーさんが僕のリクエストに応えて迷った挙げ句、「あ、あれがあったな」と奥に引っ込んで、色んな物を落としながらえっちらおっちら持ってきたのが、今僕の背負っている斧だ。

「どっかの行商人が金払えねえっていうからふんだくったやつだ。俺ですら振れねえから倉庫の肥やしになっていたけどよ」

 ゴドーさんはそう説明してくれた。

「頑丈って言ったらこれ以上はねえ。だが振れるのか? ていうか人間に持てるのか?」

 その問いには練喚攻・二層でお答えした。

 もうね。運命だったね。
 
 まるで僕の手が居場所だったかのように馴染んでくれた。どう扱えばいいのかすぐわかったよ。練喚攻・二層で持てるか不安だったけど、ちょうどよかった。程よい重さを感じつつ、器用にぶんぶん振り回した。風切り音が喜びの声に聞こえたね。ゴドーさんには室内で振り回すんじゃねえって、怒られたけど。ファイナちゃんは完全に引いてた。ま、いっか。

「ふんふんふん」

 巨大な戦斧の重みが背中にのし掛かる。僕の背丈より遥かに高いから、大体二メートルくらいありそうだ。両刃の直径は僕の肩より広く、全体の三割くらいが刃だ。

 柄の先端である石突部分は鎌状になっているのもニクい配慮だ。これで膝裏を切り裂いたりできるんだよね。

 ちなみに刃側の先端には刺突槍のようなものは無い。しゃらくせえ、ぶった斬ればいいのよ、簡単だろ? という気概を感じる。そこに惚れた。しかも、何とオール金属製だ。大人より重いだろうな。

 こんなの人が持つ斧じゃないけど、異世界ならあるんだよ。異世界でも持てるやつはほぼいないらしいけど。

 ゴドーさん曰く、人では持つことは不可能に近く、獣人の中でも指折りの怪力が使うような斧だそうだ。

 特に魔法が込められている訳ではないが、ミスリル(やっぱりあったよ、ミスリル)を使っているため、魔力の通りが良く、魔力を込めればさらに硬くなるのだそうだ。魔力込めてもただ硬くなるだけ。だがそれがいい。質量と硬さと力でぶっ潰せばいいのよ。

 意匠も最高で、柄と刃に蕀のような紋様が彫られている。派手すぎず、地味すぎず。然り気無い。きっと淑女だな。そうだ、偉大なるフランク族の斧にあやかってフランチェスカと名付けよう。ああフランチェスカ。フランかわいいよぺろぺろ。

 ダイオークじゃこの喜びの対価にはならないから、フレイムベアの毛皮をこっそり置いてきた。外に出た時、血相を変えたゴドーさんが追いかけてきたけど「自由に使ってくださーい!」と言ってダッシュで逃げた。いやー、良いことしたな。

『……ケイ、斧に頬擦りするのはどうかと思うぞ』

 失礼な。これはコミュニケーションなんだよ。あーん、帰ったら毎日手入れしないと!

『すまん、ベス。私にはケイの妙な性癖を止めることはできなかった……』

 性癖じゃないよ。愛だよ。まったく。

 いやー、マジで嬉しいな。

 だって斧だよ? 戦斧だよ? つまりバトルアックスだ。男のロマンでしょ。

 昔から憧れていたんだ。僕はそんなに力強くないから、こう、見るからにパワーを感じるものにね。力強いのが好きなんだよ。

 実際僕の戦闘スタイルなんて、練喚攻使って身体能力に物言わせるやり方だし。大体、何かヤバイことあったら亜人たちに頼るし。だから技術とか身に付けるのコスパ悪いんだよね。
 それなら手っ取り早く戦斧構えて、スッと行ってドガァン! これだよ。これこそが正義。アックス・イズ・ジャスティス。
 往来の人々が何やらひそひそ、「奇人か?」「人間じゃねえ」「イカれてんのか?」「キモい」とか言っている声は聞こえない。あー、聞こえない。
 
『プテュエラ、そんなこと言ってたらグルメ屋台巡り連れていかないよ? お肉だよ? 強制送還するよ?』

『くっ……すまん、シュレア。私はこれよりすべての性癖に目を瞑る』

 そっと目を閉じるプテュエラ。

 だから性癖じゃないって。

 こんな鼻歌歌ってしまいそうな軽やかな足取りだけど、目的も無く歩いているわけじゃない。
 ちゃんとゴドーさんからおすすめの宿と、屋台が集まりそうな通りを、地図に書いて教えてもらったのだ。
 宿に関しては僕がぶらついている間に、話を通しておいてくれるらしい。遠吠え亭って言うんだってさ。ジオス教徒なのかな? それだと何かとやりやすいから助かるけど。

 そろそろ人通りも多くなってきたし、残念だけどフランチェスカには鞄の中で眠っていて貰おう。あー、行ってしまう。僕のフランチェスカが……。

『ケイ……』

 な、なんだよ。いいじゃないか。そんな憐れみの顔で見ないでくれ。

『さ、プテュエラ。まずはどの屋台から行きたい?』

 ゴドーさんから貰ったパンフレットみたいなやつを鞄から取り出して広げる。一応紙だけど、かなりごわごわだ。パピルスみたいなやつだね。

「あれ?」

 あれ、これ地図じゃない。言葉の羅列だ。
 もしかしてこの屋台が旨いぜって情報だけ?

『プテュエラ、読める?』

『ふむ……読めないのだが』

 あっ。

『やべえ、僕も読めない……』

『……』

 詰んだ。
 これじゃ宿の場所も分からない。道を書いてくれているのだと思った。仕方ない。そこら辺の人に訊くか。

 あそこでさっきから僕のフランチェスカに色目を使っていた冒険者男二人連れにでも訊いてみよう。

「すみません、ちょっといいですか」

「うわっ、なんだよ斧狂い。俺は斧持ってねーぞ」

 二人組の一人がぎょっとしたように言った。

 斧狂い……。あれ、ちょっといいかも。

「やべえよ、こいつニヤニヤ笑ってやがる。絶対やべえやつだよ」
「おい、さっさと行こうぜ……」

 二人組はひそひそ言いながら行ってしまった……。

「失礼なやつらだな」

 けしからんな。まったく。まあ、僕にも落ち度があったかもしれない。次はもう少し堂々と行こう。

 おっ、あそこの野菜売りで品定めしている若い女性に訊いてみようかな。

「すみま」

「いやぁ!

 ええ……。
 女性は悲鳴を上げて逃げてしまった。そこまで?

「おい、あんた商売の邪魔だよ! どっか失せな!」

 客がいなくなった野菜売りのおばちゃんにも怒られた。そ、そんな。不可抗力だよ。

『ケイ……私は傍にいるからな』

 プテュエラが悲しそうな目で見てくる。くっ、これはシュレアの嫌視線とは別種だ。ガチのやつだ。

「だ、大丈夫だよ。問題無い。ごめんね、もう少し待ってね」

…………


…… 

 『ケイ……お腹空いた……』

 プテュエラが悲しそうな声で訴えてくる。うう、すべては僕のせいだ。僕のフランチェスカへの愛が強すぎたからだ。ここら辺の人々が誰も話してくれない。遠巻きにひそひそするだけだ。

 やばいぞ、プテュエラから愛想を尽かされてしまったら僕は立ち直れない。

 そうだ。フランチェスカも大事だけど、ずっと付き合ってきたのはプテュエラたちじゃないか。何を勘違いしていたんだ。

 よし、今度こそだ! プテュエラにお腹一杯食べさせてあげなければ!

 む、あそこの肉屋で品定めしている純粋そうな少女に訊いてみよう。きっと心が純粋だから無下にはしないはず……そうであってくれ……。

「ちょっといいいかな、道を訊きたいんだけど」

「はい、何でしょうか?」

 おお、なんて優しそうな子なんだ。中学生くらいだろうか。髪を後ろに束ねて、前掛けをしている。利発で賢そうだ。あっ、もしかして飲食店の買い出しかな? やっとチャンスが巡ってきたかもしれない。

「実は字が読めなくてね。ここに書いてある屋台に行きたいんだけど、屋台の名前と場所を簡単に教えてくれるかい?」

「ああ、それでしたら」

「シャロンちゃん、その男とは関わらない方がいいぜ。さっきからここらを斧舐めながらうろついている変態だ。人に話しかけまくってるからきっと新手の宗教勧誘だ。最近物騒だし変なやつと話さない方がいい」

 正義感溢れる肉屋のオヤジが、シャロンと呼ばれた少女に忠告する。なんてことをしてくれるんだよ。浄化していないフレイムベアの肉を卸すよ? 店頭に並べるよ?

「そうなんですか?」

「違うよ。誤解だ。宗教勧誘なんてしていない、斧を舐めたりしていない。とても素敵な戦斧を手にいれたから舞い上がっていただけなんだよ」

 頬擦りはしたけど。

 やっと釈明できた。全員これを話す前に逃げて行ったからなあ。

「だそうですよ。皆さん気にしすぎですよ。確かにおかしな行動したかもしれないですけど、決めつけるのは良くないです」

 大人に向かってにこやかにきっぱり言い切るシャロンちゃん。
 な、なんて良くできた子なの……。涙が出そうだ。

「そ、そうか。そうかもしれないな。兄ちゃん悪かったな。今度来たらおまけしとくよ」

 肉屋のおっちゃんもたじたじだ。こんな強面によく言えるよな。僕なら縮こまって何も言えないよ。

「いえいえ、お気になさらず。ところで、お店なんだけど」

「今、お買い物しているのでもう少し待って下さいね」

 ぐっ、その通りだ。まったく、こんな年下の女の子に正論言われるなんて情けない。異世界に来てもここら辺はダメダメだね。

「お急ぎのところごめんなさい。ぱぱっと済ませてしまいますね」

 にこり。

 うん、この子、将来は絶対旦那さんをきっちり管理するな。フォローが絶妙だ。肉屋のおっちゃんがたじたじなのも分かる。

「こっちこそごめんね。ゆっくりで構わないよ」

…………


……

 その後、てきぱきと買い物を終わらせたシャロンちゃんと並んで歩く。荷物はもちろん持ちました。結構量あったし。遠慮していたけど流石にね。

「すみません、持って頂いて」

「気にしないで。シャロンさん」

 彼女は少し驚いたように目を開いた。あれだけ大人な対応してくれたら、いくら年下でもちゃんづけでなんて呼べないよ。

「ありがとうございます。それで、屋台の名前と場所でしたっけ?」

「そうなんだ。用事済ませていて、お昼がまだでさ。連れにも買ってあげないといけないんだよ」

『……』

 プテュエラが早くしてくれ、という目で僕を見る。もうちょいだから待ってくれ。

「まあ、そうだったんですね。見せてもらってもいいですか?」

「うん、お願いします」

 シャロンさんが顔を寄せてくる。後ろ髪がほつれ、ふんわりといい匂いが……。この子本当に年下か? 色気が半端ないんだけど? 流石にどうにかなったりしないが。

「ああ、なるほど。これ、私の働いているお店の近くにある屋台通りですね。安くて美味しいんですよ」

『プテュエラ、安くて美味しい屋台通りだって』


『シャッ』

 気合いを入れる声がする。

「帰り道なのでついでに案内しちゃいますね」

「ありがとう。助かるよ」

 にこにこ僕を案内してくれるシャロンさん。うーん、姪に欲しい。何でも買ってあげちゃいそう。

 彼女に案内されてやっと屋台通りにたどり着いた。そろそろ夕方なのに、すごい人だかりだ。
 大通りを挟んで横に色んな屋台がところ狭しに並んでいる。道の横に並んでいるのは日本のお祭りっぽくて親しみやすくていいな。

「ではこの辺で失礼しますね」

「ありがとう。助かりました」

 それでは、と去っていくシャロンさん。あ、お店の名前訊くの忘れた。ていうか宣伝してくれたら行くのにな。意外とうっかりなんだろうか。
 
『も、もう、我慢しなくていいんだよな?』

 プテュエラの口許からよだれがだらだら垂れている。舐めたい。

『いいけど隠れたまま食べられるの?』

『大丈夫だ。周りから分からないように不可視の魔法を肉にかける』

 すごいとこに魔法使うな。

 まあ、でもやっとグルメ巡りだ! 食べるぞ!
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