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領地編2

閑話・偽物と本物

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(マクファーレン公爵夫人視点)


最近の王都の流行は『プレンダーガストガラス』だ。ただの宝石には出せない煌めき。宝石ではあり得ない大きさや加工。しかもオーダーすればイメージした通りの色合いが出せるところが素晴らしい。

今日は王妃様主催の大切な茶会。ま…わたくしの娘なのですが。


「まあ、ご機嫌麗しくて?マクファーレン夫人」


と談笑しているわたくしに、不躾にも声をかけてきたのはシャーロック公爵夫人。


「まあ、マチルダ様、ご機嫌麗しゅう」


マチルダ・シャーロックは先代シャーロック公爵の後妻だが、のアデルバード・シャーロックの実母。さすがは娼婦上がり…と揶揄されるほどの常識のなさだ。今日もだというのにのようなドレスを身に纏っている。真っ赤な布……いえ、肌面積が非常に多いドレスにギラギラと宝石を縫込み、胸元にはその派手さにそぐわない茶色の宝石の首飾り。


「王妃殿下もご機嫌麗しゅう」

「…………」


さすがは我が娘。そして我らが王妃。非常識にもマチルダを一瞥もせずににしている。四公らと揉めたくないと思っているのかしら。歯痒いわね!無礼打ちしても良いくらいなのに…!

マチルダは同じテーブルにいた伯爵夫人に席を譲らせ、わたくしの正面…王妃殿下の斜め前に陣取った。……あー、あの伯爵夫人の領地は絹織物が盛んで国内の9割はかの領地だというのに……マチルダ、しばらくは国内産の絹のドレスは仕立てられないわね…。

ハア、と王妃殿下が溜息をひとつ。


「マチルダ夫人、ご機嫌は如何かしら」

「まあ王妃様、ご機嫌もご機嫌ですわあ!あたくし、素敵な首飾りを頂きましたのよォ!から」

「……かの…?」


ピクリと王妃殿下の目線がマチルダの胸元に行く。

なんの変哲もない、地味な色合いだ。なぜこの女はこんなに地味な宝石を自慢しようとしているの?じみ、な……


「これはプレンダーガストのガラスですの!ただのガラスではありませんのよ?ほぅら、こうして……」

「………!」


まさか。いえ、でも……

マチルダの持つ首飾りの石の色。茶色いガラスは、陽の光に透かすと淡い空色になった。


あれは、プレンダーガストの未発表の色ガラス…!!


間違いないわ。わたくしが先日、誕生日に夫から贈られた耳飾り。燃えるような赤いガラスは、光に翳すと夫の瞳の藤色になった。まだ世に出す予定ではない。そう…聞いていたのに……!

王妃殿下が目を見開いたのを見て、マチルダがニンマリ笑う。


「先日、が彼の御方と懇意になりましてねェ、ええ、屋敷に招かれた時に頂いたんですよぉ」


オホホホ!と高らかにマチルダが笑う。

な…なんということ!あの糞餓鬼!!まさか胸か!エロガキめ!所詮は巨乳おっぱいか…!?『勇者』となった彼の方 ーーー リオ・プレンダーガストはどの派閥にも属さず、また、不可侵の存在。それが、まさか…っ!?


「……そのガラスは…本当に彼の御方の、プレンダーガストガラスですか…?」

「……え…」


ジ……ットリ、と。王妃殿下の目が、その茶色いガラスに注がれる。


「未発表のそのガラスの名は、プレンダーガストサフィレット。本来ならばそのようなお色ではございません」


するり、と王妃殿下が白い絹の手袋を外す。その指にあるのは…


「これがプレンダーガストサフィレットです」

「…………っ!」


深い蒼のガラスのカット部分が赤く滲み、ゆらゆらと光を放つ。流行りのブリリアントカットではなく、つるりとした引っ掛かりのない、薔薇の蕾のようなカッティング。ああ…これが……


違う。マチルダのガラスは、ただ色が変わるのものだ。


「……マクファーレン夫人の耳飾りイヤリングはプレンダーガストサフィレットのですね。さすがはマクファーレン公爵。愛されておりますね」

「あ…あら……」


娘に言われると面映いものですね。


「こ…!これが、偽物だとでもおっしゃっているのですか!?これは、彼の方に、プレンダーガスト侯爵に……っ」

「いつ、ですか」

「え……」

「いつ、プレンダーガスト侯爵邸へ?」

「あっ…あ、せ、先月ですわ!あたくし、と一緒に、プレンダーガスト領へ……!」

「確かにシャーロック公爵はプレンダーガスト領に行ったと記録があるでしょう。転移門の設置に行かれたと報告がありました」

「そっ…!そう!その時に、屋敷で……っ」

「招かれたのです?」

「そうです!!嫌ですわ王妃様、嫉妬ですか?彼の方はあたくしをマディー、とお呼びになり、美しい花の咲き乱れる庭園でこの首飾りを……」

「ありえません」

「はっ……はあ!?あたくしが嘘をついている、とでも…!?」

「嘘ですね?だって、?」

「……………………えっ…」

「まだできていないのですよ、屋敷が。彼の方はに寝泊まりしているそうです。あと、庭なんて今はないそうですよ?聞きました」

「えっ……」

「まだそんな余裕はない、と」

「ひっ……ぇ、え……っそん、な…!」



「マチルダ夫人」



にこり、と王妃殿下が笑った。王妃としての手本のような笑み。為政者の笑みだ。








そのガラスを入手したのですか?彼のお方は、と仰いました。貴女………嵌められたのですよ、勇者殿に」


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