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閑話:魔女02
しおりを挟む悪夢のような夜が明けて。
わたくしたちは大きな檻にぎゅうぎゅうに詰められて、飛竜で運ばれた。圧死してしまった者もいたが、わたくしは運良く大きな怪我もしなかった。
運良く?
いいえ、死んでしまった者の方が幸せだったかもしれない。
檻ごと乱暴に投げ出された場所は、広場のような場所だった。
あの ーーー 断頭台のある広場に似ている。
わたくしは震えた。ああ、早くこの悪夢が終わらないものか…。そうすればわたくしはまた、10年間だけは痛みも苦しみもなく生きていけるのだ。
苦悶の声と悲鳴。檻から一人ずつ引きずり出される。
屈強な男たちは、わたくしたちを一人の少女の前に跪かせる。
ああ…。
目眩がした。
少女はゲームのキャラクター ーーー 【Code:00】の敵キャラクターだった。前世で死ぬ直前までやっていたMMOだ。タイトルも覚えていた。
黒髪を高く結い上げ、愛らしいお人形のように優しく笑う悪魔。
「お前は何ができるの?」
彼女は問う。
そう、彼女はわたくしたちを見ているが、その目は食材を吟味する目に似ていた。
そして何人目かで、アザレア……このゲームの主人公が引き摺り出された。
その時、人形のような黒髪の少女の顔が、蕩けるような笑みに変わる。
愛らしい顔に砂糖菓子のようなベイビーピンクの髪。ああ、ここでも彼女は『特別』なのか……と。
「主人様…!」
「やー、瑞穂ちゃん。頑張ってるね」
「はいっ!」
あるじさま?
その視線の先にあるものを見て ーーー 時が止まる。
美しい男だった。整い過ぎた儚げな美貌に、親しみのある笑顔。白い衣装に、故郷の桜を思わせる髪が神々しかった。
アザレアも夢見心地で男を凝視していた。
「わ…わたし、あ、あ、あ…貴方の妻になってあげます…!」
…………………はい?
アザレアがおかしな事を叫ぶ。
「あたしは聖女です!異世界から来たヒロインなの!聖女よ!あたしは……」「お黙り、雌豚」
氷の刃のような声だった。
「お前は孕み腹よ。産ませて産ませて産ませて産ませて産ませて産ませて……ガラみたいにして飛竜の餌にしてやる…!」
「……えっ………?」
えっ…
「お前は?」
ふう、と溜息混じりの、地を這うような低い声。
「お前は何ができるのかと訊いて上げているのよ?」
毒虫でも見るように、少女がわたくしを睥睨する。
ああ、しまった……見すぎてしまったのだ。彼女の最愛の『あるじさま』を。
「わた…わた……わた、く…し………わた、し、は………」
何もできない。
魔女として育てられたのに、魔法の一つも発動できない『出来損ない』。
お前は生贄の山羊よ
そう、笑われながら死に続けた。
パチリと桜色の男と目が合う。
ああ、死にたくない。
死にたくない。死にたくない。死にたくない…!死にたくない!!
数百年ぶりの、命への渇望。
「わ…、わた、私、は……料理ができます…っ!」
「…………………はあ?」
私の頓珍漢な答えに、アザレアが吹き出した。
「料理が…っ、ご飯が作れます!ハンバーグだってグラタンだって!お菓子も…チーズケーキもガトーショコラだって……!!」
「………何それ?あんた馬鹿なの?そんなこといっ…………」
「……………」
鉄格子越しの目の前に、あの震えが来るほど美しい顔があった。
「……ご飯、作れるんだ?」
「え………は…は、い……………」
「肉じゃがは?」
こてんと男は首を傾げた。
「つ…作れます…!」
「豚汁は?」
「できます!」
「甘い出汁巻き玉子は?」
「もちろんです!!材料さえあれば、オムライスでもカレーでも筑前煮でも!!」
私のテンションはおかしなことになっていた。
にこお!と子供みたいに男が笑った。
「涼音!俺、この子欲しい!」
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