Separation after darkness(少しだけ不思議な短編集)

萩原繁殖

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フリージア

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 31とサースティーボーイ.
 前者は甘くて小柄な彼女.後者は青くて粗雑な僕.
 僕らをそう喩えた友人は今アクアリウムに浮かんでいる.僕たちがシークエンスという名の獣だったせいだ.ごめんね.
 フリージア,君の名を問うと「1弦が切れちゃったね」と君は血と水草に濡れたテレキャスターを見せてくる.1弦は繊細でか細いからしょうがない.彼女の角砂糖みたいな視線が僕の瞳に溶けていく.
「そうだね」
「直しに行かないと」
 彼女はチューニングのいかれた声で笑った.
 そして二人で抱き合えばもう駅前の楽器屋さんにいる.僕らにとって時間的な経過は無意味なんだ.順序と連続性のないシークエンスみたいなもので,それは群生しているススキの間を流れていく風のようなものなんだ.
 僕たちが展示されている大きなホワイトファルコンでどう人々をシリアルに撲殺していこうかと考えていると,店員さんが近寄ってきて対応してくれた.
「本日はどのようなご用件で」
「1弦を直して欲しいんだ」
 みょんみょんはねてるギターの1弦を指差すと酒瓶を持ったおじさんが暴れ出した.
「この店にホワイトファルコンはねえのか!」
 店員さんは嫌そうに顔をしかめる.
「お引き取りください」
「この店の1弦を全部掻き切ってやる!」
 店員さんがたくさん止めに入った.
「全部燃やしてやる!」
 おじさんは喚き散らし手に持っていた酒瓶に火を付けて投げた。それは楽器屋さんの窓ガラスを突き破って消えた。
「僕たちとは関係ないですよ」
「そうですかね」
 僕のギターは修理のために置いていくことにした.
 フリージアと店を出ると火事が起きていて,辺りが燃えていた.さっきの火炎瓶のせいだ.特に本屋さんがよく燃えていて,たくさんのページが火焔に舞っていた.
 ごーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー,っとほのおが叫んでいる.
 みんな火の粉を被らないようにそそくさと立ち去っていく.彼らに名前はなくて出来の悪い群像劇を早送りしているみたいだった.無限の雑踏の一部だった.たぶんみんな火事が起きてるってほんとは分かってないんだ.自分たちのシークエンスにこんなことが起きるはずないって,自分の中の教会に祈りながら自我を無意識に焼べて歩いているんだ.
 でもぼくらはさ.
「フリージア」
「なあに」
「しばらく見てようか」
「そうだねえ」
 撃たれて翼をもがれ,四肢を連続性で穿たれても,優雅にじっと耐えて全部を受け入れるんだ.
 ぼくたちはその火事の様子をずっと眺めていた.フリージアの肩をそっと抱き寄せる.体温が上昇する.何もかもが灰燼に帰していく中で,僕たちの時間はゆっくりと溶かされていった.
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