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襲われる所為/inside
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それまでにジャン・ジュネの花のノートルダムを読んでいたのはなんとなく覚えている。それで、急にそのページの半分が明るくなって、白い紙に反射した光を眩しく思ったんだ。僕は電車に乗っていた。電車の窓から差し込む光が、僕を思い出させてくれた。見渡すと周りはすごく満員で、立っている人たちはみんな例外なく辛そうだった。
「おい」
と隣で男の人が言う。
「お前本当に大丈夫なんだろうな」
黒星さんは腕を組んで怪訝そうに僕に尋ねる。
「ああ、大丈夫ですよ」
そうか、昨日は終わったんだね。それで僕は今今日を生きているわけだ。いまいまきょう。僕は生きているんだね、ああ。
「ラーメンが食べたいなぁ」
「ああ」
「あの塩分が、僕の体にとってとてもいいかんじなんだよ」
「塩分」
「そうそう。食べすぎはー、っていわれるけど、でもでも無理無理。おいしいから」
「ああ」
「夕飯食べたのに、布団に入っていると、無性に食べたくなるんだよね。油そばとか。好きなんだよ、あれ」
「油」
「ヘルシーなんだ」
「healthy」
「HELL SEEって好きなアルバムもあるんだけどね」
「音楽か」
「そうそう」
僕は別に話したくもないのに、どんどん饒舌になっていく。
「地獄見る、ってなんだろうね。見てどうするのかな。分かんないなぁ。地獄、地獄ってあいまいだよね。曖昧検索不可避的な地獄。なんか黙示録的ななにかと、悪魔が出てきて予言に逆らってどかーんな地獄なのか、僕の主観的な地獄的なもの。他人のゲロ食べちゃったとか、冬に起こす腹痛とか、単なる誇張表現なのか。鳴り止まない着信とか。あれ怖いよ、うん」
ぷしゅうとドアが開いて、黒星さんは立ち上がった。 僕も立ち上がる。人がぞろぞろ電車から降りていく。僕らもそれに混じる。ひとつの長い列が生まれて、それは意思を持たずに自分たちを他人に任せる。でも意識だけは明白で、いつ世界を救ってやろうか、僕らはしょっちゅうそんなことを考えてる。違いない。
コギト、君は今僕を見ている。
お前は自分がわからない。
そうだね?
でも安心したまえ。僕は君のことをよく知っている。ほかの人が君の事を知らなくても僕は君のことをきちんと心得ている。
黒星。わかる? こいつは、こいつらは僕と僕の世界を貫こうとしている。光、それに準じるえらいものをやつらは持っている。僕は怖さという壁にもたれかかったままだ。光に背を向けたまま。
コギト、君にその光は届かない。安心したまえ。
周りの人間は僕をあほづらで思う。「なんでこいつはこんなににやにやして顔をして笑っているんだろう」だから彼らは近づかない。知っている。俺はそれを懸命な判断だ、と理解できる。音。僕を拒む音。それは君にも聞こえるだろう。軋む。その音が僕にもたらすもの、それは鼓動の母、シュイロ。
「早く来いよ」
黒星さんはそう言う。ああ、そんな口をきく、こいつをその場に組み伏せて乱暴してやりたい。そのくそきどったスーツを引き剥がして、お前の、頭の奥でしか考えてないこと、望んでないことをしてやりたい。手前のその荒ぶった節くれだったものを噛み千切って、俺のもひきちぎって、お前の口の中にぶち込んで、嗚咽混じりに咳き込ませる。どうだ。どうよ?
「場所はわかるんですか?」
僕はそう言う。
「分かんないから早くこいっていってんだよ」
彼は乱暴に言葉をつぶやく。分かりました、と後に続く。
銃声が構内に響き渡る。
僕は一瞬で黒星さんに組み伏せられ、自販機の陰に隠れた。構内はふっと沈黙が降りて、え?ってなって、そのあとぎこちないざわめきが広がり、一人がすさまじい勢いで改札に向かい走り出していった。それが、ちらほらと続き、あっという間に悲鳴と雑踏と群集が入り乱れ、押し合い、踏みつけ、改札に押し寄せた。
「くそ」
と彼は胸元からベレッタを取り出すと思ったら、タバコを取り出し、100円ライターで火を点けて、おもむろに吸い出した。
「副流煙」
「知ってるよ」
彼は半分も吸わない内にそれを放り出した。
「吸わないんですか」
「タバコは嫌いなんだよ」
「じゃあなんで吸っているんですか」
「つらいから吸ってんだ」
さぁ早く行け、と黒星さんは僕を促す。「一緒に逃げればいいじゃないですか」この人ごみだし、と僕は言う。
「お前には関係ないことだ」
黒星さんはそう言って自販機から飛び出し、銃声の方向へと走っていった。
取り残された僕はよろよろと立ち上がり、群衆に紛れ込む。その後何回かぱんぱんぱんと間の抜けたクラッカーのような音がした。人々はもうそれを銃だと思い込んでいるから、死の恐怖に取り付かれ、恐慌をきたす。実際クラッカーでもばれないんじゃないかな。誰かが自分を狙っている、みんなそう思って生きていなきゃこんな風にはならないと思うんだけど。
あっちで人が打たれたぞ、と僕はいかにも言ってみる。すると群集はびくんと跳ね上がり焦燥が加速していった。こっちにあいつが来てるぞ!、と今度は語気を強めて言う。すると今度は刺激が強すぎたのか、人々は本能に従い始める。男が女を殴り飛ばして、我先に改札に逃げ込む。その女は小さな女の子を踏みつけて改札を飛び越えた。女の子は泣いた。ずるがしこく、端のわずかな隙間から通っていく人もいた。あいつって誰だよ。こいつらはいもしない誰かにおびえてる。
僕はひとしきりそれを楽しんだ後、ゆっくりと改札に切符を入れてくぐった。僕は僕のやれることをしよう。
改札を出ると、すぐに駅前があった。バスロータリーがあって、噴水がある。さっきの騒ぎで怯えた人々でごった返していた。彼らは口々に口早に恐怖を捲くし立て、他の人々に情報を伝えていた。嬉しそうに話す人もいる。なぜならその人にとってそれはレアな情報でライブした情報だからだ。そうして自分がその情報に成りきる。自分が情報に驚かされたように自分も誰かを驚かす。それが権威のステータスなんだ。またの名をくそくらえと言う。
警察官も何人か来ていた。無線機を片手に群集に何かを叫んでいる。野次馬がどんどん餌に群がる。それをデジタルに排泄する。ちゃんと咀嚼して味を確かめる人はあまりいないから、下水道はいつも臭い。いうまでもなく僕はこういうごみごみが嫌いだ。行列はばかだ。まつりも過程が目的になってる。観客席の観客は目がフナみたいだ。だから彼らの裏に回って、逆方向に歩いて行く。裏をかいてやるんだ。奴らやテレビや新聞の意図したこと、僕らの内にひそみ、暗闇に寄生しているそいつらの裏を、かいてやる。その先に何があるのか調べにに行く。調査隊だ!
ここはどこだっけ。僕は噴水の近くまで歩く。水面を囲うようにして、草が沢山生えていた。これは何ていうんだっけ。垣根?
中を覗き込むと、鴨の親子がすいー、すいー、っと泳いでいる。ここで暮らしているんだね。僕も全部が終わったらここで暮らしたいな。じゃましないから。潜るだけだからさ。
「すみません」
僕はびっくりして振り返る。そんな感じがしなかったからだ。空気が。僕の思っていた空気の中では、ここには僕一人。あの駅前の騒ぎから逆方向なのは僕だけだと思っていた。
「ちょっといいですか」
女の子だった。銀縁の眼鏡をかけてかわいらしい。目も丸いし、口元もやんわりしているのになぜだか少しきつめな印象だ。彼女は昔に変革せざるを得なかったのかもしれない。
「ここに入りたいのですが」
と噴水の方をを指差す。
「入りたいのかい?」
「はい」
そうだなぁ、と僕は考える。最近は寒くなる時期も増えてきたし、あまりオススメできないけどなぁ。鴨もいるし。でもその間も彼女はじっと待っている。姿勢がいい。いい立ち方だ。ふんわりした、わたあめみたいな立ち方。
「いいんじゃないかな」
僕にとめる権利はない。もちろんだけどさ。
ありがとうございます、と言って彼女は噴水の方に向かって言った。後を追うように風が吹き、彼女の髪が揺れた。
僕も立ち去ることにした。何をすべきかは明確ではないけど、何かを為そう。まずは黒星さんとか、その他の人々から逃げるとしよう。
女の子はいいね。人間の中でも特に好きだ。多少狂っていても、それぐらいがちょうどいい。
「おい」
と隣で男の人が言う。
「お前本当に大丈夫なんだろうな」
黒星さんは腕を組んで怪訝そうに僕に尋ねる。
「ああ、大丈夫ですよ」
そうか、昨日は終わったんだね。それで僕は今今日を生きているわけだ。いまいまきょう。僕は生きているんだね、ああ。
「ラーメンが食べたいなぁ」
「ああ」
「あの塩分が、僕の体にとってとてもいいかんじなんだよ」
「塩分」
「そうそう。食べすぎはー、っていわれるけど、でもでも無理無理。おいしいから」
「ああ」
「夕飯食べたのに、布団に入っていると、無性に食べたくなるんだよね。油そばとか。好きなんだよ、あれ」
「油」
「ヘルシーなんだ」
「healthy」
「HELL SEEって好きなアルバムもあるんだけどね」
「音楽か」
「そうそう」
僕は別に話したくもないのに、どんどん饒舌になっていく。
「地獄見る、ってなんだろうね。見てどうするのかな。分かんないなぁ。地獄、地獄ってあいまいだよね。曖昧検索不可避的な地獄。なんか黙示録的ななにかと、悪魔が出てきて予言に逆らってどかーんな地獄なのか、僕の主観的な地獄的なもの。他人のゲロ食べちゃったとか、冬に起こす腹痛とか、単なる誇張表現なのか。鳴り止まない着信とか。あれ怖いよ、うん」
ぷしゅうとドアが開いて、黒星さんは立ち上がった。 僕も立ち上がる。人がぞろぞろ電車から降りていく。僕らもそれに混じる。ひとつの長い列が生まれて、それは意思を持たずに自分たちを他人に任せる。でも意識だけは明白で、いつ世界を救ってやろうか、僕らはしょっちゅうそんなことを考えてる。違いない。
コギト、君は今僕を見ている。
お前は自分がわからない。
そうだね?
でも安心したまえ。僕は君のことをよく知っている。ほかの人が君の事を知らなくても僕は君のことをきちんと心得ている。
黒星。わかる? こいつは、こいつらは僕と僕の世界を貫こうとしている。光、それに準じるえらいものをやつらは持っている。僕は怖さという壁にもたれかかったままだ。光に背を向けたまま。
コギト、君にその光は届かない。安心したまえ。
周りの人間は僕をあほづらで思う。「なんでこいつはこんなににやにやして顔をして笑っているんだろう」だから彼らは近づかない。知っている。俺はそれを懸命な判断だ、と理解できる。音。僕を拒む音。それは君にも聞こえるだろう。軋む。その音が僕にもたらすもの、それは鼓動の母、シュイロ。
「早く来いよ」
黒星さんはそう言う。ああ、そんな口をきく、こいつをその場に組み伏せて乱暴してやりたい。そのくそきどったスーツを引き剥がして、お前の、頭の奥でしか考えてないこと、望んでないことをしてやりたい。手前のその荒ぶった節くれだったものを噛み千切って、俺のもひきちぎって、お前の口の中にぶち込んで、嗚咽混じりに咳き込ませる。どうだ。どうよ?
「場所はわかるんですか?」
僕はそう言う。
「分かんないから早くこいっていってんだよ」
彼は乱暴に言葉をつぶやく。分かりました、と後に続く。
銃声が構内に響き渡る。
僕は一瞬で黒星さんに組み伏せられ、自販機の陰に隠れた。構内はふっと沈黙が降りて、え?ってなって、そのあとぎこちないざわめきが広がり、一人がすさまじい勢いで改札に向かい走り出していった。それが、ちらほらと続き、あっという間に悲鳴と雑踏と群集が入り乱れ、押し合い、踏みつけ、改札に押し寄せた。
「くそ」
と彼は胸元からベレッタを取り出すと思ったら、タバコを取り出し、100円ライターで火を点けて、おもむろに吸い出した。
「副流煙」
「知ってるよ」
彼は半分も吸わない内にそれを放り出した。
「吸わないんですか」
「タバコは嫌いなんだよ」
「じゃあなんで吸っているんですか」
「つらいから吸ってんだ」
さぁ早く行け、と黒星さんは僕を促す。「一緒に逃げればいいじゃないですか」この人ごみだし、と僕は言う。
「お前には関係ないことだ」
黒星さんはそう言って自販機から飛び出し、銃声の方向へと走っていった。
取り残された僕はよろよろと立ち上がり、群衆に紛れ込む。その後何回かぱんぱんぱんと間の抜けたクラッカーのような音がした。人々はもうそれを銃だと思い込んでいるから、死の恐怖に取り付かれ、恐慌をきたす。実際クラッカーでもばれないんじゃないかな。誰かが自分を狙っている、みんなそう思って生きていなきゃこんな風にはならないと思うんだけど。
あっちで人が打たれたぞ、と僕はいかにも言ってみる。すると群集はびくんと跳ね上がり焦燥が加速していった。こっちにあいつが来てるぞ!、と今度は語気を強めて言う。すると今度は刺激が強すぎたのか、人々は本能に従い始める。男が女を殴り飛ばして、我先に改札に逃げ込む。その女は小さな女の子を踏みつけて改札を飛び越えた。女の子は泣いた。ずるがしこく、端のわずかな隙間から通っていく人もいた。あいつって誰だよ。こいつらはいもしない誰かにおびえてる。
僕はひとしきりそれを楽しんだ後、ゆっくりと改札に切符を入れてくぐった。僕は僕のやれることをしよう。
改札を出ると、すぐに駅前があった。バスロータリーがあって、噴水がある。さっきの騒ぎで怯えた人々でごった返していた。彼らは口々に口早に恐怖を捲くし立て、他の人々に情報を伝えていた。嬉しそうに話す人もいる。なぜならその人にとってそれはレアな情報でライブした情報だからだ。そうして自分がその情報に成りきる。自分が情報に驚かされたように自分も誰かを驚かす。それが権威のステータスなんだ。またの名をくそくらえと言う。
警察官も何人か来ていた。無線機を片手に群集に何かを叫んでいる。野次馬がどんどん餌に群がる。それをデジタルに排泄する。ちゃんと咀嚼して味を確かめる人はあまりいないから、下水道はいつも臭い。いうまでもなく僕はこういうごみごみが嫌いだ。行列はばかだ。まつりも過程が目的になってる。観客席の観客は目がフナみたいだ。だから彼らの裏に回って、逆方向に歩いて行く。裏をかいてやるんだ。奴らやテレビや新聞の意図したこと、僕らの内にひそみ、暗闇に寄生しているそいつらの裏を、かいてやる。その先に何があるのか調べにに行く。調査隊だ!
ここはどこだっけ。僕は噴水の近くまで歩く。水面を囲うようにして、草が沢山生えていた。これは何ていうんだっけ。垣根?
中を覗き込むと、鴨の親子がすいー、すいー、っと泳いでいる。ここで暮らしているんだね。僕も全部が終わったらここで暮らしたいな。じゃましないから。潜るだけだからさ。
「すみません」
僕はびっくりして振り返る。そんな感じがしなかったからだ。空気が。僕の思っていた空気の中では、ここには僕一人。あの駅前の騒ぎから逆方向なのは僕だけだと思っていた。
「ちょっといいですか」
女の子だった。銀縁の眼鏡をかけてかわいらしい。目も丸いし、口元もやんわりしているのになぜだか少しきつめな印象だ。彼女は昔に変革せざるを得なかったのかもしれない。
「ここに入りたいのですが」
と噴水の方をを指差す。
「入りたいのかい?」
「はい」
そうだなぁ、と僕は考える。最近は寒くなる時期も増えてきたし、あまりオススメできないけどなぁ。鴨もいるし。でもその間も彼女はじっと待っている。姿勢がいい。いい立ち方だ。ふんわりした、わたあめみたいな立ち方。
「いいんじゃないかな」
僕にとめる権利はない。もちろんだけどさ。
ありがとうございます、と言って彼女は噴水の方に向かって言った。後を追うように風が吹き、彼女の髪が揺れた。
僕も立ち去ることにした。何をすべきかは明確ではないけど、何かを為そう。まずは黒星さんとか、その他の人々から逃げるとしよう。
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