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フィールドワーク

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 その後、僕が協力する代わりにシュレアさんが何を対価として払うか決めた。

 そんなものいらない、と言ったんだけど彼女は頑として譲らなかった。そういう気性なのかな。その方が安心するって人もいるよね。

 という訳で契約内容は以下です。

 僕がやること
・森の浄化
・亜人の浄化

 シュレアさんがやること
・知識の提供
・力の提供
・鑑定
・僕の護衛

 細かいことはあるけど概ねこんなものだ。ちなみに契約に伴う繁殖活動は「当たり前のことです」という理由でわざわざ確認もしなかった。

 という訳で繁ることになったのですが。

 シュレアさん、お魚でした。

 打ち上げられた回遊魚です。全然動きません。
 彼女が僕を無機質に、時折嫌そうに眺める時間が続きました。あの目。嫌そうな目付きだけど、仕方ないからやるかっていう目。

 いやいや、大好物です。嫌そうな顔で繁られたい。嫌繁だよ。嫌ハン。

 僕は大満足だったんだけどね。また何かに目覚めそうだったよ。シュレアにも満足してほしいからいろいろ考えてみよう。彼女は身体が木の性質だから感覚が鈍いのかもしれないしね。分からないけど。白衣タイトスカート最高。

 でも、次の日から「ケイ」と呼んでくれるようになったのは嬉しかった。僕も敬語を止めて「シュレア」と呼ぶことにした。最初なんてこんなもんだよね。上々だ。



次の日。

「じゃあ今日は早速浄化しに行くのね」

「はい、たくさんの魔素が集まっている魔素溜まりを中心的に浄化する予定です。文句は無いでしょう?」

 冷たい目で僕に返事を促すシュレア。「はいって言えよ?」と有無を言わさない迫力があります。震えそう。

「うん、もちろんだよ」

「という訳なので」

「何だか言わされているように見えるけど」

「気のせいですよ。では行きます」

 シュレアは木の幹のような脚をゆっくり動かしながら歩いていった。のんびりだけど大丈夫か?

 そうだ、今のうちにやることリストを確認しておこう。
 えーっと、この前方針として決めたのはこんな感じだったよね。

・目的
 繁殖と子育てのために、快適に暮らせる家の入手。

・金策
 フレイムベアやコス茶を売り込む。プランA。
 冒険者になる。プランB。

・デイライトでやること
 商人に会う。冒険者に登録?する。

・拠点でやること←着手
 周辺環境を整える。開拓する。シュレアさんに鑑定してもらう。

 この内の「拠点でやること」はある程度更新できそうだな。魔法の鞄も昨日繁った後に鑑定してもらった。

 シュレアはちょっと驚いたように「容量がほぼ無制限で、時間の流れが限りなく遅い魔法の鞄」という鑑定結果を教えてくれた。むしろこっちの方が興奮していて複雑だったけど。

 という訳で当初の目的だった「魔法の鞄による引っ越し」もできそうだ。前提が崩れなくてよかった。ベステルタやプテュエラも喜んでいてほっこりしたしね。シュレアもちょっと嬉しそうだった。
 
「はぁ、はぁ。ケイ、傍に来てください」

 白衣を揺らしながらえっちらおっちら歩くシュレアが可愛いなー、と見ていたら家近くの木の前で止まった。あれ、移動しないの?

「あれ、移動しないの?」

「はあ、はあ。シュレアは徒歩で移動しません」

 息を切らしているシュレア。やっぱり不健康系だったんだな。

「あ、そうなんだ」

「そうです。早くしてください」

 ぼさぼさの黒髪から覗く目が冷たい。早くしろよ、と言っているようだ。枝角も苛立たしそうにぴかぴか反応している。

「もっと寄ってください」

 ぽよぽよん。

 シュレアが嫌そうに僕を抱き寄せると、柔らかい不定形の暴力が僕を襲う。
 なんで手足はあんなに固いのに、こんなに柔らかいんだよ。むにゅむにゅしてすごい形になっているよ。あ、あとボタニカルで甘い花の匂いがする……。すごい優しい薫りだ。
 どうにかなりそう。

 そんな風に悶える僕を見て一言。

「気持ち悪いですね」

 ズギューン!

 こ、これだ。優しさの欠片も無い一言。これを待っていた。

「嫌ですね」

 ズギューン! ズギューン!
 
 怠そうな、それでいて嫌悪感のある表情で僕を侮蔑する。

 気持ち悪いですね……気持ち悪いですね……気持ち悪いですね……。
 
 嫌ですね……嫌ですね……嫌ですね……。

 完璧だ。ベステルタとプテュエラに甘やかされてばかりだったからね。ここに来ての嫌嫌目線は貴重だ。

「その体勢だとケイが痛くなってしまいます。もっとくっついてください」

 嫌そうに、それでも僕を気遣ってくれるシュレア。なんてレベルの高い子なんだろう。困らせたい。

「シュレアはあの二人のように身体能力は高くありません。その代わり樹木の間を転移できます」

 えっ? なんだって?

「転移です。ケイは言語理解スキル持ってますよね。ちゃんと翻訳されてないのでしょうか。それとも頭の問題でしょうか」

 口悪いなぁ。

「いや、理解できているよ。すごいなって思ったんだ」

「ふん」

 顔を背けると枝角がぴかぴか点滅する。もしかしてこれ、感情が高ぶると点滅早くなる? 本人分かってないのかな。だとしたらチョロ過ぎるよ。

「それではいきますよ。樹渡り」

 シュレアが何やら呟くと、触れていた樹からたくさんの触手? いや根っこが伸びて僕たちを包んだ。びっくりしたけど優しくてこそばゆい。

 視界が暗くなる。








 そして、あっという間に視界が明るくなった。

「ウキャキャキャキャ!?」
「ウキャーッ!」
「ウキィィィィ!?」
「ウキャ! ウキャ! ウキャ!」
「ウギャッギャッキャ!」

 うわ、なんだこいつら! 

 突如として現れたのは甲高い声の黒い獣たち。

 暗褐色の醜悪な猿が何十匹、いや百匹くらい僕たちを取り囲んでいた。ていうか向こうも驚いてない?


「樹葬」


 ボゴォッ! ボコボコ、ボゴォッ!

 ズゥ……ウ……ゥゥ……ン……ン……。

「ウ……キャ……アァ……ァァ」

 シュレアが小さく呟くと、地面から大蛇のように太い根っこが猿たちを群れごと絡めとり、地面に引きずり込んでいった。

 一瞬の出来事。

 辺りがしん、と静まり返る。

「さて」

 さてじゃない。
 何今のやばい魔法。一瞬で分からなかった。出落ちってレベルじゃねーぞ。

「えっと、今のは?」

「ダークエイプですね。穢れた森に棲む魔獣です。嫌いなんですよ、五月蝿くて。弱い癖に」

 ぱんぱんと白衣に付いた土埃を払いながら、心底嫌そうに吐き捨てた。

 あっ、あっ、僕が間違ってた。シュレアが本当に嫌そうな目をすると、何て言うか縮み上がる。存在が否定されるような、死にたくなるような冷たい目だ……。普段の嫌そうな目は序の口だったんだね。

 ていうかベステルタもそうだったけど、亜人って魔獣には対して優しさの欠片もないよね。優しくて身を滅ぼしたって言ってたけど、あれに魔獣は含まれて無さそうだ。

「ケイは訓練しているんですよね? あまり間を空けない方がいいでしょうし、たまに訓練しましょう。シュレアの樹魔法の使い方も教えてあげます」

 不機嫌そうな表情で、提案してくれた。この表情とか目付きはデフォなのかな?

 うーん、ダークエイプって絶対見下してくる系の魔獣だよね。あのニヤニヤした顔。貶めるのが愉しくて仕方ないって顔だった。戦いたくないなあ。

「その時はお願いね」

「はい」

 枝角がぴかぴかしている。どの感情だろう。

「さて、ケイ。邪魔者はいなくなったので早速浄化をお願いします」

 繁りましょう、ってことにはならなくて残念。というのは流石に邪な考えか。

「もちろん。そういう契約だしね。どこを浄化する?」

「そこです」

 すぐ先の木陰を木の指で指した。
 
 あっ、小さな窪みがあるね。砂利が多い。温泉湖をものすごく小さくしたような形だ。ほんの少しだけ、タールみたいな黒い水が染み出している。もしかしてこれかな。

「そうです。おそらくかつては小さな湧き水があった場所でしょう。
 そこの地下深くの魔素溜まりが楔となって、この付近の自然を穢しているんです」

 へー、これくらいの大きさで結構影響力あるんだね。もしかして温泉湖の魔素溜まりの浄化はかなり影響あったんじゃないかな。

「ええ、相当な影響がありました。土レベルでは元の半分くらいまで浄化が進んでいますし、ひょっとしたら精霊も戻ってくるかもしれません」

 あっ、精霊なんているんだ。美しい自然にはやっぱり精霊だよね。

「シュレアも見たことはありませんが。文献によるとかつては存在していたらしいです。清浄な存在で、その土地を守り加護を授けるそうです」

 守り神みたいなものかな。一度お目にかかってみたいね。下心は無いよ。

「ですのでケイには是非、このまま頑張って欲しいと思っています」

 そうだね。契約もあるし頑張らないと。契約は大事だ。繁殖も大事だ。この森を良くすることは僕のためにもなる。利害の方向が一緒で本当によかったよ。

 さて、浄化していくかな。
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