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回想(ベステルタ)

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 わたしのやりたいことってなにかしら?

 たくさん考えてみる。

 プテュエラは肉部だって。ふふ、よほどあの料理が気に入ったのね。料理か……料理部もいいかもしれないけど、なぜだかピンとこない。

 シュレアは野菜部。
 わたし、まだ野菜の良さにそこまで気付けてないのよね。ニンニクは好きなのだけれど。うーん、難しいわ。

 やりたいことか……なんでしょう。分からないわ。人間ならみんな当たり前に持っているのかしらね。

 そんなこと考えたこともなかったわね。本当に。ケイと出会うまでは。

 ケイと出会った日は今でも覚えているわ。というよりも忘れられないでしょうね。

 家の近くに怪しい気配があるから探しに行ったのよ。明らかに人間の気配でびっくりしたわ。ここに人間が来るなんて滅多にないし、しかも何の強さも感じられなかった。

 本当に人間?
 亜人排斥主義のアセンブラの奴らが、懲りもせず暗殺者でも送り込んできたのかしら。

 確かにアセンブラ教の私兵は人間の中ではトップクラスの強さだと思うけど、わたしにとっては大して変わらないわ。

「とりあえず顔を見に行ってやりましょう」

 罠なら踏み破ればいい。
 そんな気持ちで気配の方へ向かって行ったのよ。

 すぐに人間は見つかった。おかしな服を着て、樹を抱き締めている変態だった。でも、殺気は無いから放っておいたわ。

 それよりも、白いすべすべした袋に入っている摩訶不思議な物に目を奪われた。どれも見たことがない。綺麗な瓶には液体が入っていて、あり得ないほど精巧な食べ物? が描かれた袋もある。産まれてからこの森を出たことがないわたしは、すぐに興味を引かれて考え込んでしまったわ。

「あっ、すみません。もしよろしければここがどこだか教えて頂けないでしょうか」

「は?」

 突然話しかけれたのでびっくりした。
 え? というか話しかけられた?
 なぜ、亜人と人が話せるの? 
 人と亜人は話せない。だからこれまで、お互いに分かり合うこともできず、大変だったのに。

「ごめんなさい。何か失礼があったでしょうか。ごめんなさい。この土地の作法に疎いものでして」

 全力でペコペコしてきたわ。腰が低いというか卑屈というか。

「え、ええ。いや、それは別にいいんだけれど」 

 正直、訳が分からなすぎて興味が湧いてきたわ。
 近付いて観察してみる。
 貧弱な体ね。誇張無しで小指で殺れる。でも、理性的というか知性を感じるわね。粗野な感じはしない。

 ……この人間、わたしの胸を見ている? それこそ、そんな訳ないか。人間が亜人に発情するなんて、天がひっくり返ってもないことだもの。

「あなた……言葉が分かるの?」

「分かります」

「わたしが怖くないの?」

「正直怖いですけど、綺麗だなって思います」

「そう……」

 待って。天がひっくり返りそうだわ。

「あの、すみません。ここがどこだか教えてくれると助かります。あとあなたのお名前も」

 この人間、わたしが亜人と分かっていないの? それに絶死の森も知らない? 何もかも分からないわ。今、未知の感情がわたしの中を渦巻いている。

「あっ、ええっと、そうだったわね。ちょっとあまりの事に思考が止まっていたわ。ごめんなさいね。ここは絶死の森で、わたしの名前はベステルタっていうの。言うまでもなく亜人ね」

 そう言うと頭を抱え込んでしまった。かなり困惑しているわね。わたしも困惑しているんだけれど、何だかおかしいわね。何かしらこの状況。

「ベステルタさんですね。私は種巣啓と申します。驚かせてしまってすみません」

 非常に礼儀正しい態度。貴族って言うのかしら。もしかしてそっちの生まれ?

 やっぱり怪しい。何もかもちぐはぐよ。少し殺気を飛ばしてみる。

「ケイっていうのね。気にしないで。それにしてもびっくりしたわ。私と話せるなんて。怖がらないし。ふぅん、何か魔法でも使っているの? 失われた古代魔法かしら。隠すのはためにならないわよ」

「えっと、古代魔法とかかっこいいと思うんですけど、僕としては普通に話しているつもりなんです」

 ……普通の人間なら失神、訓練されていても泡吹いて逃げるような殺気を飛ばしたけどびくともしないわね。それどころか笑っている。少しひきつっているけども。どういう反応?

 うーん、ますます分からないわ。

「そう。ほんとうみたいね。ふぅん。わたしの殺気にも耐えるか……。普通の人間なら泡吹いて失神しているんだけど。
 ふぅん?
 ますますよくわからないわね。あと敬語は使わなくていいわよ。名前も呼び捨てで構わないわ。面倒だし」

 詮索するのがめんどくさくなって、今度は親しげに接してみることにした。すると見るからに人間はほっとした様子で応えた。

「そっか。おかげで話しやすくなったよベステルタ。どうもありがとう」

 この人間、亜人を知らないくせに、まるで驚かないのね。いや、驚いたんでしょうけど、知識として知っているのかしら。

「……あなた本当に怖がらないのね。どこから来たの?本当に人間?」

「えっと、さっきまでは確かに人間だったんだけど。自分の姿が分からないから何とも言えないんだけど、変わってるところある?」

 はあ? 

 さっきまでって何? 意味が分からないわ。
 とりあえず人間にしか見えない。 
 
「特に無いわね。ていうか、さっきまでって何?」

 もうめんどくさくなってきたわ。殺してしまおうかしら。いえ、せっかく亜人と話せる人間よ。貴重だわ。連れ帰って種を吐けるだけ吐き出させたっていいじゃない。みんなは優しいから嫌がるでしょうけど、わたしたちは絶滅寸前なのだから、手段を選んでられないわ。

「あ、そういえば亜人ってどういうこと?」

 この言葉はわたしを苛つかせた。やっぱり殺そうかしら。

「どういうことって……。亜人は亜人でしょ。あなたたち人間がそう呼んで、わたしたちをこの森に追いやったんじゃない。本当に分からないのか、それとも冗談で言っているの? もしかしてわたし馬鹿にしてる? 細切れになれば死人でも喋り出すわよ?」

 すると見るからに慌て出した。おろおろと泣きそうになって。はあ、何だか気が削がれたわね。

「ご、ごめん。馬鹿にする気は本当にないよ。君が僕より圧倒的に強いのはよく分かってる。ちょっと気が動転しちゃったんだ」

 うーん、怒りが治まって少し冷静になってきたわね。
 
 もっとこの人間のことを知るべきかもしれないわね。

「ふーん、ま、いいわ。嘘じゃなさそうだし。それよりも本当のこと話してくれる?」

 余計な感情が消えて、またワクワクとした気持ちが沸いてきてしまった。知らないことを知りたいという気持ち。亜人である以上仕方ないのだけれど、わたしはもっと色んなこと知りたいのよ。

「うーん、話したいんだけど、もしかしたらベステルタにとって禁忌とかに触れる内容かもしれないんだよね。大丈夫かな? 命の保証してくれるとありがたいです。まだ死にたくないんだ」 

 禁忌? この人間がそんなものに触れているというの?

「何よそれ。そんなに危険なことなの?」

「分からないよ。僕にも判断がつかないんだ。ただ、突拍子のない内容だけど、直接君に害を及ぼす内容ではないと思う」

「……ふぅ。話が進まないか。仕方ない。あなたの話を聞いても命を奪わないと誓うわ。我が神、ジオス様に」

 本当に埒があかない。

 他の亜人ならここで退いたでしょうけど、でもわたしは進むことにしたわ。
 わたしは『序列無き獣』の名前を偉大な母から受け継いだ。だから、周りと違うことをする。それが使命だと思っている。辛いこともあるけど。
 だから我らが神、亜神ジオス様にも誓えたわ。わたしは、わたしの信念に従って行動する。

「ありがとう。じゃあ話すね」


………………
 
…………


……


 その後から、今まで本当にあっという間だった。

 繁殖することになって、美味しい料理の存在を知って、一緒に住むことになって。
 
 プテュエラが来て、冷静なあの子が慌てるのが可笑しかった。ちょっと怒ったけど。すぐに料理に夢中になって。でも明るくなったわ。それが嬉しかった。

 しばらく戦闘訓練して、シュレアが来たわ。あの子とは疎遠になっていたけど、嫌われた訳じゃなかった。あの子にも考えがあったって分かった。久しぶりに三人で話して、ご飯食べて、仲良くした。

 こんな日がまた来るなんて思わなかった。

 わたしは亜人。

 人より強く、人より弱い。緩やかに絶滅していく存在。

 毎日、生命力に渦巻くこの身体が、何の意味もなく破滅に向かっていると思うと頭がどうにかなりそうだった。

 何の喜びも実感も得ないまま、死んでいくんだって思った。友達とも疎遠になって、母もいなくて、寂しかった。家を持てば変わるかと思ったけど、寂しさが際立つだけだった。

 でも、分からないものね。

 わたしは今、寂しくない。
 みんながいる。ケイに、プテュエラ、シュレア。ラミイはまだいないけど、きっとやり直せる。そう確信している。

 生きていれば、毎日が緩やかな自殺のように思えても、好転する時はきっと来るのよ。ケイはそれを教えてくれた。

 今、二人の友だちは自分の「やりたいこと」を見付けて前に進んでいる。

 まさかわたしが置いてきぼりになるなんてね。ふふ、何だか少し、悲しくなってしまったわ。わたしは年上だから落ち着いているように見えるけどこんなものよ。寂しいの。哀れよね。

 わたしも何かやりたいわ。自分のやりたいこと。好きなこと。何かしら?

 空を見上げると、青い。
 あーあ。この空ってどこまで続くのかしら。
 森はどこまで続くのかしら。
 他にも温泉湖はあるのかしら。
 強い魔獣とも戦ってみたいわね。
 デイライトの他にどんな街があるんだろう。
 美味しい料理や酒を知りたい。

 知らないことを知りたい。

 ……ああ、何だかやりたいことがわかってきたわ。

 なるほど、そうね。やりたいことって、意外と近くにあって、近くにありすぎて気付かなかったのね。

 ある日、わたしはケイに言った。

「ケイ、わたし、冒険がしたいわ」
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