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【エネシア国王視点】こんなはずじゃなかった
しおりを挟む大陸有数の軍事国家エイリヒサの前には我が軍など赤子のようだった。エネシア聖教騎士団も壊滅し、夥しい彼らの死骸の下から聖女が引き摺り出される。
ああ、こんなはずじゃなかった。
私 ーーー 第132代エネシア国王アーダルベルド・デュエ・エネシアは縄を打たれ、聖女と共にエイリヒサの玉座の前に跪く。
玉座の男 ーーー ジルヴェスター・エイリヒサは虫けらでもみるように私たちを一瞥した。
何故だ。何故……
いや、本当はわかっていた。
我がエネシアが大国エイリヒサの隣に位置しながら、吸収もされず属国にもならず、まるで対等かのように振る舞えたのはユスティアのおかげだったことを。
ユスティア・ヴァル・エネシア・ヴェルミアは私の5歳違いの異母弟だ。正妃にならなかった男爵令嬢の子供。この国は、『男爵令嬢』が『悪役令嬢』を断罪して正妃になると、『神の祝福』が与えられる。なのに、正妃という立場を拒絶した女。
先王陛下の日記には『最後までフリーシアは私を愛さなかった』と綴られていた。男爵家出身の愛妾フリーシアは、ずっと昔に死んだ元婚約者を愛し続けたのだという。
そのフリーシアの産んだ異母弟がユスティアだった。
ユスティアが生まれた日。
私は神より神託を受けた。
《お前の異母弟ユスティアは、古代種の先祖返りである。喪われたはずの古代種は、神の愛し子の伴侶となる》
幼い私は、その言葉を正しく理解できなかった。
私は、生まれたばかりの異母弟が、神に『ユスティア』と呼ばれていたことだけを神官長に伝えた。幼くして神託を受けた身として、私は5歳で立太子した。
美しいユスティア。『男爵令嬢』の産んだ子供。
誰よりも美しく、けれど目立たぬように息を潜めて生きる弟。今この玉座に座るエイリヒサの王は、留学中にユスティアを見初めた。父王は関税の撤廃や鉱山の共同開発といった餌に食い付きそうだったが、正教会が反対した。
『ユスティア様は神に名を与えられた王子。それを売るような真似をなさいますな』
私は ーーー 思い出す。あの神の御言葉を。理解する。あの意味を。
ユスティアは、特別な血を持った、神の、愛し子…。
なんということだ。
私は怯えた。この次期国王の座から引き摺り下ろされるのを。
それからすぐに、ユスティアを売ろうとした父王が身罷られ、私は戴冠した。
ユスティアと聖女が結ばれてはならない。王は私だ。私が、王だ。
私は聖女から最も遠いだろう私の愛人をユスティアに宛てがい、最もどうしようもない領地を与えた。聖女が誕生すれば必ず国の管轄下に置く触れも出した。
私の愛人であった公爵家の娘は美しく、そして愚かであった。初めは美しいユスティアの妻になれることを喜んだ愛人は、母になっても己しか愛せず、自分を愛さないユスティアを憎んだ。己の自尊心を守るために、自分によく似て生まれたほうの男児ばかりを溺愛し、ユスティアがいかに非道で愚かな男かを子守唄にした。
ユスティアが婿に行った公爵家は借金まみれであったが、ユスティアは元凶である公爵夫妻を辺境に隠居させた。借金は最初の3年で返し終わったそうだ。ヴェルミア領はならず者の集まる辺境であったが、ユスティアは何をどうしたのか商人ギルドと冒険者ギルドを手懐けて、ヴェルミアは見る間に発展していった。
神の愛し子… ーーー 。
私は頑なに口を閉し続けた。
だが、聖女の出現で私の足元は揺らぎ始める。
聖女の出現に勢い付いた正教会は、私よりも議会よりも聖女の望みを優先し、厳しく正しく育てたはずの『男爵令嬢』の産んだ第二王子 ーーー 王太子は聖女に骨抜きにされ、いとも簡単にユスティアの監獄送りを決めた。
暴走する王太子と正教会。その背後には聖女ペリーヌがいた。
殺さねば。
ユスティアは神の愛し子などではない。この国を滅ぼす災厄だ。
私は監獄行きの馬車の出る直前に命を下す。
ユスティア・ヴァル・エネシア・ヴェルミアを、魔王の生贄に捧げよ、と ーーー 。
そしてユスティアは………。
ああ、何故こんなことになってしまったのだ。何故。何故。何故…!?
「こんなことっ…!もうやめて!!こんなことをしてる場合じゃないの!!」
どこまでも甘い、砂糖菓子のような聖女が叫ぶ。毒のように甘い声で。
「……やめる?馬鹿なことを。ユスティアを殺したお前たちは灰も残らず消してやる。よくも、私のユスティアを……!!」
「……っ、だから!私を殺したら魔王への切り札が無くなるのよ!?今こそ手を取り合って…!」
「魔王?どうでもいい。お前は頭の中まで花畑なのか?」
「馬鹿なの話を聞きなさいよ!ユスティア様は生きてるのよ!!!」
「「………………は?」」
「私のユスティア様は、魔王に囚われてしまっているのよ!!」
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