106 / 179
閑話:副官と死神
しおりを挟むおかしいとは思っていた。
妻を連れて視察に行きたい、と将軍が言い出した時は、ああ、この人も色ボケになってしまったのか…と肩を落とした。ヴァッサロ将軍が男性の妻を溺愛しているのは有名だったから。
国内で複数のスタンピードが同時発生し、それに国軍の半分以上が投入されているというのに?
だが、視察当日、さすがにこれは普通ではないと気付く。
同行したのが、実力派の佐官や上級将ばかりだったのだ。この方々は魔物討伐に駆り出されていたのではなかったか!?
しかも、ヴァッサロ将軍にエスコートされるように現れたヴァッサロ夫人は二柱の神竜を連れていた。一柱は赤銅色の肌をした人間の姿をしているが、明かに気配がおかしい。アレが多分、噂になっている『陛下から聖者に鞍替えをした赤竜』なのだろう。
しかも、砦に着くと、ヴァッサロ夫人は外がよく見える屋上に行き、神竜の ーーー 白い神竜の背に座った。
幼竜とはいえ、誇り高く気難しいと言われるリントヴルム。その神竜が、まるで犬のように服従している。気儘な風のようだと言われた赤竜は、傍にピタリと付いて離れようとしない。
そして、突然の侵攻が始まる。
怒声と軍靴と軍馬の蹄音。軍を鼓舞する銅鑼の、耳障りな音。
視察団に緊張が走るが、ヴァッサロ将軍夫妻は落ち着き払っていた。夫人に至っては笑みさえ崩さず。
ヴァッサロ夫人が立ち上がる。聖者が、聖者如きに何ができる。ただ祈るだけではないか!?
そう…思った次の瞬間。
轟音が響いた。
巻き上げられた土と煙。千々に舞うのはかつて人間だったモノ。
それがわかるのは、我々がヴァッサロ将軍の防御壁の中で守られているからだ。
魔法なのか、とか、夫人がやったのか、と考える前に、私の身体中を激しい恐怖が支配した。
夫人は、確かに味方であるのに。
その美しい後ろ姿に、吐き気を覚える。
体の震えが止まらない。
ーーー 化け物、と。
「……残ったね。朱座、お願いできるかな?」
「承知した」
まるで。
そう、まるで子供に手伝いを頼むように。
ヴァッサロ夫人が言うと、赤竜は嬉々として砦の外に飛び降り、そこから一柱の深紅の竜が羽搏く。
そして赤竜は、逃げ惑う残りに《竜の吐息》を浴びせかけた。何度も。何度も。誰一人、残さないよう。
ああ、これは《聖者》などではない。
優しげな笑顔の、 《死神》。
恐ろしいのに、その美しい顔から目が離せない。身体が震えだして止まらない。
その、《化け物》の頬に涙が伝う。
将軍が夫人を背から抱き締める。
「…ごめん、テオ。俺は、きっと……お前とルクレツィアが行くだろう天国には……行けない。ごめん…ごめん……ごめん…」
「……お前と共に在らねば、そこは天の国などではない。地獄だ」
「…ごめん…………ごめん…テオ…」
「連れて行け。地獄だろうと煉獄だろうと。一人は嫌だと……頼むから、我儘を、言ってくれ」
320
お気に入りに追加
9,495
あなたにおすすめの小説
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
【完結】王子様たちに狙われています。本気出せばいつでも美しくなれるらしいですが、どうでもいいじゃないですか。
竜鳴躍
BL
同性でも子を成せるようになった世界。ソルト=ペッパーは公爵家の3男で、王宮務めの文官だ。他の兄弟はそれなりに高級官吏になっているが、ソルトは昔からこまごまとした仕事が好きで、下級貴族に混じって働いている。机で物を書いたり、何かを作ったり、仕事や趣味に没頭するあまり、物心がついてからは身だしなみもおざなりになった。だが、本当はソルトはものすごく美しかったのだ。
自分に無頓着な美人と彼に恋する王子と騎士の話。
番外編はおまけです。
特に番外編2はある意味蛇足です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる