8 / 8
人の形をした群青
しおりを挟む
「最初に書かれた小説はきっと、死体の中にガトーショコラを見出したのだろう。大切なものあるいはそうではないものに、大事な何かを比喩したのだろう」
僕は小説を読んでいた。ベトナムコーヒーを飲んでいる。スタバが潰れた前にオープンした、たくましいコーヒー屋。
「お待たせしました」
と後輩がやってくる。彼女は仕事終わりで、このまま家にターンするところ。
「おーおー、そんなに待っていない」
僕はその本を閉じる。
「なんか先輩、すごく青いですね」
後輩はそう言う。確かに、と僕は思う。僕は今日真っ青だ。
「群青色だよ」
「群青色ってなんですか」
「群青色とは……」僕は祭りの奏に耳をやる。今日は、この場所は、祭りの真っ只中。僕の故郷は光の喧騒に包まれている。車の代わりに山車が通ってる。「青より黒っぽいかな」
そうなんですか、と後輩は言う。後輩はもうじゃがバタ食べてる。
僕はというと自分がガトーショコラなんじゃないかと思うようになっていた。ガトーショコラの手足は思うように動かない。いつもお皿の上で、重苦しい雰囲気を甘さで表現している。
「私、和重先輩といい雰囲気になったんです」
後輩と今らーめん屋に来ている。彼女は麺を啜り、楽しげに言う。店内は照明が軽やかに明るく、ジャズが流れている。鶏油が香って食欲をそそる。
「よかったじゃん。好きだったんでしょ?」
「はい」
僕がそう言うと後輩は実に嬉しそうに叉焼を頬張った。僕は細かく切られたネギを口内でシャキシャキさせている。ガトーショコラを食べる雰囲気じゃない。だから僕はマンゴープリンを食べた。
僕たちは店を出て、祭りの終わりに向かう。祭りの終わりにはソーセジ屋さんがある。僕はそこで辛いジンジャエールを飲み、後輩はシードルを飲み、ソーセジを食べた。
「先輩は最近どうなんですか」
「俺?」と僕は言う。「まあ、普通だよ」
「人間関係とかどうなんです?」
「人間関係?」と僕は笑う。「まあ、普通だよ」
そうですか、と後輩は笑い、シードルを飲み干した。
僕らが帰る頃、山車は人々を引き連れ、道の上で停止していた。山車もキャパシティを越えたようだ。僕は群青色の服をさする。今ならガトーショコラ屋さんに入れるかもしれない。ここにはいろんな屋台がある。ガトーショコラ屋さんもたぶんある。あの黒くて、甘くて、自分で動くことのできない、愛着のある甘さ。
「そこの青い人!」
と警官に呼び止められる。
「道の上でたちどまらないでね」
警官は笑顔で僕に注意をし、僕はその場からそそくさと離れた。
「やっぱり青い人ってみられるんですねぇ」
と後輩は納得した様子で言った。それで、何かずっと喋っている。
僕はというと青い人と呼ばれたことに納得できないでいた。僕は青くない。群青だから。黒くも青くも無い、愛着のある色。
僕が昔見たガトーショコラはとても黒かった。それはその周りを遮断するかのような、青色の皿に載せられていた。その菓子はもう無い。誰にも理解されないまま消えた。僕は彼の消失に敬意を表し、無数の問いを捧げる。祭りの奏はまだ終わらない。喧騒は光り輝き、僕はそれを何かに比喩しようとして、できなかった。
僕は小説を読んでいた。ベトナムコーヒーを飲んでいる。スタバが潰れた前にオープンした、たくましいコーヒー屋。
「お待たせしました」
と後輩がやってくる。彼女は仕事終わりで、このまま家にターンするところ。
「おーおー、そんなに待っていない」
僕はその本を閉じる。
「なんか先輩、すごく青いですね」
後輩はそう言う。確かに、と僕は思う。僕は今日真っ青だ。
「群青色だよ」
「群青色ってなんですか」
「群青色とは……」僕は祭りの奏に耳をやる。今日は、この場所は、祭りの真っ只中。僕の故郷は光の喧騒に包まれている。車の代わりに山車が通ってる。「青より黒っぽいかな」
そうなんですか、と後輩は言う。後輩はもうじゃがバタ食べてる。
僕はというと自分がガトーショコラなんじゃないかと思うようになっていた。ガトーショコラの手足は思うように動かない。いつもお皿の上で、重苦しい雰囲気を甘さで表現している。
「私、和重先輩といい雰囲気になったんです」
後輩と今らーめん屋に来ている。彼女は麺を啜り、楽しげに言う。店内は照明が軽やかに明るく、ジャズが流れている。鶏油が香って食欲をそそる。
「よかったじゃん。好きだったんでしょ?」
「はい」
僕がそう言うと後輩は実に嬉しそうに叉焼を頬張った。僕は細かく切られたネギを口内でシャキシャキさせている。ガトーショコラを食べる雰囲気じゃない。だから僕はマンゴープリンを食べた。
僕たちは店を出て、祭りの終わりに向かう。祭りの終わりにはソーセジ屋さんがある。僕はそこで辛いジンジャエールを飲み、後輩はシードルを飲み、ソーセジを食べた。
「先輩は最近どうなんですか」
「俺?」と僕は言う。「まあ、普通だよ」
「人間関係とかどうなんです?」
「人間関係?」と僕は笑う。「まあ、普通だよ」
そうですか、と後輩は笑い、シードルを飲み干した。
僕らが帰る頃、山車は人々を引き連れ、道の上で停止していた。山車もキャパシティを越えたようだ。僕は群青色の服をさする。今ならガトーショコラ屋さんに入れるかもしれない。ここにはいろんな屋台がある。ガトーショコラ屋さんもたぶんある。あの黒くて、甘くて、自分で動くことのできない、愛着のある甘さ。
「そこの青い人!」
と警官に呼び止められる。
「道の上でたちどまらないでね」
警官は笑顔で僕に注意をし、僕はその場からそそくさと離れた。
「やっぱり青い人ってみられるんですねぇ」
と後輩は納得した様子で言った。それで、何かずっと喋っている。
僕はというと青い人と呼ばれたことに納得できないでいた。僕は青くない。群青だから。黒くも青くも無い、愛着のある色。
僕が昔見たガトーショコラはとても黒かった。それはその周りを遮断するかのような、青色の皿に載せられていた。その菓子はもう無い。誰にも理解されないまま消えた。僕は彼の消失に敬意を表し、無数の問いを捧げる。祭りの奏はまだ終わらない。喧騒は光り輝き、僕はそれを何かに比喩しようとして、できなかった。
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
眠れない夜の雲をくぐって
ほしのことば
恋愛
♡完結まで毎日投稿♡
女子高生のアカネと29歳社会人のウミは、とある喫茶店のバイトと常連客。
一目惚れをしてウミに思いを寄せるアカネはある日、ウミと高校生活を共にするという不思議な夢をみる。
最初はただの幸せな夢だと思っていたアカネだが、段々とそれが現実とリンクしているのではないだろうかと疑うようになる。
アカネが高校を卒業するタイミングで2人は、やっと夢で繋がっていたことを確かめ合う。夢で繋がっていた時間は、現実では初めて話す2人の距離をすぐに縮めてくれた。
現実で繋がってから2人が紡いで行く時間と思い。お互いの幸せを願い合う2人が選ぶ、切ない『ハッピーエンド』とは。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしは花瓶。呪文のように言い聞かせる。
からした火南
現代文学
◇主体性の剥奪への渇望こそがマゾヒストの本質だとかね……そういう話だよ。
「サキのタトゥー、好き……」
「可愛いでしょ。お気に入りなんだ」
たわれるように舞う二匹のジャコウアゲハ。一目で魅了されてしまった。蝶の羽を描いている繊細なグラデーションに、いつも目を奪われる。
「ワタシもタトゥー入れたいな。サキと同じヤツ」
「やめときな。痛いよ」
そう言った後で、サキは何かに思い至って吹き出した。
「あんた、タトゥーより痛そうなの、いっぱい入れてんじゃん」
この気づかいのなさが好きだ。思わずつられて笑ってしまう。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる