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使徒

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「それであれば紹介状を書いて頂けませんか?」

「紹介状?」

「ええ、身分証が無くてね」

 にこり。

 僕がなるべく怪しくないように笑うと、ものすごく不審な目で見られてしまった。あ、あかん。

「……すみませんが、紹介状をおいそれと発行する訳にはいきません。助けて頂いたのに申し訳ございません」

 あからさまに警戒されている……。
 ヤバいどうしよう。僕は昔からこういう選択を間違えるんだよな。

「う、うぐぐ」

『む。手加減をし過ぎたか。ケイ、もう一発くれてやれ』

 目を覚ましそうなごろつきリーダー。確かに彼が目覚めるとさらにややこしくなりそうだし眠っていてもらおう。

「風弾」

「うぼぁ」

 パンッ! と打ち出された空気の弾がごろつきリーダーの顎を綺麗に捉え、脳を揺らして意識を刈り取った。綺麗な弾道してるだろ? これ、練習したんだぜ? ダイオークで。

「そ、それはっ!」

 カッ、とおっとりしていた目を見開く薄幸シスターさん。こわいよ。

「今の魔法は一体どこで習得されたのですか!」

 今にも掴みかからんばかりに詰め寄ってくる。おいおい、後ろの子供たちも引いちゃってるよ。うーん、なんて答えよう。正直に言うか?

『プテュエラ、風弾のこと正直に言っちゃっていい?』

『うむ。ただの一般人ならだめだが、どうやらジオス様の信徒のようだからな。問題あるまい』

 そのジオス様っていうのも詳しく訊かないとね。ちょっと話が分からなくなってきたなあ。
 さて、言っちゃうか。

「亜人の力ですよ。個人的には亜人魔法と呼んでいますが」

「亜人様! ああっ!」

 へなへな、とシスターさんは地面にへたり込み、さめざめと泣き出してしまった。ちょ、天下の往来で止めてくれよ。完全にボクが悪いみたいじゃないか。

「シ、シスターさん。ここで泣かれるのはちょっと……」

「どうぞカリンと呼び捨ててくださいまし、使徒様。御父様……ようやくリッカリンデンの悲願が果たせます……うぅ、あぁあぁぁ」

 うおお、また泣き出した。だめだ。埒が明かない。あと使徒様ってなんだよもう。

「そこの君たち、このお姉さんを一緒に運んでくれるかな」

「わ、分かった」
「……はい」
「ひん」

 彼らと一緒にシスターさんをうんしょうんしょと建物に運び込む。

 まあ子供に運んで貰おうとは思っていないけど、何か会った時に子供が一緒なら言い訳も立ちそうだ、という僕の醜い自己保身のためだ。汚い大人を許して欲しい。ちなみにごろつきたちはプテュエラが死なない程度にどこかに吹き飛ばしてくれた。

 教会の中はぼろぼろだったが綺麗に掃除されており、清潔感があった。
「こっちー」と子供たちに奥に連れられ、一室に案内された。あっ、他にもたくさん子供たちがいる。十人ちょっとか。たぶんこれ、獣人だな。幼い。全員十歳未満くらいじゃないだろうか。全員をシスターさん一人で見ているのだとしたら相当大変だと思う。

「申し訳ありません、使徒様。お見苦しいところをお見せして」

 ずびずびと、ハンカチで鼻を拭くシスターさん。

「いえ、大丈夫ですけど……えっと、その使徒様っていうのは?」

 これ、触れない訳にはいくまい……。そういうやつだよ。このままおさらばできるならしたいけどさ。プテュエラも気になるみたいだし。はあ。

「はい、そうですよね。いきなりすみません。
 使徒様というのは、偉大なる亜神、ジオス様の御遣いのことです。わたくしはカリン・リッカリンデンというのですが、先代司教、つまり父であるダレル・リッカリンデンが現役だった数十年前にジオス様より神託を授かったのです」

 ちーん、と鼻をかむシスターカリンさん。ていうか本当にシスターなのか?
 もう話が進みすぎて訳が分からないよ。

「内容は途切れ途切れらしかったのですが、要約すると『我の力は弱まっている。これより眠りにつくが、数十年後、我が愛娘たちの力を御する使徒を遣わす。その者を誠心誠意助けよ』とのことでした」

 愛娘たちってのが亜人ってことみたいだね。神が人を自分の子供っていうのと同じ感覚だろうか。

『えーと、プテュエラ。亜人の神って、そのジオス様で合っているの?』

『ああ、合っているぞ。亜人は長がジオス様の像を守っていて、年に数回祈りに行くんだ。しかし、人間の世界でのジオス教は、亜人排斥と共に廃れたと聞いていたが、まだあったとはな。驚きだ』

 その長ってのも気になるけどね。

 つじつまは合うらしい。マジかよ。

「父が神託を受けてすぐに苛烈なジオス教排斥が始まりました。この教会は幸いにも表向きは孤児院として経営しておりましたから、難を逃れましたが。他の教会は軒並み潰され散り散りになってしまいました……」

 悔しそうに泣く薄幸シスター。こんな状況でなければずっと眺めていたい……。

「しかし、使徒様。貴方様が今日ここに来られたお陰でその苦難も報われます。わたくしは父の遺言とジオス様の神託に従い、貴方様にこの身を委ねる所存です。どうぞ遣い潰してくださいまし」

 膝をついて伏すシスター。
 子供たちが真似するから止めてくれ。

「わ、分かったから顔をあげてください」

「ありがとうございます。使徒様」

 ばっ、と嬉しそうに顔を上げる。

 うわっ、目が怖い。さっきまでのおっとりした感じが消えている。目が爛々に光って何でもしてやるぞ、って決意に溢れてる。おいおい、街についていきなり狂信者を抱えることになるなんて聞いてないよ。

 うん? シスターさんがジオス教徒で、ジオス神を崇めるのは分かるけど亜人まで崇めるのはなんでだろう。愛娘って言ってたけど。

「お訊きしたいんですけど、ジオス神は分かりますが亜人を崇めるのは何故ですか?」

「亜人様は我らジオス教徒の守護者であらせられますゆえ」

 よくぞ聞いてくれた、という感じで嬉々として答える。

『亜人たちってジオス教徒の守護者なの?』

『守護者……? うーむ、長がそんなこと言ってたかもしれんが、意識したことはない。ただ、ジオス教徒を守らなくては、という気持ちはあるぞ』

 なるほど。
 亜人は信仰する神が遣わした守護者か。神の代理人だね。アイドルだと思えばいいか。違うだろうけど。
 亜人たちにはそこまで明確な意識はないけど、守護らなきゃという意識はある。その長ってのに話を訊いてみたいけど、シスターさんがまだ何か言いたそうだ。
 
「使徒様。宜しければ、ジオス様より使徒様宛に賜った御言葉がありますのでお耳を」

「う、うん」

 あっ、薄幸シスターさんの唇が耳に当たりそう。耳掃除しておけばよかった。
 
 そして、シスターさんの声に似た誰かが囁く。






『ジュンキューデンシャで口開けて寝る勿れ』






「きゃっ」

 僕は思わずシスターさんの肩を掴んでいた。そしてすぐに放す。

「ご、ごめんね。びっくりしてしまって」

「こ、こちらこそ申し訳ありません! 使徒様のお気持ちも確かめずにとんだご無礼を……! 命で償います!」

「わー! まてまて!」

 どこに潜ませていたか分からないナイフを首に当てようとするシスターさんを止める。

「……はあ。さっきの言葉だけど意味分かる?」

「い、いえ分かりかねます。何か重要な内容だと推測はしておりますが。しかし、使徒様は意味が分かるのですね! やはり使徒様は使徒様でした!」

 ガチ使徒認定なう。

 重要。重要ねえ……。

 どうやら僕の転移に深く関わっているってことだな。確定だ。まったく。ジオス神め。あまり性格が良くないようだな。肝が冷えたよ。ひゅんって。

 つまりこれは、あれか。確かめたければ会いに来いってことか。そして、会えるようにセッティングしろと。力を取り戻したら神託を下せるようにもなるんだろうな。

「ジオス神はどうやったら力を取り戻せるの?」

 その言葉に、ぱぁっと表情が明るくなるカリンさん。可愛いよ。可愛いけど、その狂信者の瞳は止めてくれよ。

「流石でございます使徒様。ジオス様復活へのご決心、このカリン、感服いたしました」

 キラキラとした瞳で見つめてくる。そんなこの娘、僕の言ったことを全肯定してくるから怖いよ。
 
「ジオス様は憎きアセンブラ教徒によって、多くの像を壊され、長年の排斥活動で信徒を失っている状況です。なれば布教活動を行い、多くの信徒を増やせば自ずと力を取り戻されるかと。信仰が力になるのです」

 なるほどね。信徒を増やせ、か。シンプルで難しいな。

 ……はあ。なんだこれ。全てはジオス神の手の上だったってことかな。となると、げんなりしてくるよ。
 でも、寝床での亜人たちの温もりや、心の暖かさや充実感は本物だった。そのために、少しだけ頑張ってもいいか。少しだけね。プテュエラたちも喜んでくれるかもしれないし。

「分かったよカリンさん。少しずつ布教? ってのやってみるよ。ただ、僕は僕のペースでやるからね。僕は自分の人生を生きたいんだ」

 そう。僕は神に何と言われようが今度は好きに生きるって決めたんだ。ジオス神も自由に生きろって言っているみたいだし。サブクエストが増えたくらいに思えばいいんだ。よし。
 
「わたくしめのことはカリンと呼び置き下さい。
 もちろんでございます。ジオス様もかつて仰りました。『自由な生こそ、汝の信仰』と。
 その上で、使徒様の忠実なシモベとしてこのカリンをお側に置いて下さいますよう伏してお願い申し上げます」

 土下座。綺麗な土下座。

 ドン引き。完全にドン引き。

 やったね! ケイ は 狂信者 を 仲間に した!
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