9 / 15
観測されるあちら側/inside
しおりを挟む
白い部屋だった。ホワイトホールがあるのだとしたらこんな感じだろう、という白さ。僕はそこにぽつんといる。そして同じようにヘッドホンのようなものがある。シンプルな造りで、丸が二つと放物線が一つ。機能美は、ある。それは認める。認めると、我慢していた吐き気が一気にこみ上げる。のどもとまでせり上がる。このとってつけたような、白いことしか取り柄の無い白さ。
だからこの空間が僕は嫌いなんだ。
「セット完了」
僕はヘッドホンのようなものをつける。これは正確に言えばヘッドホンではない。
「家でちゃんとタマクラはつけていたか?」
「そんなの調べればすぐ分かるだろ」
頭上のスピーカーから以遠さんの声が聞こえる。彼女の言い方に僕はいらいらしてぶっきらぼうに答える。
「確かに。しかし私たちにとってはそれこそ死活問題なんだ」
君にはその自覚があるのか? と声。「ないよ」と僕の心の声。
「君が頭で考える。虚構を作り出す。そしてそのタマクラが君の作り上げた虚構を吸い上げる。仕上げに私たちがそれを」
「世界中にばら撒いて、誇大妄想家の妄想を僕の妄想で塗りつぶすんだろ」
僕はそのやり取りにため息をつく。過去幾度となく繰り返したことだ。
「誇大妄想家なのは認めるがちゃんと呼称する癖をつけた方がいい、君は」
以遠さんはあきれたような声で言う。ため息がスピーカーから僕に降り注ぐ。
「ユピテル」
と僕は言った。そうだ、と以遠さんの満足そうな声が聞こえる。思えばこの人も暇な人だよ。
「ユピテルは敵だ」
彼女は冷静に、静かな口調で断言する。
「連中の目的は?」
沈黙。僕は重い口を開く。
「せかいせいふく」
「十七点だな」
以遠さんは続ける。
「連中の目的は虚構を集めることだ。世の中に散らばった雑多な虚構だ」
以遠さんの声には若干こわばっている。
「連中が何のためにそんなことをしているかはわからない。しかし世の中には虚構が必要なんだ。虚がなければ実もない。嘘がなければ本当が本当なのか分からない。虚構が減り続ければ私たちのいる世界は」
意味消失してしまうだろう。そう以遠さんは一度深く呼吸してから一息に言った。
「影のない人間は存在できない」
「そういうことだ」
愛のない声が聞こえる。黒星さんだ。
「お前の仕事は虚構を生み出して、世界に一定数供給すること。簡単な仕事さ」
「それで、ユピテルの尻尾はつかめたの?」
「だまっとけ」
苦虫を噛み潰したような顔を、黒星さんはしているだろう。
「連中はまったく姿を現さない。幽霊みたいなやつらだよ」
「幽霊にだって本当は影の一つや二つあるはずだ。なら必ず存在する」
自分の虚構を回収していなければだけどな、と以遠さんは言った。
僕は僕のイメィジをイメージする。自己投影を自己に反映する。これは誰もがやっていることだ。授業中居眠りしながらでも、うつろな酒を傾けていても、夜道を這っていても、誰かしらどこかで経験があることだ。
偶像インマイヘッド。もちろんそのアイドルは僕だ。鏡の中で複製され消えない声によってよみがえる。
「いいな」
以遠さんが僕に合図を出す。
「さっさとやってくれ」
「よし」
以遠さんがそう言った後、僕の周りで音が去った。無音。途端に世界が広くなった気がする。孤立している。僕はそう思ってしまい、さみしくなる。しかし、やがて、僕は僕の内側の音の存在に気付く。騒々しくそれは鳴っている。心臓の鼓動が僕を内側から動悸付ける。お前のアリバイは俺だ、と。ごつごつと笑っている心臓。そうだよね。
「いづれ消え去るならいっそのこと燃え尽きたほうがいい」
昔僕のお父さんはそう言っていた。それは確かな記憶だ。彼は僕と母さんを残して勝手に死んだくそ野郎だけど、その意見には賛成してしまう。血が通っているから? そうかもしれない。でもあまりそうであって欲しくない。
僕は心が饒舌に鳴っていくのを確かに感じている。かまわない。それでいい。いきおいが大事なんだ。ダムを破壊する水しぶきのように、僕の中で言葉と記憶と想いがせめぎあっている。協調性のかけらなんてまるでないそれらは、僕という器を飲み込もうと、あわよくば全て飲み込もうと、画策している。それを静かに手のひらで受け止める。
善人、偽善者、悪人。仲間はずれは誰なのか。境界線はどこにあるのか。誰なのか。いちばんブッているやつがそうにはちがいないが。そいつを殺せ。できれば斧で。
破壊衝動に身を任す。歪に心地よさを見出す。ノックする。ドアノッカー7だ僕は。もちろん破壊力抜群の。
そして静かにいなくなってしまえ。お前は児戯に等しい絵の具の染みなのだから。
僕は僕の内側が僕を侵食していく様をいちばん近いところで観戦している。どっちがどっちを侵食しているかなんて明白だ。水は低い方に流れるんだ。水が流れた先には何があるのか。僕はそれを眺めている。上のほうから見ている。大地に水が溶け込む。ガイア以外は外野だ。引っ込んでろと言いたくなる。
「順調だ」
と以遠さんが言う声さえ僕には届かない。と届いているのだが「僕」には届いていない。以遠さんの声を聞いている僕は外側の存在。僕の外側の存在。説明を求められる存在だ。僕は理性的でなければならない。誰よりも何よりも。僕の冷静さは際立つ。戦場の中でピアノを引いてしまうくらい物事をよく分かっている。僕はラプラスの悪魔とも友達だ。知ってるよ何でもね。
ぶつぶつとつぶやく僕の独り言ががやけに耳に障るだろう? こいつには名前が無いんだ。だからうるさく感じる。知らないやつのたわごとほど耳障りなものはないさ。だから「僕」の名前を教えてあげよう。彼の名前はフォガティという。それ以上でも以下でもない。愉快な存在。
だからこの空間が僕は嫌いなんだ。
「セット完了」
僕はヘッドホンのようなものをつける。これは正確に言えばヘッドホンではない。
「家でちゃんとタマクラはつけていたか?」
「そんなの調べればすぐ分かるだろ」
頭上のスピーカーから以遠さんの声が聞こえる。彼女の言い方に僕はいらいらしてぶっきらぼうに答える。
「確かに。しかし私たちにとってはそれこそ死活問題なんだ」
君にはその自覚があるのか? と声。「ないよ」と僕の心の声。
「君が頭で考える。虚構を作り出す。そしてそのタマクラが君の作り上げた虚構を吸い上げる。仕上げに私たちがそれを」
「世界中にばら撒いて、誇大妄想家の妄想を僕の妄想で塗りつぶすんだろ」
僕はそのやり取りにため息をつく。過去幾度となく繰り返したことだ。
「誇大妄想家なのは認めるがちゃんと呼称する癖をつけた方がいい、君は」
以遠さんはあきれたような声で言う。ため息がスピーカーから僕に降り注ぐ。
「ユピテル」
と僕は言った。そうだ、と以遠さんの満足そうな声が聞こえる。思えばこの人も暇な人だよ。
「ユピテルは敵だ」
彼女は冷静に、静かな口調で断言する。
「連中の目的は?」
沈黙。僕は重い口を開く。
「せかいせいふく」
「十七点だな」
以遠さんは続ける。
「連中の目的は虚構を集めることだ。世の中に散らばった雑多な虚構だ」
以遠さんの声には若干こわばっている。
「連中が何のためにそんなことをしているかはわからない。しかし世の中には虚構が必要なんだ。虚がなければ実もない。嘘がなければ本当が本当なのか分からない。虚構が減り続ければ私たちのいる世界は」
意味消失してしまうだろう。そう以遠さんは一度深く呼吸してから一息に言った。
「影のない人間は存在できない」
「そういうことだ」
愛のない声が聞こえる。黒星さんだ。
「お前の仕事は虚構を生み出して、世界に一定数供給すること。簡単な仕事さ」
「それで、ユピテルの尻尾はつかめたの?」
「だまっとけ」
苦虫を噛み潰したような顔を、黒星さんはしているだろう。
「連中はまったく姿を現さない。幽霊みたいなやつらだよ」
「幽霊にだって本当は影の一つや二つあるはずだ。なら必ず存在する」
自分の虚構を回収していなければだけどな、と以遠さんは言った。
僕は僕のイメィジをイメージする。自己投影を自己に反映する。これは誰もがやっていることだ。授業中居眠りしながらでも、うつろな酒を傾けていても、夜道を這っていても、誰かしらどこかで経験があることだ。
偶像インマイヘッド。もちろんそのアイドルは僕だ。鏡の中で複製され消えない声によってよみがえる。
「いいな」
以遠さんが僕に合図を出す。
「さっさとやってくれ」
「よし」
以遠さんがそう言った後、僕の周りで音が去った。無音。途端に世界が広くなった気がする。孤立している。僕はそう思ってしまい、さみしくなる。しかし、やがて、僕は僕の内側の音の存在に気付く。騒々しくそれは鳴っている。心臓の鼓動が僕を内側から動悸付ける。お前のアリバイは俺だ、と。ごつごつと笑っている心臓。そうだよね。
「いづれ消え去るならいっそのこと燃え尽きたほうがいい」
昔僕のお父さんはそう言っていた。それは確かな記憶だ。彼は僕と母さんを残して勝手に死んだくそ野郎だけど、その意見には賛成してしまう。血が通っているから? そうかもしれない。でもあまりそうであって欲しくない。
僕は心が饒舌に鳴っていくのを確かに感じている。かまわない。それでいい。いきおいが大事なんだ。ダムを破壊する水しぶきのように、僕の中で言葉と記憶と想いがせめぎあっている。協調性のかけらなんてまるでないそれらは、僕という器を飲み込もうと、あわよくば全て飲み込もうと、画策している。それを静かに手のひらで受け止める。
善人、偽善者、悪人。仲間はずれは誰なのか。境界線はどこにあるのか。誰なのか。いちばんブッているやつがそうにはちがいないが。そいつを殺せ。できれば斧で。
破壊衝動に身を任す。歪に心地よさを見出す。ノックする。ドアノッカー7だ僕は。もちろん破壊力抜群の。
そして静かにいなくなってしまえ。お前は児戯に等しい絵の具の染みなのだから。
僕は僕の内側が僕を侵食していく様をいちばん近いところで観戦している。どっちがどっちを侵食しているかなんて明白だ。水は低い方に流れるんだ。水が流れた先には何があるのか。僕はそれを眺めている。上のほうから見ている。大地に水が溶け込む。ガイア以外は外野だ。引っ込んでろと言いたくなる。
「順調だ」
と以遠さんが言う声さえ僕には届かない。と届いているのだが「僕」には届いていない。以遠さんの声を聞いている僕は外側の存在。僕の外側の存在。説明を求められる存在だ。僕は理性的でなければならない。誰よりも何よりも。僕の冷静さは際立つ。戦場の中でピアノを引いてしまうくらい物事をよく分かっている。僕はラプラスの悪魔とも友達だ。知ってるよ何でもね。
ぶつぶつとつぶやく僕の独り言ががやけに耳に障るだろう? こいつには名前が無いんだ。だからうるさく感じる。知らないやつのたわごとほど耳障りなものはないさ。だから「僕」の名前を教えてあげよう。彼の名前はフォガティという。それ以上でも以下でもない。愉快な存在。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
あなたがくれた奇跡
彰野くみか
ライト文芸
些細なことですれ違ってしまった私たち──。
あなたは、「俺のせい」と言って、自分を責めたよね。
だけどね……気づかなかった私もいけないの。
もっと自分の身体を労るべきだった。
そのせいで、あなたにも迷惑かけちゃって……。
でも、私はあなたと一緒に居られて、幸せだったよ。
ねぇ……私を見つけてくれて、ありがとう。
私を好きになってくれて、ありがとう。
私を愛してくれて、ありがとう。
私を守ってくれて、ありがとう……。
-------❁ ❁ ❁-------
普通の専業主婦として、日々家事をこなしていた由香理。
だけど、ある日ステージ4の乳がんだと診断される。
残されたわずかな時間──。
これは、ひとりの女性の、
笑顔と涙の3ヶ月間の記録──……。
-------❁ ❁ ❁-------
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる