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【娘視点】こんなはずじゃなかった
しおりを挟む「ヴェルミアで暴動…?」
わたくしは信じられない気持ちでその一報を聞いた。
美しいわたくしの故郷。美しい街並みと活気のある領民たち。税は高いと言うけれど、それさえ納めれば何から何まで、至れり尽くせりのヴェルミア公爵領。お父様が寝食忘れて作り上げた楽園。
「イヴァン・ヴェルミア ーーー 君の弟君が導火線だったようだね。ただでさえ前ヴェルミア公爵殿が殺されたと噂され、不安定な情勢だっただろう?税を大幅に下げて、ついでに生活の質が地の底まで落ちたらしい」
「………っ!」
ああ…想像できるわ。あの馬鹿ならやりかねない。だからわたくしは常々から「お父様に付いて視察に行け」とあれほど言ったのに。机上の試験で満点を取ったくらいでできるつもりでいたのだ、あの阿呆は。
だから、隣国の王太子なんかに付け込まれるのよ!!
ユスティア・ヴァル・エネシア・ヴェルミアは ーーー わたくしたちの父は領地経営の天才だった。
そりゃまあ、子供の頃は寂しい思いもしたわ。だってお父様はいつも、いつまでも屋敷に帰ってこない。お母様はイヴァンを連れて愛人の ーーー 陛下のところに入り浸り。わたくしを育てたのは屋敷のメイドたちと、お父様の雇った私兵たちだった。
でも、屋敷に帰ってきた時くらいは、お茶をしながらお膝に乗せて下さったりしたのよ?イヴァンは居なかったけど。デビュタントのエスコートだって。婚約者だった王太子に断られたわたくしのエスコートを、嫌な顔ひとつしないでしてくださったわ。誰よりも美しいお父様を、令嬢も貴婦人たちも、殿方たちまでもうっとり見つめていたのは可笑しかった。元婚約者の連れていた聖女までお父様を蕩けた瞳で見ていたのは痛快だった。
学園に通うために王都に移り住んで愕然としたのは、ヴェルミア領の『普通』は『普通』じゃなかったということ。
ねえどうしてこんなに街が汚いの?埃っぽくて臭いの?舗装も馬車も悪くてお尻が痛いわ。あら?何故あそこの人は路地裏に寝転がってるの!?仕事も家もない!?嘘でしょ!?ギルドに行けば仕事なんて……え?登録料?王都じゃあギルドの登録にもお金がいるのね…。あら?あなた咳してるのね、病院へいってらっしゃい。え?医者に掛かるお金がない?え?軽い病気なら無料じゃないの?じゃ…じゃあ保険制度は?…ない?えええ……!?それじゃ病気にもなれないわね…。えっ…御不浄が穴!?何その冗談!?水洗は!?ないの!?水は井戸から汲んで貯め置き!?じゃあお風呂はどうするのよ!?えっ、湯船までお湯を運ぶ!?た…大変なのね?蛇口を捻ってお湯の出ない生活なんて……ええ!?蛇口よ、蛇口。まさか蛇口知らないの!?嘘でしょ…!?え…街に出るのは危ない?暴漢がいる?えっ?警備隊がいるでしょう?居ないの!?ええ~…じゃ、じゃあ騎士は!?…はあ?役に立たない?えっ、働かない?まさか王都の騎士は棒給もらってないの!?貰ってる?!なのに!?働かないの!?えええ???はああああ!?王都ってエネシア王国の首都よね!?どうして辺境のヴェルミアより劣ってるの!?
ヴェルミア領の仕組みはすべてお父様が一から作り上げたのだと知る。王弟という立場を最大限に利用してお祖父様からヴェルミア公爵家の実権を取り上げて、事業を起こし借金を返して。領民からの税は公爵家には小麦一粒分だって入っていない。全部全部、あの高い税金は領民のために使っていたのだ。いつも領民のための新しいことを思いつき、根回しに打ち合わせと駆けずり回っていた。
……ああ、まさしくあの人は天才で ーーー 努力の人だったのだ。
それを全部ぶち壊したのだ、あの愚弟は!!!
「……ねえイレーヌ?エネシアをプレゼントしたら、プロポーズを受けてくれると言ったよね?待っててね。結婚式でユスティア様を殺した愚か者どもを……君のだ~い好きな『お父様』を殺した奴らの首を並べてあげる。だからイレーヌ?私を愛して……ね?」
わたくしは舌打ちを隠さない。ジョゼフは蕩けるように笑ってわたくしの髪に口付けた。
エネシアの王太子は馬鹿だったけど、隣国の王太子は気狂いだわ……。
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